大映映画創立80周年企画として全国各地での開催が始まった「大映4K映画祭」。先行してスタートした東京、大阪、名古屋での上映に詰めかけた観客たちの評判や満足度も上々のようである。

 今回の映画祭は上映される作品すべてのマスターに4Kデジタル修復版が選ばれているのが大きな特徴だ。手間暇をじっくりとかけられて劇場公開当時を彷彿とさせる姿で甦った4Kマスターの画や音を、映画祭での上映だけでなく、4K放送やパッケージ、デジタル配信などで既に体験済みの方も少なくないだろう。

『夜の河 4Kデジタル修復版』 ¥5,280(税込)KADOKAWA DAXA-5883

●1956年/日本/90分/カラー/2層ディスク/日本語 リニアPCM 2.0ch/スタンダードサイズ
●監督:吉村公三郎●脚本:田中澄江●原作:澤野久雄●撮影:宮川一夫●音楽:池野成
●出演:山本富士子、上原謙、小野道子、阿井美千子、東野英治郎、他
●発売・販売:株式会社KADOKAWA

 今回の映画祭で初めてお披露目となる作品のなかにあって、通常とは異なるプロセスで4Kデジタル修復された作品がある。それが吉村公三郎監督の『夜の河』である。主演は大映が誇るスター、山本富士子。京都を舞台にしたラブストーリーで、名カメラマンの宮川一夫が撮影を担当していることでも知られる人気作である。

 劇場公開は1956年。映画がカラー化されるようになった黎明期の作品だ。『夜の河』の4Kデジタル修復版は、この黎明期ならではのフィルムの発色の再現のために新たな技術を開発、当時の画調を再現することに注力して制作されている。作業に携わったのはIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)。Imagica EMSについては、これまでも『犬神家の一族』を始めとする往年の角川映画の4Kデジタル修復化作業の記事などで紹介してきた。

 同社のスタッフは、以前から「大映4K映画祭」で上映されている大映映画のほとんどの作品の4Kデジタル修復も手掛け続けている。作品に取り組む真摯な姿勢と技術力は世界的にも評価が高い。昨年の第79回ヴェネツィア国際映画祭のクラシック部門において、同社が担当した『殺しの烙印』4Kデジタル復元版(鈴木清順監督/日活株式会社)はアジア映画では初の最優秀復元映画賞を受賞している。『夜の河』4Kデジタル修復版も、この2月に開催された第73回ベルリン国際映画祭のクラシック部門に選出されていることを先にお伝えしておこう。“日本のカラー映画初期の本作のレストレーションの質の高さに感銘を受けたこと” が選出理由のひとつとなっている。

インタビューはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスの本社で行った

 4Kデジタル修復にあたって使われたフィルムはKADOKAWAで保管する35mmオリジナルネガ。旧作の修復では現存するこのようなフィルムを使うのはもう映画ファンにもお馴染みだ。しかしImagica EMSメディア営業部 アーカイブコーディネーターの水戸遼平によると、「本作に使用されたフィルムは国内カラー現像黎明期のもので、その後のフィルムとはまた違う発色をしていたと言われているんです」。

 また、「過去に同じフィルムタイプの作品を何度かプリントしたこともある弊社のタイミング技術監修者も “なかなかに厄介でかなり難易度が高いフィルム” と語っていました。経年によってそのバランスも変化しているので、元の状態を想像することも、より困難なんです」と、メディア営業部 メディア営業グループ(アーカイブ担当)の土方崇弘が続ける。

 『夜の河』はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『地獄門』(1953年/衣笠貞之助監督)から始まる大映初期の重要なカラー作品のひとつ。Imagica EMSの前身となる東洋現像所がカラーフィルム現像技術を導入してまだ間もないのころの作品でもあるという。しかし水戸によると、「当時の色調を再現するために有効な資料がほとんどありませんでした。ならば使用されたフィルムから辿ってみては? という方法論に行き着いたんです。吉村公三郎監督や宮川一夫撮影監督、現像を担当した弊社の技術者たちが目指した仕上がりを忠実に再現するために、新たなソフトウェアを開発することにしました」。

