一人の男が起業した。その男の名前は山﨑雅弘、パナソニックで音響畑一筋に歩んできたエンジニアである。彼が携わってきた製品は松下電器産業時代に手掛けたテクニクス・ブランドのチューナーに始まり、LDプレーヤー、そしてDVDプレーヤーの銘機DVD-H1000、同H2000、そしてパナソニックに社名が変わる前後に誕生したブルーレイのプレーヤーやレコーダーなど多岐にわたる。これまでに数えきれないほどの製品の設計を行なってきたわけだが、彼の真骨頂は人並み外れてこれらの音質改善に努めてきたことだ。

 彼は昭和52年(1977年)の入社だから約40年をパナソニックに捧げてきたことになるが、そうした業績が認められて退職後もアドバイザリー・スタッフとなり数々のアイデアを発案してきた。

 

楽音倶楽部
山﨑雅弘さん

1954年兵庫県生まれ。松下電器産業㈱に1977年に入社以来、オーディオ製品の電気回路設計やビデオプレーヤー/ビデオレコーダーの音質設計に携わる。2019年同社を退職、オリジナルアクセサリー製品開発、オーディオ製品の開発支援などを行なう「楽音倶楽部」(らくおん くらぶ)を起業。2021年に第一弾製品「PNA-RCA01」をユキム スーパーオーディオアクサリーから発売、現在に至る。

取材はHiVi視聴室で実施した。潮さんは、山﨑さんがパナソニックのビデオプレーヤー/レコーダーの開発担当だった頃から懇意にしている

 

 

第一弾はRCAピンタイプのノイズ・アブソーバー

 その山﨑が2020年、ついに「楽音倶楽部」という工房を開き、これまでに温めてきたアイデアを具現化した製品を発表した。最初の製品は読者もご存じのピンプラグの形状をしたノイズ・アブソーバーのPNA-RCA01だ。このオーディオ・アクセサリーはエラックのスピーカーをはじめとする輸入製品の販売を手掛けるユキムが発売元になり、YUKIMU SUPER AUDIO ACCESSORY(ユキム スーパーオーディオアクサリー)ブランドの製品としてユーザーに届けられた。

 もちろん楽音倶楽部がディーラーや販売店と直接取引をしてもよいわけだが、山﨑は設計と、さらには製造に徹したいという思いがあり、両者の協業が生まれたのである。ユキムはアナログレコード用の除電ブラシなど、オーディオ・アクセサリーに関してもこだわりを持つ会社だけに山﨑は安心してユキムに販売を委ねている。

 今回発表された製品は、PNA-RCA01に続くUSB端子に接続してノイズを吸収するPNA-USB01というアブソーバーである。PNA-RCA01の実績を元にした製品であり、ノイズを吸収する原理は同じだが、形状が異なることから、前作同様試作には相当な時間を費やした。もっともこの形状を見てパナソニックがかつて発売していたアクセサリーSH-UPX01を思い起こす読者も多いと思う。

 実はこのアクセサリーを作ったのも山﨑であり、本来ならUSBタイプから先行したほうが、苦労はしなくて済んだのではと、ぼくは余計なことを考えてしまった。そこも山﨑の深謀遠慮なところなのだと思う。パナソニックに対しても筋を通す律義な性格は、何も今に始まったことではない。

 2013年、SH-UPX01の前身にあたる同等品のアクセサリーを彼が開発した時、ぼくは意見を求められ試作品をテストしたことがある。S/Nの改善やディティル再現の確かさとなって音に現れたこともあり、その時「アクセサリー・メーカーとして起業したらどうなの」と持ちかけたが、山﨑はきっぱり「まだパナソニックに貢献したい」と言下に否定したことを思い出す。このアクセサリーは当時のパナソニック製フラッグシップBDレコーダー、DMR-BZT9600に付属品として同梱されることになったが、サービスパーツ扱いで入手することが出来たため、サービスステーションがてんやわんやになったそうだ。

 

