映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第67回をお送りします。今回取り上げるのは、世界を魅了した“ある少年”の半生を描く『世界で一番美しい少年』。その心の内に秘められた思いとは? とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

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世界で一番美しい少年
12月17日(金)より、全国順次公開

 ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』という傑作ドラマ(1971年)をご覧になったことがあるだろうか。コレラが発生したことが伏せられ死に見入られた街ベニスを舞台に、美少年にこころ奪われた作曲家アッシャンバッハ(ダーク・ボガート)の夢想と現実を描いた耽美的なドラマ。

 その名作でアッシェンバッハが憧れる美少年をある種の凄味さえたたえて演じていたのが、スウェーデン出身の15歳の新人ビョルン・アンドレセンだった。

 ぼくは15歳のときに観た。ビョルンの魅力など分かるはずもなく、当時は知る気もあまりなく、髪を染めた黒い染料が流れ出し額を汚した作曲家が、波の光に照らされこと切れるラストシーンをよく覚えている。

 実の父の顔を知らず、それを苦にした母親は自殺。祖母に引き取られ、何も分からぬままオーディションに合格して映画に出演。当時その美貌でわが国でも人気を博したアンドレセンの数奇な人生を振り返ったドキュメンタリ―が本作である。

 2019年のアリ・アスター監督のフォークロア・ホラー『ミッドサマー』で、身投げをする老人として傍役出演をしていたアンドレセン。やせこけた体躯に長髪。容姿はすっかり変わっており、『ベニスに死す』から半世紀近くが経った時間を実感させた。

 映画は『ベニスに死す』のオーディションや、人気が爆発してからの世界各地へのプロモーションなどを描き出す。彼でひと儲けを考えた祖母。

 半世紀ぶりに日本を再訪し、当時の思い出を語り、またレコード・プロデューサーの酒井政利氏や漫画家の池田理代子氏(アンドレセンをモデルに『ベルサイユのばら』を描いた)へのインタビューも登場する。

 長男を病で失い、鬱になり、酒に逃げ込んだ日々。そして現在。本作への協力の打診を受けるが、子ども時代からのさまざまな搾取の苦しみから、こころのなかを素直に打ち明けることはできない。私はいまもここに座っている。私は結局、何者なのか。

 美少年アンドレセンのなかにある空洞。けれども彼はそこから這い上がろうとしている。人生の終わりにやっと。

 予想以上におもしろいドキュメンタリ―だった。アンドレセンが語らぬこと、語れないことに秘密が隠されているようにも思える。

映画『世界で一番美しい少年』

12月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開

出演:ビョルン・アンドレセン
監督:クリスティーナ・リンドストロム & クリスティアン・ペトリ
原題:THE MOST BEAUTIFUL BOY IN THE WORLD
配給:ギャガ
2021年/スウェーデン/シネスコ/98分
(C) Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021

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