東映東京撮影所の取材リポート第2弾をお届けする。第1回の木次谷所長へのインタビューでは、東映東京撮影所は仕事内容によっていくつかの組織に分かれていることをうかがった。そこで今回は、東映株式会社デジタルセンターにお邪魔し、ポストプロダクション事業と新技術を研究しているツークン研究所についてお話しを聞いている。取材に対応いただいたのは、デジタルセンターセンター長兼ツークン研究所長の葛西 歩さんと、ポスプロ事業部長の志田直之さんのおふたりだ。(編集部)
編集部注:東映東京撮影所では、一般見学は受け付けていません

 今回は、東映東京撮影所でポスプロ作業を担当している東映デジタルセンターについて、その主な業務内容をお聞きしたいと思います。

志田 デジタルセンター ポスプロ事業部長の志田です。まずデジタルセンターの成り立ちからご説明します。

 もともと東京撮影所に仕上げセンターというものがあり、フィルム時代から映画のオフライン編集や、現場録音、の整音まで担当していました。現像は調布にあるラボ・テックで行っていましたが、音に関しては東京撮影所の中でも対応していたのです。

 フィルムからデジタル制作に切り替わっていく中で、その作業を担当していたスタッフは、デジタルセンターに異動することになりました。その際に、調布にあったラボ・テックから画のデジタルチームも合流して、映画のDCPを作るまでを一貫して手がけられるようになりました。

 映画のプリプロから撮影、クランクアップ、ポスプロを経て、完成まですべてできるというのが東京撮影所の特長ですが、そのポスプロ以降、最終工程を担っているのがわれわれデジタルセンターになります。

東映東京撮影所のマップ。今回お話をうかがったポストプロダクション施設は正面玄関近くの東映デジタルセンターの建物内にある

 ポストプロダクション部隊として、独立した組織なんですね。

志田 大きな意味では東映という同じ会社ですが、部署として独立しているといったところでしょうか。

葛西 デジタルセンター長の葛西です。東映は事業部制を採用していますが、東京撮影所という事業所と、デジタルセンターという事業所のふたつが大泉地区にあるとお考えいただければいいと思います。

 その中で、東京撮影所の仕上げセンターが分離独立して、デジタルセンターのポスプロ事業部になったわけです。それが2010年4月のことで、この建物が竣工したのは6月でした。

志田 開業するに当たって、本来は劇場作品用のダビングステージも計画していたのですが、実現出来ませんでした。もともと敷地内の別の場所にダビングステージがありましたし、音については、当時からProToolsを使ったミックスが始まっていたので、デジタル化で制作環境が大きく変わるという感覚がまだなかったのです。当時はフィルムをかけながら音の作業をしていたのですが……。

 2010年で、まだフィルムだったんですね。

葛西 それが普通で、デジタルセンターって何をするんだとよく言われていました。日本映画でDCP上映が進んだのは2011年以降でしたから。

志田 東映はデジタル上映に積極的で、最初に劇場にデジタルプロジェクターを入れたのが2000年末でした。日本映画をDCPで上映することはほとんどありませんでしたが、洋画ではDCPが使われ始めていたのです。

 デジタルをキーワードにして、映像に関与していこうということになり、デジタルセンターでは音に関してこだわっていこうという方針が出て、今に至っています。

 デジタル化をきっかけに、音に注力していったのですね。

志田 映像についてはラボ・テックのチームがいましたので、僕らとしてはどこに注力するかを考えた結果です。開業時にダビングステージを作れなかったのは、逆にラッキーだったかもしれません。この建物を作った2010年当時は、5.1chかせいぜい7.1chしかありませんでしたから。

 2013年に劇場用の新しいダビングステージを作るとなったタイミングで発表されたばかりのドルビーアトモス(以下アトモス)を聴いて導入を決めました。当時は、アトモスを入れたはいいけど、仕事になるかどうかはわからなかったんですが。

東映デジタルセンター内のMA1スタジオも見せていただいた。こちらはドルビーアトモスホームの7.1.4の再生環境に対応したシステムが設置されている。室内環境の調整は担当スタッフがじっくり追い込んでいったそうだ

葛西 アトモスには賛否両論ありました。特に日本映画では、そこまで必要かという反応が多かったですね。

志田 当時はアトモス以外にも3D上映の規格が提案されていましたし、音では映像ほどのインパクトがなかったのも、導入を難しくする一因でした。

 映画やドラマ作品を作る側としては、あらゆる技術を検討する、あるいは知っておくべきだと思うのですが、実際に苦労も多いんですね。

志田 個人的には、設備としてガラパゴス化しないために、また劇場用のダビングステージは少ないので、そこを起点にして特色を出していきたいという意味でも、アトモスの導入を見送るという考えはありませんでした。

 すばらしい! ポスプロたるもの、常に先を見ていなくてはいけません。作業する作品のうち、アトモスの比率はどれくらいでしょうか?

