パナソニックが擁するハイエンドオーディオブランド「Technics(テクニクス)」が復活してから、早7年が過ぎた。2014年9月にブランド再開を高らかに告げ、同12月にハイエンドとミドルクラスのコンポ・シリーズを欧州市場に投入。翌15年2月からは同製品群の国内販売を開始し、今日まで数多くの話題を内外のオーディオ界に提供している。この間はターンテーブル(アナログレコードプレーヤー)のリバイバルを喜ぶクラブDJ界隈がある一方、新しいテクノロジーで次々リリースされる野心的なアンプも大いに話題を集めてきた。
私がオーディオに関心を持ち始めた70年代半ばには、テクニクス・ブランドは既に大きな存在感を示していた。4ヘッドという贅沢な構成で、4トラック/2トラック対応を実現したオープンリールデッキRS-1500Uは、当時憧れのモデルであったし、LPジャケットサイズの本体にリニアトラッキングアームを搭載したレコードプレーヤSL-10(1979年)、さらには70年代後半にすでに150kHzの超高域再生を標榜したリーフトゥイーターEAS-10TH1000など、マニア垂涎の製品が目白押しだったのだ。
松下電器産業という大企業の中で、趣味性の強いオーディオ製品において何故これほど独創的なモデルを生み出すことができたかと考えると、幅広い事業分野を横串で横断し、オーディオに活用できる材料や技術を集め、それを少数先鋭のチームで具現化するという流れが構築されていたのではと想像する。それが他社にない、テクニクス創立からのセールスポイントといえそうだ。
スピーカーこそ、テクニクスの原点
ところで、テクニクスのブランド第一号製品がスピーカーであったことをご存じだろうか。1965年に発売された密閉型2ウェイスピーカー『Technics 1』がそれだ。その後は前述の通りアンプやターンテーブル等のエレクトロニクス機器で独創的なモデルを輩出してきたわけだが、1975年に市場をアッと驚かす画期的なスピーカーが発表された。それが『Technics 7(SB-7000)』だ。
Technics 7(SB-7000)が提示したリニアフェイズ理論は、トゥイーター/スコーカー/ウーファーといった帯域分割を受け持つそれぞれのスピーカーユニットの発音源を一直線上に揃え、音波が放射されるタイミングを揃えようというもの。そのために各ドライバーは、フラットなバッフルにではなく、各々を収めた個々に独立したエンクロージャーに固定されていた。
思い当ることがある。私は学生時代にナショナル(パナソニックの前身)製の20cmフルレンジドライバーユニットEAS-20PW09(愛称、ゲンコツ)を使って自作スピーカーを作ったことがあるが、その原型となった8PW1の発売は1954年11月。ゲンコツという愛称は、コーン型振動板の手前に装備された球形のイコライザーに由来し、これが高域の位相補正を担っていた。つまり今から70年近く前から、なおかつ前述のリニアフェイズ理論を体現したSB-7000の発表のはるか前に、同社は位相の問題に大きな注意を払っていたことが伺えるのだ。
この他にも1986年に新しい振動解析システムによって誕生したセパレートバッフル構造によって、より優れた音像定位とフラットな周波数レスポンスを実現した同軸平面構造ユニット搭載機SB-RX50、エンクロージャーの振動を大幅に抑制しつつ、巧みに組合せられた密閉型エンクロージャーと複数個の駆動ユニット/パッシブラジエーターによる「デュアル・ダイナミック・ドライブ」(DDD)方式を採用した大型フロアー機SB-M10000なども、忘れられないテクニクス・スピーカーである。
こうしたDNAが今日のテクニクスのエンジニア、ひいては彼らが設計するスピーカーシステムに連綿と受け継がれていることに私は驚きを禁じえない。と同時に、多大な信頼感を抱くのである。
テクニクスの伝統を最新技術で昇華
