竹中直人さんの10作目の監督作品となる『零落』のブルーレイが絶賛発売中だ。漫画家・浅野いにおさんの原作を、斎藤 工さんを主役に迎え、さらに趣里さん、MEGUMIさんといった豪華俳優陣による、美しくも切ない物語として綴っている。今回は竹中さんが本作に込めた思いと、ブルーレイで楽しんでもらいたいポイントについてお話をうかがった。

今年の「逗子海岸映画祭2023」では『零落』の上映も行われ、竹中さんや斎藤 工さんによるトークショウも開催された

――『零落』のブルーレイ発売、おめでとうございます。劇場公開10作目とのことですが、これだけの作品を作ってきたことについて、どのようにお感じですか?

竹中 ありがとうございます。気がついたらこんなに沢山の作品を撮らせてもらっていました。細かくいうと忌野清志郎さんのショートムービー『u2』とか、オリジナルビデオの『普通の人々』なども監督していますから、作品数としてはもうちょっとあったかもしれませんね。

 ただ最近はフィルムで撮っていないので、なんとなく印象が違うんです。フィルムで撮ったのは『山形スクリーム』(2009年)が最後で、『自縄自縛の私』(2013年)からデジタル撮影になった。その後はすべてデジタル撮影なのでちょっとピンとこないんです。僕の中では “映画” イコール “フィルム” でしたからね。

――なるほど、確かに撮影現場もフィルムとデジタルではかなり雰囲気が違うという話は聞いたことがあります。

竹中 もう全然違います! もちろん撮影自体はデジタルの方が便利で効率もいいのですが、個人的にはフィルムカメラの時代が懐かしいですね。

 今回の『零落』では、一切モニターを見なかったんです。『自縄自縛の私』の撮影ではカメラの横にモニターを置いてもらったのですが結構大きい画面で、すごく綺麗な映像で見れてしまう。だからみんながそこに集まっちゃうんです。それがあまりにも便利すぎてちょっと嫌だった。『零落』では常にカメラの横で俳優のお芝居を見つめました。

――その『零落』ですが、竹中さんはオープニングの、歩道橋にタイトル文字がかかるシーンにかなりこだわりがあったそうですね。

竹中 『零落』というタイトルと字体がとても気に入っていたので、これを毛筆の書で書いてもらいたかった。今回は書家の川尾朋子さんにお願いしました。あのシーンはとても気に入っています。

――ビジュアルから作品をイメージされることも多いのですか?

竹中 自分で監督をする時は、まず絵が先に浮かびます。今回は絶対に、この作品を映画にしたいという思いが強かったので、前もって自主的にロケハンをやっていました。このシーンはここで撮りたいという場所も多く、クランクイン前から決めていたので、一気に撮影できました。

――なるほど、竹中さんのお気に入りの場所が使われていたんですか。街の描写がとても自然で、映像も綺麗だったのはそういう理由があったんですね。

竹中 別の作品のロケで行った場所で、気に入った所をピックアップしていたんです。そこから選んでいます。他にも、大学時代に暮らしていた国分寺近辺でも撮影しました。日活撮影所裏の多摩川では絶対撮りたいと思っていました。

 34歳の時に監督した『無能の人』を撮った場所でもあるし、漫画家が主人公の話でもあり、『零落』の深澤(斎藤 工さん)もつげ義春さん的な雰囲気もあって、印象がつながっていました。

――深澤とちふゆ(趣里さん)が一緒に歩く橋も印象に残りました。

竹中 横浜の福富町です。そこもドラマの撮影でたまたま行った場所でとても気に入っていたんです。昭和の匂いが残っている感じがたまらなかった。絶対にここで撮りたいと思いました。

――これだけ作品世界にあったロケ地を探すのは、さぞたいへんだったのではないかと思っていました。

竹中 いや、まったくそんな事はありませんでした。原作には具体的な街の全体像は出てこないので、僕が漫画を読んでイメージしたものにぴったりの場所がうまく見つかったって感じですね。

 仕事柄色々な所に行けるので、そこで情報をインプットしてるんです。僕の映画はいつもそんな感じです。別の作品でロケした場所が、僕の監督映画につながることが多いと思います。

――深澤を演じた斎藤 工さんとはプライベートでも仲がいいとうかがっています。斎藤さんを主役に選んだ決め手は何だったのでしょう?

