ソニーのポータブルプレーヤー、ウォークマン。1979年の初号機「TPS-L2」以来、40年を超える歴史を持つこのシリーズの最新モデルとして「NW-WM1ZM2」と「NW-WM1AM2」が発売された。どちらも2016年に発売された「NW-WM1Z」「NW-WM1A」の後継機で、5年間の知見を活かした音質や操作性の進歩を実現しているという。

 今回の連載では、期待の新製品に込められた開発陣の想いや苦労点について、じっくりインタビューした。対応いただいたのは、モバイルプロダクト事業部 モバイル商品設計部の佐藤浩朗さんと関根和浩さん、モバイル商品企画部の田中光謙さんだ。(編集部)

NW-WM1ZM2 市場想定価格¥400,000前後(税込、右)
NW-WM1AM2 市場想定価格¥160,000前後(税込、左)

●内蔵メモリー:NW-WM1ZM2=256Gバイト(実使用可能領域約215Gバイト)、NW-WM1AM2=128Gバイト(実使用可能領域約103Gバイト)
●本体素材:NW-WM1ZM2=無酸素銅削り出し、NW-WM1AM2=アルミ削り出し
●オペレーティングシステム:Android 11
●対応フォーマット:MP3/WMA/FLAC/WAV/AAC/HE-AAC/Apple Lossless/AIFF/DSD/APE/MQA
●ディスプレイ:5.0型(12.7cm)、HD(1280×720ドット)
●ワイヤレスLAN:IEEE 802.11 a/b/g/n/ac(2.4/5GHz帯)
●Bluetooth対応コーデック:SBC/AAC/LDAC/aptX/aptX HD
●主な特長:USB DAC機能、DSEE Ultimate、DSDリマスタリングエンジン、DCフェーズリニアライザー、他
●連続使用時間:FLAC/192kHz/24bit=ステレオミニジャック約35時間/バランス標準ジャック約35時間、DSD5.6MHz/1bit=ステレオミニジャック約18時間、バランス標準ジャック約13時間
●接続端子:3.5mmステレオミニジャック、4.4mmバランス標準ジャック、Type-C(USB3.2 Gen1準拠)
●メモリーカード:microSD/microSDHC/microSDXC
●寸法/質量:NW-WM1ZM2=約W80.5×H142.5×D21.0mm(最大)/約490g(充電池含む)、NW-WM1AM2=約W80.5×H142.5×D20.8mm(最大)/約299g(充電池含む)

麻倉 3月25日に、ウォークマンの新製品「NW-WM1ZM2」「NW-WM1AM2」が発売されました。どちらも音質が進化しているとのことですので、今日は第2世代機の企画意図や苦労話についてうかがいたいと思います。

田中 よろしくお願いいたします。今回の新製品は型番からもお分かりの通り、それぞれ「NW-WM1Z」「NW-WM1A」の後継機に当たります。

 一番の違いは、前モデルはLinux OS搭載機でしたが、新製品では昨今日本国内でもストリーミングサービス、ハイレゾ/ロスレス対応が求められていることを受けて、Android 11を搭載しました。

 なお前モデルは2機種ともシグネチャーシリーズとして発売していましたが、今回からは各カテゴリーで1モデルのみシグネチャーシリーズと呼ぶという定義を厳格化し、上位モデルのWM1ZM2のみシグネチャーシリーズに位置づけています。

麻倉 初代のWM1Z、WM1Aともユーザーに好評だったと思いますが、なぜこのタイミングで第2世代機を作ろうと思ったのでしょう。

佐藤 WM1AとWM1Zを発売した後に、「DMP-Z1」という、ある意味フラッグシップとなる製品を発売しました。しかし、ポータブルプレーヤーの音質という意味ではWM1Z、WM1AともDMP−Z1と対等に戦えると思っていました。

 でも最近は音楽再生環境も大きく変わって、ストリーミング抜きには語れない状況になっています。それもあって、Android OSに対応しなくてはいけないだろうと考え始めたのです。

田中 とはいえ単純にOSをAndroidにすればいいというわけではありませんでした。これまでのリサーチから、WM1ZやWM1Aのユーザーに向けては、音質の進化が第一義でないと後継機を出す意味がない、OSを変えるだけでは駄目だということを強く感じていたのです。

