NHKは本日から14日(水)までの3日間、全国のNHK放送現場で得たノウハウやアイデアを活かして開発した最新機器や番組制作への取り組みを紹介する「Tech EXPO 2023」を、渋谷の放送センター1Fで開催している。これまで「NHK番組技術展」と呼んでいたイベントを、リニューアルして開催するという。

 会場には24のブースが準備され、コンテンツ制作や視聴者サービス体験、放送確保・安定送出といったテーマに分かれた展示が行われていた。以下ではその中で編集部が注目したテーマについて紹介したい。

1.IPリモートプロダクション小型中継車

放送センターのエントランスに置かれたIPリモートプロダクション小型中継車

 テレビ中継の現場でも、IP技術を活用した効率的運用が求められており、NHKでも、多様で柔軟な働き方を可能にする「IPリモートプロダクション」の導入を進めているという。

 これまでのスポーツ中継などでは、複数のカメラで収録した映像や音声を現場の中継車内でスイッチングやテロップ挿入などを行い、放送できる状態(完パケ)に仕上げてから局のスタジオに送出していた。この方式ではカメラマン、音声、ビデオエンジニアといったスタッフが10名以上、さらに中継車も2台は必要だったという。

通常使われているSDI信号をIPで送信できるフォーマットに変換し、それらを統合してLANケーブル1本で送り出すといった機材が並ぶ

 しかし今回展示されていたIPリモートプロダクション用では、現場で撮影した映像・音声を中継車内でIP信号に変換してそのまま(4台のカメラで撮影していた場合は4つの映像として)スタジオに伝送、スイッチングや音の調整、テロップ入れなどはスタジオ側で行うという。これにより現場の人数を減らすことができ(スタッフ6名と中継車1台)、より効率的な中継作業が行えることになる。

 IP回線は専用回線を使うとのことだが、1Gbpsの容量があれば2Kコンテンツを5〜6系統送受信できるとのことで、スタジアムのあちこちにカメラがセットされているような状況でも問題はないそうだ。

 今回展示されていた中継者は昨年11月にJリーグの中継で放送用に使われた実績もあるとかで、今後も活用を検討しているとのことだ。ちなみに今回の中継車は既存のものをIP対応に作り替えたそうだが、ネットワークスイッチ以外にも、搭載されている機材をIP対応製品で揃え直しており、今後の中継車ではこういった対応も必要になっていくのだろう。

中継車の内部。これまで通りの運用ができるよう、スイッチャーやモニターも準備する。各機材はIP伝送やリモートコントロールに対応したモデルが選ばれている

2.クラウドテロップ送出システム

テロップ制作自体はクラウド上で行われるので、PCからは必要なデータを送ればいい

 同じくスポーツ中継などで表示されるテロップを、クラウド上で作成しようという提案。従来は中継現場でテロップを作成し、それを放送素材に入れ込んで送出していたが、そのためにはテロップを担当するスタッフも現場にいなくてはならず、中継業務での負荷になっていたそうだ。

 この提案は、テロップの基本的なフォーマットを決めておき、現場からはそこに紹介するデータ(点数や選手名など)だけを送ることで、クラウド上で画面に表示するテロップを作成しようというものだ。データを作る作業は現場にいかなくてもできるし、さらにテロップデータもクラウドから入手できるので、全国の放送局をカバーすることもできる。

 既に2022年のNHK杯フィギュアスケート競技大会などでの静止画テロップ用に一部利用されているとのことで、今後は全国高校野球の地方予選などへの導入を検討している模様だ。

4.デジタル・パターン

デジタル・パターンのデモ。特定のマーカーが印刷されたフリップをカメラで映すと、自動的にある画像(事前に登録しておき、PC側で選択する)に置き換わる

 AR機能を活用したユニークな展示もあった。ニュースやバラエティ番組で解説が書かれたフリップを使うケースはよく見かけるが、これは従来は1枚1枚専用に作られていた。そこで、フリップには特定のマーカーを印刷しておき、これが写ったら画面上で任意の画像をインサートするというのが本展示だ。

