9月上旬にドイツ、ベルリンで開催されたIFA 2022のパナソニックブースで注目を集めた展示が、部屋のレイアウトに縛られないコンセプトを提案した「ウォールディスプレイ」だ。同社が培ってきた4K無線伝送技術を活用し、テレビを様々な制約から解放する提案という。そして先般、そのコンセプトが、ウォールフィットテレビ「LW1」シリーズとして日本で正式にリリースされた。

 今回の連載では、ウォールフィットテレビの開発担当者であるパナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社 副社長執行役員ビジュアル・サウンドビジネスユニット長 阿南康成さんと同 技術センター 中澤 攝(おさむ)さん、同 商品企画部の真田 優さんに、本シリーズの詳細について、リモートインタビューをお願いした。(StereoSoundONLINE編集部)

IFA 2022パナソニックブースの展示の様子。この時は「ウォールディスプレイ」という名称で、壁だけでなくハンガーラックなどにも吊り下げられるテレビとして提案されていた

麻倉 今日はお時間をいただきありがとうございます。9月2日〜6日にベルリンでIFA 2022が開催されました。私もリモートで取材しましたが、残念ながらホームシアター関連の展示が少なくなっていました。

 そんな中で、パナソニックブースでは有機ELテレビを使った新しい提案をしているということで、とても素晴らしいと思いました。

伊藤 パナソニック株式会社CEO室 広報部の伊藤です。まず私からIFA 2022への出展について解説します。今回のIFAは3年ぶりのリアル開催になり、弊社も従来と出展スペースの場所を変えて、心機一転で展示を行いました。

 大きなテーマはふたつです。ひとつは欧州が環境活動の先進地域ということもあり、弊社の環境技術を紹介しています。もうひとつは、ウェルビーイング(well-being)を大きなテーマにしています。たとえば空間のウェルビーイングで、これはテレビとかオーディオも含めて、空間の心地よさを実現することです。

 ブースの中央にはフューチャーエリアを設け、スペーシャルウェルビーイングというテーマの下にテレビを含めたリビング空間の展示を行っています。具体的にはハンガーラックに吊るし浮遊感を持たせる形で有機ELテレビをディスプレイしました。

麻倉 画期的なしつらえですね。このテレビには愛称はあるんですか?

阿南 パナソニックエンターテイメント&コミュニケーションでテレビ・オーディオ商品を担当している、阿南(あなん)です。麻倉さんとは2020年のCES会場でご挨拶させていただきました。

 今回のIFA展示では「ウォールディスプレイ」と呼び、「ウォールフィットテレビ」商品化前のコンセプト展示を行いました。薄型で、壁に貼ったり、吊り下げ設置ができるディスプレイといったイメージです。

同じくIFA2022の展示より

麻倉 最近はテレビの在り方も変わってきて、リビングルームに鎮座するというよりも、もっとパーソナルな使い方が増えているように感じています。

 ウォールフィットテレビはその最先端といってよいと思いますが、もう少し具体的に、技術的な特長はどこなのか、あるいは製品化ではどんな点に注意したのかをお聞かせください。

阿南 ウォールフィットテレビというコンセプトは、昨年日本市場で発売しましたレイアウトフリーテレビ「TH-43LF1」を皮切りに、今までのようにリビングに置いて映画や音楽を楽しむという使い方だけではなく、家の中でディスプレイを多目的に使っていただきたいということから発想しています。部屋のレイアウトの制約を受けずに、テレビを自由に楽しんでいただくというコンセプトです。

麻倉 とてもいい発想ですね。そのために工夫した点はあったのでしょうか?

阿南 軽量化は避けて通れないテーマでした。今回は有機ELパネルを使っていますが、独自のモジュール設計で軽量化を実現しています。また弊社製品の特長として、無線で4K映像を送れるところがポイントだと思っています。

麻倉 無線による4K伝送は、他社製品には搭載されていないんですね。

阿南 私の知る限り、弊社だけだと思います。壁掛テレビは実現できたとしても、ケーブルをどうするかという問題は常について回ります。弊社は電源を挿すだけで、テレビを家の中のどこに置いても4K番組を楽しんでいただけます。

麻倉 これまで、テレビの画質や機能面をよくしていこうといったことは注目されていましたが、使い方はそこまで大きな変化はありませんでした。しかしテレビそのものを自由に動かせるとになると、色々なシーン、使い方の工夫が出てくるし、新しいニーズが生まれるだろうとワクワクします。

阿南 ありがとうございます。

麻倉 さて、IFAで展示されたウォールディスプレイ、商品化されたウォールフィットテレビのスペックについてうかがいます。4K画質ということはわかりましたが、画面サイズは何インチだったのでしょう?

