イギリス、ウェストミンスターラボのプリアンプ「Quest」、モノーラルパワーアンプ「Rei」を試用し、その音楽的表現、演奏家の情念までも濃密に伝える感情表現にたいへん感動したので早速、報告しよう。その前に、プロフィールを簡単に述べよう。

 ウェストミンスターラボは2007年にロンドンで設立された、歴史の浅いオーディオメーカーだが、すでに世界的に高い評価を獲得している。まずはオーディオ用USBケーブルでシーンにデビュー。2016年、AB級のステレオ・パワーアンプ「UNUM(ウナム)」をミュンヘンのハイエンドショーで発表し俄然、注目を集めた。その後、Reiが2019年に、Questは2020年に発表された。

 プリアンプのQuestは、全プロセスがデュアルモノ構成のバランス・プリアンプ。入力、出力端子もXLRのみだ(オプションでアンパランス端子も装備可能)。ボリュウムノブも入力切替えノブも、なにもないフラットなフロントデザイン。操作はすべてリモコンで行う。パワーアンプ「Rei」は「零」からネーミングしたクラスA動作。スイッチング歪みが皆無という意味だ。横幅232mmのハーフサイズで、2基並べると、ほぼQuestと同じ幅になる。

 では試聴を始めよう。StereoSound ONLINE試聴室にて、アキュフェーズ「C-3900」+「A-250」のリファレンスシステムと、順次比較する。まず試聴室のリファレンスシステムで聴き、次にプリアンプをQuestに替え、Quest+A-250の組み合わせで聴く。最後にQuest+Reiのウェストミンスターラボ純正システムを聴く。スピーカーはB&Wの「800D3」。

今回の主な試聴機器。写真左上がプリアンプのQuestで、右手前がパワーアンプのRei。ハイレゾファイルの再生には左側下段のネットワークプレーヤー、ルーミンX1を使っている

WestminsterLab
プリアンプ Quest
¥3,300,000(税込、WestminsterLab1.5m電源ケーブル付属)
●接続端子:バランス入力3系統(XLR)、バランス出力2系統(XLR)、オプション2系統拡張可能
●入力インピーダンス:51kΩ
●ボリュームコントロール範囲:0〜-63dB /ミュート
●寸法/質量:W470×H110×D392mm/13.2kg
※オプション:拡張カーボンファイバーオプション¥330,000(税込)、RCA入力カード¥220,000(税込)

モノーラルパワーアンプ Rei
¥4,400,000(ペア、税込、WestminsterLab1.5m電源ケーブル付属)
●出力:100W(8Ω)、200W(4Ω)、400W(2Ω)
●周波数特性:5Hz〜40kHz(±0.1dB)、2Hz〜52kHz(-1dB)
●接続端子:バランス入力1系統(XLR)、バランス出力1系統(XLR)
●入力インピーダンス:200kΩ
●出力インピーダンス:0.018Ω
●出力電圧:12Vrms
●寸法/質量:W232×H112×D320mm/16kg

DianaKrall『This Dream Of You』より
「AlmostLike Being In Love」(flac 44.1kHz/24ビット)

 私の最近のヴォーカル・リファレンス音源だ。フレーズに込める感情の濃さ、深さでは、あまたの歌手を圧倒するダイアナ・クラール。アンプはそんな情感をどうリアルに聴かせるか。一語一語の抑揚と、けだるいニュアンスをどう表現するか。ヴォーカル音像のボディ感、立体感をどう描くか。ヴォーカル、ベース、ドラムス、ピアノのステージ感はどうか。

 リファレンスで本音源の基本的な特徴を掴み、次にプリをQuestにしたところ、前奏で個々の楽器が明確に聴けたと共に、その合奏音がとても心地好い。セクシーなアンソニー・ウィルソンのギター、繊細なタッチのダイアナ・クラールのピアノ、そして堂々としたジョン・クレイトンのベース……の3重ユニゾンの豊麗さに、まず心を奪われた。

 ダイアナ・クラールのヴォーカルは、リファレンスでは明瞭にしてスクウェアだったが、Questではセクシー度が大胆に濃くなり、少し気だるく、ややコケティッシュになった。音的にも粒立ちがとても細やかで、ニュアンスが微細な部分まで、聴けた。

