この7月、3年振りに韓国・LGディスプレイを訪れた。有機ELパネルのエバンジェリスト(伝道師)を自認する私は2015年からほぼ毎年、韓国、中国に取材や講演に出掛けていたが、それがコロナで不可能に。やっと再開され、LGディスプレイの有機ELパネル製造拠点「坡州(パジュ)工場」とソウル市麻谷(マゴク)にある研究開発拠点の「LGサイエンスパーク」を訪問した。

 まず驚いたのが、ここ数年の有機ELパネルの発展ぶりだ。私が初めてLGディスプレイを訪れた時は、採用メーカーはグループのLGエレクトロニクスのみだったが、今や日本でのLG、ソニー、パナソニック、東芝(TVSレグザ)、フナイ、シャープを始め、全世界で19社に急拡大。全世界へのパネル供給量も、2017年の170万台が、2022年には1,000万台超に急増する見込みだ。

 サイズ展開も、2018年は55/65/77インチ(解像度は4K)のみだったのが、現在は42/48/55/65/77/83/97インチ(以上4K)、77/88インチ(以上8K)まで拡がり、今後もサイズラインナップの拡大が期待される。ここまで、巨大産業になっていたとは、当初から有機ELパネルビジネスの行方をみていた私にはとても感慨深い。

 

LGディスプレイ製有機ELパネルのテレビセットメーカー採用数の推移。2013年は1社(LGエレクトロニクス)だけの採用だったが、2017年には13ブランド、2021年には19ブランドに増加した。日本でも6ブランドから製品がリリースされている

有機ELパネルの累積生産数の推移。2021年では2,000万枚に達している。2022年現在の生産能力は、8.5世代サイズのマザーガラスで月産約17万枚を実現している。なお、8.5世代のマザーガラスで55インチパネルなら6枚、もしくは65インチ3枚と55インチ2枚を確保できる

 

ソウル市の北、クルマで約1時間の坡州(パジュ)にあるLGディスプレイの工場(の一部)。写真は有機ELパネル製造ラインを擁するP8と名付けられた建屋。マザーガラスのサイズは8.5世代と呼ばれる2.2×2.5mだ。ちなみに同社では中国の広州にも有機ELパネル製造工場を2019年に設立、稼働中だ

 

ソウル市麻谷(マゴク)にあるLGサイエンスパーク。LGディスプレイ、LGエレクトロニクス、LGケミカルなど、LGグループの研究開発部門を集約、総合グループとしての開発力を強化、競争力を高めるために約4兆ウォンもの巨額投資を行なって、2018年から運用開始された施設だ

 

日本では製品化されてはいないが、97インチという巨大サイズの4K有機ELパネルも量産済。スクリーン並の大画面と、均一なフォーカス感、高いコントラスト映像の共存は驚異的だ

 

初の本格的な画質向上を実現した「OLED.EX」パネル

 なにより驚いたのが、初めてパネル自体の本格的な画質向上が実現されたことだ。有機ELの画質は液晶よりはるかに優れる……は、もう常識だ。黒、動画再現、視野角では圧倒的に凌駕するわけだが、その高画質がさらに高画質になったことに驚いたのであった。それが「Evolution」(進化)と「eXperience」(体験)の頭文字EXを戴いた2022年版パネル、その名も「OLED.EX」だ。

 これまでのLGディスプレイ製有機ELパネルの進化とは、畢竟、機能とサイズの拡大だった。2013年に有機ELで55インチ(フルHD)のカーブドをリリースして以降、2014年に77インチ・4K、2016年に55インチ・フルHDの透明パネル、2017年に65インチ・4K、ガラス発音のCSO(Crystal Sound OLED/同社の技術名)、2018年に巻き取り有機EL、2019年に65インチ・8K、2020年に48インチ・4K、2021年に83インチ・4K……と、世界初の連発で来ているが、画質に関わるパネル技術は基本的に当初から変わっていない。

 今回の「OLED.EX」は実に初めての大画質改革なのだ。なぜ今なのか?

