近年ますます人気が高まっているヘッドホン、イヤホンカテゴリー。中でもアクティブノイズキャンセリングは上位機だけでなく、中堅モデルにも多く搭載され始めており、近年の必須機能になりつつある。

 そんなノイズキャンセリングヘッドホンで大きな人気を誇っているのが、ソニーの「1000X」シリーズだ。初代機「MDR-1000X」(2016年発売)で同シリーズとしてノイズキャンセリング機能を初搭載、4台目となる「WH-1000XM4」では “業界最高クラスのノイズキャンセリング性能”(2020年8月7日時点、ソニー調べ)を謳っていた。

 そのWH-1000XM4から約2年、ノイズキャンセリング機能を更に進化させた第5世代機「WH-1000XM5」が発売された。今回はWH-1000XM5の開発メンバーに、“業界最高クラス” のノイズキャンセリングがさらにどこまで進化したのかなど、じっくりお話をうかがった。(StereoSound ONLINE編集部)

麻倉 5月に発売された「WH-1000XM5」の評判がいいですね。シリーズ第5世代としてさらに進化しているとのことで、まずは製品の概要から改めてお話を聞かせて下さい。

和田 今日はよろしくお願いいたします。企画を担当した和田と申します。WH-1000XM5は、ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホンの最新モデルです。先代のWH-1000XM4からの進化ポイントはノイズキャンセリング性能の向上で、業界最高クラスのノイズキャンセリング性能を実現しました。

麻倉 しかし、WH-1000XM4も “業界最高クラス” と言っていましたよね(笑)。

和田 はい。WH-1000XM4も2年前の時点では業界最高のスペックだったと自負しています。今回はそれを自ら更新することを目指しました。具体的にはWH-1000XM5は8つのマイクを搭載しており、風ノイズ低減機構やオートNCオプティマイザーを新搭載しています。

 操作性についても、基本的なバッテリーライフはキープしており、ノイズキャンセリングオフ時の連続再生時間が2時間ほど延びています。また特徴的なポイントとしては、USB PD(パワーデリバリー)に対応しました。急速充電は3分で3時間の使用が可能です。

 もうひとつ、ドライバーユニットがWH-1000XM4の40mmから、専用設計の30mmドライバーになりました。つまりドライバー自体は小型化されているのです。

麻倉 これも面白いですね。通常は、ドライバーを大きくしてスペックを改善しようとするものですが。

和田 その点については後ほどご説明しますが、ゼロから専用設計することでこれまで以上の音質進化を果たしています。

 通話品質も業界最高クラスということで、集音用のビームフォーミング技術を搭載しています。左右それぞれ2基のマイクで口元を狙い、そこからAIでノイズリダクションを加えています。

麻倉 機能面の進化がかなり盛り沢山といった印象ですね。ではまず、ノイズキャンセリング機能の進化点について、もう少し詳しく教えて下さい。

鷹村 音響技術を担当した鷹村です。ノイズキャンセルに関して私からご説明いたします。先ほど申し上げた通り、WH-1000XM5では業界最高クラスのノイズキャンセリング性能を、自ら更新する形でより優れた性能を獲得しています。

 低い音にももちろん対応しているのですが、今回は、特に中高音域の人の声であったり、暗騒音ノイズが多く含まれている帯域について改良しました。

麻倉 具体的には1kHzくらいになるのでしょうか?

鷹村 おおまかにはそのあたりの帯域になるでしょう。そのための対策として、WH-1000XM5ではふたつのプロセッサーを組み合わせることによって、高いノイズキャンセリング性能を達成しました。ひとつは、高音質ノイズキャンセリングプロセッサー「QN1」で、もうひとつは総合プロセッサー「V1」です。

麻倉 これらのプロセッサーは、他の製品にも搭載されていましたよね?

鷹村 はい、それぞれのプロセッサーは過去に他モデルで採用していましたが、ふたつを組み合わせて使うのはWH-1000XM5が初めてです。

 また先ほどご説明した通り、ドライバーがWH-1000XM4からひとまわり小さくなっていますが、今回は振動板素材も変更している点が大きなポイントです。

麻倉 単純に考えると、口径が小さくなった分、WH-1000XM4よりも低音がでにくいような気もしますが、実際はどうでしょう?

