StereoSoundONLINEのYouTubeチャンネルで、傅 信幸さん、黛健司さんをお相手に自ら設計したウエスギ「U BROS-330AH」について語っておられる同社代表・藤原伸夫さんのお話は、オクターブ(独)製管球アンプを使っているぼくにとって、とても興味深いものだった。

 「う〜むU BROS-330AH、聴いてみたいぞ」と思っていたら、StereoSound ONLINE編集部から「ぜひご自宅で!」とうれしいオファーが。思いは通じるものです。そんなわけで、U BROS-330AHをわが家のシステムに招き入れて 3日間じっくり使ってみたインプレッションを、ここでは縷々述べてみたい。

 最終日には旧知の藤原さんがわが家に来てくださったので、二人で音楽・映画談義を交わしながら楽しい時間を過ごすことができたので、そこでお聞きした内容などについても触れていこうと思う。

直熱三極管の雄 “300B” を出力管として用いた
モノーラルプッシュプルパワーアンプ「U・BROS-330AH」シリーズ

U・BROS-330AHWE ¥2,100,000(税抜、ペア、WE社製300B装備)
U・BROS-330AHPS ¥1,850,000(税抜、ペア、PSVANE社製300B装備)
U・BROS-330AHL ¥1,650,000(税抜、ペア、300B無)
※専用真空管カバーG-330 ¥40,000(税抜)

●形式:真空管式プッシュプル出力モノーラルパワーアンプ
●回路形式:AB2級サークロトロン回路
●入力感度(最大出力に要する入力電圧):1.0V(Gain:MAX)
●入力インピーダンス:80kΩ(Normal,Direct入力共)
●連続最大出力(THD 5%):30W
●適合スピーカーインピーダンス:4/8/16Ω(各々の端子選択による)
●周波数特性:10Hz〜100kHz(+0,-3dB)
●接続端子:RCA入力端子(Normal並列、Direct)、バナナプラグ対応スピーカー出力
●消費電力(PSE):90W(AC100V50/60Hz)、73W(無信号時)
●寸法/質量:W364×H201×D218mm/17.5kg

U・BROS-330AHWEは、本体後方(写真上側)中央部に入力端子(ダイレクトと入力レベル付き)を備える。その左側がスピーカー端子で、お使いのスピーカーに合わせて4/8/16Ωのいずれかを選択する

 U BROS-330AHは、出力管に“直熱3極管のスーパースター”300Bをプッシュプル(PP)動作させたモノーラル・パワーアンプ。300Bのオリジネーターであるウエスタンエレクトリック(WE)社が、2018年から復刻生産を始めた球を用いた330AHWE(ペア、210万円)と、PSVAN(プスヴァン/中国)製300Bを用いた330AHPS(同185万円)、そして300Bが同梱されない330AHL(同165万円)がラインナップされている。わが家に持ち込まれたのは、ウエスタンの球が使われた330AHWEだ。

 このアンプの詳細については先にご紹介したYouTubeチャンネルでたっぷりと語られているのでくどくど繰り返さないが、注目したい点は大きく以下の二つだ。

 ひとつ目は、1950年代に発案されたサークロトロン(Circlotron)出力回路の採用。この回路はプッシュプル動作でも出力トランスで波形合成を必要としない特長を持つ。つまりパワーが大きく取れるPP動作ながら、リニアリティに優れたシングルアンプの良さが味わえる可能性があるわけだ。

 サークロトロンの採用は、ウエスギアンプとしては4モデル目だそうだが、サークロトロン回路を用いた300Bアンプは世界初ではないかと藤原さんは言う。

今回の取材は、山本さんのご自宅にU・BROS-330AHWEを持ち込んで行った。アナログレコードやUHDブルーレイなど様々なソースを再生している。写真左は上杉研究所 代表取締役社長の藤原伸夫さん

 二つ目は、そのサークロトロン回路を通常のAB級以上に高効率なAB2級で動作させていること。つまり不必要なときには電流をあまり流さず、ここぞという音楽信号がきたときだけ大きく流すという増幅方式。出力段のWE製300Bをはじめとして、初段やドライバー段にも貴重なヴィンテージ管が使われているので、長寿命を意図してのAB2級の採用なのだろう。