さて、そこで今回の記事の主役SB-G90M2に目を向けてみよう。まさしくそこには、往時のリニアフェイズ理論、さらには“ゲンコツ”に見られたメソッドが、最新のコンピューター解析を活用して伝承されているのである。
最上部に搭載された新開発の同軸型2ウェイドライバーユニットにそれが見て取れる。点音源の理想を目指してデザインされた構造で、前方に設けられた「Linear Phase Plug(リニア・フェイズ・プラグ)」が位相補正をつかさどる。この円錐形状の真鍮製フェイズプラグがドーム形状のトゥイーターの球面波を前方にスムーズに導きつつ、高さによる位相差を補正すると共に、ミッドレンジ中心部の波面の進行を制御して高域とのタイミングを揃えるように作用する。
また、ミッドレンジの中心部にサブコーンを設け、分割共振や周波数応答の改善が図られている。この手法は、実は“ゲンコツ”8PW1でも見られたメソッドなのである。
一方でエンクロージャーに目を向けてみると、いかに強靭な構造とするかにさまざまなアプローチが採られている。それらを仔細に見ていくと、前述した80年代のスピーカーたち、すなわちSB-RX50やSB-M10000にその起源を見ることができる。
たとえばエンクロージャー内部に設けられた「Speaker Mount Baffle(スピーカー・マウント・バッフル)」は、ユニットの重心位置でがっちり固定することができるもので、SB-RX50がその端緒といえないだろうか。特に本機では、先代モデルでは複数に分かれていた構造を1枚板にして 底板まで貫通させるとともに、底板は厚みを増してさらに剛性を高めている。
また、吸音材を最小限に止めるべく、定在波のみを効率よく除去する「Standing Wave Termination Structure(スタンディング・ウェイブ・ターミネーション・ストラクチャー)」は、自然な中低音を得るための手法で、よりクリーンで深々と伸びたディープバスを目指したものとして、かつてのDDD方式とコンセプトの一致があるように思う。
王道的アプローチが施された低音ユニット
2基搭載された16cmウーファーは、ロング ボイスコイル/銅製ショートリング/ダブルマグネットと、ウーファー設計のいわば王道的アプローチ。そのロングストローグ性能を支える強靭なダイキャストフレームも重要な要素。加えて、すべてのスピーカーユニットの振動板をアルミニウムに統一したことは、全帯域に渡る音色の統一を狙ったものであり、3ウェイ4スピーカーという複数ドライバーの構成ながら、リニアフェイズ理論と併せて広帯域に渡るバランスのよさを目指しているといってよい。
蛇足ながら個人的に感心したのは、バイワイヤリング対応スピーカーターミナルをシングルワイヤリングで使用するためにジョイントするショートワイヤーの仕様だ。この部分は、往々にして薄い金属製プレートを用いるメーカーが多いのだが、テクニクスはここにも神経を配り、無酸素銅(OFC)ケーブルに金メッキYラグ端子付きケーブルを奢るというこだわりの姿勢なのである。
こうしてSB-G90M2の全体像を俯瞰すると、先代機の特徴を引継ぎながら、テクニクスのスピーカー技術の伝統的な要素を現代最先端のテクノロジーによって昇華させ、動くべきところはしっかりと正確に動作させる一方で、止めるべきところはきっちりと止めて静粛さを追求するという、スピーカーの理想的な姿を目指したものといえまいか。
果たしてそれがどう音質に表現されているのかは、後編でじっくりレビューするとしよう。
提供:パナソニック
スピーカーシステム
テクニクス
SB-G90M2
¥596,000(ペア)税込
主なスペック
●型式:3ウェイ3スピーカー・バスレフ型
●使用ユニット:25mmドーム型トゥイーター+160mmコーン型ミッドレンジ/同軸、160mmコーン型ウーファー×2
●クロスオーバー周波数:500Hz、3.4kHz
●出力音圧レベル:86dB/2.83V/m
●インピーダンス:4Ω
●寸法/質量:W292 × H1,114 × D366mm/約36kg