去る3月25日に発売されたソニー、ウォークマンの最新モデル「NW-WM1ZM2」と「NW-WM1AM2」。“あらゆる音楽ソースを最高品質で楽しめる究極のポータブルプレーヤー”というコンセプトで開発されたこれらの製品には、いい音のためには努力を惜しまないという開発陣の想いが満載されている。

 連載の後篇では、「DSDリマスタリングエンジン」を始めとするデジタル周りの進化点や、音質改善のために特に配慮した点について聞いてみた。対応いただいたのは、モバイルプロダクト事業部 モバイル商品設計部の佐藤浩朗さんと関根和浩さん、モバイル商品企画部の田中光謙さんだ。(編集部)

左がNW-WM1Aで右がNW-WM1AM2。NW-WM1AM2の本体サイズは約W80.5×H142.5×D20.8mm(最大)、重さは約299g(充電池含む)

麻倉 前篇では新製品のNW-WM1ZM2とNW-WM1AM2について、新たに開発された高音質パーツが製品誕生のきっかけになったというお話をうかがいました。続く今回は、デジタル処理自体でどんな進化があったのかについてお聞きします。

田中 一番の違いはDSDリマスタリングエンジンの搭載です。入力されたすべてのPCM音源をDSD 11.2MHzに変換する機能で、ウォークマンとしては初搭載になります。DMP-Z1ではDSD 5.6MHzへの変換でしたが、今回はDSD 11.2MHzに進歩しています。

佐藤 この処理用に専用ハードウェアのFPGAをパワーアンプのS-Master HXの前段に追加しています。ただしDSDリマスタリングエンジンの効果は、有線接続で、再生アプリのW.ミュージックを使っている時のみ有効です。

 その他に、DSEEが「HX」から「Ultimate」に進化しています。このDSEE Ultimateでは、AI技術を導入してリアルタイムに楽曲を解析し、最大192kHz/24ビットのハイレゾ音源相当に最適化します。

 今までは主にMP3などの圧縮音源をターゲットにしていましたが、昨今はロスレスのストリーミングサービスも始まっていますので、CD相当のコンテンツ(44.1kHzや48kHzのFLAC音源)についてのアップスケーリング技術も進化させました。

NW-WM1AM2のシャーシはアルミの固まりから切削加工で削り出し、表面にコーティング処理を加えたもの(左)。リアカバーも同じくアルミが使われている(右)

関根 これまでBluetoothイヤホン等との組み合わせではDSEE HX処理はオフになっていました。しかし、DSEE Ultimateで最適化した信号をBluetoothで送ればもっといい音で楽しんでいただけるのではないかと思い、今回からBluetoothで送信する前にDSEE Ultimate処理を加えています。LDAC対応イヤホンなら96kHzクォリティで伝送可能です。

田中 バッテリーも大容量化しました。MP3のローカルファイル再生では、WM1Zは連続33時間でしたが、WM1ZM2では連続40時間に増えています。一般的なストリーミングサービスの再生なら連続18時間お楽しみいただけます。

 またUSB Type-Cもバージョン3.2 Gen1と高速化しましたので、充電時間は半分ほどになりましたし、データの通信速度も向上していますので、ファイルのダウンロードも短時間で完了します。

 USB DACとしても使用可能で、W.ミュージックのトップ画面から操作できます。パソコン(Windows/Mac)との接続に対応済みで、Windowsの方はドライバーをインストールしていただく必要がありますが、Macはその必要はありません。

麻倉 USB DACモードでもDSDリマスタリングエンジンは使えますか?

