日本芸術センター第13回映像グランプリにて発掘賞、神戸インディペンデント映画祭 2021 にて奨励賞を受賞。「音楽がど真ん中にある映画」、『ディスコーズハイ』がいよいよ7月8日(金)からアップリンク吉祥寺で公開される。
タイトルの『ディスコーズハイ』は、ディスコード(discord:不協和音)とランナーズハイを混ぜた造語。主人公の瓶子撫子(へいし・なでこ)は音楽事務所ヤードバーズにコネ入社し、バンド「カサノシタ」を担当。しかし鳴かず飛ばずの状態が続き、「P-90」をはじめとする人気バンドを次々と輩出する同僚の別久 花(べつく・はな)とは雲泥の差。カサノシタの次回作の予算もロクに下りず、自らの手でMVを制作し、その反応次第でリリースを検討という事態になるのだが、別久への対抗心は増すばかり……。
「P-90」は架空のバンドであるにもかかわらずバズり、映画の公式ツイッターのフォロワーは2万人に。主題歌「いつかバンドがなくなったら」を、秦千香子(元「FREENOTE」、ハンブレッダーズのディレクターや、ゆずのコーラスなどでも活躍)が歌うのも話題だ。岡本崇監督は、これまで約300本のMVを手がけ、ロックバンド「ウパルパ猫」のフロントマンも務める才人。今回が、満を持しての長編映画デビューとなる。『ディスコーズハイ』にかける意気込みを、さっそくきいてみよう。
――熱くて笑える展開の中に、ロック好きにはたまらない描写がちりばめられています。劇中に登場する大人気バンドの名前は「P-90」。エレクトリック・ギター史上に光り輝くギブソン社のピックアップから命名したのですか?
岡本崇 そうです。あの音色が大好きなんです。
――監督がロックに目覚めたのはいつ頃ですか?
岡本 1990年代です。最初に好きになったバンドはオアシスで、その後、さかのぼっていって、ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスも聴くようになりました。いちばん好きなのはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ。彼の弾いていたギブソン・レスポール(ギターの種類)がとにかくかっこよくて欲しかったんです。
――レスポールは大体4.5kg前後だそうですが、僕は重すぎて断念しました。
岡本 レスポールは見た目がかっこよすぎて、憧れやったんで。重いと、ハイポジションが弾きにくいとか厳しくなることもありますけど、あの形がよかったんです。
――長編第一作は、音楽をテーマにしようと決めていたんですか?
岡本 そうですね。僕は長いことバンド活動も続けていますし、リアリティを持って描けるのはやっぱり音楽の世界です。音楽をテーマにちゃんとした長編映画を作って、それを劇場で公開するのは念願のひとつでした。
――『ディスコーズハイ』はキャラクターの設定にも名前の決め方にも、猛烈なこだわりが感じられます。
岡本 楽しかったですね。「これ、大丈夫かな?」とヒヤヒヤしながらつけた名前もあります。まずキャラクターを設定して、それに合わせて名前をつけていく感じですね。メインの 2人、瓶子撫子(へいし・なでこ)役と別久花(べつく・はな)に関してはジミー・ペイジとジェフ・ベックを意識しています。
――だから二人の働いている音楽事務所の名前がヤードバーズ(※)なんですね。瓶子と別久の関係はすごく緊張感がありますが、でも心の底では認め合っている。瓶子役は田中珠里さん、別久役は下京慶子さんが演じておられます。
岡本 オーディションの後、もうこの 2人でいこうと、結構すんなり決まりましたね。撮影に関しても、少ない日程の中で「こんなに普通詰め込まへんやろ」って感じだったんですけど、皆さんの協力のおかげで、すごくスムーズに進みました。
(※)ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックらを輩出したイングランド出身のロックバンド
――音楽経験者の方がミュージシャン役で数多く出演なさっているのも、『ディスコーズハイ』の魅力だと思います。楽器の持ち方や構え方にも、嘘がないというか。“ララヨウナ”のベース奏者である小林大介さんが扮するゴビンダも、一言もしゃべらないのにすごい存在感です。
岡本 僕の映画では、ミュージシャン役はミュージシャンにやってほしいところがあります。小林さんとは長いこと一緒にバンドをやっていますけど、ウッドベースからエレキベースまで弾きこなす、すごいベーシストです。
――名古屋を拠点に活動するシンガーソングライターの鈴木大夢さんが扮する樺出恵留(かばで・える)は、大人気バンド「P-90」のスター・ヴォーカリスト役です。カリスマ的な大スターでキャーキャー言われているのに、ものすごく恋に不器用じゃないですか? すごく味わい深いキャラクターだと思いました。
岡本 この役にはモデルになった人がいるんです。ステージでかっこつけて、売れて、人気が出て、ファンもいっぱいいるのに、自分の好きな人から振り向いてはもらえない……。「あんなにモテてキャラクターが確立しているひとでも、実際は違うこともあるよね」というところを描きたかったんですよ。
――元「ミドリ」の後藤まりこさんが、こういう感じで起用されているのにも衝撃を受けました。ミステリアスなまま映画の中に存在し続けるというか。
岡本 元々、僕が後藤さんのファンやったというのもありますし、バンドメンバーの方と演奏したこともありますし。後藤さんが出演してくださると決まったタイミングで、脚本をガラッと書き換えた部分があるんです。「すごく優しいお母さん」という設定を捨てて、ほぼ宛て書きにしました。「まりこさんが母親なら、普段はこうだろう」みたいなことを想像して。
――今回、ストーリーに関して特にこだわったこと、力を入れたことを教えていただけますか?
