食道楽、着道楽、オーディオ道楽……、“道楽”という言葉はどこか蠱惑的な響きがある。元々は仏教用語で、修行によって得た悟りを楽しむことを表していたそうだが、時代の流れとともに趣味に没頭して得られる楽しみを表現する言葉になった。ここで言う“アナログ道楽”は、文字通りアナログレコードの再生に熱中すること。もちろん熱中するからには、それなりのお作法も必要になる。本連載ではアナログレコード再生に必要なアイテムの使いこなしを中心に、入門層から熱心な愛好家にまで楽しんでもらえる“アナログ道楽”のイロハをお届けしたい。第1回は、フェーズメーションのMC型カートリッジ「PP-200」をピックアップする。

フェーズメーションの物作りに関する、潮さんのインタビューはこちら ↓ ↓

”潮晴男のアナログ道楽” 第1回 麗しの女性ヴォーカルを、フェーズメーションのMC型カートリッジ「PP-200」で聴く

youtu.be

 十数年前まで、アナログレコードはニッチなビジネスだった。ところが2022年の日本国内のレコードの売り上げは2012年の約20倍、40億円にまで達する勢いを見せている。もはやブームでは済まされない社会現象になったと言ってもいいだろう。ハイレゾ配信やサブスクリプションが当り前の時代に、何もわざわざレコード再生に取り組まなくても、という読者もいるとは思うが、レコードでなければ味わうことの出来ない世界があるのも事実だ。

 アナログレコードの魅力は何と言っても帯域制限のないナチュラルな再現力とふくよかなサウンドだろう。1982年にCDが誕生した時、オーディオファンは諸手を挙げて歓迎した。レコードに比べ扱いが簡単で、音質の平均点を向上させたからだ。しかし同時に、手間暇をかけて音質を追求するというオーディオとしての楽しみもなくなってしまった。個人的にはこれが寂しく、自宅ではずっとアナログレコードを聴き続けてきた。

 読者諸氏がこれからアナログに取り組もうと考えているなら、まずはきちんとした再生環境を用意し、そこから第一歩を始めてほしい。そして物足りなく感じたら、グレードアップを検討する。音溝の奥底に潜む情緒あふれるサウンドを、ぜひアナログレコードで味わっていただきたい。

MCカートリッジ:フェーズメーション PP-200 ¥121,000(税込)

●発電方式:MC型
●出力電圧:0.3mV以上(1kHz、5cm/sec)
●インピーダンス:4Ω
●適正針圧:1.7g~2.0g
●自重:10.3g
●針交換価格:¥72,600(税込)
●備考:ネオジウムマグネット採用
●問合せ先:協同電子エンジニアリング(株)TEL 045(710)0975

 そんなアナログならではの魅力を積極的に楽しむ第一歩として、本連載はフォノカートリッジの紹介から始めてみよう。なぜカートリッジなのかというと、この部分で取りこぼした信号は、その後にどんな手立てを講じても取り戻すことは出来ないからである。

 今回取り上げた「PP-200」は、フェーズメーションのMC型カートリッジの中でも比較的手に取りやすい価格帯の製品である。同社は管球式アンプでも名高いオーディオメーカーであり、アンプに採用している真空管はリニアリティの高い3極管だけ、しかも負帰還に頼らないこだわりのもの作りが多くのファンを魅了してきた。

 カートリッジについても、創設者で会長を務める鈴木信行さんの信念を貫き、一号機の「P-1」からMC型を作り続けている。その歴史については、同社オーディオ開発部主任技師の斎藤英示さんにインタビューも実施したので、そちらの動画も併せてごらんいただきたい。

 僕はこれまでフェーズメーションのカートリッジの礎を作ったのは業界のレジェンドである菅野さんだとばかり思っていた。ところが実際の社歴としては斎藤さんの方が先行しており、菅野さんが加わったことで素晴らしいケミストリーが生まれ、「PP-2000」や「PP-1000」といった名機が誕生したのである。

アナログレコード再生は50年以上楽しんできたという潮さん。長年の経験で培ってきたノウハウをこれからの連載で開陳していただきます

 とはいえ、フェーズメーションの音の魅力をもっと多くのオーディオファンに知ってもらうには、ハイエンドのカートリッジだけでは難しい。PP-200はそんな想いに対する、彼ら自身が出した答えである。ヨークに純鉄、磁気回路にネオジウムマグネットを採用して、磁気変換効率を高めることでエネルギー感をしっかりと捉える製品に仕上げている。

 カンチレバーはボロン、スタイラスチップは天然ダイアモンドのラインコンタクト針という豪華版。ボディはアルミの削り出しだが、ブルーのアルマイト処理が、黒一色だったフェーズメーションのカートリッジの中ではひときわ斬新なイメージを醸し出している。

 またこのモデルは製造工程を簡略化してコストを抑えているが、面白いのは動画インタビューにもあるように、エージング工程も省略してしまったことだ。ということはこのカートリッジのユーザーとなった暁には、使い込んでいくほど音質が向上するという経験ができることになる。

 今回自宅でPP-200を試聴して、ぼくは直感的にヴォーカルの再現力に秀でたカートリッジだと思った。そこで日頃愛聴する女性ヴォーカルのレコードをじっくり聴いてみることにした。

