連載「アナログ道楽」の第一回はいかがでしたでしょうか。レコード再生にとって重要な役割を担うカートリッジだからこそこだわりたい……。読んでくれた読者諸氏の一人でもそんな気持ちになってくれたら、ぼくもとても嬉しいです。

 さて第二回となる今回は、レコード再生の基礎となるプレーヤー周りについてです。皆さんご存知の通り、レコードを聴くにはカートリッジのほかに、トーンアームとターンテーブルを組み合わせたプレーヤーシステムが必要です。レコードの盤面に直接触れるカートリッジに注目が集まるのは致し方ないとしても、その他の要素もあだや疎かには出来ない。というのも、どこかにウィークポイントがあると、どうしてもその部分がボトルネックになってしまうから。

 カートリッジは簡単に交換できるのでグレードアップも比較的容易だが、トーンアームの交換はハードルが高い。しかしながらこの部分でも音は大きく変化する。もし今のプレーヤーシステムに不満があるのなら、トーンアームにも目を向けてみてください。

トーンアーム:カジハラ・ラボ 「KL-UA01」 ¥242,000(税込)

●全長:305㎜
●実効長(回転部中心〜針先):228㎜
●有効長(回転部中心〜ターンテーブル中心):212mm
●オーバーハング:16㎜
●オフセットアングル:23度
●針圧調整範囲:0〜3g
●アーム取り付け穴径:Φ22㎜
●内部線材:6N/OFCハイブリッド
●適応カートリッジ(ヘッドシェル含む):19〜32g(サブウエイト併用時)
※付属品:ヘッドシェル、出力用フォノケーブル、サブウエイト

トーンアームはカートリッジの性能を引き出すための大切なパートナー

 というわけで、今回はカジハラ・ラボを主宰する梶原弘希さんにご登場いただきます。梶原さんはオーディオ業界に足を踏み入れて40年以上の経歴を持ち、オーディオの輸入商社でビジネスの経験を積んだのち自社のブランドを立ち上げたスペシャリスト。そして彼はまた、独立系のオーディオ製品をプロデュースすることでそのブランドを広く世に知らしめる役割を担って来た。前半ではカジハラ・ラボのトーンアームを紹介するが、後半は神田栄治さんが興したミューテックのMC型カートリッジについても話してみたいと思う。

 カジハラ・ラボのトーンアーム「KL-UA01」はプラグイン方式のユニバーサル型である。このモデルは梶原さんが輸入商社時代にプロデュースしたスタティックバランス型が原型だが、改良を加え軸受のジンバル・サポートに使われているベアリングの材質を変更するなどして感度を大幅に高めたところに特徴がある。

 そしてもうひとつのポイントは、その価格だ。今やアナログオーディオ全盛時代と違って、単体のトーンアームはきわめて数が少ない。さらに高価な製品が多い中¥242,000(税込)という価格はかなり良心的なお値段だと思う。このプライスは金型代などの減価償却が完了しているから出来ることで、「新規に製作したら2倍にはなると思います」とは梶原さんの弁だ。製作を受け持っているのは、東京の国立市にあるIT工業だが、「長年の信頼関係から製造原価を据え置きにしてもらい、この価格で提供できています」とも話してくれた。

 今回はぼくが愛用するテクニクスのターンテーブル「SP-10R」にKL-UA01を取り付けて試聴した。カートリッジには後述するミューテックのMC型「RM-KAGAYAKI《耀》」を組み合わせている。

(1)SP-10Rと組み合わせるトーンアームを交換する

潮さんはテクニクスのターンテーブル「SP-10R」を、桜材を使ったオリジナルのターンテーブルベースに取り付けている

トーンアーム部はベースプレートから交換可能な構造になっている。潮さんは、「KL-UA01」に合わせた位置に下穴を空けたベースプレートを新たに準備してくれた(写真下側)

「KL-UA01」には取り付けに必要な金具やビス、フォノケーブルやサブウエイトなどの一式が付属している。今回は梶原さん自ら、取り付け作業を行ってくれた

 インプレッションの前にもう少しトーンアームの役割について述べておこう。アナログレコード入門層の中には、トーンアームってそんなに重要なアイテムなの? と思っている人もいるだろう。トーンアームは単にカートリッジを支えるための“棒”ではなく、レコード溝のトラッキング能力を左右する大切な存在であり、正しい針圧をカートリッジに与える役割を果たす。

 また機能としてインサイドフォース・キャンセラーがあるが、これはレコードの回転方向に針先が引っ張られる力をキャンセルするためのものだ。トーンアームによってはこの機能を備えていないモデルもあるが、レコードの内周側に常に針圧が余計にかかるのを防いでくれ、針先の片減り対策にも有効である。

