1956年公開の特撮映画『空の大怪獣ラドン』。ゴジラやモスラと並ぶ東宝怪獣映画の代表作のひとつで、総天然色と呼ばれたカラー映画初期の作品でもある。監督は本多猪四郎、特技監督は円谷英二、出演者は佐原健二、白川由美、小堀明男、平田昭彦、田島義文ら。数々の名作映画を楽しめる「午前十時の映画祭12」で、この『空の大怪獣ラドン 4Kデジタルリマスター版』が上映される。これに先だって東京現像所で行なわれた試写会の模様をお伝えしよう。

午前十時の映画祭12『空の大怪獣ラドン 4Kリマスター版』特設サイト

炭鉱や炭鉱外の自然がリアルな色で甦る。炭鉱の暗い坑道の奥で怪事件が発生!

 ラドンは核実験や異常気象による地球温暖化の影響で、九州・阿蘇山の地下で眠っていた古代の翼竜が突然変異したもの。家畜や人間を襲い、巨大な翼は建物をも破壊する突風と衝撃波を生み出し、街を大混乱に陥れる。最初のきっかけは炭鉱内で起きた謎の殺人事件。警察や炭鉱夫たちが事件を調べていくうちに、やがて古代のトンボの幼虫(メガヌロン)に似た化け物に遭遇する・・・…。

 炭鉱の街を舞台にしたミステリアスな事件から怪獣の出現へとつながる物語もよくできているし、自衛隊の戦闘機との空中戦や、街を守るべく奮闘する戦車隊の戦いも迫力満点だ。今見てもその魅力はまったく色褪せない。

 『ラドン』のデジタル化は現存しているオリジナルネガを用いて行なわれている。問題となったのは、カラー映画初期の作品でもあるためフィルムの褪色が生じていたこと。特に青色の褪色が大きかったという。今回の4K化でのトピックは、マスターポジを3色分解して保存していたモノクロフィルムが発見されたこと。色の三原色である赤・緑・青の成分ごとに分解され、それぞれモノクロで保存されているため、褪色は発生しない。ただし、オリジナルネガからプリントされたポジフィルムのため、フィルムの情報量や解像感はわずかながら劣化している。そこで、オリジナルネガをデジタル化したデータを元に、オリジナルポジのカラー情報を使って、当時そのままの色を復元したのが、今回の4Kデジタルリマスター版となる。

▲今回の4Kリマスター作業に使われたフィルム。右奥の黒い缶が本編のオリジナルネガ。左の3つの山の缶が、オリジナルを3色分解した、R用、G用、B用それぞれのモノクロフィルム(ポジ)。今回は、モノクロフィルムをスキャニング、合成して得られたカラー映像の色調を元に、オリジナルネガの色調を補正している

▲オリジナルネガをスキャニングした映像。全体的に黄味がかっている印象。画面右上にRGBの色情報を示す波形があるが、B(青)の波形が凹み、つまり褪色(色が抜けている)のが分かる (C)1956 東宝

 当時そのままの色は、オープニング映像を見た瞬間からよくわかる。赤や青の模様が次々に変化しながら現れる赤文字に黄色の影の入った「ラドン」のタイトルが実に鮮やか。背景の模様も鮮明な青が復元され、まるで別物。日本映画としても始まったばかりのカラー映画ということもあり、オープニングでも趣向を凝らしたことがよく分かる。後の『ウルトラマン』シリーズにも通じるものも感じた。そして、これまでにパッケージ化された同作品の映像ではオリジナルの色が再現できていなかったため、印象もずいぶんと異なっている。

▲タイトルバックの比較。左はオリジナルネガによる色再現。右が三色分解ポジを参考に色を復元した今回の4Kリマスター版 (C)1956 東宝

 そして、九州の炭鉱で撮影された自然の景色が実に鮮明。現代では見ることのできない炭鉱や炭鉱周辺の街の様子が、まるでつい最近撮影したかのような鮮やかさをもって見られるのだ。真夏の日差しの感じや晴れ渡った青空も眩しいほどで、物語が暑い夏の日であることが説明するまでもなく伝わってくる。

 もちろん、暗い炭鉱内の陰影も実に豊かで、暗い中にも炭鉱の照明やトロッコのための線路が奥へと続いていく様子もよく見える。そこに現れる巨大なヤゴに似たメガヌロンに人々が襲われるシーンも真に迫る力がある。地下の奥深くで孵化しようとしていたラドンの卵を発見する場面はセットによるものだが、リアルな色彩が甦ることでこれまではとはひと味違う恐ろしさがある。

