時は中世、架空の大陸ウェスタロスを舞台に7つの王国を巡る壮絶な権力争いを壮大なスケールで描いたドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下『GOT』)は、2011年(日本では2013年)から2019年まで8シーズン全73話が放送され、世界的な社会現象となる超人気ドラマとなった。

 物語はスターク家、グレイジョイ家、アリン家、ラニスター家、タイレル家、バラシオン家、マーテル家、タリー家、そしてターガリエン家の9つの名家による戦いが、複数の主要人物の視点で語られた。だが主要9名家のひとつでありながら『GOT』ではあまり語られなかった名家がある。それはかつて7つの王国を統治し、もっとも強大な権力を持っていたターガリエン家だ。

 では、なぜ語られなかったのか? それはすでに没落した名家だったからだ。そこで『GOT』の原作者ジョージ・R・R・マーティンはシリーズのスピンオフとして、そのターガリエン家が没落していく物語を思いつき、2018年に『炎と血(Fire & Blood)』を発表した。

 『炎と血』を原作に『TOG』のスピン・オフ・ドラマとして2022年に作られたのが『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』(以下『HOTD』)。『GOT』の約200年前を描く前日談となる。『ロード・オブ・ザ・リング』でいえば『ホビット』のようなものだが、栄華を誇った者たちが滅んでいく様を描くという点では、ジェダイ騎士団の壊滅を描いた『スター・ウォーズ』の『エピソードⅠ〜Ⅲ』に近いかもしれない。結末はわかっているが“なぜそうなったのか?”という悲劇の過程を見せていく。

『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン <シーズン1>』
4K ULTRA HDコンプリート・ボックス(4枚組)¥15,000 (税込)

●発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
●販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

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 長年に渡りウェスタロスの7つの国を統治していたのはターガリエン家だった。ほかの名家もそれぞれウェスタロスを支配する野心と強大な力を持ちながら、なぜターガリエンに刃向かってこなかったのかというと、それはターガリエンがドラゴンを操る一族だったから。

 巨大な身体ながら大空を自由に飛びまわり、口から吐く炎はすべてを焼き尽くすドラゴン。そんな世界にわずかしかいないドラゴンを一人一頭ずつ持つターガリエン家の人間には、どんな力を持つ一族も勝てなかったのだ。だがターガリエンはターガリエンで、その強大な権力ゆえ“誰が跡目を継ぐか”という一族内の争いが常に起こっていた。

 物語はターガリアンの第四代王であるジェヘアリーズⅠ世の世継ぎを決める大評議会から始まる。評議会は伝統である男子優先の原則に従い、ジェヘアリーズ王の実子レイニス王女ではなく従弟のヴィセーリス王子を選んだ。

 時は過ぎ、ヴィセーリスⅠ世は世継ぎである息子の誕生を待っていた。ところが難産が原因で妻エイマも息子も失ってしまう。急遽、世継ぎを決めることとなったヴィセーリスだったが、男子優先の伝統に従わずに、不仲な実弟デイモンではなく、自身の娘レイニラを世継ぎに選んだことで不穏な空気が流れることとなってしまう。

 さらにヴィセーリスは周囲の進言により後妻をとることになり、王の側近“王の手”である名家ハイタワーの娘でレイニラの親友であるアリセントと結婚してしまう。しかもアリセントが息子エイゴンをもうけたことにより、世継ぎ争いが激しさを増していくことになる。

 この血族による争いをよく表しているのがメイン・タイトルの映像(音楽は馴染み深い『GOT』のテーマ曲)。ターガリアン家の大きな翼を持つ三つ首のドラゴン(キングギドラではない)の紋章から流れ出た血が別の紋章に流れ込み、またいくつかに分かれたり、別の流れと1本になり、また違う紋章へと流れていく。こうしてターガリアン家の崩壊が始まるのだった……。

 世界観は『GOT』と同じだが、『HOTD』は描き方がかなり違っている。『GOT』の原作『氷と炎の歌(A Song of Ice and Fire)』は3つの大きな物語を主軸とした7部の長編小説として書かれたが、『炎と血』は中編集ゆえ急に時代が飛んだりする。

 そして顕著な違いは物語を語る視点だ。王である父に世継ぎとして指名されたレイニラ、そのレイニラの親友でありながらヴィセーリス王との子エイゴンを次期王にすべく暗躍するアリセント、そして女性だったために王に選ばれなかったレイニスは自分の血筋をいつか王にと思いつつレイニラとアリセントの愛憎を一歩引いた眼で見ている。

 『HOTD』の物語はこの3人の女性によって語られていく。そして、よりおもしろくしているのが王ヴィセーリスの実弟デイモンの存在だ。銀髪ロン毛のオールバックに尖った鼻と顎という特徴的な風貌はデイモンというよりデーモン(悪魔)。直情型の性格だが頭脳明晰でズル賢く、剣士としてもドラゴン使いとしても一流。

