いま、ポータブルオーディオ界はひとつのムーブメントに沸いている。それがスティック型DACといわれる人の指くらいの長さのコンパクトなボディを持つD/Aコンバーターだ。

 重量も10gから30g前後と超軽量で、バスパワーで駆動する。つまり、近年のiPhoneやAndroidスマホ、パソコンなどでワイヤードイヤホン/ヘッドフォンをいい音で楽しむことができるわけだ。

 そして先日、ポータブルオーディオファンから絶大な信頼を得ているAstell&Kernからも、スティック型DAC「AK HC2」が登場した。2021年春の「PEE51」発売後、ユーザーから寄せられた評価や要望に元に機能とスペックを補完した注目のモデルである。

ハイレゾ対応ポータブルUSB DACケーブル:
Astell&Kern AK HC2 ¥29,980(税込)

●DACチップ:CirrusLogic CS43198×2(Dual-DAC)
●対応サンプリングレート:PCM最大 384kHz/32ビット、DSD最大 DSD256(11.2MHz/1ビット)
●入力端子:USB Type-C/Lightning(付属変換アダプター使用)
●対応OS:Windows 10/11、MAC OS X 10.7以上、Android OS、iOS
●出力端子:4.4mm5極バランス出力(GND接続あり)
●アウトプットレベル:4Vrms(無負荷)
●S/N:122dB@1kHz
●THD+N:0.0004%@1kHz
●出力インピーダンス:バランス 4.4mm(1.5Ω)
●クロストーク:-146dB @ 1kHz、バランス
●質量:約29g
※付属品:USB Type-C to Lightning変換アダプター

「AK HC2」は、スマホやタブレットにつないで使えるスティック型DACとして、最大384kHz/32ビットのリニアPCMやDSD256に対応する。写真左は付属の「USB-Cライトニング変換アダプター」を取り付けた状態。ヘッドホン端子は4.4mmバランス出力のみを搭載する(写真右)

 今回はこのAK HC2を徹底レビューするが、使用するイヤホンも凄い! Astell&KernとCampfire Audioがコラボした、ワイヤードタイプのIEM(インイヤーモニター)「PATHFINDER」を組み合わせるのである。

 さて、ポータブルプレーヤー名門のモデルかつ、Astell&Kernの超精密音響設計技術の結晶とアナウンスされる本モデルは、どのくらいの能力を聞かせてくれるのだろうか?

 7月中旬、自宅にAK HC2と、PATHFINDERが到着した。まずはAK HC2から開封してチェックを始めたのだが、ボディは堅牢で軽量なアルミ製で、角に適度なエッジを持つシャープな造形。斜めに入ったラインとケーブル先端にはさり気なくAstell&Kernのロゴがあしらわれる。このデザインは、“Slope”と呼ばれており、握りやすく、ヘッドホン端子への接続性も考慮されているそうだ。

 インターフェイスについては、ケーブルは非着脱式で、先端はUSB Type-C端子となっている。なお本機には「USB-Cライトニング変換アダプター」が付属しており、iPhoneにも使用可能。ヘッドホン出力は、4.4mm5極バランス出力の1系統に統一されている。市場にある同種のモデルは3.5mmのシングルエンド端子と2系統持っているモデルも多い中、この点は割り切っているなと感じた。

 Astell&Kernによると、PEE51発売以降、ユーザーから4.4mmバランス出力への対応を希望する声が多く、当初は両端子を搭載することも検討していたが、スティック型DACの強みである携帯性を最優先することと、PEE51が3.5mmに対応しているという2点を踏まえ、4.4mmバランスを選択したとのことだ。

 コンパクトなボディに無理にバランスとアンバランスの2端子(回路)を備えるよりは、原理的に(L/Rの)信号が混ざらずクロストークが低減し出力も稼げるなど、優位点の多いバランス接続に
特化したことは高く評価したい。

取材は土方さんの自宅ホームシアターで行っている。AK HC2とPATHFINDERの組み合わせで、お気に入りのハイレゾ音源を聴いてもらった

 DACチップは、同社DAPのA&normaシリーズにも搭載されているCirrus Logic社製の「CS43198」をL/R独立して1基ずつ、合計2基搭載する。

 対応ハイレゾフォーマットは、リニアPCMは384kHz/32ビット、DSDは11.2MHz(DSD256)と万全の内容だ。例えば、Amazon MusicもApple Musicも最大レゾリューションは192kHz/24ビットだし、e-onkyoなどでダウンロード入手できる、インディペント高音質レーベルのDXD(PCM 352.8kHz/24ビット)音源やDSD11.2MHzなどのオーディオファイルの探究心をくすぐる、高音質レゾリューショにも対応するのが嬉しい。