 

「OLED.EX」パネルは大きく3つの特徴がある。①30%の輝度向上、②30%の信頼性向上、③狭額縁(ナローベゼル)化。その結果、Accurate(画質向上)、Comfortabe(快適性向上)、Eco Friendly(エコ・フレンドリー)のユーザーメリットを実現するとしている

 

<ナチュラル・リアリティ>こそLGディスプレイが目指す画質

 「まずは、われわれの画質の基本的な考えをお話ししましょう」と、事業全体を率いる呉彰浩 大型事業部長が言った。最初期から、有機ELパネル開発に携わってきたベテランエンジニアだ。

Executive Vice President
大型事業部長/副社長
呉彰浩さん

 「<ナチュラル・リアリティ>がLGディスプレイの考える『あるべき画質』です。スペックだけをいたずらに追うのでなく、人の目に優しい画質を追求するのです。究極的には、人が目で見ているものと、まったく同じ画像イメージを、ディスプレイが与えることが目標です。液晶では黒が浮き、コントラストが足りないので、いくら解像度を高めても、人の目で見ているような、“ナチュラル・リアリティ”を与えることは不可能でした。その点、黒が正確に再現できる有機ELパネルは、人の目が感じるイメージに数段近づいたディスプレイであると自負しています」。

 確かにしっかりとした考えだ。私は100パーセント同意する。続けて、「有機ELはすでに黒がしっかりと安定して再現できるのですから、今後の発展課題は<輝度>です。様々な環境で充分な明るさを発揮できる有機ELパネルをいかに開発するかが、われわれのもっとも重要なターゲットなのです」

 

有機ELディスプレイは家庭用テレビ以外にも、その特徴を活かして多くの用途が期待できる。写真は、55インチの透明タイプを4枚組み合わせて、自転車販売店の商品展示に利用するイメージ。ディスプレイに鮮やかな製品映像を流しつつ、その背後に実物の自転車を飾っている

フレキシブルで曲面設置ができる特質を活用した商品ディスプレイの提案。65インチパネルの下に、カーブドの55インチパネルを2枚並べている

 

輝度向上を実現するため2方向の技術革新を図る

 有機ELの進化の方向はズバリ<輝度向上>だ。HDR時代になり、高輝度が要求されても、自発光パネルでは、むやみに電流を投入するわけにはいかない。やむなくリミッターを掛け、低めの数百nitの平均輝度に抑えざるを得なかった。その限界をいかに乗り越えるかが、ここ数年の有機ELパネルの課題であった。輝度を上げるなら、自発光デバイスなのだから信頼性、安定性、寿命の問題が立ちはだかる。ここからOLED.EXパネルの実際の開発を指揮した尹CTO(最高技術責任者)に訊く。

CTO(Chief Technology Officer)
最高技術責任者・副社長
尹洙榮さん

 「そこで2方向からアプローチしました。ひとつが寿命を長くすること、もうひとつが効率を上げること、です。実はこのふたつは、矛盾するのです。寿命を長くすると効率は落ち、効率を高めると寿命が短くなる。だからこの矛盾にどう対処するかがポイントになります」(尹洙榮CTO)

 つまり充分な輝度を得るためには、単なるアイデアレベルではなく、根本的から見直さなければならないということだ。鍵を握るのが材料だ。しかし、「材料によって、長寿命化、高効率化を実現する」という方針のもと、世界中で新材料を探索したのだが、意に適うものはなかなか発見できなかった。

 しかも、白色有機ELを構成する多層構造は、そのままキープするという条件つきだ。「白色」とはいうが、世の中に「白色発光素子」というものは存在しない。白(W)はR/G/Bから作成しなければならない。RとGとBのレイヤーを重ね、それらを発光させ、透過させると、R/G/Bの各色の光が合成され、白色が得られるのである。このようにして白色をつくり、さらにWRGBのカラーフィルター(LGディスプレイではカラーレイヤーと呼ぶ)で、フルカラーにするという面倒なやり方を採ったのは、これまで家庭用テレビサイズの大型有機ELパネルは唯一、この方法しか製造できなかったからだ。