鷹村 低域のレスポンスも改善されるように開発を進めました。今回はエッジ部とドーム部で特性の異なる素材を使っており、低域の感度はむしろWH-1000XM5の方が上がっています。

 エッジ部分はひじょうに柔らかい素材で大きく動くことができますので、低音域の反応が高まりました。その結果、音質も安定しましたし、ノイズキャンセリングについても大きな音への対応が可能になっています。

 逆にドーム部にはカーボンファイバーコンポジットという高剛性素材を使いました。高剛性なだけでなく、軽量なので振動板も動きやすく、分割振動も起こりにくいのが特長です。

ドライバーは30mmに小型化された。左がWH-1000XM5に搭載されたユニットで、右はWH-1000XM4のもの

麻倉 音質的には、歯切れがいいとか、レスポンスが改善されるといった変化になるのでしょうか?

鷹村 感度も高く、レスポンスもいい、高域も自然で伸びやかになると考えています。

 ノイズキャンセリング機能自体は、マイクで周りの雑音を拾って、その逆位相成分を出すことでノイズを打ち消す仕組みで、これは従来モデルと同じです。今回はヘッドホンの外側と内側にふたつずつで片側あたり合計4つ、左右で8つのマイクを搭載しました。

麻倉 前モデルではいくつのマイクを使っていたのでしょう?

鷹村 WH-1000XM4では内側(フィードバック)と外側(フィードフォワード)にそれぞれ1基でした。今回は外側が3基になりましたので、左右合計4基から8基に増えています。

麻倉 それだけマイクが増えれば、ノイズキャンセリングの効果は確かに上がるでしょうね。

鷹村 フィードフォワードのマイクが増えたことによって、集音性能が向上し、比較的高い周波数帯域でも向上しました。これにはマルチノイズセンサーが大きく寄与しています。

 我々としてはノイズキャンセリングをオンにしていても、音楽の特性に影響を与えないような効果になるようにと考えています。実際にいろいろな楽曲を試していますが、基本的な効果もひじょうに高いと思っています。

麻倉 元の音質に影響を与えないのはノイズキャンセリングの基本要件ですからね。

鷹村 さらに、過去モデルにはNCオプティマイザーという機能も搭載していました。これは、ヘッドホンを装着し、ボタンの長押しやアプリの操作で検査音を鳴らして装着状態を把握し、その結果に応じてヘッドホン側で最適化するというものです。WH-1000XM5では、それを自動化しました。

麻倉 装着するだけで、自動的に最適化してくれるんですね。これは、毎回測定しているのですか?

鷹村 はい、毎回測定して、最適化を行います。というのも、ヘッドホンの場合、髪型や眼鏡、マスクの有無など、音が変化する要因がたくさんありますので、毎回実施した方がユーザーメリットがあると考えました。特に付け方によっては耳とイヤーパッドに隙間ができて、音漏れが起きるといった可能性もあります。そういった場合でもベストなノイズキャンセリング体験をお届けできるよう、最適化を行っています。

 また装着状態については、気圧の検出も行います。例えば、飛行機が上昇すると機内の気圧も下がります。WH-1000XM5はそれを検知して、最適な状態にしてくれるのです。WH-1000XM4では手動操作が必要でしたが、今回は自動化しました。

麻倉 ノイズキャンセリングヘッドホンを飛行機で使っている人はよく見かけます。これは嬉しい配慮ですね。

鷹村 音質関連では、あらゆる音源に対してハイレゾクォリティで臨場感を提供するDSEE Extreme技術も盛り込んでいます。弊社にはDSEE HXという同様の技術もありますが、DSEE Extremeでは、ソニー・ミュージックエンタテインメントが持っている多くのハイレゾ音源を学習させることで、最適なアルゴリズムに仕上げています。

 何が最適かというと、アップスケーリング処理の際には、音楽ジャンルや曲調で最適なパラメーターやサウンドスケーリングの方向性が変わってきます。それをAIに学習させ、今こういう音楽が流れているので、これが最適だというものをAIが判断して処理をしているのです。

麻倉 そこがDSEE HXとDSEE Extremeの違いであると。

鷹村 一番の違いはAIを使っているかどうかですね。実際にDSEE Extremeでは、ヴォーカルメインの曲ですと、よりヴォーカル向きなアップスケーリングを行うといった違いが出てきています。実際に流れている曲を分析しながら処理を行っているのです。

小松 続いて小松から電気関係の部分について説明します。ノイズキャンセリングプロセッサーのQN1は、WH-1000XM4から引き続いての搭載です。それに加えて、今回はウォークマンで培った高音質技術を採用しています。

 ひとつは高音質はんだです。WH-1000XM4でも高音質はんだを採用していましたが、今回はウォークマンの「NW-WM1ZM2」「NW-WM1AM2」で採用したものと同じ、金入りの高音質はんだを使っています。基板と各部品の接合部などに採用していますので、微細な音の表情まで再現できるようになりました。

