淺雄望監督の初長編作となる『ミューズは溺れない』が、昨年夏、テアトル新宿での特集上映を経て、東京における念願の本上映が、3月18日(土)よりポレポレ東中野で始まる。2021年度の第22回TAMA NEW WAVE、および第15回田辺・弁慶映画祭にて、グランプリを含む6つの賞を獲得した注目の1作だ。ここでは、その淺雄望監督と、劇中にて抜群の存在感を発揮した渚まな美の二人にインタビューを実施。作品に込めた想いから、お互いの出会い、そして今後の目標などについて話を聞いた。

――よろしくお願いします。東京では、去年9月の特集上映を経て今回、ようやく本上映が決まりました。
淺雄望 監督(以下淺雄) ありがとうございます。前回、東京で上映させていただいた時は、たくさんの方にご来場いただき、感激しました。ただ、レイトショー公開だったこともあって、来てくださる方の年齢などを制限してしまうところもあったので、今回はもう少し早めの時間帯で、しかも改めて東京で上映できることが本当に嬉しいです。

――やはり観て欲しいのは、劇中の登場人物と同じ10代の若者たちなのでしょうか?
淺雄 当初の想定では、10代の子たちの気持ちをほぐすような映画にできたらいいなと思っていたので、その気持ちは強いです。ですが、上映を通して、親世代や、もっと上の世代の方からご感想をいただく中で、特定の世代の一過性の悩みを描いた作品というよりも、もっと普遍的なメッセージを内包した作品として受けとめていただけたのが嬉しかったです。あらゆる側面から楽しんでいただける作品になっていると思うので、年齢を問わず、幅広い世代の方に観ていただきたいです。

――渚さんはいかがですか?
渚まな美(以下、渚) 私は普段、演劇の活動がメインで、映画にきちんと出演するのは本作が初めてでしたし、舞台挨拶(昨夏のテアトル東京での上映の際)も、人生で初めて経験させていただきました。今回、各地での上映を経て、こうしてまた東京に帰ってきて、それもポレポレ東中野さんという素敵な劇場で上映してもらえることが、本当に嬉しいです。

――さて、本題に入ります。昨夏の、特集上映の際に行われた監督インタビューは、いろいろと拝読しました。あまりそこで話されていない、本作の元になった物語を思いついたところや、その後どのようにまとめていったのか、あるいは、なぜそれをご自身の長編第一作にしようと思ったのかというあたりをお聞かせください。
淺雄 長編映画については、学生のころからずっと撮りたいと思っていて、大学院を卒業してからは、助監督の仕事をしながら、いつか自分が監督として撮るための長編映画のシナリオを、ずっと書いていたんです。

 内容については、当初から、セクシャリティの揺らぎをテーマに絵を描く女の子たちの話にしたいと思っていました。観る・観られるの関係性を描きたいなと。

――なぜ絵なのでしょうか?
淺雄 ちょうど登場人物たちと同じ10代の頃に、生きることがしんどくなってしまったことがあって、その時に映画を観て救われたのが大きかったです。創作物がきっかけで、今、生きている状況を見つめ直せる。実際に自分で映画を作るようになって、さらにそれを感じました。それを、そのまま映画を作る人たちの話にする案もあったんですけど、その部分はSF研究部の二人に担ってもらいました。

――もともとの映画を作りたいというモチベーションが、SF研究部に置き換えられている。
淺雄 はい。直球で映画を作っている人たちの話を作ると、ちょっと照れ臭い部分もあったので、そういう形にしました。

 絵をモチーフにしたのは、セクシャリティの揺らぎを描こうと思ったことに関連しています。LGBTQ+といったようにセクシャリティに様々な名前があり、各々のアイデンティティを支えていることそれ自体は素晴らしいことだと思うのですが、私は自論として、セクシャリティというのは、そもそも簡単に線引きできるものではなくグラデーションでできているんじゃないか、と思っているんです。誰もに「揺らぎ」が訪れてもいいし、自分を何かの枠に押し込めることで抑圧が生まれるなら、その必要はないんじゃないか、と。それを線や色を重ねて絵を描くことを通して、言葉ではない形で表現したいと思いました。

――それを思いついてから、10年ぐらい寝かせていたということですけど、その間は?
淺雄 ず~っと書いてはいたんですけど、シーン1から先に進めない……という状況でして。何度もシーン1を書き直す作業を、7年ぐらいやっていました(笑)。

