Digital Audio Player
Astell&Kern
A&futura SE300 オープン価格 (実勢価格32万9,980円前後)
●型式 : デジタルオーディオプレーヤー
●本体素材 : アルミニウム&ステンレス・スチール
●ディスプレイ : 5.46インチ(1,080×1,920画素)タッチスクリーン
●内蔵ストレージ : 256GバイトNAND(システム領域含む)
●接続端子 : アナログ音声出力3系統(3.5mmアンバランス[光デジタル出力兼用]、2.5mm4極バランス、4.4mm5極バランス)、デジタル音声入力1系統(USB Type C[充電&データ転送用]
●バッテリー容量 : 5,050m/Ah 3.8Vリチウムポリマー
●問合せ先 : アイリバーサポートセンター TEL.0570(002)220
韓国のアステル&ケルンの最新デジタル・オーディオプレーヤーA&futura SE300ほど最近、好奇心をそそられたオーディオ製品は、ない。音質/音調が自在に変えられるのである。
まず搭載されたDACからしてユニークだ。主流のワンビット/ΔΣ(デルタシグマ)DACでなく、マルチビットのR-2R(抵抗値が2つの意味)型。もともとマルチビットDACの基本形とされていたラダー(梯子段)抵抗によるベーシックなD/A変換器だ。リニアPCMをワンビット信号に変更せず、そのままストレートに処理するのが売り。抵抗が温度変化にたいへん敏感という問題に対しては、対策は怠らないとしている。
R-2R DACでは扱えるサンプリング周波数はネイティブのみだが、FPGAでの動作により、最大8倍のオーバーサンプリング(以下、OS)を可能にし、ネイティブ周波数(=ノンオーバーサンプリング。以下、NOS)とOSの切替え再生が可能だ。S/Nなどスペック的にはOS処理が有利だが、オリジナルの音はあくまでもNOS処理である。
SE300では、アンプ回路をA級とAB級の2つを搭載し、これも選択可能だ。くっきり系のAB級、上質系のA級を切り替えて比較再生できるなんて、これぞ、「オーディオ趣味」だ。そう、SE300は、「サンプリング周波数とアンプ動作の組合せにて、音の違いを愉しむ本格デジタルプレーヤー」なのである。これほど、処理の違いをユーザーに解放したオーディオ機器もない。いつでもどこでも、どんな状況でも多種の聴き比べが順列組合せでできるのである。
SE300のオーディオ回路のブロックダイアグラム。FPGA(プログラム可能なゲート素子)でのデジタル領域での各種信号処理を経て、ディスクリートR-2R DACセクションでデジタル信号からアナログ信号に変換。その後、増幅アンプ部とボリュウム回路、出力端子(アンバランス/4.4mmバランス/2.5mmバランス)へと信号が伝達される流れだ。増幅アンプの「クラスA」と「クラスAB」の方式切替えが可能となるほか、FPGA部分での「オーバーサンプリング(OS)」と、「ノンオーバーサンプリング(NOS)」の処理設定も任意で選択できる。こうしたユーザー側への設定開放の仕組みを活用して、積極的に音調を調整できる点もSE300の魅力の一つだ
まず、本プレーヤーの基本として、「NOS+AB級」でのクォリティを確認する。曲は、藤田恵美の最新アルバム『Headphone Concert 2022』から、「All My Loving」(176.4kHz/24ビット/FLAC)。ライヴ収録だが、PAの濁った音を排し、スタジオ品質で録音、優れた音質を確保している。「NOS+AB級」では藤田恵美の特質の優しさ、暖かさ、そして人間味、そして音の粒子のヴィヴッドさ、細やかさ、奥に居るヴァイオリンの艶感と伸びやかさ、4ビートのギターのリズムの切れ味……など、音源が持つ音の特性を、確実にハイフィディリティに再生していると聴いた。
各モードの違いを聴こう。まずアンプはAB級のまま「OS」に変更。大いに変化があった。レンジ感、解像感、質感が違った。「NOS+AB級」ではいまひとつわからなかった、ベースの一音一音の輪郭の立ちがより明確になった。音の始めを強く、勢いを込めて弾く様子が手に取るように分かる。藤田恵美のヴォーカルも格段の再現性だ。ヴェールを取り去ったように透明に、音のヌケの高さ表現も向上し、さらにクリアーになった。声の表現性の細やかさも増した。ライヴ収録ならではの会場の響きも格段に濃密になった。前述したギターのリズムのキレも、より繊細さが増した。ヴァイオリンも色数が増えた。
次に「OS」のまま、アンプの処理を「A級」に変更。いま述べた違いの部分が、より明瞭になる方向だ。レンジ感の天井がさらに高くなり、楽器音に細やかなグラデーションが与えられ、音進行の初速が加速され、ヴォーカルにはさらに暖かくなり、表情によりヒューマンさが加わる。レトリックで言うと、〈より藤田恵美的になった〉のだ。「NOS+AB級」でも十分以上のクォリティを聴かせたが、「OS+AB級」、さらには「OS+A級」では、ヒューマンな味わいが濃くなった。
大編成ではどうか。私の最近のリファレンス音源からドゥダメル指揮ロス・フィルの『チャイコフスキー:くるみ割り人形』から「行進曲」。ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールでのライヴ収録だ。「NOS+AB級」からして、素晴らしい音調だ。安定感が高く、質感がこまやか、各楽器の音色もカラフルに捉えられている。本録音の水準の高さがよく分かる再生音だ。
「OS+AB級」に変えた瞬間、空気がパッと透明に、ソロ楽器の音像が鮮明になった。冒頭の金管合奏が醸し出される倍音感がより明瞭になった。チェロの低域から高域への急激グリッサンドも、より深くから音が発せられ、上行の表情がより濃密になった。さらに「OS+A級」では空気感がまるで違った。「OS+AB級」ではソロ楽器は一点から直線的に音を放射していたが、「OS+A級」では発音とともに、周囲の空気を押し上げ、立体的な音場をその回りにつくり、次の段階で、ホール全体に拡散し、鳴り響くという、時間軸の流れが聴けた。再生音にわくわくするような音響的な音楽性を付加するのが、「A級」アンプ回路の矜持と聴いた。
結論
オーバーサンプリング設定とアンプ方式での音調変化が楽しい
紙幅がなくなったが、試聴ではビートルズのハイレゾリマスターの「レット・イット・ビー」も聴いた。本文で述べた通り、「NOS+AB級」でははっきり、くっきり明確に、「OS+AB級」でヴォーカルと演奏に質感が加わり、さらに「OS+A級」ではこまやかなニュアンス感、情緒性、しなやかさが加わる……、という音変化は共通。ヴォーカル、オーケストラ、バンド演奏と聴いてきたが、基本的なR-2R DACの高性能に加え、サンプリング周波数、アンプ駆動の選択にて、これほどの音調変化が楽しめるとは、嬉しい驚きだ。
本記事の掲載は『HiVi 2023年秋号』