NHK BS8Kで、12月3日と10日のそれぞれ14:00〜15:30に、『迫力のマルチ画面! 指揮なしのオーケストラ第9に挑む』が放送される。これは、指揮者のいない楽団として知られる「トリトン晴れた海のオーケストラ」が初めてベートーベンの「第9・歓喜の歌」に挑んだドキュメンタリーだ。

 指揮者なしで第9を演奏するという挑戦について、NHKが32台のカメラを投入し、各パートを個別に捉えたコンテンツ。個別の演奏は4Kカメラ(ソニーの業務用モデルPXW-Z90)で撮影されているが、本編ではこれらをマルチ画面で合成、8Kの中にいくつかの映像がミックスされ、ひとつの楽曲をそれぞれのパートがどんな風に演奏しているのかを分析的にも楽しめる貴重な内容となっている。

 そして先日、放送に先駆けてNHK放送センターで本作の試写会が開催された。400インチ相当のスクリーンに8Kで映像を投写、サウンドは22.2chで再生されている。

 上映に先立ち、今回の番組の制作統括である宮崎将一郎プロデューサーが登壇し、番組づくりについて解説をしてくれた。

 実はこの番組は、今年5月にBSプレミアムで放送された素材を使って再構成されたものという。上記の通り収録は4Kカメラで行われており、そのままでは8K放送には使えないが、4K画面を4枚組み合わせれば8Kにできるのでは、という発想からマルチ画面という演出を考えたそうだ。

 そこには、BSプレミアムで放送した際に、音楽ファンの視聴者からメンバーの演奏をもっとじっくり見たいという声が寄せられたという事情もあった。通常、クラシックコンサートなどの場合、オーケストラ全体を俯瞰で捉えるか、指揮者や第一バイオリンといった演奏者のアップが中心で、一人一人がどんな風に演奏しているかまでは分からない。しかし音楽ファンとしては、他の楽器やパートの様子も詳しく見てみたいという気持ちになるのは理解できる。

 そこで今回は、ひとつの画面に何人もの演奏者を捉え、しかも可能な場合はかなり近くまで寄っていくという撮影を実施している。その映像がマルチ画面で再現されることで、これまでにない迫力のあるコンテンツとして楽しめる、という狙いだ。

 ここから上映がスタート。楽団員の面々へのインタビューや練習風景を交えて、「指揮者なしの第9」がいかにして演奏されたかが高画質&サラウンドで上映された。演奏中の映像はほぼマルチ画面で、4〜5分割された中に弦楽器、管楽器、打楽器、さらには合唱といった具合にそのパートのキーとなる演奏者が映し出され、普段見ている「第9」以上にアグレッシブで迫力のある演奏に思えた。

 なお今回の試写会には、トリトン晴れた海のオーケストラのメンバーも同席しており、8K&22.2chで自分達の演奏を見た感想を話してくれた。

 コンサートマスターの矢部達哉氏は、「昔のことのようで、実はまだ1年しか経ってないのかっていう感じです。今日の上映は絵も音もすばらしく、実際の舞台に勝るとも劣らない体験ができました。というか、舞台より良かったんじゃないかと思ったくらいです。特に宮崎さんの構成が抜群で、スコアが見えるような編集になっていたと思います。僕がこれまで頭の中で見ていたアングルに近い、そんな映像を楽しむことができました」と語った。

写真左から首席トランペット奏者の高橋 敦氏、コンサートマスターの矢部達哉氏、宮崎将一郎プロデューサー、主席ティンパニ奏者の岡田全弘氏、主席チェロ奏者の山本裕康氏

 続いて主席チェロ奏者の山本裕康氏は、「こんなに細かいところまで分かる映像が、残ってしまうと思うと恐怖もありますね。8Kで見ていて、演奏中に隠していたことまでバレてしまうと感じたんです。また、何よりベートーベンの『第9』という楽曲の凄さを感じました。こうやって演奏することで新しい体験ができる、まだまだ成長の余地があると思ったのです」と楽曲の新しい捉え方にまで踏み込んだ感想を聴かせてくれた。

 首席トランペット奏者の高橋 敦氏は、「自分の演奏を改めて聴く時は、たいてい反省点が多く、もう少しこうできたなとか思ってしまうんです。でも今日の番組は、あの時の感動が甦って、すごく嬉しい気持ちになりました。こんな大画面でこのような音響で聞くことはめったにないかもしれないけど、本当にコンサートと同じ体験だと感じました」と8Kと22.2chの素晴らしさに言及していた。

 最後に主席ティンパニ奏者の岡田全弘氏が、「素晴らしい体験をさせていただき、当日の感想が甦りました。ちょっと残念だったのは、合唱の皆さんがマスクをしていたので、声が聴こえにくかったということでしょうか」と当事者ならではの思いを語って、インタビューは終了した。

試写が行われたNHK放送センターの421オーディションルーム

 その後の質疑応答では、宮崎氏が制作の狙いとして、これまでの第9では合唱になると演奏風景が画面に映らないことが多かった点を指摘、今回はそれを解消したと説明した。宮崎氏はメロディに連れて演奏される楽器も移り変わっていくことがわかるような画面構成を目指したと話して、クラシックの新しい見せ方を探っていく姿勢を示していた。最後に「ベートーベンが考えたことを、より強くメッセージとして伝えられたと思います」と満足そうに話していた様子が印象的だった。

 なお2回目の放送が行われる12月10日(土)にはNHKの愛宕山8Kシアターで本作のパブリックビューイングも行われる。会場ではチェロ首席奏者の山本氏と宮崎プロデューサーが番組の見どころ、聴き所を解説してくれる。

 パブリックビューイングは定員50名で、電話による予約が必要。1回の申し込みで2名まで受け付けてくれる。定員に達し次第締め切られるので、興味のある方は関連リンクで詳細を確認のうえ、お申し込みいただきたい。(取材・文:泉 哲也)

オーケストラ鑑賞を新しい次元に導く、画期的な試みに喝采を贈る。
“このマルチ画面は私の夢だった”  …… 麻倉怜士

 このマルチ映像は私の夢だった。オーケストラ映像は基本的にはディレクターが複数のカメラから、その瞬間に使う映像をピックアップして、スイッチングしてつないでいく。でもこれはおかしいことだと、いつも思っていた。なぜならば「管弦楽団」という如く、管楽器も弦楽器も、さらには打楽器も同時に演奏されるのだが、画面はディレクターズが選んだひとつしか出ない。

 交響曲や管弦楽曲には同時にハーモニーを醸し出す「内声部」があるのだが、だいたいそんなマイナーなパートはスイッチングの対象にならない。でもそれは、曲を和声で成り立たせているとても重要なパートなのだ。「指揮者なしのオーケストラ第9に挑む」では、それがビジュアルで分かるのが、素晴らしい。

 例えば第9 第4楽章のビオラがニ長調テーマを弾く時、ファゴットがとてもダイナミックな副旋律を奏でる。「指揮者なしのオーケストラ第9に挑む」では、そのどちらの演奏姿も画面表示されたのである。もちろん、ビオラの姿だけでも、ファゴットの旋律は音で聴けるわけだが、ビジュアルがあるとないとでは臨場感が大違いだ。

 今後はネット配信にて、マルチ画面からの自在なスイッチングを可能にして欲しい。今回は指揮者なしだが、指揮者映像も大写しでみたいし、それに楽員がどう反応するかも、同時に視てみたい。いずれにせよ画期的な試みに喝采したい。