 トーンアームを取り付ける時、あるいは交換する時に気を付けなければならないのが、オーバーハングと水平方向の調整である。カートリッジの正確な動作のためにもこの作業は厳密に行いたい。KL-UA01には、トーンアームを取り付けるためのテンプレートが付属しているので、位置決めが終わったらあとはヘッドシェルでオーバーハングが16mmになるように微調整を行なう。水平出しは多少難しいかもしれないが、定規を当ててトーンアームの軸側のパイプの位置とカートリッジが盤面に降りた時の高さを同じにすれば、正しいトラッキングアングルが得られる。カートリッジの性能を引き出すためにも、この部分については慎重に設定していただきたい。

(2)トーンアームの位置微調整を追い込む

付属のメジャーを使うと、「KL-UA01」の設置位置を簡単に割り出すことができる

潮さんが日頃愛用しているトーンアームのサエク「WE-4700」を取り外し、そこに「KL-UA01」を取り付けている。写真の窪んだ箇所に「KL-UA01」を取り付けたボードをセットする

フォノケーブルは潮さんが愛用しているサエク製を流用し、プリメインアンプのマークレビンソン「No.32L」のMC入力に接続した

アナログレコードから音の命を紡ぎ出すミューテックのMC型カートリッジ

 続いて今回のもうひとつの目玉である、ミューテックのRM-KAGAYAKI《耀》について紹介しよう。読者の中にはミューテックという名前に馴染みのない人もいると思うが、同社は2013年に神田栄治さんによって新潟市で創業されたブランドである。

 神田さんはそれ以前、国内外の名だたるMC型カートリッジと昇圧トランスの開発に50年以上も携わってきた名匠だが、自ら名乗りを上げたことはなく、長きに渡り黒子に徹してきた。しかし、生まれ故郷の新潟に拠点を移した後、長年温めてきたMC型カートリッジの磁気回路に、リングマグネットという自ら考案した新機構を取り入れたもの作りに着手したのである。

 一般的にMC型カートリッジはオルトフォンが開発した磁気回路を範としている。ここにはヨークと呼ぶ磁力線を制御する軟鉄が使われているが、上手くコントロールしないと磁気歪み発生の要因になるため、いろいろと工夫が凝らされてきた。ところが神田さんが開発したリングマグネット方式はヨークを使わないところに大きな特徴がある。そしてネオジウムマグネットを用いた磁気回路の中に特殊なコア材にコイルを巻いた発電機構を埋め込むことで、これまでにない効率に優れたメカニズムが完成した。

 こうして誕生した一号機「LM-H」MC型カートリッジは、インピーダンスがわずか1.3Ωにもかかわらず、0.4mVという驚異的な出力を実現したことで話題を集めた。2015年に誕生した2号機の「RM-KANDA」では、梶原さんも開発に加わり、ボディにブラックロジウムメッキを施してハウジングの強度を極限まで追い求めた結果、音の品位をさらに高めることに成功している。まさに神田さんが理想とする音へさらに近づいたのである。

MCカートリッジ:MUTECH「RM-KAGAYAKI《耀》」 ¥275,000(税込)

「RM-KAGAYAKI《耀》」。写真は潮さんの手持ちヘッドシェルに取り付けた状態です

●発電方式:ヨークレス・リングマグネット方式MC型
●出力電圧:0.4mV(1KHz 3.33cm/sec)
●適正針圧範囲:1.8〜2.0g
●再生周波数範囲:10〜45.000Hz
●内部インピーダンス:2.0Ω
●クロストーク:28dB以上(1KHz)
●チャンネルバランス:0.5dB以内(1KHz)
●スタイラスチップ:セミラインコンタクト
●カンチレバー:φ0.3mm無垢ボロン
●自重:8.3g
●ターミナル・ピン:ロジウムメッキ
●針交換:発電ユニット交換¥178,200(税込)※お求めの販売店にお問い合わせください

 ぼくは梶原さんを通じて、当時RM-KANDAの試作品を試聴させてもらったが、その時の鮮烈なサウンドは今でもはっきりと覚えている。これがご縁で二度ほど新潟にある神田さんの工房を訪れる機会を得た。お会いした時すでに神田さんは84歳だったが、とてもそんなお歳には見えないアグレッシブな姿が印象に残っている。

 その後神田さんはここで紹介する3作目のRM-KAGAYAKI《耀》の開発に着手する。このモデルは自ら理想とするMC型カートリッジを、より多くのオーディオファンが手に取れるようにと、RM-KANDAをベースによりシンプルに、そして製作しやすい形にまとめたものである。

 神田さんは2020年に亡くなってしまったが、前述したIT工業に製造が移管され、そのフィロソフィは神田さんの薫陶を受けた女性スタッフに受け継がれている。今手にできるRM-KAGAYAKI《耀》は、いわば新生ミューテックの第一弾ということになるが、そのサウンドには紛れもなく神田さんの魂が宿っていると感じた。

