ソニーは7chパワーアンプを搭載したAVアンプ「STR-AN1000」(ソニーストア価格¥121,000、税込)を3月18日に発売した。「360 Spatial Sound Mapping(サンロクマル スペーシャル サウンド マッピング)」の搭載を始め、8K/60pや4K/120pの映像信号に対応するHDMI端子の搭載など、最新の機能を備えたモデルとなっている。そんなSTR-AN1000をいち早く取材できたので、レポートをまじえて紹介していこう。
AVアンプ:ソニー
STR-AN1000 ソニーストア価格¥121,000(税込)
●定格出力:100W×6(6Ω)
●スピーカー適合インピーダンス:6〜16Ω
●再生周波数特性:10Hz〜100kHz(+0.5/-2dB)
●対応ハイレゾ信号:リニアPCM 最大192kHz/24ビット、DSD最大11.2MHz
●対応フォーマット:DSD、WAV、AIFF、FLAC、ALAC、WMA、MP3、AAC
●接続端子:HDMI入力6系統(8K対応×2、4K対応×4)、HDMI出力2系統、映像入力2系統(RCA)、映像出力1系統(RCA)、デジタル音声入力2系統(同軸、光)、アナログ音声入力4系統、USB 1系統、サブウーファー出力2系統、ヘッドホン出力1系統、LAN、他
●消費電力:240W(待機時0.5W、スタンバイスルーなどすべてオフ)
●寸法/質量:W430×H156×D331mm/10.3kg
スピーカーの配置を最適化し、より広大でリアルな音場を再現する「360 Spatial Sound Mapping」
STR-AN1000のユニークな機能として、同社のワイヤレスリアスピーカー「SA-RS5」「SA-RS3S」や、ワイヤレスサブウーファー「SA-SW3」「SA-SW5」との無線接続にも対応した。特にイネーブルドスピーカーが一体化しているSA-RS5を組み合わせた場合は、トップスピーカーなしで5.1.2構成の3Dサラウンドを実現できる。これは、天井へのスピーカー設置が難しいという場合にも便利だ。ワイヤレスサブウーファーは、同一機種であれば最大2台まで接続でき、5.2.2構成への発展も可能。
そして、最大の特長が360 Spatial Sound Mapping機能の搭載だろう。これは、ホームシターシステム「HT-A9」やサウンドバーの「HT-A7000」などでも採用されている技術で、独自のモノポールシンセシス技術と音場最適化技術の組み合わせにおり、より立体的な音場空間の再現を可能にするもの。
そのために、自動音場補正機能も「D.C.A.C. IX(Digital Cinema Auto Calibration IX)」に進化した。ステレオマイクによる2次元測定に加え、専用のスタンドを使用した3次元測定を行うことが大きな違いだ。従来までの31バンドのグラフィックイコライザーによる周波数特性の補正、各スピーカーやユニットごとの位相を揃える「A.P.M.(オートマチック・フェーズ・マッチング)」、仮想スピーカーを生成することにより配置をITUの推奨位置へと補正する「スピーカーリロケーション」などの技術も継承している。
360 Spatial Sound Mappingは、D.C.A.C. IXによる測定で、接続されたスピーカーの数、距離、角度、さらには周波数特性および位相特性を元に各スピーカーの特性を揃えたうえで、理想的な位置に仮想スピーカーを配置する。その際、5.1.2構成のリアルスピーカーを使ってサラウンドバックチャンネルも生成するので、7.1.2構成のサラウンド空間が創生されることになる。実際のスピーカーの配置や部屋の音響特性の影響を抑えながら、最適なサラウンド再生が実現できるわけだ。
実際にドルビーアトモス音源のデモソフトで、360 Spatial Sound Mappingのオン/オフによる音の違いを聴いてみた。取材を行ったソニー社内の視聴室は理想的なスピーカー設置が行われており、フロアーの5chスピーカー、トップスピーカー共にB&Wで統一されている。のため、音場補正の効果は少ないと思われたが、ドルビーアトモスのストレートデコード再生と比べると、再現される空間がより広くなり、雨も天井全体から降ってきて、しかも雨粒の数が増えているように感じるほどサラウンドの臨場感が豊かになっていた。これは大きな違いだ。
