亡くした妻を忘れられない精神科医の前に現れたのは、彼の愛を独り占めしたいという強烈な願望を抱く美女だった。鬼才・万田邦敏が、共同脚本・万田珠実と3度目のタッグを組んでおくる愛憎サスペンス作『愛のまなざしを』が、いよいよ日本で公開される。ここでは、仲村トオル演じる貴志の亡き妻・薫を演じた中村ゆりにインタビュー。男女の愛憎模様を俯瞰しながら演じた薫の役作りについて聞いた。

――まずは、本作に出演しての感想をお願いします。
 台本をいただいて最初に読んだ時に、うわぁすごい独特な話だなって思いましたね。万田監督の世界観が好きで、ずっとご一緒したいと思っていたので、やっぱりこの世界観だよねという気持ちと同時に、うれしさがこみ上げてきました。

 作品自体は不思議なお話ではありますけど、今の世の中の人が抱えているような孤独とか闇を、むき出しにして抉ったような感じになっていて、怖いなと思う反面、そっと寄り添ってくれるような優しさも感じて、(作品に)参加できてよかったと思いました。

――セリフを一言でも聞き逃すと、流れが分からなくなるような緊張感がありました。
 私もそう思いました。すごく緊張感のある102分で、観るのにも集中力が求められました(笑)。

――でも楽しめた?
 そうですね。これこそが“映画体験”なのかなと思いました。

――今回演じられた薫について教えてください。
 幽霊のようにも見えますけど、私は仲村トオルさん演じる精神科医・貴志の幻覚であると思っていたので、幽霊然とする必要はないなと感じていました。というのも、貴志の中で、あそこまで強烈に忘れられない記憶(存在)であれば、ある種、妄想でもいいのではないか、と。だから、おどろおどろしくする必要はまったくないと思い、そうしました。

 ただ、難しかったのは、息子の存在でした。自分よりも大切なもの(人)を残して旅立ってしまうというのは、薫自身、それぐらい追い詰められていたのだろうけど、そうした気持ちに寄り添うのは、なかなかに難しかったです。やはり人の心の奥底には、他人には計り知れないものがあるんだと、改めて気づかされました。

――すると、貴志の想像たる薫像の役作りは余計に難しかったのでは?
 そうなんですけど、薫はポイントポイントでしか出てこないし、しかも、貴志をはじめ、“他人の思い描く姿”でしかないわけですから、心を病む前、貴志と愛し合っていた幸せな頃の雰囲気にしようと思っていました。貴志自身も段々と病んでいって、薫に救いを求めているわけですから、それでいいのではないか、という感じです。

――はじめは旦那でもある貴志を見守る存在に見えましたけど、中盤で悪女っぽく見えるシーンもありました。
 それも、貴志の想像ですからね(笑)。映画を観て感じたのは、残された人は自分を責め続けるし、周囲に優しい言葉をかけてもらったとしても、当人がずっとそれ(罪悪感)に付きまとわれていて、立ち直ることができない。そんな中で、自分で自分をさらに追い詰めてしまう……。とはいえ、薫が発した言葉も、貴志の幻想・妄想であるわけですから、薫の本心ではないんです。話していて、難しくなってきましたね(笑)。

――中でも杉野希妃さん演じる綾子の変わりようは……。
 あはははは、この映画に出てくる女性はみんな怖いですよ。ただ、杉野さんが演じた綾子は、ある意味うらやましいですね。あそこまで猛烈に人を愛することができるのって、すごいことじゃないですか。何がなんでも手に入れたい。それができるのがすごいなと思う反面、人の怖さも実感しました。

――今回、仲村トオルさんと共演してみていかがでしたか?
 本当に真面目で誠実で、役にぴったりな方だと思いました。現場でも包み込んでくれるような雰囲気の方でしたので、私も気後れせずにお話することができました。作品への取り組み方もとても誠実でしたので、監督からも信頼されているんだなと感じました。