岡本 100 分ぐらいあるんですけど、最後の楽曲(エンディングテーマ「いつかバンドがなくなったら」)が流れた時に納得感というか、好き嫌いを別にして見る人をちゃんとエンディングまで持ってこれるような映画にしたかった。それが最初にテーマとしてあって、ラストのライブのシーンに繋がるところまでの流れをちゃんと描きたかったですね。最後の曲を歌う秦千香子さんは本当にすごいミュージシャンなので。
――監督は本当にたくさんのMVを撮影なさっていて、個人的にはモケーレムベンベの「チョコレイト・ディスコード」に心を奪われたのですが、MV作りの経験は映画作りに反映されましたか?
岡本 正直言って映画で必要な技術とMVの技術は違うんですが、MVを撮ってきたことによって、いろんなつながりができて、今回出演してくださる方もMVの縁で仲良くなった方が多いですね。
――ほか『ディスコーズハイ』で印象に残ったのが、音声の迫力です。例えば、田中さんがこんなに(セリフを)シャウトする姿は想像もできなかった。アイドル・グループ「X21」の頃に取材したことがあるのですが、もちろんこんなシャウトはしてないし、こんな激しい口調ではなかったので、新たな一面を知った気分です。
岡本 田中さんは役を把握していて、しっかりチャンネルを切り替えることができる方です。こちらから特別に「ここはこうしてほしい」というリクエストはしていません。コロナ禍の中で撮影したので読み合わせもZOOMでやり取りすることが多かったのですが、彼女の考える瓶子像をZOOMで見せていただいた時から「そのままこの感じで」という感じでしたね。
――岡本監督は他に脚本、撮影、編集、劇伴も兼ねておられますが、とくに劇伴に関しては、入る部分と入らない部分のバランスが絶妙だと思いました。ないところには思いっきりないから、バンド演奏のパートや、ライブハウスでのラストシーンが生きてくる。劇伴について特に心がけたことはありますか?
岡本 特に“劇伴を入れるための基礎”を学んできたわけでもないので、何回も本編を見て、「ここで音楽を入れたいな」と思った時にギターを弾きながら、それにふさわしい曲を作って、画面に合わせてという作業をしました。僕は人一倍ギターが好きだしこだわりがあるので、ピアノとかの鍵盤系よりも、ギターを生かした楽曲で行きたいなという気持ちもありました。
――では最後にもう一度、ステレオサウンドONLINE読者に『ディスコーズハイ』についてコメントをお願いいたします。
岡本 オーディオマニアというほどではありませんが、普段はアキュフェーズのアンプやJBLのスピーカーでロックを聴いています。音楽を本当に大事に考えてこの映画を作りました。ぜひ劇場で観ていただいて、音楽に対する情熱とか熱意とか楽曲を楽しんでもらえたらと思います。この映画で紹介されている楽曲を好きになっていただければ幸いです。
映画『ディスコーズハイ』
7月8日(金)よりアップリンク吉祥寺、8月6日(土)より大阪・第七藝術劇場、8月19日(金)より京都みなみ会館にて公開
<キャスト>
田中珠里 下京慶子 後藤まりこ
<スタッフ>
監督:岡本崇 脚本:岡本崇 音楽:ウパルパ猫、徳田憲治 (スムルース)、3markets[ ]
主題歌:「いつかバンドがなくなったら」秦千香子(ex.FREENOTE)
製作:コココロ制作
2021年/日本/カラー/16:9/STEREO/101分
(C)2021コココロ制作
<あらすじ>
音楽事務所ヤードバーズに叔父のコネで入社した瓶子撫子(へいし・なでこ)。売れっ子バンドを次々と排出する同僚の別久(べつく)とは違い、彼女の担当するバンド「カサノシタ」はデビュー以来鳴かず飛bず。おまけに極度のあがり症で自身も会社のお荷物扱い。
次回作の予算もロクに下りず、自らの手でMVを制作し、その反応次第でリリースを検討という事態に。まさに崖っぷちの現状にも関わらずメンバーの危機感及びやる気はゼロ。それでも撫子は別久への対抗心を燃やし、なんとか結果を出そうと奮闘するのだが……。
●岡本崇(Takashi Okamoto)プロフィール
奈良県出身。
2008年頃からインディーズバンド界のMV制作黎明期を支える。2017年より本格的に映画制作を始め、短編映画『ロック未遂』が福井駅前短編映画祭2018でベストアクトレス賞を受賞。2021年、『ディスコーズハイ』では神戸IFFにて奨励賞、日本芸術センター映像グランプリにて発掘賞を受賞。その他多数の入選作を持つ。