『アーリー大瀧詠一』は、そのタイトルの通り、大滝詠一のキャリア初期にあたる1971年から74年の間にベルウッド・レコード(キングレコード内に設立された、日本初の独立レーベル)に残された楽曲を集めたベスト盤。オリジナルLPは1982年12月21日のリリースで、ベルウッド設立10周年記念として企画されたものだ。1982年の大滝詠一といえば、前年の『A LONG VACATION』が好セールスを続けるなかで登場した『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』(大滝詠一/佐野元春/杉真理の3名が楽曲を持ち寄ったオムニバスアルバム)が大ヒット。
いっぽうで、タイトル曲を含む5曲の作編曲を担当した松田聖子のアルバム『風立ちぬ』もチャート1位を獲得するなど、その名前と作品がお茶の間レベルにまで広く浸透した時期である。レーベル10周年という節目と大滝のブレイクがいい具合に重なり、『アーリー大瀧詠一』は数あるベルウッドのカタログのなかでもとりわけ人気の高い作品となっている。
DVD-ROM+CD
アーリー大瀧詠一
(キングレコード/ステレオサウンドSSPD-001〜002)¥8,800 税込
●仕様:192kHz/24ビット/WAVデータを収録したDVD-ROMとCDの2枚組
収録曲
1.空飛ぶくじら
2.恋の汽車ポッポ(第1部)
3.外はいい天気だよ
4.田舎道
5.指切り
6.びんぼう
7.乱れ髪
8.あつさのせい
9.空飛ぶウララカサイダー
10.ココナツ・ホリディ
太くて陰影感のあるサウンドで何度聴いても飽きのこない仕上がり
収録曲は全10曲。はっぴいえんど在籍中にリリースされた2枚のソロシングルのA面(「空飛ぶくじら」「恋の汽車ポッポ<第1部>」)とソロアルバム『大瀧詠一』から4曲(「指切り」「びんぼう」「乱れ髪」「あつさのせい」)、はっぴいえんどの3枚目にしてLA録音の最終作『HAPPY END』から2曲(「外はいい天気だよ」「田舎道」)、はっぴいえんどの解散コンサートの模様を収録した『ライブ!! はっぴいえんど』から2曲(「空飛ぶうららかサイダー」「ココナツ・ホリディ」)が選ばれている。
実はこのアルバム、1985年に初CD化された際に7曲が新たに追加されていて、現行の2017年リマスターCD(KICS2626)も全17曲という仕様になっているのだが、このステレオサウンド盤は全10曲のオリジナルLPの仕様に準拠している。普通にベスト盤として考えれば2017年盤のほうがお買い得に思えてしまうが、これまでキングでリリースされてきた本作のLPやCDが基本的にオリジナル・マスターテープからプリントされたコピーマスターを採用しているのに対し、ステレオサウンド盤では全曲のオリジナル・マスターテープが改めて集められ、和田博巳さん監修のもとキングのマスタリング・エンジニア辻裕行氏が新たにマスタリング。コンプレッサーをいっさい使用しない192kHz/24ビットのハイレゾファイルが収録されたDVD-ROMと、最小限の調整を施して注意深く44.1kHz/16ビットに変換されたCDの2枚組セットとなっている。
2016年に、大滝詠一作品のハイレゾ化をいち早く実現したパッケージであり、いまだにここでしかハイレゾを聴けない楽曲も多い(詳しくはHiVi2022年5月号掲載のVSV31ページの「ハイレゾ月報」もご一読ください)。ちなみに和田さんは、はっぴいえんど/大滝詠一と同時期に、はちみつぱいのベーシストとして同じベルウッドに在籍し、1973年に『センチメンタル通り』をリリースしている。ブックレットには、オーディオ評論家としての解説のほか、当事者として大滝と遠からぬ関係にあった立場からのコメントも記されているので、はっぴいえんどやはちみつぱい/ムーンライダーズ周辺のマニアの方は興味深く読めると思う。
さて、ハイレゾで聴く『アーリー大瀧詠一』は、全編にわたって太くて陰影感のある音像がさり気なく聴き手の前に現れる、何度聴いても飽きることがないサウンドに仕上がっている。収録曲の大半のミックスを担当しているのは、はっぴいえんど『風街ろまん』や細野晴臣『HOSONO HOUSE』で知られる吉野金次氏。かつて細野に自身のミキサーとしての特徴を「中音域主義」と語ったという吉野エンジニアの音づくりは、「空飛ぶくじら」の艶やかなクラリネットの音色などによく表れている。
細野のベース&大滝のドラムという変則リズム隊のグルーヴをゆったりとした空気感を含めてとらえた「恋の汽車ポッポ(第1部)」、仮歌のつもりが吉野エンジニアの強い希望により本採用になったという大滝のかすれ気味のヴォーカルの生々しさや、シンガーズ・スリーのコーラスと大滝の多重録音によるヴォイス・パーカッション的なリフの絡みが楽しめる「指切り」、松本隆のファンキーなドラムをバックに鈴木茂のエッジーなギターの音像が浮かび上がる「びんぼう」、ロンバケで全開になる大滝のクルーナー調の歌の魅力を、デッドなバスドラムと吉野エンジニアのアレンジによるストリングスが引き立てる「乱れ髪」、林立夫のスネアがすでに1975年のソロ第2作『NIAGARAMOON』のサウンドを感じさせる「あつさのせい」などもしかり。
同梱のCDは、DVD-ROMのハイレゾに比べるとやや音圧が高く、明るい調子に感じられる。とはいえ先述のキングの現行CD(2017年)やそれ以前のCD(2012年)よりはレベルが抑えられているので、一聴すると地味に感じるかもしれないが、ダイナミックレンジの広さを重視しているところはハイレゾ版に通じる。その違いを繰り返し楽しめるのもこのセットの魅力だろう。
はっぴいえんどの終わりから自身のレーベル、ナイアガラが設立される1974年までの端境期に録音された楽曲たちを集めた『アーリー大瀧詠一』。この後、大滝はナイアガラで自らもミックスを手がけ、日本コロムビアで3年間に12枚の関連アルバムをリリース。そこでの知見を糧に、CBS/ソニー移籍後は吉田保エンジニアとタッグを組み、1981年の『A LONG VACATION』と、先日刊行されたばかりの『NIAGARATRIANGLE Vol.2 読本』で詳しく掘り下げられているので、興味のある方はぜひご一読ください。)
『NIAGARA TRIANGLE Vol.2 読本』
(ステレオサウンド刊) ¥2,750 税込 発売中