StereoSound ONLINE読者の中には、ワイヤレス伝送技術のWiSA(Wireless Speaker and Audio)をご存知の方も多いだろう。5GHz帯域を使い、最大96kHz/24ビット、8チャンネルまでのオーディオ信号を非圧縮伝送できる技術で、海外製品ではこの技術を採用するモデルも増えているという。今回はそんなWiSAの最新事情と、同社が考える今後の展開について、WiSA TechnologiesInc. Vice President, Worldwide SalesのJames Chengさんと、WiSA Japan Country Manager 竹原茂昭さんにお話を聞いた。(StereoSound ONLINE編集部)

インタビューに対応してくれた、WiSA Technologies Inc. Vice President, Worldwide SalesのJames Chengさん(左)

 今日はよろしくお願いいたします。WiSAは高品位な無線伝送を実現するソリューションとして定評がありますが、日本ではクラウドファンディングのワイヤレス5.1chシステムが話題を集めたくらいで、いまひとつ印象に残ったモデルがありませんでした。しかし海外では様々な製品への採用が進んでいるとのことですので、そのあたりについてお話をうかがえればと思っています。

James 今日はお時間をいただきありがとうございます。私からWiSAの現状と新しい展開について説明したいと思います。そもそもWiSAは、ホームシアターでのオーディオ再生を見据えた無線伝送技術で、低遅延で高品質なハイエンドの伝送を目指してきました。その技術は多くのハイファイメーカーやテレビメーカーに採用いただいています。たとえばBang & Olufsenやディナウディオ、JBL、クリプシュ、ピエガ、bucharct(ブチェット)というブランドにも搭載されました。

 ピエガやJBLにも採用されたんですね。どの製品で使われているのでしょうか?

James ピエガのAce Wirelessシリーズで採用されています。トールボーイの「ACE 50 Wireless」とブックシェルフの「ACE 30 Wireless」、センター用の「ACE CETNER Wireless」です(すべて日本未発売)。JBLは「4305P」に搭載されています。

 そうだったんだ。4305Pは僕も試聴したことがありますが、WiSAのマークはついていなかったように思います。

最近のWiSA HT搭載モデル。L/R間で信号を伝送するか、シアターシステムまで展開できるかといった仕様は製品によって異なっている

竹原 それはL/Rスピーカー間で通信を行うシステムとしてWiSAの技術を採用してもらっているからです。そのようにクローズドの信号伝送用として使う場合は、WiSAのロゴマークを付ける必要はありません。

 なるほど、無線伝送のツールとして使っている場合は認証ロゴは必要ないということですね。他にどんなブランドがあるのでしょう?

James ディナウディオからは、L/Rスピーカー間の伝送機能も持ちつつ、送信機の「Sound Send」を組み合わせればサラウンドシステムへの展開もできるモデルも発売されています。つまり2本で使う場合はL/R間の伝送を行い、Sound Sendを使えば5.1chシステムのスピーカーとして使えるということです。こういった製品にはWiSAの認証マークがついています。

 B&Oの「BEOSOUND THEATRE」は、最近日本でも発売されたと聞いています。B&Oは既にWiSAを採用したワイヤレススピーカーを発売していましたが、BEOSOUND THEATREには送信機機能もついており、これと同社製ワイヤレススピーカーを組み合わせることで5.1chなどのワイヤレスサラウンドシステムが構築できます。

竹原 海外ではこの製品のように、サウンドバーにワイヤレススピーカーを組み合わせるという提案が増えてきています。

海外製品ではハイファイスピーカーからシアターシステム、シーリングスピーカーなど、多くのジャンルでWiSAが採用されているという

James ワーフェデールからも5.1chのワイヤレスシステムが出ています。これは中国市場向けですが、比較的お手軽なシステムです。さらに超弩級としてゴールドムンドのハイエンドスピーカーもリリース済みです。

