映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第84回をお送りします。今回取り上げるのは、かつての下町を思い出すようなゆったりとした時間の流れを感じる『川っぺりムコリッタ』。荻上直子監督がひと癖ある登場人物たちをどのように料理したのか、とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

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『川っぺりムコリッタ』
9月16日(金)全国ロードショー

 男や女、子どもたちがアパートの一室でテーブルを囲んでいる。みんなカネはない。けれども今日は豪華な宴。息子を連れて墓石の訪問販売をしている溝口(吉岡秀隆)にすこしのカネが入ったのだ。

 イカの塩辛工場で働く山田(松山ケンイチ)、いつも自分の茶碗を手にひとの家に上がり込んでくる島田(ムロツヨシ)、旦那を亡くしたらしい大家の南(満島ひかり)ら。

 窓から柔らかな光が差している。みな孤独でなにやら訳ありだけれど、ここ、川沿いのオンボロ・アパート、ハイツムコリッタで暮らしているのだ。

 『かもめ食堂』『彼らが本気で編むときは、』の荻上直子監督の最新作。今回もいい。すごくいい。たまたま出会っただけかも知れぬ彼らのささやかな日々がゆっくりとつづられてゆく。

 この映画、コロナ下の撮影で、本来は去年の11月に公開されるはずだった。およそ10ヵ月上映が伸びたわけだが、上流から川下に、同じ川面をゆっくりと流れているようで、なにも違和感がない。役者のたたずまい、映画のリズムも変わらない。同じ時間を過ごしているのだ。

 タイトルのムコリッタ(牟呼栗多)は仏教用語で時間の単位のひとつのこと。1/30日=48分のことだ。死者にも生者にもぷかぷかと同じ時間が流れているということか。

 音楽は知久寿焼(パスカルズ)。彼はホームレス役で出演もしており、鉄橋の下のゴミ山の上でユーモラスな音色を奏でている。

 エンディングは父親の遺骨を手にした山田たちが坊さんのあとを練り歩く場面。一瞬フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』のラスト・シーンを思い出す。似た開放感、寂寞感かもしれない。ぼくももういちど観よう。あなたもぜひ。

映画『川っぺりムコリッタ』

9月16日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほかにて全国ロードショー公開

監督・脚本:荻上直子
出演:松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆、江口のりこ、柄本佑、田中美佐子、緒方直人、薬師丸ひろ子、笹野高史、黒田大輔、知久寿焼
配給:KADOKAWA
2021年/シネスコ/120分
(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

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