1997年、トム・ハンクス演じる悪徳マネージャーのトム・パーカー大佐が、40年以上前に初めて新人歌手のエルヴィス・プレスリーという青年に出会った日のことを回想している。プレスリーは20年前に亡くなり、老いた彼の死も近い。しかしでっぷりと太った大佐が原石の青年プレスリーを見つけたころは空は晴れ渡り、アメリカという国も若く希望に満ちていた。

 たとえそれが将来波乱に満ちたものであるとしても。こうして映画『エルヴィス』は幕をあける。

 演出は『ムーラン・ルージュ』『華麗なるギャッツビー』のバズ・ラーマン。これまでもグラマラスな手際に定評があった監督だが、エルヴィス・プレスリーの人生とロックン・ロールの誕生を描いたこの作品には、華やかな音楽の息吹があふれている。自分の行く道を見つけた青年の喜びとやがて訪れる失意も。

 たとえば無名の青年がステージにあがり、男どもの野次を浴びながら意を決して歌いだす「ベイビーレッツプレイハウス」歌唱シーンを見てみよう。

 ビルボード誌のカントリー・チャートの5位まで駆け上がった一曲だが(元は黒人ジャズ・ギタリスト、アーサー・ガンターが発表したローカル・ヒット曲)、エルヴィスは曲調をアップ・テンポなものに替えて一気に歌いきる。

 当時の観客にとってこれはパンク・ロックに触れたときの衝撃だったのではないだろうか。客席は初めて見る青年の歌声、ピンク色のスーツを着て腰を振るパフォーマンスに静まり返るが、やがてひとり、ふたりと女性たちが立ち上がり、場内は嬌声があふれるダンス・ホールと化す。

 まずはこの場面の音響効果と陰影に富んだ撮影の手触り、スピード感が最高! エルヴィス・プレスリーが生まれた瞬間であり、その後ラストシーンまでつづく高揚がもたらされる名場面だ。

 劇場公開時も釘付けになったシーンだが、ディスクではドルビービジョンで収録していることもあり、スポットライトのなかに立つエルヴィス=オースティン・バトラーの晴れ姿にさらなる魅力と実在感が加わっている。目の前の観客の熱が信じられず、自分が引き起こしたことなのにバンドメンバーに「なにが起きているんだ?」と尋ねるエルヴィス。

 そのときはまだ彼も自分が新たな時代のポップ・ヒーロー、ロックン・ロールの担い手になることを知らなかったのだ。

 この「ベイビーレッツプレイハウス」ではオースティン・バトラー本人の歌声が使用されている。このあと後半の「明日への誓い」熱唱シーン(TV特番の「68カムバック・スペシャル」内での歌唱シーン。1968年6月に起きたロバート・ケネディ暗殺事件を受けて、パーカー大佐の反対を押し切って歌う社会の分断を憂えるナンバー。オースティン・バトラー渾身のパフォーマンスがマジで涙を誘う)や、ラスベガス・インターナショナル・ホテルでの王様エルヴィスのステージはプレスリーの本人の歌声をベースにしたものが使われている。

 初期の勢いを前面に押し出した歌声から、後期のより朗々としたプレスリーの原点ともいえるゴスペル調のものへ。小ホールから野外ステージ、そして大ホールに響き渡る歌声へ。

 それぞれに異なる音場がよく再現されている。物語の進行役を務めるトム・ハンクスの発声も。客席のざわめきやファッションなどを含め、時代の変遷を追うのも『エルヴィス』の味わいどころのひとつだろう。

 美術、衣装を手がけたキャサリン・マーティンは『ムーラン・ルージュ』と『華麗なるギャッツビー』で2度アカデミー賞を獲得した監督ラーマンの奥さんだ。来年のオスカーでも話題になるのではないかな。

 加えて劇中、何度か登場するスプリット・スクリーン(分割画面)は、プレスリーの全米ツアーの模様を追った1972年のドキュメンタリ―・ライヴ映画『エルヴィス・オン・ツアー』で使われた手法に目配せをしている。

 『エルヴィス・オン・ツアー』のその場面を考案したのは『タクシードライバー』『グッドフェローズ』で世に出るマーティン・スコセッシ監督。ラーマンは敬意をこめて当時評判を呼んだその手法を『エルヴィス』に取り入れたのだ。

 ほかにもテネシー州メンフィスの黒人移住区で、黒人音楽のリズムやグルーヴに憧れて育ったエルヴスの少年時代を彩る街並みや、B.B,キング、リトル・リチャード、マヘリア・ジャクソン、ビッグ・ママ・ソーントンなどのわき役キャラクター(演じているのはもちろん俳優だけれど)にも注目。それぞれ印象的な演技を見せてくれる。

 撮影は、NASAの宇宙開発計画に携わった3人の女性の実話映画『ドリーム』(名作!)を撮ったマンディ・ウォーカー。黒人と白人の肌艶を美しく撮ったこの作品の手腕を買われての起用だろう。

 エルヴィス・プレスリーの実際の活躍を知るオールド・ファンはもちろん、名前しか知らないよ、という若い映画ファンにこそ観てもらいたい一作。道に迷うあなたを照らす作品になるにちがいない。

 きらびやかなオープニング・タイトルとエンド・クレジットに挟まれて、いまもほら、エルヴィス・プレスリーは歓声のなかにいる。

 その人生を示すこの映画は、手許に置いてくり返し味わうことになる音楽映画になることだろう。ドルビービジョン&ドルビーアトモス仕様と合わせ、申し分のないスペックの一枚だといえる。

『エルヴィス』パッケージ情報

●エルヴィス<4K Ultra HD&ブルーレイセット>(2枚組)
¥6,980(税込) 10月19日発売

●エルヴィス ブルーレイ&DVDセット(2枚組)
¥4,980(税込) 10月19日発売

●ブルーレイ、DVDレンタル/ダウンロード販売/デジタルレンタル 実施中

発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
製作年」2022年/アメリカ/原題:ELVIS/映倫:G/本編159分

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