 ゴールドムンドがワイヤレススピーカーを出していたとは知らなかった。音もいいだろうけど、いくらになるんでしょう(笑)。

James スペインのEcler(エクレア)というメーカーからも面白い製品が発売されています。主に店舗用ですが、ライティングレールに取り付けるスピーカーで「WiSpeaker Wireless」というシリーズです。電源はライティングレールから供給し、「WiSpeaker CORE」という送信機から送った音声を再生します。通線などの工事が必要ないので、お店などの設置で喜ばれています。他にもアメリカのLovSacなどは、ソファの中にスピーカーを仕込んで、WiSAで信号を送るといった提案を行っています。

竹原 イギリスのLITHEAUDIO(ライザーオーディオ)は、シーリングスピーカーでWiSAを採用しています。最近はこういった使い方も増えてきています。

 シーリングスピーカーは電源も取りやすいし、WiSAの仕様にぴったりですね。

竹原 Sound Sendは既に5.1.2のドルビーアトモスに対応済みですので、シーリングスピーカーと組み合わせていただければすっきりしたスピーカー配置が可能になります。

 それだけ技術として完成しているのだから、日本でももっと採用モデルが出てきて欲しいですね。

同社では、現行のWiSA HT(左)をベースに、より低コストで無線伝送を実現できるWiSA DS(中央)やソフトウェアソリューションのWiSA E(右)への展開を考えている

竹原 われわれもそう願っています。そこでWiSAをもっと様々な分野で使っていただけるように、技術のバリエーションを増やしていくことになりました。

James まず、今までの無線伝送ソリューションを「WiSA HT(Home Theater)」と名付けて展開していきます。さらにエントリー用として「WiSA DS(Discrete Systems)」を開発しました。WiSA DSは、WiSA HTを搭載できなかった価格帯の製品にもお使いいただける、お手軽なワイヤレスソリューションです。

 なるほど、もっとお安く使えるワイヤレス技術としてWiSA DSを提案しようということですね。このふたつにはどんな違いがあるのでしょうか?

James WiSA HTは、5GHz帯域で空いているエリアを使って効率的に伝送するといった機能を備えています。96kHz/24ビットのクォリティに対応しており、最大8chの伝送が可能です。また遅延は2.6/5.2ミリ秒で、伝送時間の遅延がひじょうに少ないのが特徴です。

 一方のWiSA DSは2.4GHzを使ったシステムで、48kHz/16ビットまでの4.1ch(4ch+サブウーファー)の伝送に対応しています。遅延は40ミリ秒Fixedを見込んでいます。

 4.1chということは、センターレスのサラウンドを伝送しようという発想ですね。

竹原 どのチャンネルをワイヤレスで飛ばすかは、製品の仕様次第です。例えばサウンドバーの拡張機能にWiSA DSを使いたいという相談もいただいています。

James フロントL/C/Rをサウンドバーで再生して、サラウンドとドルビーアトモスのトップスピーカーをワイヤレスで送り出したいというご相談もいただいています。WiSA DSではそういった使い方にも対応できます。

3種類のWiSAシステムの使用例。WiSA DSとWiSA Eの追加で、お手頃な製品でも高品質なワイヤレス伝送が可能になることがわかるだろう

 WiSA DSは、既にオーディオメーカーに提供されているのでしょうか?

竹原 WiSA DSのハードウェアは完成していますが、ソフトウェアはお客様ごとにチューニング、カスタマイズを行わなくてはなりませんので、実際にはご相談いただいてから具体的に詰めていくことになります。現在は弊社から技術提案をしている段階とお考えください。

James もうひとつ、WiSA Eというソフトウェアソリューションも開発しました。こちらはWiSA DSの拡張版で、5GHz帯域を使う技術です。伝送チャンネル数が5.1chに増えて、遅延時間も20ミリ秒まで短縮されます。将来的には8〜10chまで伝送できるようになる見込みです。またサンプリングレートについても、ファームウェアアップデートで48kHz/24ビットからそれ以上を将来サポートしていきます。

 WiSA Eを使えば、WiSA HTに近いことができると。

竹原 対応サンプリングレート的にはWiSA HTの方が上ですが、WiSA HTは最大8ch伝送ですので、将来的にはWiSA Eの方がより多くのチャンネルを再生できることになります。WiSA Eについては2023年のCESでデモをお届けできる見込みで、2024 年にはWiSA Eのソフトウェアライセンスを始める予定です。