 曲は快適に進行し、途中に入るピアノやギターのリフにときめく。間奏のダイアナ・クラールのピアノは一音一音の鍵盤感がたいへん明確で、輪郭もすっきりと立つ。きりっと屹立し、オクターブの倍音感の煌めきも愉しい。

 プリアンプをQuestに替えただけで、音的、音楽的な変化があった。パワーアンプReiとの組み合わせに期待が掛かる。それは……驚きであった。まず音場の描き方がまったく違った。ジャズヴォーカルのスタジオ録音は、基本的にブースに分離して録るので、コンサートのライブ録音のような自然な響きは収録されない。ところが、Quest+Reiで再生すると、豊かなアンビエントが音場に拡がるではないか。綺麗で透明な音場の空気感のなかで、ダイアナ・クラールが闊達に歌っている。

Questの背面端子。アナログXLRバランス入力3系統と出力2系統という割り切った仕様だ。写真左側の拡張スロットにRCA入力等を追加可能

 直接音主体の音像であっても、ヴォーカルや楽器が音を発した際には、必ず響き成分がいくらか収録されるわけで、それにマスタリング時のリバーブ付加も加え、実は美しい空間性が演出されていたのかと、ウェストミンスターラボの純正組み合わせで聴いて、初めて分かった。クラシックのステージ収録ものの場合は、アンビエント無しには作品は存在しないが、本ジャズヴォーカルでの“空気感”とは、互いのコミュニケーションの別表現だ。アイコンタクトによるアンサンブルの有機性が、本空気感から濃密に読みとれるのである。

 響きの再現性がこれほど向上したのだから、楽器音も格段に上質なはずと期待したら、それ以上に、そうだった。ギターの艶、ピアノのキレ、ベースの弾み……と、ヴォーカルを支える楽器群が、音楽的に奏される。ヴォーカルの魅力も格段に上がった。グロッシーで細やかな粒立ちと共に、少し掠れたハスキーなダイアナ・クラールの声質がより明瞭に聴けた。リファレンスと比較すると、気だるさ、少しからかっているようなコケティッシュ……という、このアーチストの表現の特徴の捉えが上手い。

 ピアノソロの高域の輝き、たっぷり放出される倍音のブリリアントさ、そこに乗る指先のスゥイング感……とダイアナ・クラールのおしゃれなピアノ芸も堪能できた。アーティスト達の思い、音場の臨場感、そして音色の美しさを、Quest+Reiで堪能した。

『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調』 クリスチャン・ツィメルマン、サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団(flac 96kHz/24ビット)

 ツィメルマンの2度目の『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲』録音。初回は80年代の巨匠レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの共演だった。約30年ぶりの再録音の相手はサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団だ。早速聴こう。

 リファレンスアンプではダイレクト感があり、音描写が明瞭。オーケストラのピリオド的なはっきり、くっきりのアーティキュレーションが明瞭だ。

プリアンプQuestは本体にボタン類は搭載しておらず、入力切り替えや音量調整はすべてリモコンで行う仕組。写真のシンプルなリモコンが付属している

 ではQuestに替えよう。とたんに音楽的ボキャブラリーが、圧倒的に増えた。リファレンスでは、一本気にストレートに押し出すシンプルなピリオドスタイルだが、Questにすると冒頭の弦の出方が違う。リファレンスではスピーカーから音が出てくるという聴こえ方だったが、Questでは、ふたつのスピーカーの間の空間から、つまり空中そのものから、弦の音が湧き出す。第1、第2のヴァイオリン、ビオラ、チェロという弦楽合奏が、空気の層として聴ける。

 HIP(その時代の様式)的な演奏法は、リファレンスでは確かに聴けたが、Questでは勢い感、エネルギー感だけでなく、演奏家の気迫も痛感できた。コロナで演奏会がキャンセルされ続け、やっと演奏できたという喜びも伝わってくるようだ(2020年12月、ロンドンのLSO StLuke'sで録音)。

 もうひとつの違いが、奥行方向の音場再現。Questでは音場の拡がりが深く、同時に音の空気感が緻密に構築される。奥に奏されるファゴットの音が、空気を伝わり、前方に進み、響きの稠密な空間が形成されていることが、聴き取れるのだ。