麻倉 確かにこの価格帯の製品を買う人なら、ストリーミングよりもファイルを再生する方が多いでしょう。

田中 そこで第2世代機では、ポータブルプレーヤーとしての最高音質を目指しました。特にWM1ZM2については、ストリーミングを含めて“あらゆる音楽ソースを最高品質で楽しめる究極のポータブルプレーヤー”というコンセプトで開発しました。

左が初代機のNW-WM1Zで、右が新製品NW-WM1ZM2。部品が大きくなったこともあり、本体サイズもひとまわりアップしている

麻倉 では、両モデルの基本仕様から教えていただけますか。

田中 基本的なスペックは共通で、違いは内蔵メモリーの容量くらいです。ハイレゾは、最大でDSD 11.2MHzのネイティブ再生と384kHz/32ビットのリニアPCMの再生ができます。入力信号をDSD変換して処理する「DSDリマスタリングエンジン」をウォークマンとして初搭載し、圧縮信号を補完する「DSEE」も最新仕様の「Ultimate」になっています。

 その他、先ほど申し上げた通りストリーミングサービスに対応しましたし、PC等とつなぐ場合の端子もウォークマンポートからUSB Type-Cに変更しました。

 またコロナ禍での傾向として、ウォークマンであっても家庭内で聴くというケースが増えています。それを受け、ご自宅でゆったり使っていただけるように液晶画面を5インチに大型化しました。画素数は1280×720です。

麻倉 画面が大きくなったということは、本体サイズも大型化されたということですか?

佐藤 初代機からひとまわり大きくなりましたが、厚みはやや減って、持ちやすく、スタイリッシュになっています。

田中 お客様の中にはAndroid OSだと音に影響があるのではないかと心配される方もいらっしゃいますが、しっかり対策していますので心配無用です。

麻倉 Android OSという点を気にするユーザーはそんなに多いんですか?

佐藤 海外ではそれほどでもないのですが、日本は特に多いですね。

取材に協力いただいた方々。ソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 モバイルプロダクト事業部 モバイル商品企画部 田中光謙さん(写真左)、モバイル商品設計部 佐藤浩朗さん(写真右から2人目)、関根和浩さん(写真右)

関根 ユーザーが気にするポイントは主にふたつあります。

 まず、ハード的にノイズを出すのではないかという点です。もちろん高速でデジタル処理をしていますから、Androidかどうかに限らずデジタルノイズが出るのは事実です。これに対しては、オーディオ回路とデジタルブロックを分離した設計を採用しました。

 またAndroid OSを通ることで音が悪くなると心配される方も多いですね。確かに一般的なAndroid端末では、384kHz/32ビットの信号を通すことができないという制約はあります。しかし弊社では専用のバス設計を採用していますので、384kHz/32ビット信号も問題なく再生できます。

 逆にメリットとして、Amazon MusicやApple Musicなどのハイレゾ配信用アプリが使えます。信号的には192kHz/32ビットの再生が可能で、せっかくハイレゾで配信されているので、音質を劣化させないような配慮をしています。

麻倉 WM1ZとWM1Aは削り出しシャーシも注目を集めました。

佐藤 その点はしっかり継承しました。といいますか、さらに強いこだわりを持って仕上げています(笑)。

 WM1ZM2の本体シャーシは、重さ約2kgの無酸素銅インゴットから削り出し、それに高純度金メッキ処理を加えています。前モデルのWM1Zは無酸素銅の純度が99.96%でしたが、今回は99.99%に変更しています。

麻倉 3Nから4Nに進化した。

佐藤 WM1Zを作った後に、メカ担当者から99.99%の無酸素銅もありますよという話がありました。その時は小数点以下2桁での違いくらいだと思ったのですが、WM1Z用に筐体を試作してみたら、びっくりするくらい音が違ったのです。

NW-WM1ZM2の本体は、無酸素銅の塊(左)から削り出して製造されている(中央)。右が金メッキ処理を加えたもの

麻倉 0.01%単位の純度の違いなのに、そんなに音が変わる?

