スーパースター “エルヴィス・プレスリー” の生い立ちからスターダムにのし上がるまで、そして晩年のラスヴェガスでの公演をモチーフに描いた作品である。監督のバズ・ラーマンが丹念にエルヴィスの足跡を辿り、彼に大きな影響を及ぼしたトム・パーカー(トム・ハンクスが好演!)との愛憎が見事に描き出されている。
それにしてもバズ・ラーマンの眼力には恐れ入った。ハリウッドには確かに優秀な人材が集まっているが、エルヴィス役に抜擢されたオースティン・バトラーの演技の素晴らしいこと。エルヴィスを少し優男にしたような風貌ながら、歌唱力とステージパフォーマンスは観るものを釘付けにする。60年代以前の歌唱はオースティンが、映画後半は監督のこだわりもありエルヴィスの声が使用されているが、その違いが分かればかなりの通だ。
劇中でもB.B.やE.P.とお互いに呼び合うように、B.B.キングとの交流をはじめとする黒人の音楽が、エルヴィスのバックグラウンドにあったこともよく捉えられている。まさにロックンロールが生まれた瞬間だが、いつの時代もそうであるように、新しい音楽は旧態依然とした体制側から目の敵にされる様子もしっかりと描かれているし、全編ロックンロールが鳴り響くような音響演出もファンには嬉しい。
パーカー大佐役を務めるトム・ハンクスの腹黒い演技も見ものだし、彼の思惑からエルヴィスは一度も海外公演を行なっていないことも本作で知った。2時間39分という上映時間はいささか長めだが、冗長さはなく退屈はしない。
撮影はマンディ・ウォーカー。カメラはアリの6Kモデル・アレクサ65で、イメージサイズは65mmのフィルムカメラより大きい高画質版。レンズはパナビジョン製だが、2種類のレンズを新たに作り、ラスヴェガス公演以前と以後で、色調やフレアの表現を変えているという。これを4Kに編集して上映していることもあり当時の雰囲気が瑞々しく甦る。
サウンドデザインはウェイン・パシュレイ。ダビングはオーストラリアのシドニーにあるビッグ・バン・サウンド・デザインで7.1ch音響制作が行なわれた。気づきの効果音がいくぶん耳につくが、70年代のライブ会場となったインターナショナル・ホテルでの盛り上がりと臨場感はオーディエンスを興奮のるつぼへと招き入れる。リアルタイムのファンには歓喜のシーンが満載だし、遅れてファンになった人にも驚きの発見があると思う。
もしエルヴィスが生きていたら今年で87歳だ。トニー・ベネットが現役引退を宣言したのが94歳だから、パーカー大佐と決別してワールドツアーが実現していたら、今でも健在でライブパフォーマンスを披露してくれたかもしれない。本作を観終わって、ふとそんな思いを抱いてしまった。
そして帰宅後には、兵役を終えた直後に撮影した『G.Iブルース』やアン=マーグレットと共演した『ラスベガス万歳』といった彼の主演映画を改めて観たくなった。他にも、ライブ公演を収録した『エルヴィス・オン・ステージ』は、まさしく稀代のエンターテナーと観客が一体となったステージが楽しめる。未見の方はこの機会にぜひご覧いただきたい。
本作の公開は7月1日。音楽ファン必見の作品である。
『エルヴィス』
●監督:バズ・ラーマン
●出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、ヘレン・トムソン、オリヴィア・デヨング、コディ・スミット=マクフィー 他
●7月1日(金)ROADSHOW
●配給:ワーナー・ブラザース映画
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