――シーン1というと、冒頭の朔子が海に落ちるところですか?
淺雄 そうです。初期のシナリオでは落ちていないんです。

――そこでずっと止まっていた。
淺雄 朔子と西原の2人の関係性がうまく動き出さなくて……。でも、落っこちることを思いついてから、サラサラと書けるようになりました。

――ところで、絵を描くのは、最初から船だったのですか?
淺雄 はい。漁港で朔子たちが船の絵を描いているという設定は、変わっていません。

――海や漁港が舞台というのは、ご自身が広島出身というのが影響しているのですか?
淺雄 まさにそうです。呉の漁港の付近とか、宇品港の付近とかを自然と思い浮かべていました。

――そのシナリオが、実際に形になったのはいつごろでしょう。
淺雄 最後までシナリオが書けたのが2018年になります。たまたま美術部の栗田(志穂)さんと飲んでいる時に、いつか映画を撮りたいんだよねという話になって、話し込んでいたら彼女が終電を逃してしまって(笑)。そのまま家に泊まりに来て、飲みながら『ミューズは溺れない』のアイデアを話していたんです。彼女が寝てしまった後に、今話していたことをメモしておこうと思って書き始めたら、そのまま明け方まで書き続けて、一気に書き終えてしまいました。

――まさに、朔子が徹夜で船を作ったぞ、状態ですね。
淺雄 本当に! 夜中に1人でコソコソと書いていました。

――シナリオが出来てからは?
淺雄 そこからがもう、とにかく大変でした。自主映画ですし、なにか実績があるわけでもなかったので、まずお金を稼がなきゃいけないと思って、助監督の仕事をしながら飲食店でバイトしたりして、とにかく収入を増やすために働きまくりました。

 スタッフについては、まず美術部の栗田さんに相談して、次に制作の半田(雅也)さん、その次に撮影部の大沢(佳子)さん……という感じで、1人ずつ口説いていきました(笑)。そうして、メインのスタッフが決まったのが2019年の頭ぐらいです。

 その辺りで、このスタッフさんたちだったら、まずはスタートが切れるなと思って、キャストを決めていきました。最初に決まったのが若杉凩さんで、次いで上原実矩さん、森田想さん、その次が渚まな美さんになります。

――キャストのイメージは?
淺雄 私の学生時代は朔子(上原)に近くて、流されながら周りに合わせて、どんどん自分が無くなってしまうことに悩んでいました。流されまいとする西原(若杉)には、ある種の憧れのようなものを投影しています。栄美(森田)は、一番そばにいて欲しい友達ですね。たまにお節介で、傷つける言葉を発してしまうこともありますが、ああいう子がそばにいてくれることで、朔子や西原の気持ちをほぐせたらいいなという願いを込めています。

 この3人の人物像が具体的になったことで、バランスが取れたような気がしました。後半、3人でそれぞれの気持ちをぶつけ合うシーンについては、私の中にあった高校生の時の葛藤を凝縮して3人で対話してもらった、みたいな感じです。3人の人間味がにじみでているからこそ、セリフが生きた言葉になっていると思っていて、それは上原さん、若杉さん、森田さんの役作りの賜物だと思っています。

――渚さんとの出会いは?
淺雄 映画美学校の自主製作の作品を観て、すぐにオファーしました。ぶっ飛んだ役をされていたのと、とにかく芝居がお上手だったのが記憶に残ったからです。

 嬉しいです。けど、そういう(ぶっ飛んだ)役を演じることは、結構多いんですよ。

淺雄 自分で言うのもアレなんですけど、お芝居の上手い人に出会う才能には自信があるんです。そこでツテを頼って紹介してもらい、その時点で井上役をオファーしました。

――あっ、役名があったのですね。
淺雄 はい、“井上うらら”という役名があります。劇中では名前で呼ばれていないんですけどね。

――渚さんは、いきなりオファーされてどうでした。
 嬉しかったですよ。元々演劇をしていて、その時はちょうど映画美学校に入って、映像のお仕事もやりたいなと思っていた時期だったので、オファーをいただけて本当に嬉しかったことを覚えています。

――渚さんは、その井上うららの役作りをどのように行なったのでしょう。
渚 撮影が3年前なので、当時の自分の演技に対しての考え方は今とは違う部分もありますけど、基本的に私は、動きや演技など全部を演出で作り込まれるというよりは、監督にある程度こういう風にしてくださいと言われたことを参考に、自分で好きに動いて作っていく方が好みなんです。けど、そこでちょっと遊びたいというか、好き勝手にやりたくなってしまうタイプなので(笑)、井上うららについても、彼女がどういう人であって、登場人物たちの中でどういう役割を果たすべきか、みたいなことを主に考えて、作っていきました。