 ツィメルマンのピアノも、ひとつひとつの音がたいへん解像感が高い。リファレンスではオーディオ的な高解像度であったが、Questでは「フレージング」が見えた。ある表現単位をフレーズといい、演奏家はこのフレージングの連続で曲を構成する。Questではウィーン古典派ならではのフレージングが、音で確認できた。スクウェアな音楽構成、音楽構図が分かった。

 では、Quest+Reiの純正コンビネーションはどうか。ここまでは、パワーアンプのアキュフェーズA-250で音出ししていたわけで、ウェストミンスターラボとしての音調は、その一部に過ぎなかった。すべてがウェストミンスターラボの音であるQuest+Reiの表現は、いま述べた特徴がさらにさらに色濃くなった。

Reiの端子部。こちらも入出力端子はXLRバランスのみ。バイアンプ接続にも対応しており、Reiを4台使ったステレオ再生も可能

 まず響きが格段に深くなった。ロンドン交響楽団のリハーサル場のLSO St Luke'sは、もとは教会の建物だが、本録音はアンビエント主体ではない。直接音がくっきりとしている清涼な音だ。それでも深く、濃密なアンビエントがたっぷり聴けるのが、Quest+Reiの再現力の凄さだ。さきほどのダイアナ・クラールの場合と同様に、脇役がちゃんと活躍するのである。

 響きの滞空時間が長く、その量が多く、大事なことは、ひじょうに空気が澄んでいることだ。響きが多くとも、混濁していては感興が削がれるが、Quest+Reiは特別だ。この響きの本質は単に間接音が増えただけではなく、その空間から音楽がまさに今、生まれいずる……ドキュメンタリーが生々しく聴けることだ。ひじょうに細かい音の粒子が空間を埋め尽くし、その粒子の流れに乗って、ベートーヴェンの音楽が流れ出るのである。その消え行き方も、美しい。リニアにすべらかに音が弱くなる。

 アーティキュレーションもQuest+Reiは特別だ。リタルダンド(段々弱く)とクレッシェンド(段々強く)の表現が、リファレンスではリニアに変化するが、Quest+Reiではノンリニアだ。つまり時間的にも、音量的にも抑揚を持つのだ。

 このへんが楽譜解釈の妙で、楽譜をどう読むかで、出てくる音がまったく違う。それもほんとに微妙な差で、例えば音量についていうと、前半はリニアに増大し、後半がわずかに増大変化に強弱が付く……という、ひじょうに微細な演奏者側の表現を、Quest+Reiはきちんと音にして−−回路的に言うと、スピーカーが微細なアーティキュレーションを実際に音に変換できるように信号にその情報を入れて--表現する。

 それは言ってみると「音楽的な才能」であり、ハードな機器というより、まるで名演奏家のようだといっても過言ではない。かつて菅野沖彦先生がオーディオマニアを称して「レコード演奏家」と言ったが、これはまさに「演奏するアンプ」だ。

 ツィメルマンのピアノも音楽的だ。一音一音の表情づけが、これほど深かったのかは初めて聴けたこと。アルペジォが決して離散的にはならず、一音一音が有機的に連結し、全体として一連の滑らかな響きとなり、空間にきれいに拡散していく。清潔で、誠実で、そして古典派なのだけど、とても情感豊かな歌いが明瞭に聴けた。

 アーティキュレーションでは、ベートーヴェン特有のスフォルツァンド(sfz)の表現も、感心した。ベートーヴェンはどっきりアクセントの名人だ。それもシンコペーションで入る。「特に強く」のスフォルツァンドが、一拍三拍でなく、なんと弱拍の二拍に入ることも多い。第一協奏曲でも随所に出てくる。Quest+Reiで聴くと、それが単にガンと強靱なだけなく、いくら強くても粒立ちが細やかで、輪郭の強さだけでなく、その内実の上質感も同時に聴けた。解釈的にはなぜ、この音符をスフォルツァンドにしたのかというベートーヴェンの意図と意味性も推測できるような音楽的な鳴り方なのだ。

 Quest+Reiはオーディオ機器という範疇を超え、まさに音楽解釈まで踏み込める稀有なセパレートアンプだ。単なる「再生」ではなく、「表現」領域まで進んだ、銘楽器のような存在だ。Quest+Reiは音楽鑑賞の最良の友になろう。