宮﨑 駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』が、公開から1ヵ月以上を経た現在も大ヒットを続けている。本作は事前情報が制限されていたこともあってSNS等で様々な考察が発信されているが、それ以上に映像とサウンドデザインの完成度が高いことに注目して欲しい。StereoSound ONLINEでそんな話題作で撮影監督を担当した奥井 敦さんと、ポストプロダクション担当の古城 環さんというキーマンにインタビューを実施、作品作りに関する深いお話をうかがっている。後編では、ドルビーアトモスを始めとするサウンドデザインについて紹介したい。インタビュアーはジブリ作品を愛する潮 晴男さんだ。(StereoSound ONLINE編集部)

『君たちはどう生きるか』
●原作・脚本・監督:宮﨑 駿●製作:スタジオジブリ※全国公開中
 
宮﨑駿監督10年ぶりとなる長編映画最新作『君たちはどう生きるか』。本作のタイトルは、宮﨑 駿監督が少年時代に読み、感動した、吉野源三郎著「君たちはどう生きるか」からお借りしたもの。宮﨑監督のオリジナルストーリー作品です。

リポートの前編はこちら ↓ ↓

——さて、『君たちはどう生きるか』では音声マスターも複数制作されていますが、順番としては5.1chが最初だったのでしょうか?

古城 今回は、サウンドデザインを音響演出の笠松広司さんにお願いしており、仕込みはすべてドルビーアトモスネイティブです。まずその素材を使って東宝スタジオで7.1ch版と5.1ch版を作成しましたが、それに3週間ほどかかりました。

 その後東映デジタルセンターで、ドルビーアトモスのミックス作業を1週間かけて行いました。こちらはシーンによって、オブジェクトベースで定位を動かしたり、サラウンドの音を高い位置に持っていくといった微調整を加えています。フロントL/C/Rの音は同じですが、サラウンドの空間的な広がりが変わっていると思います。

 そういう意味では、今回の7.1ch/5.1ch版とドルビーアトモス版は、音の素材は同じですが、最終的には劇場の再生環境、システムに合わせた音づくりを別々に行っています。

 またドルビーアトモス用のDCPにはバックアップとして7.1ch音声が入っていますが、この7.1chはドルビーアトモス音源からトラックダウンしたバージョンで、7.1chで上映されているものと作り分けています。

 スタジオジブリとして、最初からドルビーアトモスで制作した作品は今回が初めてとのことでした。

古城 弊社のドルビーアトモス公開作としては『劇場版 アーヤと魔女』に続いて2作目ですが、あちらは5.1chからの変換でした。企画段階からドルビーアトモスを採用すると決まっていたのは初めてです。それもあり、早くからポスプロも東宝スタジオと東映デジタルセンターを押さえたわけです。

 それも凄いですね。今時こんなに音響のダビングに時間かけられる劇場作品はない。

古城 しかし最終的に仕上がった音を聴いたら、東宝スタジオで3週間かけてミックスしたよさはあったと実感しました。

 音楽についてはピアノが主体で、いつものジブリ作品とは印象が違うなぁと感じました。これは宮﨑監督の意向ですか?

古城 それもありますし、久石 讓さんからも今回はオーケストラを使わないでいい感じがするねという話がありました。

 今回も音楽のトラックダウンは東宝スタジオでやっているんです。セリフや効果音を聴ける状態で久石さんに立ち会ってもらって、確認作業を進めました。その結果、音楽の聴かせどころも最初とはまったく違ってきたんです。

 久石さんから音楽をこんな風に変えたいといったリクエストはあったんですか?

古城 もちろんありました。そこはすごく重要だと思っていたので、音楽のミックスだけでも4日ほどかけています。久石さんもセリフを確認してから、ここは弾き直しましょうとレコーディングの段階で言ってくれたこともありました。

 また笠松さんから、ここの音楽を外してみたいといった提案もあったんです。笠松さんも久石さんもその場に居るので、じゃあ1回音楽なしで聴いてみますかといった検証もすぐにできました。

——先ほどIMAXの音声は12.0chと5.0chで上映しているというお話でしたが、その音作りは日本で行ったのですか?