この理由を、ソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 エレクトリカルマネージャーの佐藤正規さんに尋ねてみた。
「D.C.A.C. IXによる測定で生成される仮想スピーカーは視聴位置からもっとも距離が遠いスピーカーを基準にします。そのため仮想スピーカーは実際の配置よりも距離が遠くなり、結果としてより広い空間が再現できます。サラウンドバックチャンネルを生成していることで、後方の空間の再現も緻密になるなど、サラウンドの効果も高まっていると思います」(佐藤さん)
実際の家庭環境では理想的な位置にスピーカーを配置できないことも多く、スピーカーを同じ機種で統一するのも難しいため、360 Spatial Sound Mappingの効果はより大きくなるという。このほか、センタースピーカー入力を備えるブラビアとの組み合わせでは、テレビの内蔵スピーカーからセンタースピーカーの音声を出力する「アコースティックセンターシンク」にも対応している。
そして、音楽向けの立体音響体験を提供する「360 Reality Audio」にも対応する。360 Reality Audioの音源は「空間オーディオ」の名称で、Amazon Music Unlimitedなどで配信されており、スマホを使って試聴可能。スマホの場合、ヘッドホンによる2chでのバーチャル再生になるわけだが、STR-AN1000ではこれをリアルスピーカーを使ったサラウンド環境で楽しめるわけだ。
しかもSTR-AN1000はChromecast built-inに対応しているため、アプリからの操作でストリーミングサービスに直接アクセスして360 Reality Audioを再生してくれる。これは現行AVアンプでは本機のみの機能と思われ、マルチチャンネル音楽再生を身近に楽しみたい人には魅力だろう(ドルビーアトモス音源の場合はHDMIで入力する)。
ネットワークオーディオ機能としては、2.4/5GHzのWi-Fi内蔵、LDACにも対応するBluetooth機能、AirPlay 2での再生に加え、Spotify Connect、Works with SONOS、Roon Tested対応と各種の音楽サービスへの対応も充実している。
デジタル系回路基板を一新。パワーアンプ部の高音質化も追求
こうした最新鋭の機能や、HDMI Ver.2.1に対応したHDMI端子の搭載など、デジタル系回路も一新されている。一番の違いは、これまで複数のDSPを使用していた音声信号処理を1チップで行うSoC(System on Chip)を搭載したこと。これにより処理能力を大幅に高めたほか、信号経路の短縮にも貢献している。
実際に基板を見て驚くのが、基板全体を覆い隠すように配置された大型のヒートシンクで、SoCの発する熱や本体内部の熱の影響をなくすため、ここまで大きくなったという。この大型ヒートシンクはデジタル系基板の冷却を行うほか、バックパネルにダイレクトに接合されており、剛性を強化する役割も果たしているそうだ。一新されたデジタル系基板は音質のために細かな点まで対策されており、グラウンドの落とし方も従来とは変えているという。これについて、ホーム商品設計部1課の鈴木隆史さんに聞いた。
「従来はデジタル系基板のグランドをバックパネルに接続していたのですが、こうするとわずかながらアナログ系の入力端子へのノイズの混入があります。そこでSTR-AN1000では、バックパネルは経由せずにデジタル系の電源に直接グラウンドを接続するように変更しています。こうした改善でノイズの影響を可能な限り抑えました。また、バックパネルの剛性確保はこれまでも配慮してきましたが、STR-AN1000では大型化したヒートシンクをうまく活用して剛性を高めることができました」(鈴木さん)
このほか、デジタル系電源回路の見直しを行い、DAC部の電源も強化するなど音質をさらに磨き上げているという。
アナログ回路は、高精度プリアンプ専用IC「CXD90035」の採用や「リニア広帯域パワーアンプ」など、前モデル「STR-DN1080」の設計を踏襲しているという。ただし、グラウンドの低インピーダンス化のための改善を行うなど、細かな改善を加えている。またDAC部からプリアンプICへのアナログ信号経路の改善のため、従来はオペアンプで構成していた回路にJ-FETを追加、周波数帯域の拡大や位相回転を音質に影響のない高い周波数帯へシフトすることが可能になったそうだ。あわせてコンデンサーの容量の増大やパターン配線の見直しなども行い、相互の干渉を減らしている。