噴火する阿蘇山、破壊される福岡の都市、精密なミニチュアのセットも見どころ

 そしてついにラドンが孵化し、阿蘇山の噴火とともに姿を現す。噴火した阿蘇山はもちろんセットだが、火口から溢れ出す溶岩も赤や黄色の色彩が鮮やかで、かなり本物の溶岩に近いものになっていることに驚かされる。飛び立ったラドンは自衛隊の戦闘機との空中戦を繰り広げるが、青空が実に鮮やかで、大怪獣が空を飛んでいる雰囲気満点だ。戦闘機のミニチュアも精密でそのディテイルもよく分かる。

▲4Kリマスター版から抜き出した映像 (C)1956 東宝

 圧巻なのがラドンの羽ばたきによる突風と衝撃波で破壊される福岡の街。当時の街並を再現したセットは実に精巧で、強風で崩れていく様子は迫力たっぷり。夜の街のネオンの輝きも実に鮮やか。緻密なディテイルと豊かな色が甦ることで、現代の怪獣映画にも負けない力強い映像となっているし、現代ではとてもここまでは出来ないとさえ思う、特撮の黄金時代の成果を存分に堪能することができるのだ。

(C)1956 東宝

 そして、音も実にクリアでしかも力強いものになっていたことも触れておきたい。音楽や出演者の声も実に雄弁だし、ラドンの羽ばたきによる突風の凄まじさ、戦闘機や戦車の攻撃などを迫力たっぷりに味わえる。今や怪獣映画として日本どころか世界中で人気となっているジャンルの初期の傑作を、ここまでの鮮度で楽しめる機会は実に貴重だ。

▲カラーフィルムを三色分解する機械。当時、『空の大怪獣ラドン』もこのマシンで作業したそう(現在は不動)

▲三色分解の模式図。カラーネガをRGBに分色して、それぞれをモノクロフィルムで保存。それを再度スキャニングして合成すると、元のカラー画像が復元できる、という仕組み (C)1956 東宝

過去の名作をありのままに復元する偉業。映画の歴史を振り返る資料価値も大きい

 カラー初期の映画というと、リアルな色再現に試行錯誤していた時期でもあり、現代の感覚で見ると派手な色づかいや毒々しいまでの原色が不自然にも感じていたが、こうして当時の色彩を可能な限り復元した映像を見ていると、カラー映画で作り手が挑戦した意図を感じることができる。実際に撮影された本当の当時の街や自然、そしてミニチュアをはじめとした特撮技術など資料的価値も大きい。コンディションのよいオリジナルネガと3色分解して保存されたマスターポジが残っていてようやくできることではあるが、同様の4Kデジタルリマスターで復元してほしい名作は山のようにある。かつての映画をありのままに復元し、デジタルでアーカイブすることの重要さを改めて感じた次第。

▲オリジナルネガ(左)と、三色分解フィルムを元に色補正した4Kリマスター版(右)の映像。まさに、今年公開作!? と思えるほどに豊かな色彩が再現されている (C)1956 東宝

 言い尽くされた言葉だが、『空の大怪獣ラドン』はスクリーンで上映するために作られた映画だ。しかもロードショー公開を見たことのある人はかなりの高齢になっており、ほとんどの人にとっては初めて見ることになるはず。だからこそ、ロードショーと同じようにスクリーンで見ることに大きな価値がある。12月の『午前十時の映画祭12』で、存分に楽しんでほしい。

▲リマスター定番のゴミ消し(パラ消し)作業の模様。写真の黄色い枠が、画面の有効範囲。下面、ラドンのボディ部分を描き足しているが、これは取材向けのデモ。フィルムが裂けてしまった場合など、このデモのように前後のコマから該当部分をコピペして復元することになる (C)1956 東宝

午前十時の映画祭12
『空の大怪獣ラドン 4Kデジタルリマスター版』上映スケジュール

『空の大怪獣ラドン 4Kデジタルリマスター版』
監督:本多猪四郎
出演:佐藤健二、白川由美、小堀明男、平田昭彦、田島義文
1956年/日本/カラー82分
(C)1956 東宝

GROUP A 2022年12月16日(金)~12月29日(木)
GROUP B 2022年12月30日(金)~2023年1月12日(木)
※上映開始時間は<午前10時以外もございます>
※上映開始時間と料金は各劇場に確認をお願いします

▼上映劇場 GROUP A

▼上映劇場 GROUP B