――台本からはどんな印象を受けましたか?
 どちらかと言えば、明るく振る舞うことが自分の仕事だと思っているタイプだと感じていて、とにかく明るく振る舞いつつ、人には優しく接するようにしました。

 同じSF研の桐島コルグさんが演じた吉村流星に対しては、吉村自身が子供っぽくて小学生の男子みたいなイメージを受けたので、それよりかはもう少し落ち着いている方がバランスは取れるかなと思って、大人っぽい雰囲気を出すようにしました。

――井上うららは、ある意味監督の分身でもあるわけですね。
淺雄 すごく近いかもしれないですね。だから、撮影の時は、ちょっと失礼な話なんですけど、私の持ち物を身に着けてくださいと言って、大量に渡した記憶があります。星柄が好きなので、靴とかカバンとか、ちょっと派手なものを渡しました。

――あれって、SF研だからじゃなくて、監督の好きなファッションなんですね。
淺雄 そうなんです。あとTシャツも、『E.T.』をもじって「ETC」にしたものを着用していただいたりしました。セリフも、うららの内面がドバっと出てくるシーンを作りたいと思って、後半に“人間、最後は宇宙のチリになって終わるだけだってのに、ばかばかしい”みたいなセリフを用意したんです。それまでニコニコしていたうららに、急に絶望的なことを言わせていますけど、実際、今何かに悩んでいるとしても、大概のものは何十年後かには、チリになって消えてしまうと思うので(笑)、うららにもそんな気持ちでいて欲しいと願ってあのセリフを入れました。

 オファーを頂いた時に、そういうお話を伺った記憶はあります。ただ、そんなにガチガチにこうして欲しいというものではなくて、雰囲気だけ伺って、あとは自由にやらせていただきましたね。

淺雄 そういえば、役については、めちゃくちゃ(こうして欲しいと)話している人と、ほとんど話していない人がいて、渚さんにはほとんど話してないですね。現場でも強く感じましたけど、渚さんは言わなくてもやってくれるから、まあ言わなくてもいいだろうと思っていました(笑)。自由にやってくださるものが、私にはフィットした感じがすごくして、有り難かったです。

 あと、すごくいいなと思ったのが、映像を編集している時に気づいたんですけど、渚さんの何がすごいのかと言うと、カメラの位置を完璧に把握していることなんです。

 えっ、そうなんですか?

淺雄 自分の写り方を計算しているのかと思ってました(笑)。常にカメラの位置に対してばっちりなお芝居をされているので、表情とかが全部見えているんです。引き絵で撮っていても、渚さんの表情の変化は全部分かるんですよ。なぜ、そうできるんですか?

 いやぁ、特に気にしていないんですけど……。初めて言われました。

――だから、自主製作の作品を観て、渚さんに引かれたんでしょうね。
淺雄 そう、目がいってしまうんです。撮影の大沢さんとも、渚さんってカメラの位置を分かってお芝居してるよねって話していたんです。渚さんの一人芝居も撮ってみたくなりました。

 また、現場でも感じたことですけど、渚さんはすごく分析をされているようにも見えたんです。例えば、私がほかの演者さんに、体の動きの指示をしている時に、私がもう少しこうして欲しいと言う前に、渚さんは「ちょっと体の動きが多いんじゃないですか」と話されていて、あ~よく分析されているなと感じました。

 いやぁ、覚えていないんですけど……(笑)。

淺雄 だから、私の中では、渚さんは常にカメラの位置を把握して、自分の動き方を考えている。だから、いつも画面の中の渚さんは全部がきちんと写っているんだなって、1人で納得していました。

 意識しているというよりかは、今、話している時の重心というかレイヤーみたいなものと、演技をする時の体のレイヤーは全く違っていて、普段の感じでいるとあまり綺麗に写らないというのは、割と映画をやり始めてから早い段階で気づくようになったんです。だから、おそらく体のレイヤーを、無意識で調整しているのかもしれないですね。

淺雄 すごいことだと思います。

――今回、初めて長編の映画に出演されて、現場の雰囲気はいかがでしたか?
 大変な部分もままあった気はしますけど(笑)、私としては総じてとても楽しく過ごせました。あと、全然関係ない話なんですけど、私は水が動く様子を見るのが好きなので、海辺での撮影では、待ち時間にずっと水(海)を見ていられたのも、楽しい思い出になりました。