古城 東宝スタジオはIMAX社と契約をして仕様を開示されているので、5.1chから5.0chへのシミュレーションが可能でした。そこで笠松さんと一緒にその音を聴いて、IMAX用の5.0ch版を仕上げました。

 12.0chについては、日本国内にシミュレーションができる環境がありませんので、5.0chと同じ印象にして欲しいというリクエストと一緒にドルビーアトモスの音素材を北米のIMAX社に送って仕上げてもらっています。向こうで変換した12.0ch音声をIMAXシアターで確認しましたが、まったく問題ありませんでした。

 音のまとまりには満足しているんですね。

古城 そうですね、どのフォーマットもうまく仕上がっていると思います。それよりも、今回のサウンドデザインは全体的に静かなので、ポップコーンを食べる時間がないとよく言われます(笑)。

 確かに丸の内ピカデリーで見た時に、隣の編集者の鼻息まで聞こえそうだった。

古城 元々そういう音作りにしていますので、劇場側でボリュウムを絞ってしまうと聴こえなくなるんじゃないかという心配はありました。実際にはそんなこともなかったので安心しましたが。

——冒頭のシーンでは、ダイナミックレンジをフルに使った音作りがなされていましたね。

古城 冒頭のサウンドデザインは、最初はまったく違う形だったんです。しかしミックス作業を進めていく間にこの形に落ち着きました。その意味では、悩む時間がたっぷりあったのもよかったかもしれません。

 ジブリ作品らしく、セリフもひじょうに聞き取りやすいものでした。

古城 声の収録では、演者さんによってマイクを2種類使い分けているんです。

今回の取材に協力いただいたおふたり。写真右が株式会社スタジオジブリ執行役員 映像部 部長 エグゼクティブ イメージング ディレクター 奥井 敦さん、左が同ポストプロダクション部 部長 古城 環さん

 そうなんだ。マイクは何を使ったんですか?

古城 ノイマンの「U87ai」とBlueの「Dragonfly」です。テストのときに2本立てておいて、その場でマイクを通した声を聞いて、この人はこっちという具合に決めていきました。本当はもっとたくさんのマイクを試したかったのですが、時間的な余裕もなかったので2本で試したのです。

 男性、女性ということではなく、役者の声質に合わせたんですね。それだけていねいな収録をした素材で、どんなイマーシブサラウンドに仕上げるかについては、笠松さんと相談したんですか?

古城 笠松さんは既に多くのドルビーアトモス作品を手掛けていますので、細かい打ち合わせは必要ありませんでした。今回ポイントになったのは、サラウンドをどう使うかでした。

 この作品はそこまでオブジェクトを派手に動かす要素がない、というか鳥の移動感くらいしか活用する場所がなかったのです(笑)。しかも賑やかしみたいなシーンですから、ある程度暴れていても違和感がない。そこで、今回はオブジェクトの移動感よりも空間の広がりを重視しました。

 個人的にはもう少し音で遊んで欲しかった気もしますけどね。

古城 いやいや、あれで充分ですって。もちろん音数を増やそうと思えば増やせるんですが、そうなるとうるさい印象になりそうで、難しいですね。

 今回は、音作りを始める段階で映像がだいたい出来上がっていたのですが、久石さんと一緒に約2時間、音のない状態でプレビューを見たのはキツかったですね(笑)。絵のエネルギーだけでもうヘロヘロになって、ちょっと休憩しましょうみたいな感じでした。絵の情報力が多いので、あまり音で補足する部分もないなぁと思ったくらいです。

 だからラストシーンで音が爆発した?

古城 派手なサウンドデザインは最後の最後まで我慢したところはあるかな。これから見る方には、前半は本当に静かですが、45 分待ってくれたら楽になりますよと伝えたいですね。音を作っていて、そういう風に感じたくらいですから(笑)。

——ドルビーアトモスとDTS:Xの両方の方式で上映されたのも、初めてとのことでした。

古城 今回IAB(イマーシブ・オーディオ・ビットストリーム)-DCPというフォーマットが登場し、サーバーが対応していればドルビーアトモスとDTS:Xの両方の劇場で上映できるということでした。北米では今後この方式が主流になるという噂も聞いていたのですが、日本では正確な情報がほとんどなかったんです。

 そんな中、Imagica EMSが規格の詳細を調べて、同社の試写室のサーバーをバージョンアップしDTS:X再生に対応してくれたんです。その結果、ドルビーアトモスとDTS:Xの両方で再生できることが確認できたので、上映が実現しました。弊社としては、日本だけでなく海外での上映も視野に入れていますので、このフォーマットでいけるのであれば、その方がいいだろうと判断しました。

 本当に全フォーマット対応なんですね、偉いなぁ。

古城 DTSには『ホーホケキョ となりの山田くん』や『ハウルの動く城』のフィルム上映の頃からお世話になりましたからね。IAB-DCPにすることで少しでもイマーシブで上映できる劇場が増えるのであれば、こちらもありがたいですし。

——その他に、今回の作品づくりでおふたりが苦労した点、こだわったポイントはありましたか?