 ちなみに初段の球はジェネラルエレクトリック(GE)のヴィンテージ管で、ドライバー段はフィリップスの軍用管だそうだ。300Bはドライブするのがとても難しい球で、前段に良い球を用いないとどうにもならないと藤原さんは言う。いずれも今となっては入手が難しい球だそうだが、先代の故上杉佳郎社長がこれらヴィンテージ管を大量にストックしておいてくれたのだという。

 ちなみに余裕を持たせて真空管の長寿命化を図るというのは、ウエスギアンプの伝統的な考え方。このアンプも真空管の限界性能に対して3割くらいに抑えて使っていると藤原さんは言う。

 また、ウエスタン・オリジナルの交流点火方式を採っていること、保護回路に万全が期されていることも330AHの特筆すべき事項だろう。

試聴の前に、U・BROS-330AHWEのバイアス調整を行なった。本体手前左側にあるつまみで「LEVEL」と「BALANCE」を切り替え、パネル部の表示を見ながら付属のドライバーで最適な位置に調整している

 ふだん使っているオクターブのパワーアンプ「MRE220」を外し、同じ場所にTAOC製オーディオボードを敷き、330AHWEを置いた。プリアンプのオクターブJubilee PreとはRCAアンバランスケーブルで接続、通電後しばらく経ってから、付属のドライバーで300Bのバイアス調整を行なって試聴を始める。

 まず驚かされたのは、音量を上げていってもJBL「K2 S9900」の4インチ・コンプレッションドライバーからまったく残留ノイズが聞こえてこないことだった。プリのボリュウムを12時くらいまで回してMRE220でK2S9900を鳴らすと、けっこうな残留ノイズが聞こえてくるのだが……(もっとも音楽を再生し始めるとこのノイズ、まったく気にならない)。

 ハイレゾファイルやアナログレコードで聴き馴染んだ音楽を3日間にわたって次々に聴いたが、その時間は、ぼくにとってかけがえのないものだった。

 以前、300BシングルアンプでK2 S900を鳴らしたことがある。そのときは(ぼくの音楽の聴き方からすると)やはり力感がもの足りなかった。小音量で「かそけき衣擦れの音を聴く」的な使い方をすると、唯一無二の魅力があることはよくわかったけれど。

組み合わせたプリアンプはオクターブの管球式「Jubilee Pre」で、スピーカーはJBLの「K2 S9900」

 サークロトロン出力回路で300Bをプッシュプル動作させた330AHWEは、まずパワー不足を感じさせない。たとえばザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」。音量を上げて聴いても、クレッシェンドしていくオーケストラの演奏がクリップする感じはまったくなく、リニアに追随する印象が得られるのだ。

 また330AHWEは、音楽の描き方がきわめて自然で、これみよがしなところがない。心の襞にすっと染み込んでいくような聴かせ方をする。

 比較すると、ふだん使っている多極管KT120をパラレル・プッシュプル動作させているMRE220は、歌舞伎役者が見得を切るかのような聴かせ方だ。「ゴリッ! 」とか「グサッ!」とかマンガ的擬態語を使いたくなるようなインパクト重視の音調なのである(まあそこに大きな魅力を感じて購入したわけですが)……。うーむ、この違いは日独の国民性の違いまで思い起こさせ、興味深い。

 藤原さんにこのインプレッションを伝えると「このアンプは音の粘度が低いんだと思います」と言う。なるほど「粘度」か……。まさにここが “心の襞に染み入る音”のポイントなんだと納得した。

 それから、ダンピングファクターの高い優秀なソリッドステート式アンプのようにウーファーをキリキリと締めつけず、手綱をゆるめたように低音をオープンに鳴らす330AHWEの持味もとても好ましく思った。

U・BROS-330AHWEに搭載されている、ウエスタンエレクトリック社製の300B

 音調は先述のように大きく違うが、この低音描写はMRE220と共通する持ち味。ぼくはK2 S9900の先代となる「K2 S9800SE」をこの部屋に迎え入れたとき、半導体式パワーアンプを数モデル拝借してテストしたことがある。すごく気に入った製品もあったが、ぼくにとっては総じて低音がソリッド過ぎて、ウーファーが音楽に合わせて気持ちよく呼吸している感じにならないのが不満だった。