 その意味で、この多層構造はLGディスプレイの宝物だ。多層構造は維持しなければならない。その条件下で、果たして輝度向上は実現できるのか。矛盾にどう対応するか。ブレイクスルーのきっかけは意外なところから現れた。

 

「Media Chair」と名付けられた提案。座面の前にカーブド55インチパネルを設置、画面の角度を90度回転させ、多様な用途にフィットさせる考えだ

ちらは、室内トレーニング用バイクに有機ELディスプレイを使ったデモンストレーション

 

印刷方式開発部門の成果である「重水素」の活用を蒸着方式に利用

 ここ「LGサイエンスパーク」はグループR&D(技術開発部門)の横串的な融合を期待し、各社の研究開発を集約、グループ全体から、26,000人のエンジニアが集結している。LGディスプレイは約1,000人のエンジニアが、サイエンスパークに異動。材料、デバイス、デジタル関連などの非常に広い範囲の基盤技術開発に取り組み、有機ELパネルのあらゆる可能性にトライしている。たとえば、現状の白色方式だけでなく、フルカラー発光、印刷方式、新素材開発……など日常的に探求しているのである。

 その知らせは、白色有機ELパネル技術とはまったく関係のないところから来た。印刷法を開発している部門が、「重水素が低分子でも使えた」と言ってきた。重水素は半導体、光ファイバーなどの製造工程でも使用される水素の同位体化合物。水素の原子構造に中性子がひとつ加わった「重い水素」だ。

 自然にもともと存在するのだが、約6千個の水素のうち1個しかないほどのたいへん希少な元素だ。それを水から抽出する技術開発に成功し、もともとは高分子型の印刷にて耐久性を上げる目的で使われていたのだが、最近、低分子型の印刷方式にも重水素を使い始めたという話なのだ。

 それなら……、と閃いた。蒸着工程での白色有機ELパネル製造にも使えるのではないか? それまで蒸着工程では水素を含有していたが、同じく低分子型での製造なのだから、重水素に変更できるのではないか。

 「そこで試してみたところ、いけるのではないか、と。さらに実験を繰り返しました。するとパネル構造をそのままキープしながら、寿命を長くできることが見えてきました」(尹CTO)

 そんな大発見がなされたのが、実はところが、研究所内の別の部署からだとは。まさに灯台もと暗しであった。「誰も試したことがなかったので、ひょっとしたら、可能性はあるのかというぐらいの気持ちでした。白色有機ELパネル技術だけでなく、様々な可能性も研究しているからこその、多様性が効きました」(尹CTO)

 有機ELパネルはなぜ、重水素で寿命が延びるのか。「それは、水素に比べ、ベンゼンの結合力を格段に緊密にさせるのです。結合が強いということは、その分、結合が弱まるまでの時間が長くなるということを意味するのです」(尹CTO)蒸着プロセスでは、様々な部分に水素材が含有される。そのうちベンゼン結合に関わる水素だけを重水素に置き換えるのである。

 寿命を長くすることが、なぜ重要か。それは“輝度との変換”が技術的に可能だからだ。ここで得られた寿命期間が通常、有機ELテレビセットとしての耐久性能を超えるなら、その“余剰分”は輝度向上に使えるのである。「具体的に言うとその余剰分だけ、高輝度に寄与する材料が使えるのです。その材料は、元来は短い寿命なのですが、重水素がそれを伸ばしてくれるので、高効率な高輝度材を使えるという理屈です。つまり重水素による安定構造の上に、高効率材料が本来の力を発揮するわけです」(尹CTO)

