2人の女性記者が挑んだハリウッドの大スキャンダル報道を、女性監督が映画化

 『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長年隠蔽されてきた性的暴行事件を暴き、後の「#MeToo運動」の起爆剤にもなった、ニューヨーク・タイムズ紙の調査報道を描いた実話映画だ。

 ハリウッドに君臨する“巨大な権力者”の悪行を暴くのは至難の業。ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターの女性記者2人は、ワインスタイン側からの脅迫とも思える圧力や妨害に耐えながら、事実を裏付ける証拠の数々を集め続けるが、その努力も実際の被害者たちが証言してくれなければ水の泡だ。しかし、2人の記者は強靭。どんな事があっても諦めず、地道に緻密な取材を重ね、被害者を説得し、ワインスタインを追い詰めていく。その姿には共感しきりだ。

 また、彼女たちと同じ志を持つ編集部スタッフのバックアップも素晴らしい。地位も権力も膨大な人物を相手にすると、会社のトップから横やりが入り、現場はそれに屈することも多いのが世の常だろう。しかし、さすがニューヨーク・タイムス。外からの圧力に屈せず、ジャーナリストとしての矜持がちゃんと機能しているのも爽快だった。

 監督は、『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(21年)のマリア・シュラーダー。主人公の記者を演じるのは、『17歳の肖像』(09年)、『プロミシング・ヤング・ウーマン』(20年)でアカデミー賞主演女優賞候補にもなったキャリー・マリガンと、『欲望という名の電車』(51年)などで知られるエリア・カザン監督の孫娘ゾーイ・カザン。丁寧な心理描写と緊張感に溢れた巧みな演出、それに呼応する女優たちの演技の濃密なこと! 個人的な先入観を承知でいえば、才能豊かな女性トリオが集結したからこそ、この完璧な出来栄えとなったのだろう。女性を虐げ、性差別が横行する現状への怒りと、その改善への切望。“女性だからこその積年の想い”が昇華した一作だと思えるのだ。

ミーガン・トゥーイー役のキャリー・マリガン(左)と、ジョディ・カンター役のゾーイ・カザン(右)。2人はそれぞれが演じる記者の家の近くに引っ越したり、多くの時間を一緒に過ごすなどして、綿密に役を作り上げていったという

全力で部下をバックアップし、また取材を妨害する外敵から2人を守る上司たち。編集会議の様子も緊迫感をもって描かれ、引き込まれる

カメラの奥にいる長身の女性が、監督のマリア・シュラーダー

撮影には実際のニューヨーク・タイムズのオフィスも使われている。当時は新型コロナウイルスの影響でスタッフが出勤できず、撮影に使うことができたのだという

 まあ、「女性の想いが昇華した映画」のプロデューサーの1人は“世界一の美男”ブラッド・ピットなんだけどね。でも、本作にもちょっと描かれているけど、彼自身も、当時交際中だったグウィネス・パルトロウが、22歳の頃に出演した『Emma エマ』(96年)で主役に抜擢された頃からアカデミー賞主演女優賞を受賞した『恋に落ちたシェイクスピア』(98年)の頃まで、ワインスタインにセクハラをされていたことを知って、「二度と彼女に手を出すな」と警告したというから、他人事じゃない。

 そう、ハリウッドを舞台にしたセクハラ事件には、当然グウィネスだけじゃなく、有名女優の名前も登場する。なかでも、その勇気に羨望と称賛を惜しまないのがアシュレイ・ジャッドだ。かつてワインスタインに性的関係を迫られたことのあるアシュレイは、前述の女性記者に「実名を出して証言して欲しい」と依頼されてためらうのだが、結局“顔も名前も公表して証言した初めての有名女優”となった。『SHE SAID』では、当時の苦悩や、恐怖を振り払って取材に応じる姿を、本人役で演じている。正々堂々と証言する姿、カッコ良すぎます。

下記の『恋する遺伝子』のインタビュー時に、筆者の金子裕子さんがアシュレイ・ジャッドもらったというサイン入りポラロイド。意志の強さが伝わってくるような、凛とした佇まいが美しい

アシュレイ・ジャッドは抜群の美女にして聡明。しかし、その笑顔の裏では……

 私がアシュレイ・ジャッドに会ったのは、『恋する遺伝子』(01年)のプロモーションで来日したときだった。もちろんスタイル抜群の美女だけど、なにより柔らかい微笑みが印象的。『恋する遺伝子』は、“憧れの上司との恋と別れ”を繰り返す女性と、偶然ルームメイトになった男性との“絡まった恋心”を描くロマンチック・コメディ。恋のお相手は、当時『X-メン』(00年)で売出し中だったヒュー・ジャックマンだ。

 「ヒューは優しくて、朗らかで、誠実で。もちろん演技も抜群だから共演者として申し分のない俳優。奥様も子どもたちも、とても大事にしているの。ほんと、理想の男性と言ってもいいわ。独身だったら良かったのに!(笑)」

 こんなふうに、ジョークを織り交ぜてのコメントでその場を和ませる。また、作品選びに関しては、「もちろん、どんな人たちと一緒に仕事をするかが重要。特に共演者たちの存在よ。私一人が頑張っても、いい作品は作れない。みんなの熱意が溶けあってこそ、観てくれる人の心がつかめるドラマが綴れるんだと思う」

 インタビュールームを出た途端、編集者と私は「聡明な女性だったねぇ」と異口同音に呟いていた。

 いまふりかえると、当時はすでにワインスタインのセクハラにさらされていた頃だが、その苦悩をちらりとも見せず、楽しげにインタビューに答えてくれていたと思うと、切ない。こんな我慢を、多くの女優たち、いや女優だけでなく女性スタッフたちも強いられていたのだと思うと、いまでも腹ワタが煮えくり返る。

 ちなみに、イタリア系アメリカ人の父とカントリー歌手のナオミ・ジャッドを両親に持つアシュリーは、2011年に出版した手記『All That Is Bitter and Sweet』の中で、ネグレクト(育児放棄)、性的虐待、近親相姦という壮絶な体験をしてきたことを告白している。出版のメッセージには「わたしの本が、性的虐待を経験した人たちを勇気づけ、言葉にする力になれば……」とあった。そして、その思いは強く永遠に彼女の中に燃え盛っているからこそ、ワインスタインだけではなく、ハリウッドに蔓延するセクハラ問題をも表面化させることにひと役買ったのだろう。

 “声を上げる勇気”、見習おうではありませんか。

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』

公開中

監督:マリア・シュラーダー
出演:キャリー・マリガン/ゾーイ・カザン/パトリシア・クラークソン/アンドレ・ブラウアー/ジェニファー・イーリー/サマンサ・モートン
原題:SHE SAID
2022年/アメリカ/129分
配給:東宝東和
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