映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第85回をお送りします。今回取り上げるのは、セリーヌ・シアマ監督の『秘密の森の、その向こう』。タイトルの通り、森を抜けると……未知の世界が広がるという趣向。少女・ネリーとともに、その世界をとくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『秘密の森の、その向こう』
9月23日(金・祝)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他 全国順次ロードショー

 不思議な感触の映画だ。わずか70分ほどの掌篇だが、観終わったあとに長く余韻が残る。今年の観るべき映画のひとつじゃないかな。

 監督は『トムボーイ』『燃ゆる女の肖像』のフランス人女性監督のセリーヌ・シアマ。18世紀のフランスを舞台にふたりの女の宿命の恋を描いた『燃ゆる女の肖像』製作中に思いつき、心に温めていたという物語で、8歳の少女ネリーの時空を越えた旅を描いている。

 大好きだったおばあちゃんが亡くなり、父、母とともに森のなかの祖母の家を訪ねたネリー。その森の奥で、彼女はマリオンというひとりの少女に出会う。ネリーはやがて気づく。彼女は若き日の母親で、しかしそれを当たり前のように受け入れたネリーは少女マリオンとともに何日かを過ごし、ゴムボードに乗って湖に漕ぎだすのだ。

 大林宜彦監督の『異人たちとの夏』や、キアヌ・リーヴスとサンドラ・ブロック共演の『イルマーレ』を思い出すようなタイムトラベルにまつわる物語。

 けれどもこちらのほうが全体にもやがかかっており、それはネリーを演じるジョセフィーヌ・サンスの聡明そうで、それゆえ世界を不安交じりに眺めてもいるルックスから生まれたものだろう。シアマ監督の演出もうまい。色づいた森の中を歩く少女がいつのまにか過去への扉を越えているのだ。

 加えてマリオンを演じるガブリエル・サンスもこれが映画初出演となる双子の姉妹。髪やファッションに違いはあるが、いつしかジョセフィーヌと容姿が溶け合って、母親と娘の不思議な再会という絵を作り出す。

 音楽のドゥ・ロビエは、『水の中のつぼみ』『トムボーイ』『ガールフッド』『燃ゆる女の肖像』とシアマ監督とのコラボレーションがつづくエレクトロニック・ミュージックを得意にする作曲家。

 シアマは脚本家としても活躍しており、母親を亡くした少年の物語『ぼくの名前はズッキーニ』も、本作と苦みや柔らかみが共通するストップモーション・アニメーションの秀作だった。こちらもお勧めしたい。

映画『秘密の森の、その向こう』

9月23日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他全国順次ロードショー

監督・脚本:セリーヌ・シアマ
出演:ジェセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス、マルゴ・アバスカル、ステファン・ヴァルペンヌ、
撮影:クレア・マトン
音楽ジャン=バプティスト・ドゥ・ロビエ
原題:Petite Maman
配給:ギャガ
2021/フランス/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/73分/字幕翻訳:横井和子/映倫G
(C)2021 Lilies Films / France 3 Cinema

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