麻倉 ウォークマンではリフローはんだにも使ったとおっしゃっていました。

小松 おっしゃる通りです。WH-1000XM5もリフローはんだに使っています。結果として、ひじょうにリッチな空間が再現できるようになったと考えています。

 もうひとつは、端子に銅メッキを施した大型高音質抵抗をQN1の周辺、一番音に効果のある部分に採用しています。これもウォークマンで採用した物と同じ部品で、磁気歪みが発生しない、ひじょうに透明感のある伸びやかな音を再現できるようになったと思います。

 基板レイアウトも最適化しました。そもそもQN1とV1のふたつのプロセッサーを搭載していますので、それぞれノイズが発生します。

 前段となるV1はプロセッサーとして高速処理を行ないますので、V1からのノイズを後段のQN1に伝えないように、電源とグランドの配置を最適化しました。QN1はノイズキャンセリングプロセッサーやヘッドホンアンプも内蔵していますので、デジタルブロックが後段のアナログブロックに影響しないように、基板の分離を徹底しています。この考え方は、AVセンターで培った経験を多く盛り込みました。QN1については、電源を強化して、アナログブロックの安定性も追究しています。

 一方で、高速信号主体の基板としてかなり踏み込んだレイアウトになっていますので、このままではいわゆるEMI(電磁波妨害)の悪化や、不要輻射の増加によるBluetoothアンテナの感度低下等の副作用が懸念されます。

 AVセンターならシャーシが金属なのでそれらもブロックできるのですが、今回は金属製ではないので、対策が必要になりました。そこで基板レイアウトに関して、電磁界シミュレーションを使っています。

 これは、プリント基板の層構成やモデリングデータなどをコンピューターシミュレーションにかけて、実際の信号の駆動周波数で動いている状態で、基板内部の電流密度を導き出すものです。ここで意図しない電流(ノイズ)をなくすように電源や信号ラインのルーティングを変更したり、グラウンドのパターニングを少しずつ変えていくといったカット&トライを繰り返して、EMI特性も改善しています。

 このようにして、音質とEMI特性を両立できる基板を実現できました。基板レイアウト最適化の効果として情報量の増加に加え、楽器間のセパレーションや、高さ感の表現、空間配置も表現できるようになっています。

 充電については、今回はパワーデリバリー充電に対応しています。専用の充電器は必要になりますが、3分の充電で3時間の再生が可能です。朝に3分充電していただければ、普段使いには充分だと考えています。

●取材に協力いただいた方々
ソニー株式会社ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 モバイルプロダクト事業部
モバイル商品企画部 モバイル商品企画2課 和田雄介さん、中西美桜さん
モバイル商品設計1部 プロジェクトリーダー 若林宏明さん、小松英治さん
モバイル商品技術1部 音響技術課 鷹村虹志さん
モバイル機構設計部4課 中島俊彦さん
モバイル商品技術2部 新規技術開発課 渋谷宏久さん

麻倉 1分の充電で1時間使えますか?

小松 立ち上がりまでの準備時間も必要ですので、少なくとも3分くらいは充電していただきたいと思います。

鷹村 最後に、通話品質についてご説明します。ノイズキャンセリング用に合計8基のマイクを使っていると申し上げました。通話品質用には、このうち4基のマイクを使って、ビームフォーミングを行います。

 使っているのは、上部と前側面に搭載しているマイクになります。ビームフォーミング、周りの音は拾わずに声だけをしっかり拾うといった技術が採用されています。とはいえ、多少は背景音も拾ってしまうことがありますので、更にAI 技術を用いて、ピックアップした音から背景雑音だけを消すといった処理も加えます。

麻倉 ヘッドホンは音を聴くことがメインだけど、最近はリモート会議などでも多く使われますから、こういった配慮も大切ですね。

鷹村 もうひとつ、風の影響を軽減するための構造を外側のマイクすべてに搭載しました。そもそも本体の外側にマイクを搭載しているため、従来はどうしてもマイクが風切り音を拾っていました。それが原因でノイズになってしまうこともあったのです。

 そこでWH-1000XM5では、風ノイズを低減する方法を追加しています。流体シミュレーションを使って、マイクの周辺部分はどんな形状がいいのかを検証して、新規に設計しました。

中西 さらに便利な機能として、WH-1000XM5では、同社製ヘッドホンで初めてセーフリスニング機能を採用しています。ヘッドホンの大音量で長時間音楽を聴き続けると、耳の負担が大きいと言われています。

