ユニバーサルミュージックは昨年末、渋谷・神宮前にある本社ビル内にドルビーアトモス対応のスタジオをオープンした。今回StereoSound ONLINE編集部ではこのスタジオにお邪魔して実際に音を聴くことができたので、その様子を紹介したい。

 その前にドルビーアトモスとは、もともと映画作品で使われてきた3D立体音響技術で、オブジェクトオーディオという技術を用いることでスピーカーのない場所からも音が鳴っているかのような効果を創出、自分の周りの半球状の空間に、包み込まれるようなサラウンド音場を再現するものだ。StereoSound ONLINE読者諸氏には既に自宅ホームシアターに導入している方も多いだろう。

ユニバーサルミュージックのスタジオには、ドルビーアトモス用に9.2.4システムが構築されている。写真中段両脇の壁際に取り付けられているのが、フロントワイドスピーカーだ

 ちなみにドルビーアトモスでは従来の5.1chや7.1chといったサラウンドスピーカーの他に、天井にもスピーカーを配置して、高さ情報を持った音場を再現している(天井で音を反射させて効果を演出する製品もあり)。ドルビーアトモスのスピーカー配置を表記する場合には「5.1.2」「7.1.4」といった書き方がされるが、これは「5.1chに天井スピーカーを2本(1ペア)加える」「7.1chの天井スピーカーを4本(2ペア)加える」という構成を表している。

 先述の通り、もともとは映画音響用に提案された3D立体音響フォーマットだが、最近はApple MusicやAmazon Musicなどの配信による空間オーディオでもこのフォーマットが採用され、映像なしの、音楽だけで包み込まれるような体験ができるものとして普及が進んでいる。

 そして、今回お披露目されたユニバーサルミュージックのドルビーアトモス用スタジオは、まさにその音楽作品に向けた制作空間となっている。もともとは2ch音楽用に設計されたスタジオだったそうだが、昨年初頭にユニバーサルミュージックとしてワールドワイドで空間オーディオコンテンツの制作に取り組んでいくという方針が出たとかで、日本でもドルビーアトモスの音源を作ることができるスタジオを開設したということだ。

 特にApple Musicが空間オーディオを採用したことが大きかったようで、既に同社の楽曲としては数百曲がドルビーアトモスで配信されており、今後もその数は増えていくと見込んでいるのだろう。

スタジオには、2ch用とドルビーアトモス用のスピーカーが設置されており、適宜切り替えて再生している。後の壁面に取り付けられた黒い筐体のスピーカー(ジェネレック)がドルビーアトモス用

 そのスタジオは広さ20畳弱ほどの空間で、フロントワイドスピーカーを加えた9chと、天井がトップフロント+トップリアの4ch、さらにサブウーファーが2台の9.2.4スシステムを設置している。スピーカーはジェネレックの「8331A」で統一し、サブウーファーには同じくジェネレックの「7360A」が組み合わされている。

 8331Aは19mmトゥイーター+90mmミッドレンジの同軸ユニットに130×65mm楕円型ウーファーを2基の搭載したアンプ内蔵アクティブ型で、7360Aは250mmウーファーを搭載したモデル。どちらも音楽スタジオのモニターとして定評のある製品で、今回は音響設計を担当したsonaと、機材導入を受け持ったタックシステムのアドバイスもあって、このスピーカーを選んだそうだ。

 なお2ch用とドルビーアトモス用の機材はミキシング卓やProToolsといった機材から分けられ、まったく別のシステムとして設置してあるそうだ。2ch用のスピーカーとしてムジークエレクトロニク・ガイザインが設置されているが、これはドルビーアトモスの作業用には使っていない。ちなみにユニバーサルミュージック本社にはドルビーアトモス対応のスタジオが2部屋準備されているそうだ。

 そしていよいよ、ドルビーアトモスのサウンドを体験させてもらう。まずはJ-POPやK-POP、クラシックのデモ音源を、2ch(スピーカーは8331Aを2本使用)と9.2.4で再生してもらった。これらの楽曲は、今回のスタジオではなく、海外のスタジオなどでミックスした音源だそうだ。

