東宝から、ドルビーアトモス音声を収録したミュージカルブルーレイの第二弾が登場、12月10日(金)に発売される。気になる演目は、2021年に帝国劇場で公演された『モーツァルト!』で、ダブルキャストそれぞれのバージョンが発売される。

『モーツァルト!』2021年キャスト山崎育三郎バージョン ¥13,200(税込、TOHO-BMY-2112、写真左)<キャスト>山崎育三郎、木下晴香、和音美桜、香寿たつき、山口祐一郎、市村正親 他

『モーツァルト!』2021年キャスト古川雄大バージョン ¥13,200(税込、TOHO-BMF-2112、写真右)<キャスト>古川雄大、木下晴香、和音美桜、涼風真世、山口祐一郎、市村正親 他

 同社のブルーレイでは、『エリザベート』(2016年版)と『モーツァルト!』(2014年版)の2タイトルで(こちらもダブルキャストのためディスクは4種類)ドルビーアトモスを収録していた。今回はそれに続いてのラインナップだが、実は2021年版のドルビーアトモス音声は、前回とは大きな違いがある。

 というのも、2021年版『モーツァルト!』は、収録の際からドルビーアトモスを想定した作業が行われているのだ。2014年版『モーツァルト!』と2016年版『エリザベート』は、2ch音源を元にドルビーアトモスにアップミックスしていたので、今回はそれら以上にドルビーアトモスの効果を活かした仕上がりが期待できるということだ。

取材でうかがったピーズスタジオ。写真右はドルビーアトモスでどの位置にオブジェクトオーディオを配置しているかをモニターに表示したもの。音が視聴者を取り囲むようになっているのがわかるだろう

 そこで、ポニーキャニオンエンタープライズのピーズスタジオにお邪魔し、ミックスを担当したレコーディングエンジニアの古賀健一さんと、WOWOWエンタテインメント株式会社 技術事業本部 中継技術部の河野哲朗さんに収録時の様子や作業時の苦労話を聞かせてもらった。

 ミュージカル作品の場合、2ch用でも100本近いマイクを使って録音を行っているそうだ。今回はドルビーアトモスということもあり、天井側(高さ情報)を加えて120本近いマイクを使っている。そして、その膨大な信号をトリートメント(ノイズを除去)し、河野さんがバランスをとって、2ch音声を仕上げている。

 一方ドルビーアトモアスについては、河野さんがヴォーカル、コーラスなどパート別に仕上げた素材を使って、古賀さんがミックスを担当している。その際には、前もって帝国劇場の響きを測定し、それを活かしたミックスを行っているというから恐れ入る。ミュージカルでは劇場の響きは重要な要素であり、ドルビーアトモスを使うことで “上演された場の響き” がきちんと再現されるのはファンにも嬉しいだろう。

 古賀さんはそんな響きを大事にしつつ、空間をいかに埋めていくかに配慮したそうだ。また、「河野さんが作ってくれた素材がとてもよくできていたので、ドルビーアトモスのミックスはやりやすかったですね。欲を言えば高さ方向のマイクがもう少しあるとよかったかな(笑)」と作業の印象を話してくれた。

 取材時に、ピーズスタジオのシステムでドルビーアトモスの音を聴かせてもらったが、山崎育三郎さん演じるヴォルフガングのヴォーカルが綺麗にセンターに定位し、そこに奥行をもったコーラスが重なって、ステージの奥行が見事に伝わってきた。それぞれの声が混濁することなく、しっかり描き分けられている。

2021年版のブルーレイが家庭用システムでどのように再現されるか、ピーズスタジオの常設機器でも聴かせてもらっている。写真右側は今回お話をうかがった方々。左端がWOWOWエンタテインメント株式会社 技術事業本部 中継技術部の河野哲朗さんで、中央がレコーディングエンジニアの古賀健一さん。右端は(株)ポニーキャニオンエンタープライズ ピーズスタジオ ポストプログループ アシスタントマネージャーMA 村上智広さん

 同じくピーズスタジオにある、タンノイEYRISシリーズをメインにした7.1.4環境や、ドルビーアトモス対応サウンドバーのSONOS ARCといったシステムでも再生してもらったが、高さ情報を伴った豊かな音場が展開され、とても自然な臨場感を楽しむことができた。

 前回のリポートでも紹介した通り、最近はドルビーアトモスの再生ができるテレビやサウンドバーが各社から登場している。全国のミュージカルファンは、ぜひ今回のディスクで、 “帝国劇場の空気” を体験していただきたい。(取材・文:泉 哲也)

高精細な映像と包み込むドルビーアトモスサウンドが、ステージの雰囲気を目の前に再現する

 ピーズスタジオのインタビュー後、2021年版『モーツァルト!』と、先に発売された『エリザベート』(2016年版)、『モーツァルト!』(2014年版)の視聴用ブルーレイを借用できたので、自宅のホームシアターで鑑賞してみた。

 まず、『エリザベート』2014年版井上芳雄バージョンを再生すると、冒頭部分の雷鳴もきちんと高い位置から再現され、ドルビーアトモスの恩恵をしっかり感じ取れる。わが家のスクリーンは110インチだが、そのサイズに寄り添った広い音場が広がる印象だ。

 ヴォーカルやコーラスがオンマイク気味なのはピーズスタジオのシステムで聴いた印象と同じだが、わが家では横方向からリア側へのつながりがやや曖昧になる印象もあり、ここはセッティングをもう少し追い込まなくてはと反省した。

 続いて山崎育三郎バージョンの『モーツァルト!』で、2014年版と2021年版の同じチャプターを再生してみる。Act1「第1場 ウィーン/メスマー邸」では、市村正親さんの声がセンターに定位しつつ、厚みを持って押し出してくる。2014年版、2021年版とも、その存在感は圧倒的だ。

 ただ、このシーンでのヴォーカルのセンター定位や、コーラスの声の重なりとクリアーさは2021年版の方が一歩上。こういったところに収録からドルビーアトモスを意識した恩恵が出ているのだろう。Act2「第15場 魔笛」以降のクライマックスでも、2021年版は声に実体感があって、聴きやすい。

 そして一番の違いが、2021年版では帝国劇場の暗騒音が感じ取れること。2021年版は何気ない場の空気まで再現されるので、目の前で舞台を見ているかのようだ。サラウンドというと派手な移動感が話題になりがちだが、ミュージカル作品では、このように聞き手を包み込んでくれるような使い方があっているのかもしれない。

 本ディスクは映像も高精細だし、そこにドルビーアトモスの効果が加わることで、自然な没入感を体験できるのは間違いない。ドルビーアトモスというイマーシブサラウンドの楽しみ方として、ミュージカルはおおいにアリだと感じた次第だ。