 DAC回路部には、リアオーディオ出力構造を採用。これは、スマホなどの機器から入力されたデジタル信号はノイズ特性に優れた2重シールドケーブルを経由してオーディオ回路に入力、その後にDACでアナログ信号に変換するもの。デジタル信号を後から処理することで、ノイズの影響を抑える仕組だ。

 回路部については、超小型の抵抗やテーラード超小型タンタルコンデンサーを採用することで小型化を実現。さらにバスパワー駆動で消費電流を抑えながら、ヘッドホンアンプ部は4Vrmsの高出力化、高S/N、低歪み化を達成している。ハイインピーダンスヘッドホンもドライブでき、かつ高感度イヤホンを使用した場合でも高いS/Nを実現するという、現代のポータブル再生に求められる要素を多角的に達成している点も期待が高まる。

 イヤホンのPATHFINDERについても紹介しておこう。本モデルは先述した通り、Astell&KernとCampfire Audioのコラボ第2弾モデルだ。

インイヤーモニター:
Astell&Kern×Campfire Audio PATHFINDER ¥319,980(税込)

●型式:3BA+2DD、5ドライバー・ハイブリッド、密閉型
●使用ドライバー:カスタム・デュアルBAドライバー+T.A.E.C.、Knowles製デュアルチャンバー・デュアルダイアフラム・BAドライバー×2、10mm径デュアル・カスタム・ダイナミックドライバー+Radial Venting Technology×2
●再生周波数特性:5Hz〜20kHz
●感度:94dB@1kHz(13.49mVrms)
●インピーダンス:6.2Ω@1KHz
●THD:1%以下
●素材・デザイン:アルミニウムシェル、ハンドボリッシュステンレススチールねじ込み式スパウト、ステンレススチール製インレイとパーツ

PATHFINDERの内部構造。高域〜中域を受け持つ3基のBAドライバーに、中域〜低域を受け持つ2基のダイナミック型ドライバーを組み合わせている。なお本機には3.5mmアンバランス/2.5mmバランス/4.4mmバランスの3種類の銀メッキOFCケーブルが付属し、組み合わせる再生機に応じて使い分けが可能。今回はもちろん4.4mmバランスケーブルを使っている

 Astell&KernがCampfire Audioにデザイン面とサウンドシグネチャーの要望を出し、Campfire Audioの持つ技術を活かして開発されている。これにより同社がラインナップするDAPとの音質的バランスが徹底的に追求されているという。また、CampfireAudioにとっては、Astell&Kernのグローバルな販売網を使い、幅広い地域に製品を供給できるメリットが享受できたそうだ。

 ハウジングは精密切削加工のアルミニウムシェルとステンレスパーツにより構成され、ドライバーユニットは、BA(バランスド・アーマチュア)型×3とダイナミック型×2による、ハイブリッド構成を持つ。

 低〜中低域向けユニットには、10mmの径ハイブリッド振動板を備えた、デュアル・カスタム・ダイナミックドライバーにCampfire Audio独自技術の、「Radial VentingTechnology」を初採用している。

 中域向けユニットは、Knowles社のデュアルダイアフラム・BAドライバーとし、高域向けユニットには、Campfire Audioの特許技術である「T.A.E.C. Technology」を採用した、カスタム・デュアルBAドライバーを搭載する。

 つまるところ、PATHFINDERは、各帯域で意図の違う3種類、合計5基のドライバーを搭載した、たいへんチャレンジングなモデルなのだ。

DSD音源の試聴用には、Xiaomiのスマホ「11T Pro」にラディウスの再生ソフト「neplayer」をインストールしている

 自宅で音質チェックを開始。AK HC2とPATHFINDERを組み合わせ、まずはプレーヤーにiPhoneを用いる。付属の変換アダプターを使い、iPhoneとAK HC2と接続した。

 Amazon Music HDから藤井 風のヒットシングル「祭り」(44.1kHz/16ビット/FLAC)を再生したが、音が出た瞬間に「すごい!」と思わず声がもれた。