阿南 今回展示したのは55インチです。

●ウォールフィットテレビ パナソニック
TH-55LW1 市場想定価格37万円前後(税込、11月下旬発売)
TH-55LW1L 市場想定価格33万円前後(税込、11月下旬発売)

<モニター部>
●画面サイズ:55型●使用パネル:有機EL●パネル解像度:水平3840×垂直2160画素(アスペクト比16:9)●接続端子:HDMI入力×2(4K/120p対応、HDMI2端子はeARC対応)、USB×2、ヘッドホン端子×1(サブウーファー出力兼用)●スピーカー:アクチュエーター×2●音声実用最大出力10W×2●寸法/質量:W1227×H706×D27mm/約12.5kg

<チューナー部>
●内蔵チューナー数:BS/110度CS 4K×2、地デジ/BS/110度CDデジタル×3●接続端子:HDMI出力×1、他●内蔵HDD(TH-55LW1のみ):2Tバイト●寸法/質量:W215×H80×D215mm/約1.8kg(TH-55LW1)、W259×H51×D166mm/約0.9kg(TH-55LW1L)

麻倉 電源ケーブルは必要ですよね(笑)。

阿南 はい、さすがに電源コンセントは挿していただく必要があります。

麻倉 先ほど軽量化がテーマだったとおっしゃいましたが、今回の展示モデルではどれくらいの重さを目指したのでしょう?

阿南 現状では20kgを超えるテレビもあります。ウォールフィットテレビではこれを10kg台にどう近づけられるかが重要だと考えました。

麻倉 技術的には4K信号を無線で飛ばすというのがポイントだと思います。この点について詳しく教えて下さい。

中澤 技術センターの中澤です。私の部署では先ほどお話に出たLF1やプライベートビエラなどの開発を担当しています。

 今回の4K伝送システムも私どものチームで開発しました。2Kについてはプライベートビエラで画と音を無線伝送するという技術を実装しています。しかし4Kとなると色々な難しさがありました。この点についてはレコーダーのディーガで開発したビットレート変換技術を組み合わせて、伝送時のデータ量をいかにうまく調整するかに取り組んでいます。

麻倉 ということは、放送を一旦圧縮して、なるべく画質を保ったままで転送レートを抑えて伝送し、受信側でそれを解凍・復元すると。

中澤 電波状況がよければDRモードで送ります。無線の環境が厳しい時はそれに応じて再圧縮をかけて転送レートを調整します。その際に映像に違和感がないようにして転送レートを変えているのがポイントです。

麻倉 送信機能は別筐体のチューナーが受け持って、ディスプレイ側は信号を受け取って表示するという役割分担ですね。

中澤 おっしゃる通りです。

左はTH-55LW1L、右がTH-55LW1のチューナーボックス。4K映像と音声をパネル部に無線伝送する仕組は共通で、TH-55LW1用は2TバイトのHDDを内蔵し、放送番組録画が可能という点が異なる

麻倉 ユーザーから見れば、テレビ設置の自由度が格段に改善されるわけですが、ウォールフィットテレビがもたらすテレビ革命、こういうテレビが家に入ってくることによって、日常にどんな変化が起きるとお考えですか?

阿南 LF1をお買い上げいただいたお客様からは、普段はリビングにテレビを置いているけれど、奥様がキッチンで料理をしている時はそちらに持ってきてテレビを見たり、お子さんが勉強する時にはダイニングテーブルの横に置いて関連した動画を表示したりといった具合に、テレビを動かせることが新しい価値につながっているという声が届いています。われわれとしてもこのあたりをしっかり学んで、ウォールフィットテレビはさらにお客様に喜んでいただける商品につなげていきたいと思っています。

麻倉 4K無線伝送自体はLF1で搭載済みですが、そこからの進化点、改良されたことはあったのでしょうか。

中澤 壁掛設置の場合、前面は有機ELパネルで、その裏側には壁面があります。そんな条件下でどうやって無線の安定性を確保するかが難しかったですね。今回はアンテナ位置などを工夫して対策しています。

阿南 家庭ではテレビアンテナ端子の位置が限られているので、どうしても設置場所が制約されていました。これは壁掛設置する場合でも同様だったです。つまりテレビに合わせて他の家具を置いていた。