――中村さんを取材させていただくのは、『パッチギ!LOVE&PEACE』以来13年ぶりです。お芝居への取り組み方に変化はありますか?
 全然変わりませんよ、ずっと必死です! 当時は(将来は)もっと身軽になると思っていましたけど、演じることって簡単にはならないし、知れば知るほど怖くなりました。しかも、年齢を重ねるほど深みのある役も多くなるし、(役が)抱えているものも大きくなるしで、毎作、緊張しています。

――緊張(プレッシャー)があるから続けられる?
 セリフを覚えなくていいコロナの自粛期間って、なんて素晴らしいんだろうって思いましたけど(笑)、緊張とかプレッシャーとかを抱えていても、出来上がった作品を観た時の喜びというか感動は、何年経っても強く感じますし、才能のある人たちと一緒に作品を作り上げるのは、毎回すごく刺激になります。それがあるからこそ、自分が苦しむ時間も多いけど、頑張れるし、この仕事を続けられているんだろうなって思います。

――本作の現場は(も)苦しかった?
 うーん、どうなんでしょう。監督の撮りたい世界観は明確にあって、それに寄り添えばよかったので、苦しさは特にありませんでした。ただ面白いなと感じたのは、シーンの中で動きが多かったことです。普通ならそんなに動かなくてもと思うところでも、監督がこう動いてください、とりあえずやってみて下さいというので、(監督の思う)世界観に役者が全員引っ張られたというか、監督の世界観に連れていってもらった、という感覚でした。

――最後に読者へ、メッセージをお願いします。
 この映画は、観る方にもものすごい集中と緊張を強いるものになっていますので、娯楽映画とはまた違う、独特の雰囲気を味わっていただけると思います。劇中で描かれる、孤独や闇についても、自分とは違うように思えても、共感できる部分はどこかにあるはずですので、ちょっと疲れている方に寄り添ってくれる内容だと思います。ぜひ、劇場に足を運んでほしいなって思います。

映画『愛のまなざしを』

2021年11月12日(金)より全国公開

<キャスト>
仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐

<スタッフ>
監督:万田邦敏
脚本:万田珠実、万田邦敏
配給:イオンエンターテイメント、朝日新聞社、和エンタテインメント
2020年/日本/日本語/102分/英題:Love Mooning/HD/カラー/Vista/5.1ch
(C)Love Mooning Film Partners

<あらすじ>
貴志(仲村トオル)は、患者の話に耳を傾けてくれると評判の精神科医だが、6年前に亡くした妻・薫(中村ゆり)のことを想ってはむせび泣き、薬で精神を安定させる日々を過ごしていた。患者としてやってきた女・綾子(杉野希妃)は、治療関係を超えて貴志と気持ちが通じ合い、やがて貴志に寄り添うようになる。しかし綾子は、貴志の亡き薫への断ち切れない思いや薫との子供・祐樹(藤原大祐)の存在を知るや猛烈な嫉妬心にさいなまれ、独占欲がふくらむ。そして、前妻の弟・茂(斎藤工)に近づき……。

<中村ゆり プロフィール>
大阪府出身。2003年から女優として活動を始め、『パッチギ!LOVE&PEACE』(07/井筒和幸監督)で全国映連賞女優賞、おおさかシネマフィスティバル新人賞を受賞。近年の映画出演作に是枝裕和監督作『そして父になる』(13)『海よりもまだ深く』(16)、『ディアーディアー』(15/菊池健雄監督)、『破門ふたりのヤクビョーガミ』(17/小林聖太郎監督)、『8年越しの花嫁奇跡の実話』(17/瀬々敬久監督)、『居眠り磐音』(19/本木克英監督)、『Fukushima50』(20/若松節朗監督)、『Arc アーク』(21/石川慶監督)、『DIVOC-12 海にそらごと』(21/斎藤栄美監督)など。

スタイリスト:道券芳恵