 結局、どれほど寿命は伸びたのか。「30%です。それを寿命でなく輝度に使えば、30%輝度が向上します」(尹CTO)重水素への置換で得られた輝度向上は、なんとピーク輝度も、平均輝度もどちらも30%(!)向上したのである。しかも、白色パネルの基本構造を変えずに、だ。換言すると生産工程のコストをほぼ変えずに実現したのだ。互いの矛盾を残しながらも、それらを巧みに組み合わせ、長時間の信頼性と輝度向上を両立させたのであった。

 

重水素(Heavy Hydrogen)を適用することで、30%もの輝度向上を果たしたという。概念の理解は難しいが、分子レベルで安定した構造が実現でき、それが結果的に輝度アップにつながる道筋となった格好だ

 

AIアルゴリズムを使った信頼性向上も「OLED.EX」の大きな成果だ

 寿命対策には、もうひとつ画素劣化対策のアルゴリズムを刷新したことも注目だ。「パーソナルアルゴリズム」とブランディングされた革新的技術だ。有機ELパネルの製造が始まった時点から、アルゴリズムの改良は不断に行なわれていた。これまでは、常に画素をセンサーで監視し、劣化状態が進むと、電気的補償を与えていた。今回はセンサーを使わず予測するのである。市販された個々のテレビ製品では使用時間/見る番組/輝度分布なと千差万別だ。そこで、個別の使用状況に応じ、各画素の累積使用量を測り、予測し、駆動を適応的に合わせる。

 「たとえば、ある画素はかなり使ったので、寿命の観点から供給電流を絞る、別の画素はあまり使われていないので、たっぷりと流す、という画素単位での細かなコントロールが可能になりました。それも学習を重ね、最適な制御を常に追求するのです。ビッグデータとAIモデリングによって、きわめて正確に予測できるのです」(尹CTO)、つまり自発光デバイスとしての安定状態を長期的に維持し、信頼性向上に資する技術だ。

 今回は「OLED.EX」パネルの取材だったが、せっかくの機会なので、有機EL技術について、日頃から疑問に思っていることを、尹CTOに直撃した。それが色再現について、だ。LGの有機ELは白有機EL+カラーフィルターで色を得ている。この方式は、インクジェット印刷方式や「青色有機EL+量子ドットフィルター方式」などでのRGB発光より、色再現が劣るのではないかという疑問だ。尹CTOはどう答えたか。

 「問題は、光源が白色かRGBかということではなく、最終的にディスプレイから発光される光のスペクトルが正しい波形をしているのかが重要なのです。RGBのそれぞれの波形がシャープに形成され、余計なサイドバンドがいかに少ないかがポイントです。それは白色有機EL+カラーフィルター方式でも充分に実現できると思っています」

 なるほど、どんなやり方であっても、最終的な色のスペクトル分布が正しいか、正しくないかが問題という考えは正しい。

 「実際の映像において、BT.2020色域のような広色域が要求される絵柄はほとんどありません。われわれの調査では放送映像の70%の画像は、ホワイトポイントと無彩色の周りに分布しています。その意味では現状でも大きく劣るとは考えていません。まず取り組むべきは、輝度向上であり、広色域化は次の段階です。あくまでも優先順は輝度だと思っています」(尹CTO)

 

画質向上の次の方策も開発中。新規用途開発も積極的に推進する

 これからの有機ELパネルの進展を、呉 大型事業部長に訊いた。

 「時間は掛かるでしょうが、究極のディスプレイとして発展すると確信します。輝度を向上させ、色再現も精緻にします。<ナチュラル・リアリティ>を目指して、これからも不断の努力を続けていきます。こだわりは画質だけでなく、透明有機ELにも大いに盛り込んでいます。新しい用途開発を積極的に行ない、驚くようなアプリケーションを登場させます。大いにご期待ください」

 輝度向上に向けた「OLED.EX」の次の手は、すでに開発が佳境に入っているという。

 

本記事の掲載は『HiVi 2022年秋号』