 でも本来は、リビングテーブルやソファから配置して、それに合わせてテレビを置くべきなのです。今回のウォールフィットテレビなら、こういった制約からも解放されます。

麻倉 確かに、日本はテレビの壁掛率が海外に比べて低いといいます。その要因として電源やアンテナ端子の制約があったのは間違いないでしょう。でもウォールフィットテレビになればその心配はない。本当の意味で壁掛設置を推進するキーアイテムになりますね。

 ところで、IFA 2022の展示に対する現地の反響はどうだったのでしょうか。

阿南 私も会場に出かけましたが、かなりの方が立ち止まって展示を見てくれていました。来場者の皆さんに関心を持っていただいたのは間違いないと思います。

TH-55LW1、TH-55LW1Lの壁掛け金具。写真左にある大小2種類の金具を各2個、合計4個を付属のピンで石膏ボードに固定し、そこにパネル部分を取り付けるだけ。ピンは付属の治具で差し込めるので、金槌なども必要ない

麻倉 国内外の他メーカーから同じような展示はあったのでしょうか?

阿南 各社アプローチが違っていて、テレビ台を脚付きにしたりといった展示もありました。ただいずれも有線接続で、4Kを無線伝送するといった部分がネックになっているのではないかと分析しています。

麻倉 パナソニックとしてはLF1で搭載済みなのに、他社はそこまで追いついていないのですね。そのアドバンテージは大きい。

中澤 そういっていただけると、嬉しいです。

麻倉 さて先日遂に「TH-55LW1」と「TH-55LW1L」が発表されたわけですが、IFAの試作モデルを継承していると考えていいのでしょうか?

阿南 基本的にはIFAで展示したモデルを、家庭に導入していただきやすいようにブラッシュアップしています。

麻倉 画面サイズは55インチでした。

阿南 55インチは弊社の有機ELテレビのメインサイズになりますので、まずはここをターゲットにしています。壁掛するなら55インチくらいあった方がユーザーにもメリットを感じていただけると思います。

麻倉 ところで、薄型テレビの問題点として、内蔵スピーカーの音がよくないということがあります。パナソニックはLZ2000シリーズでラインアレイスピーカーを搭載するなど色々なアプローチに取り組んでいますが、ウォールフィットテレビにはアクチュエーターを内蔵しています。この理由は何だったのでしょう。

阿南 一番の要因はディスプレイ部分の薄型化です。従来のスピーカーではどうしてもエンクロージャーがネックになってしまいます。そこでより薄くできるアクチュエーターを採用しました。

 音質は重要なテーマですが、今回はまず、テレビの新しい楽しみ方を提案していきたいと思っています。ある程度の音質を担保した上で、壁に掛けたり、自由に移動できるという魅力を全面に押し出したいと考えました。

麻倉 今は音もワイヤレスの時代ですから、別途サテライトスピーカーを準備し、そこに無線で音を送るといった展開も期待したいですね。テレビの内蔵スピーカーにこだわらずに、いい音を鳴らす可能性を模索して下さい。画も音もワイヤレスというのは、画期的です!

中澤 ありがとうございます。次期モデルの参考にしたいと思います。

●取材に協力いただいた方々
パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社
副社長執行役員 ビジュアル・サウンドビジネスユニット長 阿南康成さん(写真左下)
ビジュアル・サウンドビジネスユニット 技術センター 中澤 攝さん(写真右下)
ビジュアル・サウンドビジネスユニット 商品企画部 真田 優さん(写真右上)

麻倉 ウォールフィットテレビについては、潜在的なニーズがあると思います。事前にリサーチしてもメリットがピンと来る人は少ないだろうけど、実際に製品を目にしたら、こういうテレビが欲しかったんだと思うユーザーは多いはずです。特に都心のマンションには最適ですから、そういう意味で相当期待していいんじゃないでしょうか。

阿南 ありがとうございます。我々もしっかりした商品として発売できるように準備をしていきます。

麻倉 話は変わりますが、有機ELテレビのLZ2000シリーズは日本でも評判が高いですね。このモデルの欧州での反応はいかがでしたか?

阿南 今年の夏から秋にかけて順次発売をしていくタイミングで、これからユーザーの声があがってくると思います。

麻倉 ヨーロッパの人たちは、画質の嗜好が日本ユーザーに似ているところがありますから、高画質有機ELテレビとしてLZ2000も期待できますね。今日は面白いお話を聞かせていただきありがとうございました。