リアルな空間の再現と、しっかりとしたパワー感、精密感のある音の再現が見事
では、いよいよSTR-AN1000の音を持参したソフトで聴かせてもらおう。まずアナログ入力のピュアダイレクトモードで、ステレオ音源を再生。ホリー・コールやジェニファー・ウォーンズのCDでは、実体感のあるヴォーカルがニュアンス豊かに浮かび上がる。音場の広がりと奥行の深さが印象的で、マルチチャンネル再生ではないかと思うほどの臨場感だ。声の厚みや音像の彫りの深さも見事だが、質感の豊かな再現でありながら、強調感のない自然な音に仕上がっていたことも好印象。佐藤さんによれば「音質としては、よけいな味付けをしないストレートな音を出す設計としています」とのこと。
ジャズを題材にしたアニメ作品『BLUE GIANT』のサントラを聴くと、テナーサックスの息を吹き込む感じや出音の勢いなどが明瞭に再現され、実に生々しい演奏になる。力強く弾くピアノの音の立ち上がりや、低音パートの深い響きの力感もしっかりとしている。ドラムスもよく弾むリズミカルな再現で、3人の演奏がピタリと揃うようなリズム感の良さが伝わってくる。
続いては映画。『TENET』(ドルビーTrue HD 5.1ch)を360 Spatial Sound Mapping/オンで再生すると、冒頭のテロリスト襲撃シーンでの重厚な音楽や激しい銃撃音がパワフルに響く。空間再現もかなり優秀で、広い音楽ホール特有の音の響き、ステージ上での銃撃には優雅(?)な残響が加わっている様子など、爆音ながらも緻密に設計された音響をしっかりと味わうことができた。
また、左右を貨物列車が行き交う中での拷問シーンでも、映像とピタリと揃った位置から重々しい走行音が響く。続く前後に列車が行き交う場面では、目の前を通る列車の走行音がけたたましく轟く中、奥側を走る列車の音までしっかりと描き出している。この再現力は見事なもの。
パワーアンプの出力はチャンネルごとに165W(6Ω)と決して大出力というわけではない。だが、ローエンドの伸びがしっかりとしているためか、低音のエネルギーが不足した感じにはならず、物足りなさもない。
『トップガン:マーヴェリック』(ドルビーアトモス)では、冒頭の発進シーンを見た。「トップガン・アンセム」の聴き慣れたメロディが部屋一杯に広がり、まさしく映画館を思わせる広大な空間感が得られる。空母の甲板シーンも、洋上の広々とした音の広がりがきちんと再現できている。
そして、「デンジャー・ゾーン」とともに始まる発進場面は、エンジンの轟音を激しく鳴らしながら、ビートの効いたサウンドを明瞭に描く。音のエネルギー感はこちらでも充分満足できるレベルだし、低音を含めて出音の勢いが鈍らず、キレ味のいい再現になるのも、力強さが伝わる理由だと感じた。
手の届く価格ながら、使いやすさも音質も優秀なベストバイモデル
STR−AN1000は、実売12万円前後という多くの人が気になるであろう価格帯で、これだけの実力を持ったモデルとして登場したことを歓迎したい。一番の魅力は広大にしてリアルな空間再現で、これは映画や動画配信だけでなく、ゲームのサラウンド音声でも存分に楽しめるだろう。8K/60pや4K/120p対応、VRR/ALLM対応も果たしているので、プレイステーション5などの最新のゲーム機との接続にも最適ということだ。
サウンドバーなどからのグレードアップにも最適だし、スピーカーを組み合わせて映画館に迫るような音響を求める人にもぴったりのモデルだ。
手軽さや設置性はサウンドバーにはかなわないが、まずはフロントスピーカー2本だけの最小構成でスタートしても、ステレオ再生の実力もしっかりと楽しめる。その後、リアルスピーカーやサブウーファーを追加すれば本格サラウンドも楽しめるし、先述した通りワイヤレスリアスピーカー/サブウーファーという選択肢もある。
配線が不要で、5.1chや5.1.2構成の3Dサラウンドにまで発展できるといった自由度の高さは、今までのAVアンプにはなかったものだ。AVアンプは接続や設定がたいへん、と敬遠していた人でもきっと使いやすいと感じるはず。STR-AN1000を手に入れて、映画館の迫力を自宅でぜひ検討してみてほしい。