志田 難しい質問ですね。大泉ではふたつのダビングステージを合わせて年間70作品程度を手掛けてしていますが、アトモス作品は多くて10作品くらいでしょうか。過去に5.1chで仕上げた作品を、ここでドルビーアトモスにアップミックスするケースもあります。

 5.1chからの変換も作業としてはたいへんですよね。

志田 ステム(素材)があれば比較的やりやすいのですが、そうでないことも多く、なかなか難しいですね。今回、りん・たろう監督の『銀河鉄道999』をドルビーシネマ用にアトモス化しましたが、たいへんでした。

 『銀河鉄道999』とは懐かしいですね。当時の音源があったんですか?

志田 『銀河鉄道999』は過去に5.1ch版が作られたことがありましたので、そういった素材も活用しています。当時音響を担当していたタバックのスタッフにも参加してもらっています。ドルビーアトモスで上映できる作品をなんとか増やしたいと思っていますので、こういった取り組みもを続けています。

 また、設備として、劇場作品だけでなくテレビドラマや家庭用パッケージソフトにも使えるスタジオダが必要ということで、このMA1スタジオができました。

東映デジタルセンターDUB1で誕生した、様々なドルビーアトモス作品

 今回はスケジュールの関係で取材が叶わなかったが、東映デジタルセンター内のDUB1では、2015年以降、30作を超えるドルビーアトモス劇場作品のミックスが行われている。

 その最新作が2022年1月14日から公開されているドルビーシネマ版『銀河鉄道999』で、こちらは過去に制作された5.1ch版の音素材をもとにしてドルビーアトモス用にリミックスしたそうだ。

 編集部では、イマジカ試写室で開催された本作のドルビーシネマ試写会にお邪魔し、その絵と音を体験してきた。映像は35mmフィルムからの4K化のようで、クリーンで厚みのある色味が再現されていた。

 フィルムのグレイン感を抑えたS/Nのいい映像は、最近のアニメ作品といっても通用するだろう。絵を派手に動かしているわけではないが、構図とカメラの動きで奥行や移動感を再現する演出の上手さも、ドルビーシネマで際立ってきたように感じる。

 音も同様に高S/Nで、セリフの押し出しがあって聞きやすい。さらに音楽や効果音の配置も明瞭になって、吹雪のシーンでの包囲感や、クライマックスの戦闘シーンの移動感も自然に再現されている。何よりLFEの効果が抜群で、トップスピーカーからも豪快な低音が響いてくる。

 これをホームシアターで再生したらどうなるのか、そんな風に思わせてくれる必見作を、ぜひ劇場でご覧いただきたい。(取材・文:泉 哲也)

 デジタルセンターでドルビーアトモスホーム(以下アトモスホーム)のミックスができるのは、この部屋だけなんですね。

志田 アトモスホームに対応しているのはMA1だけです。劇場用のアトモス対応ダビングステージとしてDub1を作っていましたが、アトモスホームには手が付けられずにいました。でもアトモスホームが普及してきたので、昨年やっとこの部屋を作ることができたのです。

 ちなみにMA1の場合、アトモスホームとしてのスピーカー配置はどうなっているのでしょう?

志田 スピーカーは7.1.4です。ここは家庭で聴くためのシステムなので、それ以上にしたとしてもメリットが少ないと考えました。

 最近の上映作品は、ミックスは凝っているんだけど、やりすぎの観もありますよね。音質という意味ではホームシアターの方がいいことも多い。

志田 映画館で見て、ここまで音にも配慮しているんだと言うことを観客に分かってもらえる、そんな作品が増えてくれるといいですよね。いい音が聴きたくて映画館に来る、音がお客さんに劇場に足を運んでもらう要因になるというのが理想だと思っています。

 確かにそうです。この部屋も壁の反射などについて使いこなしを苦心していることがよくわかります。現場のスタッフがここまで一生懸命になっているのはいいことですよね。

志田 その点をわかっていただけると嬉しいですね。

 話は変わりますが、葛西さんはツークン研究所の所長でもあるそうですね。そのツークン研究所では、どんなことを研究しているのですか?

葛西 デジタルヒューマン、デジタルセットといった最先端技術を使って、どんな映像制作ができるかを研究する部署ですが、実際に映像作品を作っているのも特徴でしょう。そのひとつがモーションキャプチャーで、2012〜2013年頃からモーションキャプタースタジオを作って撮影を始めていました。

 その頃、他にモーションキャプチャー用のスタジオはあったんでしょうか?