疑問を放置せず徹底的に向き合う

 そうした過去の経緯も含めいよいよ楽音倶楽部発のオーディオ・アクセサリーとしてUSBタイプのノイズ・アブソーバーが発売されることになった。基本的な製法はアイデア試作の時とそう違わないと思うが、ここから先が山﨑の山﨑たる所以である。大企業では出来なかった自分の主張、ひいてはコストの制約を受けないモノづくりがPNA-USB01には注ぎ込まれている。高周波ノイズの対策に特化するためUSBのケースには表面処理性に優れた6000番台のアルミを採用し、これにヘアライン加工を施しアルマイト処理を加えて表面の硬度を高めている。加工精度によって音質が変わることからこの部分は念入りに試作を繰り返したそうだ。

 

 

 USBの端子にはドイツ、ウルトエレクトロニクス社製の非磁性の黄銅材を用いて外来ノイズに強い仕様に仕上げた。内部に配された抵抗/コンデンサー類はPNA-RCA01と同じく、入念な試聴の結果、英国LCR社のスチロールコンデンサーを選択している。温度や湿度の影響を受けにくいのがその理由だ、山﨑はこれだけでは飽き足らずリード線に非磁性の銅材を使ったもの選び、さらに製品のばらつきを抑えるため、許容偏差1%以内の高精度品をオーダーし、加えて入荷したコンデンサーを大きさで一品一品選別して使っている。

 抵抗についてもアムトランス社製の2Wの炭素被膜素材のものを選んでいるが、リード線にOFC(無酸素銅)材を使い、かつ金メッキを施した非磁性パーツを採り入れた。企業秘密でもある数値についても「コンデンサーの容量は220pF、抵抗値を33Ωに決定しました」とさらりと話すが、他にも事細かなノウハウがあるのだろう。真似ができるものならどうぞと言わんばかりの自信である。

 アクセサリーにはオカルト的なアイテムが多いのも事実だが、山﨑は試聴による音質の変化を理論で解明するように心がけていることも、ユーザーが彼の製品を支持する理由だと思う。改めてUSB端子用のアクセサリーを開発するに至った経緯をたずねると「最初はBDレコーダーのフロントとリアの端子で音が違うことへの疑問から始まりました」と説明する。

 確かにAVセンターでUSBメモリーを再生するケースでも、ほとんどの機器でフロントよりリア端子の方が音が良い。回路基板の構成上フロントのUSB端子はリアからケーブルで前に持ってくることが多いからだが、そのわずかな距離の違いがデジタル信号であろうとも音質差になって現れる。子細なことと言えばそれまでだが、その疑問を疑問として放置せず、解決する方法を編み出すことでさらなる可能性が生まれることを山﨑は身を持って体験しているのだ。

 

USBノイズ・アブソーバーとは、USB端子の悪影響を抑えるためのアクセサリー。左は山﨑さんが浮かんだアイデアを試すためいちばん始めに自作した試作品、中央がパナソニック時代にDMR-BZT9600に同梱させた初のUSBパワーコンディショナー(単品での市販はなし)、右はパナソニックでの初の市販品となったSH-UPX01。いずれも山﨑さんが設計を手掛けている

 

山﨑さんが独立後初めてYUKIMU SUPER AUDIO ACCESSORYブランドでリリースしたのが、RCAピンタイプのノイズアブソーバーPNA-RCA01。最終試作(右)から市販品(左)で、外装仕上げをよりスムーズな状態に変更したが、その違いでも音質が向上したという

 

PNA-RCA01の内部。LCR社製スチロールコンデンサーとアムトランス社製カーボン被膜抵抗を一品ずつ、山﨑さんがハンドメイド。完成品は全数を実際に検聴して効果を確認、良品のみ出荷するこだわりようだ

 

RCAタイプ(左)もUSBタイプ(中央)も抵抗とコンデンサーを使うのは同じ考えで、さらにノイズ抑制のために、旭化成の電磁波吸収シート「パルシャット」で抵抗・コンデンサーをカバー。USB端子は独ウルトエレクトロニクス製の真鍮製ニッケルメッキ仕様、ケースはアルミニウム製、ネジもステンレスと非磁性体に徹底的にこだわっている