淺雄 えっ、そうだったんですか。それを聞いていたら、何か他のシーン――SF研の2人を海に落とすとか――を作れたかも……(笑)。

――ラストシーンの話が出たついでにお聞きしますが、SF研の2人は、傍目からはいい感じに見えましたが、何か展開はあるのでしょうか?
淺雄 あの2人に恋愛関係はないっていうことは、明確に決めていました。唯一無二の存在として、お互いがお互いを補い合っている。たまたま性別が違ったというだけであって、恋愛を目的にしない関係性も当たり前にあるということを、私は示したいと思っていたんです。加えて、2人の関係性は流動的で、いつでも逆転できるということも表現したいと思い、直接的なセリフはありませんけど、ラストシーンではうららが引っ張っていく。そういう描き方にしています。あとは(受け取り方は)、観て下さる方に委ねたいと思います。

――渚さんは、初の長編映画に出演して、なにか気づきや成長やありましたか?
 成長したかどうかは分かりませんけど、すごく勉強になりました。メインキャストお三方は、めっちゃくちゃ映像作品に出演されているので、その方々のお芝居を間近で見られて、多くの学びを得ました。映画美学校でも、映画の作り方は習っていましたけど、やはり実際の現場に入ると、カメラマンさんがどういう位置から撮っているのかとか、映画ができていく様子をリアルに体感できて、その経験はとても大きな財産になったと感じています。

――ところで、なぜ映画美学校に入ったのですか?
 俳優コースに、私の好きな劇団の俳優さんが教えてくれるコースがあったからです。実際に俳優として活躍されている方から直接教わることができるのは、すごく勉強になると思ったので、通い始めました。

――小さい頃から役者に憧れていた?
 子供の頃はバレエを習っていて、高校に進学してから演劇部に入りました。当時流行っていたドラマに出演されている人に憧れたから、というのもありますし、もともと運動が苦手で運動部は向いてないだろうから、まあ演劇部かな、演技は楽しそうだなっていう感じでした。

――高校を卒業したら?
 大学は演技とは関係ないところに進学したのですが、2年生になった時に、やっぱりきちんとやろうと思って、大学と映画美学校をかけ持つダブルスクールをしていました。

――そこで(映画美学校の映画で)、監督の目に留まった、と。
 そういう流れになりますね。

――ちなみに、バレエをしていた子供の頃は、どんなお子さんだったのでしょう?
 気が強い子供でしたね。バレエをしていたというのがあると思うんですけど、バレエって、唯一絶対的な美、つまり正解が1つしかないので、そこに向かって行くには、他の人は全員ライバルと思わないといけないんです。ずっとそういう環境にいたので、まあ、負けず嫌いになりましたね。

――お芝居の面での、今後の目標は?
 お芝居は、できるだけ長く続けたいですし、芝居だけでなく、色々なことをできるようになりたいと思っています。ジャンルも、舞台・映像どっちもやりたいですし、バレエをしていたので、踊れるようにもなりたいです。多分、私は一つのことに集中するより、いろいろなことをしていた方が楽しく生きていけると思うので、役者に限らず、さまざまなことにもチャレンジしていきたいです。

――今後やってみたい役柄や作品について教えてください。
 自分より年齢の低い役――多分、童顔っていうのもあると思いますが――をいただくことが多いので、年齢の高い役とか、年相応の役をやってみたいですね。ただ、自分が高校生だった時は、そんなにキラキラしてはいなかったので(笑)、キラキラした役を演じられるのはすごく楽しいです。

――今後の予定があればお願いします。
 3月に舞台に出演させていただきます。よろしくお願いします。

――次に、監督に伺います。監督って音に敏感なんですか?
淺雄 はい。例えば、人がたくさんいるところだと、周りの音が全部同じレベルで聞こえてしまって、物事に集中できなくなるんです。いま、こうして取材を受けていても、奥の席からの食器のカチャッという音にビクッてなったりします。