葛西 ぽつぽつでき始めた頃で、弊社はかなり本格的に取り組んでいた方だと思います。当時3D映画の『アバター』(2009年公開)が流行っていて、メイキングの中でジェームズ・キャメロン監督がバーチャルカメラとパフォーマスキャプチャーを紹介していたのです。それらの背景になっているのが、モーションキャプチャーだということで、導入してみたのです。

東映東京撮影所内にある印象的な坂道も、多くのドラマや特撮作品に登場している。ファンはこれからよく注意して作品を楽しんでみてはいかがだろう

美術倉庫には、撮影所で作られた作品タイトルを書いた表札がずらりと並んでいる。毎年増加し続けているので、そろそろスペースが足りなくなっているようです

 そんなに早い時期から、モーションキャプチャーを映画に活かそうとお考えだったとは、凄いですね。

葛西 しかし実際にやってみたら、そう簡単にはいかないなかったですね。映画作品では『はやぶさ/HAYABUSA』(2011年公開)で、宇宙区間に「はやぶさ」が浮かんでいて、それをCGで追いかけるカットなどのごく一部で使われたくらいでした。

 どちらかというと、ゲーム会社向けの仕事が多かったですね。弊社のモーションキャプチャーカメラは当時最高品質でしたので、それを使いたいという依頼をいただきました。

 そんなことまでやっていたんですね。まったく知らなかった東映さんの一面です。

葛西 ダンスのモーションキャプチャーも多く撮影しています。東映アニメの『プリキュア』で、エンディングのダンス用にモーションキャプチャーが使われています。こういったダンスシーンでは、アニメであっても動きのリアルさが要求されます。モーションキャプチャーで撮影した人間の動きをCGキャラに移植すると、キレのある映像が実現できます。

 それは何年頃の作品ですか?

葛西 東映アニメで最初に使ったのは2010年前後だったかもしれません。今でもそういった撮影は続いています。

 それはポスプロ事業部としてのお仕事なんですか?

葛西 この業務はツークン研究所で担当しています。実写映画作品ではありませんが、せっかく機材もありますし、色々トライしないとスタッフのスキルも上がっていきませんから、ビジネスで運用しながら技術を蓄積しているところです。

 でもそんな研鑽を10年以上続けているのは、凄いですよ。

葛西 専門的なモーションキャプチャースタジオで、技術に詳しいスタッフもいるという意味では、日本でも数少ない存在です。最近では、メジャーなゲーム会社さんは自分たちでモーションキャプチャースタジオをお持ちですが、そこでは処理しきれないものや、もっと大きなスタジオが必要な場合などは、弊社にご相談をいただいています。

取材に協力いただいた方々。左は東映株式会社 執行役員 デジタルセンター センター長 兼 ツークン研究所長 葛西 歩さんで、右は同 執行役員 デジタルセンター ポスプロ事業部長 管理部長 志田直之さん

 もっと大きなスタジオといいますと?

葛西 サッカーゲームなどは6番ステージ(広さ253坪)に人工芝を敷き詰め、その周りをモーションキャプチャーカメラで囲って撮影したこともあります。

 というのも、体育館のような木の床だとサッカーの動きでカメラが揺れてしまい、正確なキャプチャーができないのです。スタジオの硬い床なら大人数で動いても揺れませんので、サッカーだけでなく、バスケットや野球などのモーションキャプチャーにもお使いいただいています。

 まさに今の時代ならではの需要ですね。ツークン研究所では、モーションキャプチャー以外にどんな研究をしているのでしょう?

葛西 フェイシャルキャプチャーも研究しています。もともとは7〜8年前に女優さんを若く見せられないかというテーマでスタートしたのですが、当時の技術では難しかったのです。

 そこで、顔をテーマに何かやってみようということで、ハードウェアから開発していきました。最近はCGキャラクターもリアル志向になり、顔の詳細なキャプチャーが求められています。そこで、実在の人物の顔をゲームに移植するという仕事が生まれました。

 もうひとつ、バーチャルプロダクション技術として、グリーンバックの前で役者さんが演じた素材について、背景映像をリアルタイムに合成して、その場で出来上がりをチェックするという技術も開発しています。これなら演者さんもどんなシーンかわかりやすいし、演出側もどういった動きをして欲しいか指示しやすくなります。

 当初は「Privision」というシステムを使っていたのですが、途中から自前で開発しました。最近話題のLEDウォールとは違いますが、効率よく撮影ができるシステムとして活用されています。

 東映さん得意の特撮番組でも、重宝されそうな技術ですね。

葛西 今放送中の『機界戦隊ゼンカイジャー』でもこのシステムは使われています。特撮はもともとリアルな世界ではないので、その場で撮影した内容が確認できるのはメリットがありますね。最近は『戦隊』シリーズの撮影現場にツークン研究所のスタッフも一緒に入って作業をしているのです。

 新しいビジネスを開拓しつつ、効率アップもしてきた。素晴らしいお仕事です。ぜひ日本発の特撮技術を作り出して下さい。期待しています。

※次回に続く