 RM-KAGAYAKI《耀》はリングマグネットにネオジウムを採用した世界で唯一の発電機構を持つMC型のカートリッジであることに変わりはなく、インピーダンス2Ωの発電コイルから0.4mVの出力電圧を発生する。針先は無垢のダイアモンドを用いたセミラインコンタクト形状で、カンチレバーには無垢のボロンを使った本格的な仕様だ。

アナログ道楽的には、トーンアームとカートリッジの交換は同じくらいの音質改善効果がある

(3)「KL-UA01」に「RM-KAGAYAKI《耀》」を装着

「KL-UA01」はユニバーサルタイプなので、カートリッジの交換も簡単に行える。写真は、付属のサブウエイトを取り付けた状態

針圧は、カートリッジ推奨値の上限である2.0gにセットした。ちなみにここまでの設置・調整はすべて梶原さんが担当してくれています

いよいよ試聴をスタート。潮さんは普段からカートリッジの「RM-KAGAYAKI《耀》」を愛用しているので、今回はトーンアームを「KL-UA01」に交換した効果を聴いたことになる

 それではいよいよ、KL-UA01にRM-KAGAYAKI《耀》を取り付けてレコードを試聴した印象をお届けしよう。

 トーンアームのバランス調整を行なった後、直読式カウンターウェイトの針圧を2.0gにセットした。RM-KAGAYAKI《耀》の適正針圧範囲は1.8g〜2.0gだが、ぼくはほとんどの場合、安定した再生が行えるよう規定針圧の上限で使用する。一般的には針圧が重いとレコードが傷みやすいと考えがちだか、トレース時に弾性変形しても音溝はすぐに復元するので心配はないし、逆に針圧不足の方がレコードを痛める要因を作るので、充分な針圧で再生することをお薦めする。

 ウルトラアートレコードのLP、情家みえ『エトレーヌ』から聴いたが、音の輪郭のはっきりした、まさしく名前通りの“耀き”に満ちたサウンドを再生する。ピアノの音色もとても艶やかだし、ヴォーカルからもアルトらしい中音域のしっとりとした感じが伝わってくる。

 続いてステレオサウンド社が5月にリリースした夏川りみの『南風』のリマスター盤からB面の最後に収められている「涙そうそう」を選んでみた。音源にアナログマスターを使用したというこのバージョンは、バランスがよく、情緒感たっぷりに夏川の歌声を描き出す。改めてこのトーンアームとMC型のカートリッジの相性がいいことを確認した。

取材時は、潮さんの長年の愛聴盤や自身がプロデュースした作品などを中心に試聴している。写真右上『1812年』での有名な大砲の音もまったく問題なく再生できた

 続いてはテラークレコードが1979年にリリースしたエーリッヒ・カンゼル指揮シンシナティ・シンフォニー・オーケストラが演奏するチャイコフスキー『1812年』をかけてみた。このレコードの凄いところは、音溝を目で見て、どんな信号が刻まれているのかはっきりとわかることだ。

 特に後半に収録されている実物の大砲の音は、その音圧の高さから、当時トレースできないプレーヤーが続出した。文字通りプレーヤー泣かせの危険なコンテンツというわけだが、今回の組み合わせではこの部分も無事通過し、効果音的な大砲と鐘の音とともにオーケストラの演奏を混濁なく聴かせてくれたのである。

 普段ぼくはSP-10Rにサエクのトーンアーム「WE-4700」を組み合わせて使っているので、どうしても比較してしまうのだが、先鋭的な表現力ではWE-4700に一歩譲るものの、KL-UA01はウェルバランスでどんなプログラムソースも柔軟な姿勢でこなすし、最内周でのトレース能力も高いので安心して使える。

潮さんの隣が、株式会社カジハラ・ラボの梶原弘希さん。おふたりは数十年来のおつきあいで、“アナログ道楽” の世界を追求し続けている仲間だそうです

 RM-KAGAYAKI《耀》は作り手の思いが乗り移ったような切れが良く明快な音を奏でる。オーケストラ楽曲に対しても明瞭度の高さを聴きとることができるし、ビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビー』でもピアノとベースとドラムのブラシワークのアンサンブルをバランスよく再現する。またぼくがプロデュースした78回転盤『バルーション78』でも、ピアノやリズム楽器のニュアンスをしっかりと捉えて音楽を気持ちよく聴かせてくれた。

 既製品のプレーヤーシステムではトーンアームが交換できるモデルは少ないが、アナログ道楽的な観点からすれば、カートリッジのグレードアップ同様の効果が得られるはずだ。我こそはという読者はぜひともトライしていただきたい。