 

 

音質だけでなく画質もニュアンスが豊かになる

 PNA-USB01を視聴した印象に触れておこう。最初にパナソニックの4KレコーダーDMR-ZR1とデノンのAVセンターAVC-X8500HA、モニターオーディオPL300Ⅱスピーカーで鳴らした情家みえのCD『エトレーヌ』を再生した時の変化からお伝えする。ノーマル状態では全体に音が引き締まった印象だが、いくぶん細身でさっぱりする。一般的には何の問題のないクォリティである。

 次にZR1の前面端子にPNA-USB01をつなぐと、なめらかさが増しスムーズなサウンドになった。続いてAVC-X8500HAのUSB端子の前面端子に接続すると傾向は似ているが、音が拡がりヴォーカルの表情も豊かになる。使用方法によって少なからず差は出るだろうが、S/N感の向上とディティル描写の点で両者ともに確実に効果が認められる。

 もっともPNA-RCA01の時も、山﨑は「ノイズ対策の副作用としてやり過ぎると音の勢いが削がれて伸びやかさがなくなります」と話していたように、たくさん使えばいいというものでもなさそうだ。「音楽の中に潜んだ躍動感を引き出すことが出来てこそ本懐です」。これこそ彼がとことん音楽を楽しんで音をよくするという、アクセサリーづくりの原点でもある。「楽しんでやると新しいアイデアも生まれて音も良くなるんですよ」と言うが、そんなトライアルが出来る人はそうざらにはいない。

 続いて前述したシステムに東芝レグザ48X9400Sを加えてUHDブルーレイ『ロック・ダウン・セッションズ/エリック・クラプトン』を視聴してみた。ノーマル状態でも48インチ有機ELディスプレイで観る限り、音も絵もそれほどの不満はない。

 ところがPNA-USB01をZR1のUSB端子につなぐと、音がほぐれてヴォーカルが一歩前に出てくる。ドルビーアトモス音声なので空間のイメージも良く描き出すが、その空間がさらに広くなった印象だ。

 続いてX8500HAにPNA-USB01をつなぎ替えると一聴おとなしくなったように感じるが、じっくり聴くと硬さが取れてニュアンスが豊かになっていることがわかる。癖がなくなり上質感が増してくるのだ。この傾向は『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でも感じ取れた。

 ZR1につないだ時にも感じたことだが、映像に関しても輪郭の切れが良くなるし、微小信号部分の輝度情報がアップするのでコントラスト感が明快になる。良質のケーブルに交換すると一般的に音が優しくなったように感じることが多いが、これは歪みが減ったことに起因する現象であり、PNA-USB01にはそうした効用があるという証明だと思う。

 「少しでも音を良くするために様々なアイデアを形にしたい。またそうした体験で得られた知見を発信してモノづくりの楽しさを後輩たちに伝えていきたいと思いました」。これが山﨑がオーディオ・アクセサリーを手掛けたきっかけだというが、もうひとつ、彼が起業した背景には、部品の精度と組み立ての精度を高め、製造者としての責任がしっかり宿った製品を作りたかったこともある。現代にあっては非効率的な手法といわれるに違いないが、全数自ら組み立て、全数試聴して納得できない場合は出荷しない。この潔さがファンを惹きつける要素となっている。

 今後も様々な製品の予定があるということなので、彼の一挙手一投足にはこの先も目が離せない。(文中敬称略)

 

PNA-USB01の効果を探るため、HiVi視聴室の常設機器で試してみた。①パナソニック製4KレコーダーDMR-ZR1の前面USB端子と、②デノン製AVセンターAVC-X8500HAのフロントドア内USB端子に挿入した。本文にある通り、音質、画質ともにいずれも大きな変化が感じられた

 

 

本記事の掲載は『HiVi 2022年秋号』