 そんな折、オクターブの輸入元から「RE130」という管球式アンプを借りて聴いてみたところ、その不満が雲散霧消、すごくしなやかな低音が得られ、即座に購入を決意したのだった。それ以来、オクターブのアンプを使い継いでいる。だから、この持ち味はよくできた管球アンプ共通の魅力なのかもしれない。

 もっとも管球アンプの低音は緩過ぎるとお感じになる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、たとえばステレオサウンド盤LP『ザ・グレート・ジャズ・トリオ/アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』の、トニー・ウィリアムズのドスドスと迫りくるキックドラムのアタックと余韻のバランスは、超優秀なソリッドステート式アンプで聴くよりも、330AHWやMRE220のほうがぼくにはしっくりくる感じがするのである。

 それからもうひとつ。330AHWEが素晴らしかったのはヴォーカルの表現力。中域のリニアリティがきわめてよく、声の表情の変化を見事に表現するのだ。

上杉研究所 代表取締役社長の藤原伸夫さん

 LP『ベリー・ソウト・オブ・ユー』で聴けるナット・キング・コールの歌声の再生など、もう絶品というほかない。彼の深々と響く声をじつに表情豊かに描くのである。また、録音に使用された管球式コンデンサーマイクのダイアフラムの震えが目に見えるかのような、330AHWEの微小信号を掘り起こす能力にも感心させられた。

 それでは、いよいよ……と取り出したのが、ステレオサウンド社製45回転盤LPの石川さゆり。名曲「天城越え」を聴いたが、これがまたなんとも凄かった。

 「女の情念」なんて手垢のついたことばはキモチ悪くて使いたくないが、この曲の歌詞がこれほどすっと入ってきたのは初めての経験。「オクターブじゃちょっとここまでは……」という感じなのであります。

 <誰かに取られるくらいなら、あなた殺していいですか>のくだりで背中に冷や汗がタラリ。「こういうことをさゆりさまのようなお方に一度でも言われるジンセーを送りたかったナ……」などと栓無きこととを考えたりして。

 また、330AHWEの美点と思うのは倍音の美しさ。先頃亡くなったアメリカのシンガー・ソングライター、デヴィッド・クロズビーのファースト・アルバムから、アカペラで歌われる一人多重録音の楽曲を聴いて、その響きのゴージャスさに陶然となった。PSVAN製300Bで聴いても、この複雑に綾なすハーモニーがここまで見事に解像されるのだろうか。ウエスタン製300Bだからこその響きの美しさなのだろうか……これはちょっと確かめてみたいテーマだったりする。

今回の取材で使った主なソースたち。アナログレコードから映画まで、U・BROS-330AHWEは優れた対応力で様々な声を楽しませてくれた

 この声のすばらしさに誘発されて「そうだ映画も観てみよう」。ということで、パナソニック「DMR-ZR1」のHDMI出力をデノンのAVセンター「AVC-A100」につなぎ、そのアナログ出力をオクターブJubilee Pre のプロセッサー入力(ユニティゲイン)に入れ、映画のブルーレイを何枚か観てみた。

 何のストレスも感じさせないダイアローグの生々しさ。藤原さんが言うように「音の粘度」が低いからだろうか。美しい女優さんたちの声が心にすっと届くのである。

 今まさに眼前でシャーロット・ランプリングが、岸田今日子が、岩下志麻がしゃべっているというリアリティ。侘びた風情の中の艶めいたふくよかさがありありと伝わってくるのだ。何か原初の映画体験に遭遇しているような気分になり、アタマがクラクラした。

 そして「トーキーの始祖たるウエスタンエレクトリックの300Bを使った管球アンプで今映画を観ている」といううれしさ。それだけでごはん3杯くらいイケそうな気分になったのでした。

【緊急のお知らせ】現在、1台のみ追加予約を承っております。申し込みの締め切りは3月31日、納期は5月下旬を予定しております。

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真空管アンプの新たな可能性を感じさせるハイテクスピーカーとの競演。そのサウンドからは演奏家たちの気迫が伝わってきた[PARADIGM PERSONA 7F]

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提供:上杉研究所