――というのも、作品の所々に不思議な音がいっぱい入っているなと思ったからなんです。冒頭の絵を描いているところでは、水っぽい音が入っているし、SF研のところでは、ピョンピョンみたいなSF的な音が入っていて、シーンとかキャラクターに合わせて音が変わっていくので、音に敏感な方なのかなと思いました。
淺雄 実はこの作品は、映画祭を経て劇場公開するにあたって、効果音の設計をアップデートしているんです。もともと、音にはとてもこだわらせていただいていて、整音の方にこういう音が欲しいですという香盤表みたいなものを渡して、すり合わせをしながら音の世界を作っていただきました。ところどころ自分で作ったサンプルを入れたり――たとえば、朔子周りで聞こえている水の音とかは、元々、私が入れていたものなんです。実際の水の音をちょっといじって不協和音的な音にしていたんですけど、映画祭の時はそれをそのまま使っていただいていました。それを、劇場で上映するにあたって改めてCinema Sound Worksの小宮(元)さんと森(史夏)さんにお願いして、より立体的な音に整音し直していただきました。

 元々入れていた音からシーンの雰囲気を深く汲み取って、「水」をテーマに設計し直してくださったものが、とても素晴らしくて! 私が思いつかなかった洗濯機の音なんかをプラスアルファでたくさん足してくださったことで、画面外に息づく暮らしはもちろんですが、場所と人物の肉体的な距離と精神的な距離の変化が音で表現されていて、すごく豊かな音の世界になったと感じています。

――朔子が船を作っている時のトンカンした音も、作業音が集まって段々とメロディになっていって、役が感じている高揚感を表現してくれるようになります。
淺雄 音は、いい音も嫌な音も、日常的に全部、耳(記憶)に残っていて、それが脳内でリピートしてしまうんです。自分のそういう体験をそのシーンに投影した、という感じでしょうか。

――そのトンカンした音はどうしたのですか?
淺雄 コロナ禍で家にいることが多かったので、打ち込み用の機材とソフトを買ってきて、現場で録った音をキーボードに割り当てて、映像を見ながらリズムを作っていきました。

――撮影の時は、朔子役の上原さんへ、動きの指示などはしたのでしょうか?
淺雄 船をつくるシーンは、むしろ、自由にやってくださいと伝えていました。鍵盤ハーモニカなんかは、試しにちょっと弾いてみてください、と言ったら素敵に弾いてくださったので、彼女の動きで生まれる音を拾って作っていきました。

――撮影している時には、ああいうメロディにしようと考えていたのですか?
淺雄 はい、シナリオの時点から、こういうトンカンした音が聞こえていたらいいなって考えていました。撮っている時も、こういう風な音楽が背景で流れているっていう漠然としたイメージはありました。実際につくるのは三カ月近くかかって苦労しましたが、やっているうちに朔子と同じ気持ちで楽しくつくっていました。

――話は変わりますが、シナリオで言うと、格言的なセリフも多いですね。
淺雄 美術部の先生のセリフは、私がシナリオ書いている時に、自分自身に言い聞かせていた――完成させなくちゃ――戒めの言葉ですね(笑)。お父さんには、元ネタのあるものを脚色して話してもらいました。渚さんに言ってもらった“宇宙のチリ”は、常日頃から私が思っている気持ちです、はい。

――カット割りも印象に残りました。
淺雄 めちゃくちゃこだわりました。

――すると、絵コンテは細かく描き込む方なのですか?
淺雄 一応シナリオを書いている段階で、映像は何となく見えていましたけど、それに囚われたくないなと思ってので、ミューズに関しては絵コンテは一切描かないようにしました。字コンテもほとんど割らずに、現場で段取りをやって、段取りを見た上で自分の中で割っていって、その割りとカメラマンの大沢さんとの割を照らし合わせて、相談して、そこでカット割りを明確に決めて、順番に撮っていくという、ものすごく時間がかかることをやらせてもらいました。なので、役者の皆さんには、お待たせする時間が長くて申し訳なかったなと、反省しています。すみませんでした。

 すごく丁寧に作っているなっていう印象は受けました。

淺雄 ありがとうございます。絵コンテは、ミューズの後の作品とかではたまに描いていますけど、逆に絵コンテを描くと、その絵に囚われて役者さんの体の動きを制限してしまうので悩ましいです。脳内で動きを想定していたものよりも、やっぱり現場での、生の動きの方が魅力的だったりするので。最近の現場だと、撮影時間が限られていたこともあって、絵コンテを全部事前に描きましたけど、絵コンテはお守りのようなものにとどめておきたいです。プランの1つとして持っている程度で、やはりカット割りは現場で芝居を見て決めないと、なんか大事なものが無くなってしまう感覚があるんです。