ドルビーアトモス用のツール。画面右下のグラフィックに表示されている丸いマークが発音源で、これを見ればブジェクトオーディオをどのように扱っているかがひとめでわかる

 J-POPやK-POPの楽曲はステムと呼ばれる音素材を元にそれぞれ2ch用とドルビーアトモス用にミックスされているようで、音の印象もかなり異なる。2ch再生はでL/Rスピーカーの間にヴォーカルがファントム定位し、楽器はそれを包み込むように広がっていく。聴き慣れたステレオ再生だ。

 これに対しドルビーアトモスは(いい意味で)かなり遊んだ印象。ヴォーカル定位は残しつつ、そこに被せるリフレインや楽器があちこちに定位し、音がそこかしこから響いてくる。楽器を空間内の様々な場所に配置することで場の広さを演出し、同時にアクティブな印象を創り出していると感じた。

 一方でクラシックはホールの響きを尊重したミックスで、前方のステージからオーケストラの演奏が奏でられ、そこに天井や壁からの響きが加わっている。2ch再生でも楽器の配置等はよくわかるし、オーディオとして充分楽しめるが、コンサートホールで聴いているかのようなイリュージョンはドルビーアトモスの方が豊かに感じ取れた。

 同じドルビーアトモスでも、各チャンネルをどんな風に使いこなすか、どの音成分をどこに配置するかで出来上がった楽曲の印象は大きく異なるはずだ。また、ドルビーアトモスとして意図的な演出を加えるのか、ライブの臨場感再現に重きを置くのかでもミックスの手法が違う。

取材に対応いただいた方々。左からユニバーサルミュージック合同会社 デジタル統括本部 スタジオ&アーカイブ部 スタジオグループ主任の山田 忍さん、UNIVERSAL MUSIC STUDIOS TOKYOエンジニアの吉野謙志さん、デジタル統括本部 スタジオ&アーカイブ部 部長の髙木 忠さん

 先述のJ-POP、K-POPはスタジオ録音された素材を使って、“空間をフルに活かした音楽”としての演出を加えた例だし、クラシックは“演奏された場の再現”を狙っている。これらの使い分けについては、ユニバーサルミュージックではクリエイターやアーティストといったクライアントの意向を踏まえながら、どちらにも対応できるようにしていきたいと話してくれた。

 その他にもロック調の楽曲や映画のテーマをドルビーアトモスでミックスした音源を再生してもらったが、どれも音のつながりがよく、フロントからサイド、リア、天井方向のどこにも音の粗密がない、見事な包囲感、臨場感が再現されていた。これは全チャンネルを同一スピーカーで揃えている効果も大きいだろう。

 なお、現在の空間オーディオの試聴方法としては、スマホやタブレットのアプリを使って、ヘッドホンやイヤホンで再生するというのが一般的だ。ということはいわゆるバーチャルで再生されているわけで、このような聴き方を想定して、ドルビーアトモスをミックスする際に何か注意しているのかも聞いてみた。

 すると、ドルビーアトモスの音源をどれくらいのビットレートで伝送し、どんなアルゴリズムでバーチャル再生するかは、配信を行うサービス会社の選択次第なので、ユニバーサルミュージック側では特別なことはしていないとの返事だった。制作スタジオとしては、ドルビーアトモスとして最良のコンテンツに仕上げて納品することが重要で、そうしておけば、将来通信環境や圧縮技術等が進歩すれば、もっと高品質で楽しめるようになると考えているそうだ。

 それに関連し、現在のドルビーアトモス音源はほとんどが48kHz/24ビットで制作されているが、これを96kHz/24ビットにすることはできないのかも質問してみた。

 もちろんPCパワーは求められるし、作業時間が増える、使える素材の数も制限されるといった可能性はあるが、今回のスタジオに設置されている機材でも96kHz/24ビットの音素材を使ってドルビーアトモスのミックスは可能との返事だった。

 これはオーディオファンにとっては重要なテーマで、96kHz/24ビット・クォリティのドルビーアトモスで音楽が配信されるようになれば、ホームシアターでのオーディオ再生はさらに感動できるものになるはずだ。映画だけではないドルビーアトモスの活用方法として、ユニバーサルミュージックの取り組みに大いに期待したい。(取材・文:泉 哲也)