田中 はい。USB DACモードを含め、W.ミュージックで再生する場合には、DSDリマスタリングエンジンの処理を加えて、アナログ音声として出力できます。ストリーミングサービス再生ではDSDリマスタリングエンジンは使えませんので、DSEE Ultimateなどで楽しんでください。

麻倉 ちなみに今回は6年ぶりのモデルチェンジということです。その間も開発は続けていたのでしょうが、関根さんや佐藤さんが音質改善のために特に配慮した点はどこだったのでしょう。

リアカバーの材料を一体型アルミにすることで、高剛性化を実現したという。これにデジタル基板を取り付け、NW-WM1ZM2同様にCPUやメモリー部には無酸素銅のカバーが取り付けられている

佐藤 はんだ、コンデンサー、筐体の3点は外せませんでした。5年の間にこれらの条件がクリアーできたので、やっと第2世代機が作れると確信しました。

関根 例えば1年後に新製品を出すと言われても、急にコンデンサーやはんだを作ることはできません。初代機を出した後に、何かに使うということではなくても、高音質パーツの開発を続けてこられたのがよかったですね。

佐藤 デジタルパワーアンプのS-Master HXは前モデルと同じデバイスですが、周辺部品を変更して、一聴して音の変化がわかっていただけるように改善しています。

 2018年に「DMP-Z1」を作って、電源の大切さを再認識したのです。それもあり、第2世代機では、電源をしっかり仕上げようと思っていました。

麻倉 S-Masterのデバイス自体を交換しようという話はなかったんですか?

佐藤 このデバイスはまだまだいけると思っていました。電源周りをよくしていくことによって音質を改善できると考えたのです。これまで蓄積した高音質化ノウハウを活かせたのも、今回のメリットでした。

 また今回はデザイナーにも早い時期から打ち合わせに参加してもらい、何度も議論を重ね、大型部品をポータブルサイズのボディに収めてもらいました。

NW-WM1ZM2/NW-WM1AM2専用レザーケース「CKL-NWWM1M2」(ソニーストア価格¥11,000、税込)も準備されている

田中 側面のボタンの押しやすさ、重量バランスも工夫しています。背面のアルミパネルは音質とデザインの両方の観点から削り出しにして、銅とアルミの異種金属を組み合わせています。

佐藤 リアパネルはネジで固定していますが、そのネジも長くすると共振が発生しますので、短いネジで固定し、その上側に穴埋めのネジを追加しています(笑)。

麻倉 そこまでやるか!? 第2世代機の音の方向性はどんなイメージだったのでしょう。

佐藤 目指した方向性は、基本的には初代機やDMP-Z1と同じです。WM1ZM2は無酸素銅筐体のベスト、WM1AM2はアルミ筐体のベストとして作っています。

 イメージとしては、高域の解像度は高いけど嫌な音はしない、同時に低音もしっかり伸びているというものです。ポータブル機としての筐体と部品サイズで、そのバランスをどこに収めるかで苦心しました。

関根 私も目指した音の方向性はDMP-Z1と同じですが、ポータブル機なので物理的にできないことはあります。限られたサイズで何ができるかを突き詰めたのが今回の2モデルです。

 クラシックやジャズに最適といったものではなく、どんなジャンルの音楽でも聴いてもらえる音にしたいと考えました。今回は、昔聴いていたCDの音源を鳴らした時に、改めて感動してもらえるサウンドにできたと思っています。

 昔の音源でもちゃんと鳴らしたらここまでの情報が入っているということを分かってもらいたい、そんなオーディオの楽しさを実感してもらいたいと思っています。ハイレゾに限らず、色々な楽曲を聴いていただきたいですね。

麻倉 WM1ZM2、WM1AM2とも、低音の質感が本当にいいですね。スケール感はあるけれど、決してざわざわしていない。しかも貧弱にならない点に感心しました。

佐藤 ありがとうございます。お褒めいただいて、嬉しくて泣きそうです(笑)。

音の情報量、安定感、深さのすべてが圧倒的に変わった。
「NW-WM1AM2」「NW-WM1ZM2」はかつてない次元に到達したモデルだ …… 麻倉怜士

 今回は新旧比較ということで、「NW-WM1A」と「NW-WM1AM2」、「NW-WM1Z」と「NW-WM1ZM2」で同じ音源を聴かせてもらいました。組み合わせたヘッドホンはWM1AとWM1AM2の比較では「MDR-Z7M2」、WM1ZとWM1ZM2の比較では「MDR-Z1R」を使いました。ヘッドホンケーブルは「MUC-B20SB1」です。