佐藤 シャーシを変えただけで音のバランスまで違ってきたので、次のモデルにはぜひこれを使いたいと考えました。シャーシなので、電気信号を通しているわけではありませんが、それでも音に影響があったのが面白かったですね。

田中 不純物の量として考えると4分の1になっていますから、そのあたりも影響しているのかもしれません。

関根 さらにWM1ZM2については、リアカバーもアルミのインゴットから削り出しています。本体シャーシもリアパネルも削り出しなので、精度が高く、見た目も綺麗です。また削り出しならプレスと違って金属量が増えているので、音質的にも有利です。

麻倉 リアパネルまで削り出しにするとは、本当に変態的(?)なこだわりですね。

佐藤 ノイズ対策の一環として、SoCを含めたデジタル回路に無酸素銅のプレートで蓋をするといった対策も加えています。これはグランドの強化にもつながりました。

関根 電源については、以前からFTCAPというコンデンサーを使っていました。これはソニーが音のために独自に開発した部品で、今回は第3世代のFTCAP3に進化しています。

佐藤 やっと足つきの高分子コンデンサーを使うことができました。個人的には以前からこういった高音質パーツを使いたいと思っていたのですが、これまでは適切な対象物がありませんでした。

 今回FTCAPを作っているメーカーに相談したところ、試作していただけました。その音がよかったので採用しました。

NW-WM1ZM2のリアパネル。こちらはアルミの削り出しパーツとすることで、高い剛性を実現した

麻倉 コンデンサーで音は違いますか?

佐藤 違いますね。しかもメーカーはよかれと思って、以前使っていたものよりひと回り大きいサイズでFTCAP3を作ってくれたのです。その試作品が、本体デザインが一度固まった後に届いたので、どうしたものかと悩みました。

 でも聴き比べたらたいへん音がよかったので、デザイナーや企画担当と一緒に違いを確認して、納得の上でデザインを変更してもらったのです(笑)。

麻倉 このコンデンサーを使うために、一度決まったデザインを変更したということですか?

田中 リアパネル側の膨らみを調整して、そこに収めてもらいました。

佐藤 普通はありえないことですよね(笑)。

麻倉 これはソニーらしい判断です。安価なモデルなら妥協してもよかったでしょうが、今回はウォークマンのフラッグシップなのですから、いい物はすべて採用するべきです。

田中 お客様からも、大きく、重くなってもいいから音質には妥協して欲しくないという声をいただいています。そうは言っても限度があるということは分かっていますので、持ち運べる中での最高を考えました。

麻倉 その他に改良した部分は?

関根 高音質はんだを全面的に採用しました。弊社は昔からはんだにもこだわっていますが、今までの高音質はんだは、手はんだで付ける一部にだけ使っていました。しかし今回やっと、基板自体に塗布するリフローはんだの高音質版の開発に成功したのです。

麻倉 基板回路のすべてのはんだが高音質仕様になったということですね。これは音に効いてきそうです。

佐藤 この高音質はんだには、金を加えています。金を混ぜる比率もppm単位で制御が必要で、かなり細かく検討した結果になっています。

写真右が各種処理を行う基板。CPUやメモリーが配置されたデジタルブロックには無酸素銅の切削カバー(写真左)を取り付けてグラウンドの安定を高めている

麻倉 これまでリフローはんだを使うのが難しかった理由は何だったのでしょう?

関根 リフローはんだは実装基板に使いますので、信頼性のテストが厳しくなりますし、そこをクリアーしないと採用できません。

佐藤 音がいい部品は使いにくいことが多いのですが(笑)、今回のはんだは使いやすくなって音もいいという、音質部品としては珍しいケースでした。

関根 ちなみにクロックについては、従来同様44.1kHz用と48kHz用のふたつを搭載していますが、今回は水晶片の電極を金蒸着で形成した超低位相ノイズ水晶発振器を奢っています。

佐藤 これはDMP-Z1で初めて導入したパーツで、もともとは水晶発振器の長寿命化のために金蒸着を採用したとのことです。ひょっとしたら音にもいいのではないかということで試してみたら、案の定、音質が改善されました。

麻倉 部品メーカーとしても、せっかくなら音のわかるメーカーに使って欲しいはずですから、採用されて嬉しかったことでしょう。

佐藤 これはWM1ZM2のみですが、内部配線にはKIMBER KABLE(キンバーケーブル)製を使っています。

 WM1Zでも内部配線にキンバーケーブル製を使っていましたが、今回は、ヘッドホンアクセサリーとして発売している「MUC-B20SB1」と同じ太さのケーブルをシャーシに収めることができました。

関根 WM1AM2にはOFCケーブルを使っていますが、このOFCケーブルもきちんと比較試聴して選んだものです。

※後篇に続く