 最初にブエノスアイレス出身で、今はロサンゼルスを拠点に活躍するカレン・ソウサの『夜のベルベット』から、10ccが1975年にヒットさせた「アイム・ノット・イン・ラヴ」のカバー曲を再生してみた。オリジナルのイメージを壊さない見事なジャズ・アレンジが施されているが、PP-200は充分なレンジ感とともに、演奏のフレッシュさを伝えるし、ラテン系の女性らしい情熱的で妖艶なアルトの声を描き出す。正直なところこれにはやられたなと思った。

アナログレコードも最高の音で楽しめるよう、こだわりのシステムを構築したニコタマ劇場

潮さんはご自宅では2台のアナログレコードプレーヤーを使い分けている。今回試聴した「PP-200」は、テクニクス「SP-10R」と組み合わせた

<潮邸のアナログ再生システム>
●レコードプレーヤー:テクニクス SP-10R
●トーンアーム:サエク WE-4700
●フォノイコライザー:マランツ Model7(フォノ入力のみ使用)
●プリアンプ:マークレビンソン No.32L
●パワーアンプ:パス XA-100
●スピーカーシステム:ATC ACM100sl

 続いてアデルが2021年にリリースした『30』から「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」を聴く。このアルバムは国内プレスのブラックヴァイナル仕様と海外プレスのクリアヴァイナル仕様があるが、今回聴いたのは国内盤だ。このレコードでもフォーカス感に優れたヴォーカルが耳元へと届く。落ち着きのあるアデルの声を軽快にそしてていねいに聴かせてくれたのである。

 そしてもう一枚、慣れ親しんだ情家みえの『エトレーヌ』から「ムーン・リバー」をかけてみた。ここでも等身大の彼女の姿をありありと描き出してくれた。CDに比べるといくぶん可愛らしさが増す感じだが、いずれにしてもPP-200は、声の質感を見事に描き出すカートリッジであることは間違いない。

 動画インタビューの際にフェーズメーションの試聴室で、同じレコードを使って上位カートリッジとの音の違いを確認してみた。「PP-2000」は耳の保養になる奥ゆかしさを、最上位モデルの「PP-5000」はハイエンド機に相応しい広大な空間とともに、実に品位の高いサウンドを体験することが出来た。

 またこの環境でもPP-200の音を確認しているが、持てるパフォーマンスを精一杯発揮しようと奮闘している印象。カレン・ソウサのアルバムでは、屈託がなく鮮度感の高いサウンドを聴かせる。もう少しエージングが進めば、さらに深みのあるサウンドを再現してくれることだろう。

PP-200のサウンドは女性ヴォーカルと相性が良さそうだと感じた潮さん。早速、アデルや情家みえなどのお気に入りレコードを再生してみた

 最後にPP-200を始めとするMC型カートリッジの使いこなしについて触れておこう。MC型はMM型に比べると出力電圧が低いので、ヘッドアンプや昇圧トランスで信号を増幅する必要がある。そのどちらがいいかという話は別の機会に譲るとして、インピーダンス切り替え機能がある場合は、カートリッジの出力インピーダンスに合わせて欲しい。MM型は概ね47kΩと考えていいが、MC型はコイルの巻き数によってインピーダンスが異なるため、負荷抵抗は出力インピーダンスより高いインピーダンスで受けるのが原則である。

 PP-200の場合、4Ωという低インピーダンスだが、前述したように磁気回路の変換効率が高いため、出力電圧は0.3mVもある。昇圧しなくてもS/Nの高いアンプならMM型カートリッジの入力につないでも音は出るが、47kΩといった極端なハイ受けはS/N劣化の要因になるので避けてほしい。最近のヘッドアンプを組み込んだフォノイコライザーはインピーダンスの切り換えが出来るモデルも多いので、4Ωもしくは10Ωに切り換えて音がどのように変化するか試してみるのもいいだろう。負荷容量についてはケーブルの静電容量を含めても、PP-200の場合100p〜200pで問題ないと思う。

 さて、連載第一回はお楽しみいただけたでしょうか。最近は最初からカートリッジが付属しているプレーヤーも増えているが、そういったカートリッジはコストの制約から凝った製品は用意されていないことが多く、その意味でアナログ道楽の第一歩はカートリッジ交換から始まると言ってもいい。そしてこの方法は、システム全体のグレードアップに絶大な効果を生む。繰り返しになるが、アナログ再生は入り口が大切。この部分が手薄になるとダイレクトに音にフィードバックされることを肝に銘じて取り組んでほしい。

フェーズメーションの音はここから生まれる。
贅沢な空間と超弩級システムで、PP-200のサウンドを体験する

 横浜市にあるフェーズメーションにお邪魔して、同社オーディオ開発部 主任技師の齋藤英示さんにインタビューを実施した。会場となった試聴室は2Fぶん吹き抜けの広大な空間で、カートリッジやアンプの実力を検証するための超弩級システムが設置されている。インタビューの前にこの場所で「PP-200」はもちろん、「PP-2000」や「PP-5000」といった上位モデルの音も確認させてもらっている。パワーアンプには近日発売予定の「MA-5000」を使っている。

フェーズメーションの試聴室にて、同社オーディオ開発部主任技師の斎藤英示さんにインタビューを実施した

<フェーズメーション試聴室の主なシステム>
●レコードプレーヤー:テクダス Air Force One
●フォノイコライザー:フェーズメーション EA-2000
●プリアンプ:フェーズメーション CM-2200
●パワーアンプ:フェーズメーション MA-5000
●スピーカーシステム:B&W 800D3

同社のカートリッジは全品検査を経て出荷されている。写真はその品管用スペースでカートリッジの細部まで配慮した物作りがなされていることを確認している潮さん