奥井 アニメーションの制作期間が長いと、最初の頃に描いたカットを後で見て修正した方がいいかなと思うことがあるのですが、今回はそれがなかったんです。ある程度仕上がってきた時に見直しても、ちゃんと最初からできているなと確認しただけで済みました。

古城 すごく細かい事を言うと、IMAX版はカウントダウントレーラーから始まりますが、あれはかなりの爆音なんです。それに続いて東宝とトトロのロゴが出て、本編が始まった時に、ちょっと爆音の印象が残っていると感じたのです。そこで最後のテストの時に、トレーラーが終わった後に黒みを3秒足して下さいとお願いしました。

 IMAXの爆音からクールダウンしたわけですね。

古城 ちょっとだけクッションを置きたかったんです。エンディングでも、本編が終わってすぐにIMAXの問い合わせ先がばーんと映し出されますので、ここも2秒ほど余裕を持ってもらいました。

 よくそこまで細かいオーダーに応えてくれましたね。

古城 最後のプレビューの時に、北米からグレーディングエンジニアが来日して一緒にチェックしたんです。その時に、 “バージョンがいっぱい増えちゃってごめんね” と謝ったら、“大丈夫だよ、ノーランより少ないから” と言ってました(笑)。

 ところで、今回はフィルム版も作っているんでしょうか?

古城 アーカイブ用として、35mmのカラーネガと3色分解のモノクロフィルムを作っている最中です。

 カラーネガがあるということは、プリントを作ればフィルム上映も夢じゃない。それも見てみたい気がするなぁ。

——『君たちはどう生きるか』がパッケージになるとしたら、当然4K/HDRで、イマーシブ音声も収録されますよね。

古城 パッケージについては何も決まっていません。というか、ソフトメーカーがどんなフォーマットでラインナップしてくれるか次第ですね。今回は弊社の単独出資作品ですので、パッケージソフトの発売元もこれから決めるという状態です。

 気が早いけど、宮﨑監督の次回作はどうなるのでしょう? 『君たちはどう生きるか』を見ていると、まだまだ作品づくりができるでしょ、という気がしたんだけど。

古城 次ですか! どうでしょう、やるのかな?

 今、これだけのクォリティとこだわりを持った作品を作れるのはジブリしかないでしょう。ファンはみんな期待していますから、おふたりも頑張って下さい。

(8月3日スタジオジブリ試写室にて)

『君たちはどう生きるか』の豊かな色彩感と、印象的なサウンドデザインに感心した。
これは、繰り返し味わいたくなる奥深い作品だ …… 潮 晴男

 待望の宮﨑 駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』を、有楽町・丸の内ピカデリーのドルビーシネマで視聴した。

 最初に感じたことは、これまでとは随分描写の仕方が違うなということだった。前半は結構静かというか淡々とした展開で、中盤からはパラレルワールドのイマジネーション溢れる世界が描き出される。ある意味で難解な作品でもあるし、仕掛けがあり過ぎて付いて行くのがやっとだ。

 映像の描写にもこだわりが多く、上映フォーマットごとに細部に手を加えたという話も納得だ。ドルビーシネマでは、色彩感が豊かで、階調性を重視したクリアネスの高い映像を観ることができた。S/Nも申し分なく、暗部でのざらつきも少ない。

 音楽はピアノが中心で、最小限に抑えた印象。打楽器群は使われておらず、時折シンセサイザーが流れる程度に留めた演出が印象に残った。ダイアローグはジブリ作品らしく明瞭度が高く、効果音も要所で盛大に噴出してくるが、シンプルにまとめることで映像への集中力を高めた作りに仕上げられている。

 それにしても未だにこんな脚本が書けるのは、宮﨑監督は相当に頭が柔らかく、若い感性が枯渇していない証拠だろう。一回観ただけでは理解できない部分も多いので、リピートするファンも沢山いると思う。これなら次回作にも期待が持てると感じたのは僕だけではないはずだ。パッケージソフトのリリースは未定ということだが、これだけの完成度を持つ作品なのだから、ぜひ4K UHDブルーレイでのリリースをお願いします。

インタビューはスタジオジブリの試写室で行った。久しぶりにスタジオジブリにお邪魔して、潮さんもどことなく嬉しそう

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