 まずライブ音源のナレーションで、各モデルの違いがよくわかりました。WM1AとWM1AM2の比較では、音の情報量が増えて、低音の安定感、深さが違う。それが音の体積感の再現につながって、きわめて生々しいMCです。声のリアリティが格段に出てきたという点が違いです。

 さらにWM1ZとWM1ZM2では、情報量も含めて異次元の違いでした。音の体積感だけでなく、記号性、メッセージ性の表現にも差がありました。周波数特性や時間軸、コントラスト感、階調感といったすべての要素で大きな違いが認識できました。

 特に男声の低音の再現、質感がよくなって、キレがでてきます。声が明瞭で、観客にも印象的に響いてきます。ライブの雰囲気、その場でのコミュニケーションというか、演奏者とお客さんの間の、目に見えない交流がしっかり感じ取れるのがいいですね。

 音楽音源では情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」(192kHz/24ビット/FLAC)と、「2021セイジ・オザワ 松本フェスティバル:《火の鳥》組曲(1919年版)-第4曲:カスチェイ王の魔の踊り」(96kHz/24ビット/FLAC)、鈴木 輪さんの「I can’t give you anything but love」(96kHz/24ビット/FLAC)の冒頭、アコースティックベースのソロを聴きました。

 「チーク・トゥ〜」は、WM1Aで聴いても歪みが少ないし、実にていねいに音作りされていることがわかります。ヴォーカルの優しさ、美しさもきれいに出ますね。ただ、ベースの切れ味や雄大さがもう少し欲しい気もしました。これはこれでとてもいい音です。

 ところがWM1AM2に変えると、ベースの広がりや量感、弾む感じがしっかり出てきました。ヴォーカルの情報量の違い、発声した時のニュアンス感がとてもよくわかります。またボディ感、音像が持っている体積感が違ってきたなぁと言う印象です。

 「火の鳥」のグランカッサは、WM1AM2では皮の揺れ、空気を振動させて波紋を広げていく感じがとてもよく出てきます。この低音は大きなスピーカーで鳴らすとお腹に響いてくるくらいの迫力なのですが、ヘッドホンで聴いても同様の力感がありました。

 ベースもWM1Aではうねりを持った音の出方がもう一歩にも感じたのですが、WM1AM2ではしなりや音の情報量が時間と共に変わっていく様子がうまく描き出されていました。

 また「チーク・トゥ〜」では、WM1AM2とWM1Zの違いが思ったより小さく感じました。WM1AM2が音の輪郭をはっきりくっきり描くのに対し、WM1Zはディテイル指向なので、一聴するとパワー感、テンポが弱いようにも感じます。やさしい雰囲気です。

 これに対しWM1ZM2は別次元です。「I can’t give〜」では、ベースの弾みもぐんとアップし、音階の旋律感がちゃんと出ています。細かい情報まで再現されているし、音の弾み感、コード進行も明瞭です。

 ベースは時間軸を区切るのと同時に、旋律的な音を出しています。この旋律が立っている感じがとてもいいのです。時間軸における正確な音の再現性は他の機種ではここまでは感じられませんでした。

 「火の鳥」でも、WM1Zはステージまでの距離がやや遠く、もっと近づきたい気持ちになります。それに対しWM1ZM2は低音の体積がぐんと広がって、合奏の迫力、すべての楽器が鳴っている様がリアルです。全体像をしっかり描きつつ、微視的な情報も再現してくれるという点がWM1ZM2の一番の魅力ですね。

 空気感再現も違いました。この楽曲は長野県松本のキッセイ文化ホールで収録されたものです。ここはもともと残響の少ないホールですが、そのクリアーな印象がよく再現できていると思いました。

 WM1ZM2はウォークマンとしてかつてない次元に到達した製品だと言えるでしょう。お見事でした!