James 遅延時間を考えるとWiSA HTが一番お薦めで、弊社としてトップクラスのソリューションという位置づけになります。WiSA DSはもっとお手軽な提案で、WiSA Eのターゲットはハイクォリティのメインストリームということになります。WiSA HTとWiSA Eは、必要なスペックに応じて使い分けていただきたいと思っています。

 WiSAとしては、マルチチャンネルで安定した伝送ができること、音が途切れたり、ノイズが乗るといったことがないように常に配慮しています。またシステムとしての使い勝手がいいことも重要です。

WiSAでは、ワイヤレス音声伝送に加えて、ルームEQやスピーカーセットアップ、音声コントロールなどの便利機能も見据えた開発が行われている

 使い勝手がいいというのは、チャンネルバランスなども自動で対応できるということですか?

竹原 それもありますし、現在のWiSA HTを使ったマルチチャンネルシステムでは送信機のSound Sendでボリュウムを調整していますが、今後は、どれかひとつのスピーカーのレベル設定を変えるだけで、自動的に他のチャンネルも連動するといった方法も考えています。

 マイクを使った自動音場補正機能は搭載しないのですか?

James 将来的には、対応したいと考えています。既にiPhoneのマイクを使って測定を行う仕組みはできているのですが、Androidは内蔵マイクにばらつきがあって、正確な補正が難しいのです。iPhone用のみでリリースしていいものか、検討しています。

 日本はiPhoneユーザーも多いので、問題ないと思うけどなぁ。

James それはいい情報です。前向きに考えたいですね。他にもiPhoneやスマートスピーカーから音声でコントロールするといった展開も考えているところです。

 ワイヤレスサラウンドシステムを使いたいという人の中には、オーディオビジュアルのスキルが少ない方も多いでしょう。そう考えると、今Jamesさんがおっしゃったようなところまでケアできているといいと思いますよ。

 ところで、WiSA HTは現在96kHz/24ビットまでのサポートとのことですが、将来的にはもっと高いサンプリング周波数まで対応できるのでしょうか?

James 192kHz/24ビットの2ch信号はWiSAEのソフトウェアアップデートで、2024年頃にサポートする予定です。ただし、その場合は伝送できるチャンネル数は減ってしまいます。

 192kHz/24ビットであれば、2.1chを伝送できれば充分でしょう。

インタビューはWiSA Japanのデモルームで行った。高品質なオーディオ信号伝送というテーマに、潮さんも興味津々の様子

竹原 以上が、WiSAとして考えている今後の展開になります。改めて整理しますと、2023年の取り組みとしてはまずWiSA DSが登場します。これによってお手頃価格のサウンドバーなどでもワイヤレス伝送を搭載した製品が充実してくると思いますので、期待してください。

 WiSA Eも既に多くのメーカーさんに興味を持っていただいていますので、こちらも推進していきたいと思っています。当初は48kHz/24ビットまでですが、将来的には96kHz/24ビットや192kHz/24ビットまで拡張しますので、ハイファイでもお使いいただけるのではないでしょうか。

 日本メーカーも乗り遅れないようにしないと駄目ですね。

竹原 ぜひそうなって欲しいですね。海外ではハイエンドのスピーカーブランドにも多く採用いただいています。WiSA HTなら96kHz/24ビットで信号を送れるし、遅延も少ないことが評価されています。

James いわゆるWiFiを使った音楽伝送では、リニアPCMの信号を何らかの方式で圧縮しないといけませんが、WiSA Eでは独自のプロトコルをWiFiスタンダード上で送っていますので、非圧縮で伝送できます。そのため遅延も少なく、音質も担保できるのです。

 マルチチャンネルだけでなく、192kHz/24ビットも視野に入れた展開を考えているというのは、ホームシアターファン、オーディオファンの両方にリーチできる展開です。音質を重視したWiSAならではの取り組みを期待しています。