竹中 この企画が実現できるのかはまったく分かりませんでした。でも絶対に映画にしたかった。ちょうど前作の『ゾッキ』(大橋裕之さん原作の映画。竹中さん、斎藤さん、山田孝之さんの3名が監督を勤めた)の宣伝を3人でやっていた時、たまたま孝之がこれない日があって、工と二人だけの宣伝だったんです。

 その日の帰り、工に『零落』の話をしたら、工も原作を読んでいて、深澤の役をやりたいって言ってくれたんです。もしその日、工が来れなくて、孝之とふたりだったら、僕が孝之とこの作品を撮っていたんじゃないかと工は言うんですが、それはなかったでしょうね。

 孝之がこの役をやったら、めちゃくちゃ嫌な奴になっちゃう気がする(笑)。工が演じるから、映画『零落』の深澤ができたんじゃないかな。もちろん僕は深澤が嫌な奴だとは思っていません。自分自身に正面から向き合う作家として撮っていました。

――漫画に対する真摯さというか、作品への思いの深さが伝わってきて、嫌な奴という感じはまったくしませんでした。

竹中 工は漫画家・深澤 薫を見事に演じてくれました。

――他の出演者もひじょうに豪華ですが、みんな竹中さんがオファーしたんですか?

竹中 僕は昔からルール違反が多くて、事務所を通さないで本人に直接連絡しちゃうんです。でも、みんなやると言ってくれるので助かります。事務所としては困っているかもしれないので、ちょっと怖いのですが(笑)。

――玉城ティナさんやMEGIMIさんの演技も印象的でした。

竹中 今回の出演者は、『極主夫道』というテレビドラマで一緒になった人たちがかなり出演しています。MEGUMIもそうだし、玉城ティナちゃんもです。安達祐実ちゃんもこの作品で久しぶりに一緒になってお声をかけました。安井順平君もそうですね。『極主夫道』を見ていた人は、あれ? って思うかもしれませんね。

――『零落』の編集では、竹中さんもスタジオに入られたんですよね。そこで注意したことはあったのでしょうか?

竹中 監督ですから、編集にはすべて立ち会いますよ(笑)。竹中組は素材撮影をしないので編集はとても早いです。常に決めショットしか撮らないので。保険のためのカットは苦手です。今回はかなり暗い画調にしてます。あまり役者の顔を見せない。

――確かに、シーンによって照明の色も細かく変わっていました。

竹中 オレンジや赤、空の青などを強調して撮影しました。ラブホテルのシーンでは、ネオン管を沢山ぶらさげました。石井隆監督へのオマージュです。深澤の部屋はオレンジのカーテンを引いて、そのオレンジが画面を支配してます。

――ちふゆの田舎に帰るシーンでも、空の青がとても綺麗でした。

竹中 なるべく人のいない映画にしたかったので、上野駅も人止めをして撮影しました。あの日は晴天で、まるで合成のような青空が撮れました。冬の早朝に撮影したのでめちゃくちゃ寒かったんですが、映画の中では夏という設定。趣里ちゃんも工も薄着でたいへんだったと思います。CGでツバメも飛ばしてました。うまくいってるんじゃないかな。

――あのシーンが冬に撮影されたとは思いませんでした。

竹中 実は、『零落』は15〜16日くらいで撮ったんです。初めて見た人は1年かけて撮ったと思ってくれたようです。春夏秋冬を映していますからね(笑)。撮影日数を言うとみんなびっくりしていました。

――2時間を越える作品なのに、撮影が2週間ほどとは、すごいですね。

竹中 ありがとうございます。

――音は、劇場公開時から5.1chだったんですね。

竹中 そうなんです。最近は普通に5.1chで製作できますとのことでしたので。嬉しかったです。セリフもすべて同録です。工の声も聞き取れないぐらいにしたいという狙いもあったので、わざとぼそぼそとしゃべってもらいました。

 蝉の声や風の音も細かく作れました。録音の北村峰晴さんとは『無能の人』からのつきあいなので、僕の好みはとってもよく分かってくれています。最高の理解者です。

――ブルーレイには、DTS-HDマスターオーディオ5.1chで収録されています。ホームシアターの5.1ch環境で拝見しましたが、優しく包み込まれるような音作りが心地よかったです。

竹中 ありがとうございます。DTSのロスレスで収録してもらえたのは嬉しかったですね。今回は繊細な音の再現にもこだわったんです。声のトーンとか、呼吸音、寝息などです。