4Kスキャンには、『夜の河』のオリジナルネガフィルムを使用

 これまでにない技術の開発。その任を担ったのがImagica EMS技術部 カラーイメージングエンジニアの長谷川智弘である。「言葉で説明するのはなかなか難しいんですが、使われているフィルムの計測や分析を行って、経年による褪色や、ネガから上映用ポジへのプリントによる発色の変化など踏まえつつ、このフィルムが発色可能な色の領域を推定しました。端的に言うと “本来の色” を追求しています」。

 つまり通常の “感覚的(主観的)なアプローチ” ではなく、いかに技術的な面から客観的な根拠に基づいてグレーディングを施すか、それがテーマになっていたと考えればいいだろう。かつて『浮草』(1959年/小津安二郎監督)の4Kデジタル修復の際にやはり同チームが取り組んだ、アグファカラーの再現を彷彿とさせるエピソードだ。長谷川は「『浮草』で得られた “この方向でいいのだ” という手応えも今回の作業の推進力になりました」と語る。

 長谷川が新たに開発したソフトウェアを併用してグレーディング作業を進めると、当時のフィルムでは発色できなかった範囲にまで補正が及んだ場合には “警告” が出て、色彩補正が過剰にはならない。長谷川曰く「より鮮やかに見えるトーンでグレーディングをまとめることも可能ですが、今回はあくまでも当時のフィルムが発色可能だった範囲内に収めるようにしています」。

上はフィルムの透過計測や分析を行っている様子。作品の任意の箇所(赤い矢印)を選び、様々な色を計測することで、フィルム自体が本来どれだけの発色性能を備えているかを割り出そうとしている。下の図がその結果導き出された色域で、このフィルムで撮影した色は、赤くマークされた範囲内に入っていたと推測される

 もちろん、保管されていた当時のタイミングデータや、監修者として参画している元大映の宮島正弘撮影監督のアドバイスも含めて、さらにグレーディングの精度は高められることになる。こういった、より多面的なアプローチで作業を進めることは、大映映画の権利を所有するKADOKAWAからの強い希望もあったという。水戸と土方は「世界のどの修復ラボにも負けない情熱をそそいで、我々の持てる技術で全力投球しました」と胸を張る。

 完成した4Kデジタル修復版と従来のHDマスター版の画調は、確かにかなり違って見える。一見すると古いHDマスターの方が “色が濃い” ので鮮やかにも見えるのだが、色の深みや渋味などの微細なニュアンスを感じ取れるのは間違いなく4Kデジタル修復版である。本作は京染(きょうぞめ)という文字通り色彩が重要なテーマともなっており、劇中に挟み込まれる数々の色にさまざまな感情が呼び起こされるのだ。

スキャンした素の状態。経年変化によって褪色、フィルムの色の記録層別の変質が進行し、本来の色のバランスが崩れてしまっていると思われる

ノーマルグレーディングを施した映像(バランスを取って仕上げたもの)

今回のソフトを使って、カラーシミュレーションを加えた映像

 テーマカラーとなっている赤のほかにも、緑や青だけでなく、意外や鼠色の美しさが印象に残る。自身にとっては初めてのカラー作品となった吉村監督、カラー作品はまだ手探りの状態だったであろう宮川一夫撮影監督が、いかに色彩表現を設計し、当時のフィルムで表現したのか。新たな4Kマスターはその腐心のプロセスが感じ取れるような錯覚さえ起こしてしまうほどである。

 本作は「大映4K映画祭」の上映だけでなく、既に<4Kデジタル修復版>のマスターを使ったブルーレイ盤もリリース済みだ。Imagica EMSのスタッフたちの証言と併せてお楽しみいただきたい。導入された新開発のソフトウェアによって、1950年代に製作・公開された作品がより当時の空気感を伝える4Kデジタル修復版に仕上がるのは間違いなさそうだ。続いて登場してくる作品にも期待したいと思う。(文中敬称略)

取材に協力いただいた方々。左から株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス メディア営業部 メディア営業グループ(アーカイブ担当)土方崇弘さん、技術部 カラーイメージングエンジニア長谷川智弘さん、メディア営業部 アーカイブコーディネーター水戸遼平さん

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