 セーフリスニング機能を使っていただくと、WH-1000XM5を使用中に、ユーザーがどれくらいの音圧で、どれくらいの時間で聞き続けているかを記憶し、WHOが推奨する安全なリスニングの目安と比較して、リスニング傾向が聴覚に配慮されているかどうかを確認でき、またその限度を超えた場合にはお知らせします。安心して、より長く音楽を楽しんでいただくための機能になります。

麻倉 WH-1000XM5は、第5世代機らしく、ノイズキャンセリングや通話性能、操作性といった部分に細かく手を入れた、高度進化モデルですね。スペックの先進性もよくわかりましたので、ここから実際に音を聴かせてもらい、そのインプレッションもお届けしたいと思います。

有線接続、無線接続とも、質感のいいヴォーカルを再現する。
快適な装着感も、ヘッドホンとして大きな魅力だ …… 麻倉怜士

 今回はWH-1000XM5と、前モデルのWH-1000XM4を聴き比べました。ウォークマン「NW-WM1ZM2」を使い、情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」(192kHz/24ビット/FLAC)を再生します。

 まずWH-1000XM5では、有線接続時の音がかなりよくなっています。WH-1000XM4でも、情報量的にはしっかり出ていたんですが、音色的に若干の癖というか、ややメタリックな印象がありました。特に弦楽器などでそう感じます。また、ヴォーカルの歪み感や低域再現で少し気になる部分もありましたが、WH-1000XM5ではヴォーカルの質感がとてもよくなっていますね。

 ヴォーカルに実存感がでてきて、リッチな質感です。ちゃんとそこに情家さんが居て、そこから声が出てくるのです。音自体もゆったりして、情報量が多く、バランス、質感に優れています。低音の量感があり、同時に弾み感、切れ味もあり、解像感が向上しています。その結果、空間感がとてもいいですね。録音時のスタジオでの楽器の配置も明瞭に再現されていました。

 次に『モーツァルト: 交響曲第41番《ジュピター》 オイゲン・ヨッフム指揮・ボストン交響楽団』(DSD 2.8MHz)を再生しました。

 WH-1000XM4は音がやや硬めで、音場は硬い印象でしたが、WH-1000XM5では、弦の繊細さや粒立ち感がでてきて、歪み感も少なくなっています。

 3番目に小川理子さんの『BALLUCHON』から、「Oh Lady Be Good」(192kHz/24ビット/FLAC)を聴いています。WH-1000XM4では力感はあるけど、ちょっと演奏が荒っぽい感じも受けます。元々小川さんはストラト奏法が得意で、もの凄くすぐタッチが強いんです。そのためガーンと強く響きますが、WH-1000XM4では質感がいまいち伴っていない。

 でもWH-1000XM5ではベールが取れたような感じで、表情が細かくなってくる。この楽曲はフルコンのスタインウエイで弾いていますが、楽器の違いも音で伝わってきますね。ベースの音階感も出て、時間軸の刻みも細かくなりました。

 ここまでは有線接続でしたが、次にBluetooth(コーデックはLDAC)の音を確認しました。

 カーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」(48kHz/24ビット/FLAC)を聴きました。まずピアノの音色の粒立感がとてもいいし、ヴォーカルとピアノとベースのバランスもよい。音場や音像の明瞭さも向上し、まさにベールが取れたようで、質感がとてもよくなりました。

 ノイズキャンセリングの効果も確認しましたが、WH-1000XM4とWH-1000XM5では、明確な違いは感じなかったですね。もともとノイズキャンセリングとしては業界最高クラスとのことで、それだけ完成されていたということでしょう。実使用でこれだけの効果があれば、不満は感じないでしょう。

 装着感もよい。きつくもなく、ルーズでもなく、素材感がとってもいいと思いました。デザインもWH-1000XM4はややメカメカしい雰囲気がありましたが、WH-1000XM5は洗練されてきました。触っても気持ちがいいし、このあたりは進化したと思いました。

 総論として、音はWH-1000XM4から総合的に、かなりクォリティアップしています。弦は若干硬質ですが、同時に切れ味があるとも言えます。

 またドライバーが40mmから30mmに変更されましたが、量感は変わらずに切れ味が増したように思いました。立ち上がり、立ち上がりが明瞭になっており、トータルでバランスがよくなっている。WH-1000XM5はノイズキャンセリングヘッドホンとして、ヴォーカルからクラシックまで、たっぷりと楽しめる製品になりました。