 実際に16個の黒丸が書かれたフリップをカメラで撮影すると、リアルタイムで3DCGや海の映像、告知文に入れ替えて表示され、フリップの角度も水平近くまで傾けてもちゃんと認識されるなど、かなり安定した処理が可能になっていた。

5.IP連絡係システム

写真右のタブレットでブラウザにアクセスし、モニター画像やスタジオ音声を確認可能。汎用製品がそのまま使えるのも大きなメリットだろう

 ロケで活躍しそうな提案も行われている。中継現場と放送局の間では、様々な指示をやり取りするための連絡回線が準備されている。特に災害現場などからの中継ではこういった指示系統は重要になるという。

 それに対し、既存のスマホやタブレットを使い、スタジオ映像(低遅延映像)やスタジオ音声、指令用インカム音声などを表示、伝送できるシステムを開発している。しかもこの機能はブラウザベースなので、専用アプリをインストールする必要もないという。既に「列島ニュース」や「ほっと関西」といった番組の中継でも使われているとのことで、今後はさらに多くの番組で活用されていくことだろう。

13.「どうする家康」インカメラVFXミニチュア撮影体験

インカメラVFXの撮影を体験できるミニチュアも並んでいた。小型カメラでこのフィギアを撮影すると、それに連動して背景の映像が変化する

 現在放送中の大河ドラマ「どうする家康」では、インカメラVFXによる撮影が多く使われている。インカメラVFXはハリウッドなどでも使われている撮影技法で、大型LEDウォールで背景を再生し、その前で役者が演技をすることであたかも屋外ロケのような映像が撮影できるものだ。

 カメラにはセンサーがついており、今どの角度で撮影しているかをシステムが認識して背景画像を自動的に修正、違和感のない映像に仕上げてくれる。今回は「どうする家康」の撮影スタジオにLEDウォールを設置し、本格的な運用に取り組んでいるという。

14.MPEG-H 3D Audio制作・配信/受信システム

5.1.4のサラウンド再生システム。PCからの出力をアクティブスピーカーでドライブしている

デコード処理などはすべてPCが受け持っている。MPEG-H 3D Audio対応のスマホアプリを使い、バーチャルヘッドホンによる試聴も考えている模様

 22.2ch音声を、より多くの方に身近に体験してもらいたいというデモも行われていた。22.2chはNHK BS4K/8Kの一部番組で採用されているイマーシブフォーマットで、イベント等で多くデモされてきた。しかし22.2chを家庭そのまま再生できる機器はまだ登場しておらず、直近ではパナソニックの4Kレコーダー「DMR-ZR1」に22.2chからドルビーアトモスへの変換機能が搭載されて話題になったくらいだ。

 今回の展示はそんな22.2ch音声をMPEG-Hを使ってネットで配信することで、全国の展示会やイベント等で体験してもらおうというものだ。エンコーダー/デコーダーを開発し、MPEG-H 3D Audioによる8K/22.2ch音声を複数の遠隔地に届けられるという。

 再生用プレーヤーソフトはファイル再生、ストリーミング再生に対応している。チャンネルアサインも再生ソフトで行えるそうで、会場では22.2chの音源を5.1.4のイマーシブサウンドに変換してデモしていた。

17.スマートテレビをさらにスマートに!

左がテレビにインストールした場合の操作画面で、右はスマホアプリで操作を行う場合

 放送と通信の融合をもっと簡単に実現したいという狙いから生まれたアプリが展示されている。現在のスマートテレビは、放送と配信それぞれのメニュー系統が分かれており、どちらのコンテンツを見たいのか視聴者が恣意的に使い分ける必要がある。

 本提案ではリモコンやスマホのボタンひとつでシームレスに放送と配信を楽しめるようになっている。先日の技研公開でも展示されていた内容を今の技術で実現できるよう簡略化したもので、テレビにアプリをインストールし、そのメニュー画面からコンテンツやアプリの呼び出しを行うタイプと、スマホアプリで番組選択等を行って、その結果をテレビに反映するタイプの2種類が提案されていた。

NHK Tech EXPO 2023
●開催期間:6月12日(月)~14日(水)午前10時30分~午後5時30分(最終日は午後5時まで)
●会場:NHK放送センター(東京・渋谷)正面玄関ロビー
●入場:無料(事前予約なし)