――では現場では、場面を作りました、ドライ(試演)をして、動きを見て、カメラ位置を決めてという段取りで進んでいく、と。
淺雄 はい。だから本当に、段取りでまずお芝居を作って固めていって、どこでセリフを言ってどうなるかがある程度決まった段階で、それを見ながらカメラ位置を考える。だから、段取りが終わっても、また段取りをやるんですか? みたいな時間があるんです。

 万田邦敏監督が私の師匠なんですけど、(師匠の作品は)人物の動線とカット割が明確にリンクしているので、それを見て育ったことも大きいと思います。役者さんの負担はちょっと大きいかもしれませんけど、ミューズの時はとにかく段取りをきちんとやらせていただきました。すみません(笑)。

――私は、監督の初作品を取材させていただくことが多いのですが、最初の作品って、例えば監督になるまでの間に持っている葛藤や悩み、想いなどを形にすることが多いと感じています。今回、ミューズとして形になって、今後の展開、2作目、3作目はどうしていくのでしょう。
淺雄 今回のミューズについては、作品を撮るまでの自分は全部出せたと思います。でも、まだこういうこともやれたかなっていう新しい発見もあったし、今回は、高校生の時の自分の葛藤がメインで入っているので、次は大学生の時とか、逆に小学校の時の葛藤を引き出して、映画にしたいなと思っています。シナリオはもう、色々と書き始めています。

――それを全部形にしてから、別の何か新しいことを考えるのでしょうか。
淺雄 ただ、描きたい葛藤があったとしても、それを映画で表現しきれるのかというと、難しいところだと思います。たとえば、ミューズを観てくださった方から「性自認のことはあまり掘り下げていないですよね」と指摘されたんですけど、まさにその性自認のことを、私はこの映画ではやりきれないなと思って削ぎ落としたんです。むしろ内面を掘り下げて表現するなら映画ではなくて、小説とか漫画とか別のジャンルの方が合っているんだろうなと思ったり……。一本完成させられたことで、映画の表現というものの可能性と難しさを改めて見つめ直せているのかなと思います。

映画『ミューズは溺れない』

3月18日(土)からポレポレ東中野で公開
そのほか、3月11日(土)より横浜シネマ・ジャック&ベティ、4月15日(土)より元町映画館など全国順次公開予定

<キャスト>
上原実矩
若杉凩 森田想 渚まな美 桐島コルグ 佐久間祥朗 奥田智美 新海ひろ子 菊池正和 河野孝則 川瀬陽太 広澤草

<スタッフ>
監督・脚本・編集:淺雄望
撮影監督:大沢佳子(J.S.C)|制作担当・スケジュール:半田雅也|照明:松隅信一|美術:栗田志穂|ヘアメイク:佐々木ゆう|監督助手:吉田かれん|撮影助手:岡田拓也|録音:川口陽一|整音・効果:小宮元、森史夏|カラリスト:稲川実希|スチール:内藤裕子|音楽:古屋沙樹|音楽プロデューサー:菊地智敦|油絵:大柳三千絵、在家真希子|企画・制作・プロデュース:カブフィルム|配給宣伝:カブフィルム|
2021年| 82分| 16:9|カラー
(C)カブフィルム

『ミューズは溺れない』3/18(土)から東京凱旋上映決定!

www.youtube.com

●舞台挨拶日程
・3月18日(土) 18:40の回上映後
 上原実矩・渚まな美・桐島コルグ・奥田智美・淺雄望監督
・3月19日(日) 18:40の回上映後
 上原実矩・淺雄望監督 ゲスト:宮崎朝子 (SHISHAMO)
・3月20日(月) 18:40の回上映後
 上原実矩・淺雄望監督
・3月21日(火・祝)  18:40の回上映後
 上原実矩・淺雄望監督 ゲスト:前田弘二(映画監督)
・3月22日(水)  18:40の回上映後
 ゲスト:鈴木史(映画監督・美術家・文筆家)
・3月23日(木)  18:40の回上映後
 上原実矩・淺雄望監督
・3月24日(金) 18:40の回上映後
 上原実矩・淺雄望監督 ゲスト:ヴィヴィアン佐藤 (ドラァグクイーン・美術家)

●渚まな美 出演情報
おおぶ映画祭2023 『僕らの存在を聴け』
3月18日(土)、19日(日) @愛三文化会館

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『本人たち』
2023年3月24日(金)~31日(金) @STスポット

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『本人たち』/グラフィックデザイン:趙文欣

かながわ短編演劇アワード2023 演劇コンペティション小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『また会いましょう』
2023年3月25日(土)、26日(日) @KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