 音の仕上げ作業で、微妙な寝息がいいんですよね、とリクエストしたんですがエンジニアの方から、このスタジオでは聞こえますが、映画館によっては聞き取れないかもしれませんよと言われてしまった。でもあんまり大きな寝息は嫌だし……。ブルーレイではそのあたりを聴き取ってもらえると嬉しいです。

 海辺のシーンは、最初はローアングルで海を見せず撮りたかったんです。ちふゆが深澤の漫画について語った時、初めて海が見えるという風にしたかった。ここでも録音部が頑張ってくれて、できるだけ波の音を拾わないようにしてくれました。

 深澤とちふゆがラブホテルにいる場面は、すべて僕の大好きなクルト・ヴァイルの『スピーク・ロウ』という曲がBGMです。シーンによってアレンジを変えています。誰にも分かってもらえませんでしたが(笑)。

――ブルーレイの特典映像に舞台挨拶が収録されていますが、そこで竹中さんが、『零落』という作品は見返してもらうと色々な発見があるとおっしゃっていました。その発見について、ヒントをいただけますか。

竹中 冒頭の、深澤の連載終了の打ち上げシーンには、あ! って思う人がいっぱい出ているので、探してみて下さい。例えば、しりあがり寿さんは、打ち上げのシーンと大橋裕之さんとの喫茶店でのシーン、2回も出演してくれました。ぼくの大好きな漫画家同士の共演です! 隠れゲストはとっても豪華です!

――最後に、『零落』のブルーレイを手にしてくれた方にひと言お願いします。

竹中 見れば見るほど味わい深くなる映画だと思いますので、ブルーレイで何度も見返していただきたいですね。深澤がクレーンゲームで手に入れるおにぎり型のクッションも、それぞれ表情が違います。そういったスタッフの苦心も見て下さるとひじょうに嬉しいです。

(インタビュー・まとめ:泉 哲也)

『零落』 ¥6,050(税込)

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●本編128分+映像特典約32分●カラー●16:9/ビスタ●映像:MPEG4 AVC●音声:DTS-HDマスターオーディオ5.1ch●2022年日本●PG12●発売元:ハピネット・メディアマーケティング

<ストーリー>8年間の連載が終了した漫画家・深澤薫は、自堕落で鬱屈した空虚な毎日を過ごしていた。SNSには読者からの酷評、売れ線狙いの担当編集者とも考え方が食い違い、アシスタントからは身に覚えのないパワハラを指摘される。多忙な漫画編集者の妻ともすれ違い、離婚の危機。世間の煩わしさから逃げるように漂流する深澤は、ある日“猫のような目をした”風俗嬢・ちふゆと出会う。堕落への片道切符を手にした深澤は、人生の岐路に立つ……。

<キャスト>斎藤 工、趣里、MEGUMI、山下リオ、土佐和成、吉沢 悠、菅原永二、原田大輔、永積 崇、信江 勇、佐々木史帆、しりあがり寿、大橋裕之、安井順平、志磨遼平、宮﨑香蓮、玉城ティナ、安達祐実

<スタッフ>●原作:浅野いにお「零落」(小学館ビッグスペリオールコミックス刊)●監督:竹中直人●脚本:倉持 裕●音楽:志磨遼平(ドレスコーズ)●主題歌:ドレスコーズ「ドレミ」(EVIL LINE RECORDS)●製作:鳥羽乾二郎、小西啓介、沢辺伸政●製作:「零落」製作委員会(日活/ハピネットファントム・スタジオ/小学館)

『Musicalのだめカンタービレ』も大好評公演中!10月29日には千穐楽公演がライブ配信決定

 漫画、テレビ、映画で大人気の『Musical のだめカンタービレ』が、初のミュージカルとして公開中だ。天才的なピアノの才能をもつ主人公“のだめ”役を、テレビ・劇場版と同じく上野樹里さんが舞台初挑戦。竹中さんは世界的なドイツ人指揮者、フランツ・フォン・シュトレーゼマンに扮し、上野さんと夢の再共演を果たした。

 作詞・脚本・演出には上田一豪さん、TRICERATOPS のボーカル・ギターを担当、2018 年からはソロ活動を開始した和田唱さんが音楽を手掛け、今回初めて、ミュージカルへ楽曲を提供している。

 東京公演のチケットは既に完売とのことだが、10月29日13:00〜の千穐楽舞台についてはライブ配信も準備されている(11月8日23:59まで視聴可能なアーカイブ付き)。豪華キャスト・スタッフによる、注目ステージをお見逃しなく!

(C)2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会