音楽史上に名高い名録音の名盤。
思いの丈を込めたベラフォンテの温かく瑞々しい熱唱が存分に味わえる

1985年に大ヒットしたチャリティーソング「ウィー・アー・ザ・ワールド」の仕掛人の一人がハリー・ベラフォンテであるという事実は、意外と知られていない。自身ニューヨークのハーレムで生まれ育ち、カリブ系黒人の父とジャマイカ人の母を持つ混血黒人であったことから、早くから人種差別や反戦運動等に熱心(しかもかなり強力)に取り組んでいたという。希代のエンターテナーとして本盤で聴かせる聴衆とのインティメイトなやりとりとステージ進行、圧倒的な歌唱力/表現力からは、私たち日本人にはそうした彼の一面……反体制的な社会活動家……がまったくイメージできない。

そんなベラフォンテが過去にリリースしたアルバムの中でオーディオファイルご用達盤が、今回採り上げる『カーネギー・ホール・コンサート』である。録音は1959年4月。ステレオLPがまだ流通し始めたばかりで、レコード会社(RCA)のスタッフも手探り状態での録音機材のセッティングだったことはライナーノートに詳しいが、そうした気負いのなさが本アルバムの音のよさにつながっているように私は思う。

Stereo Sound ORIGINAL SELECTION
LP 2枚組『ハリー・ベラフォンテ・カーネギー・ホール・コンサート』

(ソニー・ミュージック・ダイレクト/ステレオサウンド SSAR-016-017) ¥10,120税込
●仕様:180g重量盤2枚組
収録曲
Disc1
[Side1]
1 序奏~いとしのコーラ
2 シルヴィ
3 コットン・フィールズ
4 ジョン・ヘンリー
5 テイク・マイ・マザー・ホーム
[Side2]
1 聖者の行進
2 バナナ・ボート
3 さらばジャマイカ
4 マン・ピアバ
5 私の試練
Disc2
[Side3]
1 ママ・ルック・ア・ブー・ブー
2 帰りませライザ
3 マン・スマート
4 ハヴァ・ナギラ
5 ダニー・ボーイ
6 親切な神様
[Side 4]
1 ク・ク・ル・ク・ク・パローマ
2 シェナンダー
3 マティルダ
●カッティング・エンジニア:武沢茂(日本コロムビア)
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本アルバムは、オーディオ全盛期から音にうるさいマニアの間で優秀録音盤として一目置かれる存在。数本のギターやボンゴ等のシンプルなラテン系伴奏陣から、最大47名の大オーケストラを従えて、ベラフォンテがステージを所狭しと移動する様子がリアルに捉えられているし、何より彼の声の瑞々しさと声量の豊かさが克明に収録されているのである。

とにもかくにも、本アルバムにおけるベラフォンテの歌の訴求力は素晴らしい。レコード再生という二次的な楽しみ方であっても、あたかも時空を越えてカーネギールにタイムスリップし、大勢の聴衆と一緒にコンサートを楽しんでいるような生々しい臨場感にどっぷり浸れるのである。そこには録音のよさ(ていねいなリマスタリングも相まって)はもちろん、アルバム全体から滲み出るベラフォンテの“ショーマン・シップ”があってこそだ。

リマスタリングに当たっては、先にステレオサウンドからリリースされたSACD用2.8MHz DSDマスターを流用したのではなく、ソニー・ミュージックが保管していたアナログマスターから改めてLP用にと96kHz/24ビットにデジタル変換したデータを作り、それを日本コロムビアに持ち込み、アナログ変換を経てアナログカッティングを実施している。2枚組180g重量盤は、横浜の東洋化成によるメタルマスター・ダイレクトプレスである。

制作プロセスにおいてデジタル処理を経ていることを怪訝に思う方がいるかもしれないが、マスタリングとカッティングを担当した日本コロムビアの巨匠エンジニア、武沢茂氏の手に掛かれば、そうした先入観は物の見事に打ち砕かれるだろう。なんというウォームで瑞々しい声の質感ではないか。なんという立体的な広がり、アンビエントではないか! いつもながらの武沢マジックに脱帽だ。

トータル90分超の実況録音である本アルバムは、全3部構成。第1部は「アメリカ黒人の心」、第2部は「カリブ海にて」、第3部は「世界の歌めぐり」となっている。第2部冒頭(Side2の2曲目)でベラフォンテの代名詞でもある大ヒット曲「バナナ・ボート」が登場。第3部でオーディオファイルご用達の「ダニー・ボーイ」(Side3の5曲目)や「ク・ク・ル・ク・ク・パローマ」(Side4の1曲目)が聴ける。また、Side4のラストでは、聴衆とのやりとりが楽しい13分近くに及ぶ「マティルダ」が収録されている。

アルバムのハイライトはざっとこんなところだが、全編を通して聴いて感じるのは、たいそうリアルな空気感と熱気である。リハーサルも含め、音源の再録音や編集はいっさい行なわれていないらしく、それがこの生々しさにつながっているのは明白だろう。

このアルバムでとりわけ私が感銘を受けるのは、Side2からSide3に至る第2部の構成だ。それはカリブ系黒人の血を引くベラフォンテのルーツを辿るもの。

「バナナ・ボート」は右chのコンガと男声コーラスのみでゆっくりとしたテンポで始まる。後半に掛けてダイナミックに声を張り上げる様子がスーッと天井方向に伸びる。前説を挟んで続いて歌われる「さらばジャマイカ」は、左chのガットギターの伴奏を従えて情緒たっぷりにていねいに歌い上げられる。2バース目ではストリングスが加わり、よりドラマチックな展開。そのセンチメンタルな雰囲気がいい。

続く「マン・ピアバ」で観衆の笑いを誘い、「ママ・ルック・ア・ブー・ブー」でベラフォンテ本人も楽しみながら歌っている様子など、ステージのビジュアルイメージが音場として立体的に浮かび上がってくるようだ。

第3部の「ダニー・ボーイ」は、ギター1本のシンプルな伴奏で始まる。感情を込めた歌唱は感動的だ。2バース目で加わるストリングスが、美しいムードをいっそう深奥なものにしている。

そして「ク・ク・ル・ク・ク・パローマ」、「マティルダ」という感動のクライマックスになだれ込む。「ク・ク〜」は鳩の鳴声を模したスペイン語の歌で、ガットギターの伴奏も陽気な雰囲気。「マティルダ」はコンガの伴奏のみで、観衆と共にサビの歌唱を仕上げていくプロセスが楽しい。客席をブロック毎に分けて声を掛けて歌を促していき、割れんばかりの万雷の拍手で締め括られる。

私は同作の米国プレスのオリジナル盤を所持しているが、この復刻盤はそれと遜色ない音が楽しめる。ミントコンディションの高価なオリジナル盤を血眼になって探すよりは、本ステレオサウンド盤を購入した方が賢明であると申し添えたい。