 このデイモン、あろうことか姪であり次期国王であるレイニラの“初めての男”であり、ついには結婚するなどターガリエン一族と王国を引っ掻き回す。まさに『ファウスト』における誘惑の悪魔メフィストフェレスのよう。

 配信もされている『HOTD』だが、実はディスク、それもできればUHDブルーレイで見るにふさわしい作品である。『GOT』もそうだったが、この作品も実に登場人物が多い。『GOT』はストーリーに絡む人物だけで約300人、主要人物だけで60人を超えたが、『HOTD』もシーズン1の主要人物だけで34人を数える。

 さらにターガリエン家のほか、海を支配するヴェラリオン家、タイレル家の血筋である有力領主で“王の手”ハイタワー家、法相でハレンの巨城領主ストロング家、黒い聖域城ブラック・ヘイヴンを治めるコール家、レイニスの母方の血筋でストームランドを治めるバラシオン家などが割拠している。

 それぞれの一族には特徴があり、例えばターガリアン家の人物は全員が銀髪ロン毛のオールバック、ヴェラリオン家はグレイ・ロン毛の黒人など一目で○○○家とわかる反面、後ろ姿はみなほぼ一緒なので、見ていて「この人だれだっけ?」や「○○○ってどの人だっけ?」という疑問が見見る者を嵐のように襲う。しかも日本でも徳川の歴代十五将軍のうち「家康」を筆頭に11人が“家○”だったように、名家は似た名前が多いのでややこしい。

 ヴィセーリス王の娘はレイニラ(・ターガリエン)でヴィセーリスの従姉はレイニス(・ターガリエン→ヴェラリオン)、レイニスの息子でレイニラの最初の夫はレーナー(・ヴェラリオン)だが、その妹でデイモンの2番目の妻はレーナ(・ヴェラリオン)でデイモンとの娘がレイナ(・ターガリエン)……などと、「レイ○○」や「レー○○」という似た名前のターガリエンやヴェラリオンが嫌がらせのように次々と出てくるので、つい巻き戻して確認したくなる。配信ではチャプターがなく巻き戻しも容易ではないので、自由に操れるディスクはこういうときに実力を発揮する。

 そして、名前も人間関係もややこしい『HOTD』を見るときの最大の手助けとなるのが、ディスクに収録された特典映像の数々。原作者/脚本のジョージ・R・R・マーティンを始め、プロデューサーや監督やキャストが「○○はこうした」とか「○○と△△がこうなったけど……」とわかりやすく解説したり、物語を振り返ってくれるので有難い。

 さらにメイキング映像を見ると、『HOTD』というドラマのスケールの大きさもわかる。製作費はなんと240億円で、主な舞台となるターガリエンの城は内部をほぼ一棟作ってしまっている。とてもセットとは思えない、何世紀にも渡ってターガリエンの人間が住んできたような佇まいを持つ見事な出来栄え。

 なかでもすごいのが玉座。玉座を囲むように、これまでターガリエンが戦ってきた敵から奪い取った剣がオブジェのように組まれている。その数2000本で、多くは樹脂製だが目立つ部分に置かれている500本の剣は金属製で、うかつに近寄ると刺さる危険があるという。

 そのため撮影時は部分ごとに取り外せるようになっていて、危険のないよう配慮されている。先に「できればUHDブルーレイでご覧いただきたい」と書いたが、理由はこのリアリティを追及したセットにある。

 また舞台となる中世には当たり前だが電気はなく、大きな城の中を照らすのはたいまつとロウソクになる。『HOTD』ではどこから照らされているのかわからない日中のような明るさの照明は使われていないようで、暗いシーンはとにかく暗い。城の奥底の牢屋はもっと暗い。だがUHDブルーレイならそういったディテイルもわかりやすい。

 この『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』は名前や人間関係などいろいろとややこしかったりするが、目を離せなくなるのは予想を超える出来事が毎エピソード起こるからだ。幼馴染で親友のレイニラとアリセントなのに、レイニラが世継ぎと決まったと思ったとたんにアリセントは父の後妻に収まって自身の王位継承を脅かす存在となり、デイモンは邪魔となれば妻も殺すし、王に忠誠を誓ったかと思えば裏で画策したりもする。

 レイニラはレイニラで父の命令でレイニスの息子レーナー・ヴェラリオンと政略結婚するが、実はレーナーは同性愛者でレイニラとは「結婚後にお互い好きにする」という密約を結んでいて、レイニラは7王国で最強の男と言われるハーウィン・ストロングと愛し合っており、産まれた息子エイゴンはハーウィンとの子で黒人系のレーナーとは似ておらず、争いの火種となってしまったりする。

 こうなるとターガリエン家の人々は自ら滅亡への道を選んでいるとしか思えなくなる。成功していく幸せな物語より、破滅の道を歩む物語のほうが実は面白いのだ。さらにシーズン1の最後に起こる悲劇は、シーズン2の凄惨な展開を予感させる。早く次が見たくなるのが『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』だ。