 ワイドレンジな音で、全帯域の情報量が多く、ディテイルもシャープで滲みがない。誤解を承知で言うなら、まるでオーバーヘッドタイプのヘッドフォンのような圧倒的な音だ。藤井 風のヴォーカルはしっかりとした質感で距離感も近くリアル、ベースには重量があり、しかも立体的。予想以上に表現力が高いことに感心した。

 続いて米国ビルボードの週間シングルチャート「TheBillboard Hot 100」で上位のハリー・スタイルズ「As It Was」(48kHz/24ビット/FLAC)を聴いた。こちらも、高〜低音域までワイドレンジで全帯域の解像感が高い。AK HC2は本楽曲のようなロック調のタイトルとも相性がいい。音像やステージ表現もシャープに出してくるし、音場も広すぎず遠すぎず、ニュートラルな表現で性能の高さを実感する。

 ここまで音がいいのであれば、さらにハイスペックなハイレゾ楽曲ファイルを試したくなる。そこでXiaomiのスマホ「11T Pro」とラディウスの再生ソフト「neplayer」を組み合わせ、DSD11.2MHzファイルの「Sound Letter/小岩井ことりwith Nicogi +」を聴いた。

neplayer(左)と、専用アプリ「AK HC」の操作画面(右)

 ステレオサウンド社から発売中の『DigiFi 小岩井ことりと楽しむオーディオの世界』の付録音源で、これがもうめちゃくちゃ音がよく、リファレンスとして使用している。DSD11.2MHzの一発録音というオーディオ的探究心をくすぐってくれるタイトルだ。

 ただしこの組み合わせの場合、DSD11.2MHz信号は44.1kHzのPCMに変換して出力されているようだ。これはお使いのスマホに依存するようなので、もう少し検証を進めてみたいと思っている。

 気になる音質だが、イントロのヴォーカルはピンポイントに空間に浮かび上がり、ピアノのわずかなアンビエントがサポートする。楽曲途中からNicogiの鈴木哲さんと、齊藤純示さんの2人ギターが入ってくるが、そのディテイルや音色のよさに鳥肌が立った。

 最後は海外の高音質インディペントレーベルの2xHDからリリースされた、ビル・エヴァンス「モーニング・グローリー」を再生した。1973年6月24日にアルゼンチン、ブエノスアイレスでビル・エヴァンス、エディ・ゴメス、マーティ・モレルのトリオで録音された音源を352.8kHz/24ビットでダイレクトトランスファーした楽曲ファイルだ。

 曲が始まった瞬間、暗騒音の中からエヴァンスのリアルなピアノとエディ・ゴメスのベースが現れ空間を支配する、小レベルの音がスポイルされず、その場の雰囲気がダイレクトに伝わるところからも、352.8kHz/24ビットのアドバンテージが聴き取れる。

 それにしても、アンドロイドスマホをトランスポートにした再生でここまでの音が出るのかと、スティック型DACとIEMの組み合わせによるサウンドパフォーマンスの高さに嬉しくなる。

AK HC2とPATHFINDERなら、オーバーヘッドタイプのヘッドフォンのような圧倒的なサウンドが楽しめると、土方さんも絶賛

 専用アプリ「AK HC」も思いのほか役に立った。Androidスマホやタブレットを使っている方なら経験があるかもしれないが、AndroidデバイスでUSB DACを使用する場合、時によって接続機器が自動的に最大音量または小音量で再生されるなどの問題が発生することがある。それを防止しつつ、細かいステップで音量調整ができる本アプリはユーザビリティを大きく改善してくれる。このアプリを使えることは、AK HC2のアドバンテージとなるだろう。

 いかがだったろうか? 今回は、スマホと超小型DACを利用した高音質再生を楽しんだ試聴となった。iPhoneやAndroidスマホが有線イヤホンに対応できるようになることで、手持ちの愛機を改めて活躍させることができる。もちろん小型ボディを生かしてデスクトップのパソコンと組み合わせてもいいだろう。何より、PCM384kHz/32ビット、DSD11.2MHzというオーディオマインド溢れる音源に対応できることも嬉しい。

 AK HC2とPATHFINDERの音は、最近テストした同種の製品の中でも音がよく、大いに感心した次第。この2モデルは、単品で使っても、組み合わせて使っても大注目の存在となりそうだ。

 Astell&Kernは、今後も様々なオーディオ関連ブランドに門戸を開き、ポータブルユーザーをワクワクさせるコラボアイテムを作っていきたいとのことなので、楽しみにしていただきたい。

提供:株式会社アユート