映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第80回をお送りします。今回取り上げるのは、アウシュヴィッツでの実話を基にしたヒューマン作『アウシュヴィッツのチャンピオン』。希望の象徴として生き抜いた彼の姿をとくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『アウシュヴィッツのチャンピオン』
7月22日(金)より、新宿武蔵野館、HTC渋谷 ほか全国順次公開

 「お前らは敵だ。ここを出ていきたければ火葬場の煙になるしかない。女房や子ども、家族のことはすべて忘れろ」

 髪を刈られ、三角形の認識票がついた縦縞の囚人服を着せられたタデウシュ・ピエトシコフスキ(イエジー・スコリモフスキの群像劇『イレブン・ミニッツ』のピョートル・グウォヴァツキ)は、1940年の6月にアウシュヴィッツ収容所に最初に送られたポーランド人のひとりだった。

 77番という名前をつけられ日々過酷な労働に従事していた彼の周りで起きる処刑、殺害シーン。ぬかるみのなかでくり広げられる数々の場面は救いがないだけに観ているのは正直つらい。色彩や感情が抜け落ちた世界なのだ。

 ある日、カポ(囚人のなかから選ばれたドイツ軍の協力者)と共に将校たちの前に連れ出されたタデウシュは、プロボクサーである素性を明かされ、独軍兵士の退屈しのぎのため賭け試合をすることになる。

 何人かの囚人を倒し、やがて彼は元ドイツ・チャンピオンだという大男と拳を交えることになるのだが。

 ホロコーストを扱った映画には多くの名作があった。スピルバーグの『シンドラーのリスト』や、カンヌ映画祭、アカデミー賞外国語映画賞などで受賞をつづけた『サウルの息子』、ロベルト・ベニーニ監督・主演の『ライフ・イズ・ビューティフル』、アラン・レネ監督のわずか30分ほどの短篇ドキュメンタリーだが、厳しい余韻を残す『夜と霧』(1955年)など。そのなかでも収容所の元ボクサーを扱ったのは、ウィレム・デフォー主演の『生きるために』と本作くらいだろう。

 後半なにがあっても諦めず、仲間たちの希望を背負って進む小男タデウシュの姿を見ていると、彼は本当はすでに命を落としており、ドイツ・チャンピオンとの戦いもすべては夢のなかでの出来事ではないかと思えてくる。もちろんこれは実話の映画化だし、アウシュヴィッツを生き抜いた彼は43年の3月に新たに開設されたノイエンガンメ収容所に移送され、そこでもドイツ軍兵士に人気を博したのだが。

 そればかりでなく、収容所のドイツ人将校ルドルフ・ヘスの暗殺計画に参加し、試みは失敗したが、ヘスは足を骨折したという。

 ポーランドで最も権威のあるグディニ映画祭の金獅子賞受賞作。さらに2022年のイーグル賞で主演男優、撮影、美術、メイクアップ賞を受賞した。

映画『アウシュヴィッツのチャンピオン』

7月22日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

監督・脚本:マチェイ・バルチェフスキ
出演:ピョートル・グウォヴァツキ、グジュゴシュ・マウェツキ、マルチン・ボサック、ピョートル・ヴィトコフスキ、ヤン・シドウォフスキ、マルチン・チャルニク、マリアン・ヂエヂエル
原題:MISTRZ
配給:アンプラグド
2020年/ポーランド/ビスタサイズ/91分/カラー/5.1ch
(C)Iron Films sp.z o.o,TVP S.A,Cavatina GW sp.z o.o,Hardkop sp.z o.o,Moovi sp.z o.o

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