DAP(デジタルオーディオプレーヤー)の定番ブランドとして知られるAstell&Kern(アステル・アンド・ケルン)から、「A&ultima SP2000T」という弩級の新型DAPが登場した。AKシリーズ初となる1つの筐体内に4つのDACチップを搭載する「クアッドDAC構成」を採用し、「トリプルアンプシステム」を搭載するのが特徴となる。

 まずは「トリプルアンプシステム」からご紹介しよう。本機は2種類のアンプを搭載しており、それらを使った合計3つのサウンドモードが楽しめるものである。具体的には、たいへん評価の高かった既存モデル「A&ultima SP2000」が採用するアンプ構成を踏襲した「OP-AMP(オペアンプ)」モード、コルグの真空管「KORG Nutube 6P1」を採用した「TUBE-AMP(真空管アンプ)」モード、そして両者の設定をかけ合わせて調整できる「HYBRID-AMP(ハイブリッドアンプ)」モードを搭載している。

 「KORG Nutube」は、アノード・グリッド・フィラメント構造というトライオード(三極)真空管と同じ動作を行ないながら、大幅な小型化と低消費電力化を実現した新世代の真空管だ。A&ultima SP2000Tは、搭載するヘッドホンジャック――2.5mmバランス/3.5mmアンバランス/4.4mmアンバランスの全てで、Nutubeからの出力に対応する設計になっている。

ポータブルオーディオプレーヤー
Astell&Kern
A&ultima SP2000T
¥329,980(税込)
10月15日発売

A&ultima SP2000Tの主な仕様
●ボディカラー:Onyx Black●素材:アルミニウム●内蔵メモリー容量:256GB(NAND フラッシュ)●拡張スロット:microSDカードスロット×1(SDHC/XC 最大1TB対応)●対応ファイル形式:WAV、FLAC、MP3、WMA、OGG、APE、AAC、ALAC、AIFF、DFF、DSF、MQA●対応サンプリングレート:【PCM】8kHz、16kHz、32kHz、44.1kHz、48kHz、88.2kHz、96kHz、176.4kHz、192kHz、352.8kHz、384kHz (ネイティブ)/【DSD】DSD64(2.8MHz)、DSD128(5.6MHz)、 DSD256(11.2MHz)、DSD512(22.4MHz) (ネイティブ)●D/Aコンバーター:ESS ES9068AS×4(Quad-DAC)●真空管:KORG Nutube 6P1●入力端子:USB Type-C(充電・データ転送・USB-DAC)●出力端子:3.5mmヘッドホン出力端子・光出力端子(※ジャック兼用)、2.5mmバランス出力端子(4極)、4.4mmバランス出力端子(5極)、USBデジタルオーディオ出力端子(※入力端子兼用)●USB AUDIO出力:〇●USB-DAC機能: PCM 最大384kHz/32bit、DSD(DoP) 最大DSD256(11.2MHz/1bit)●AK Connect 機能(DLNA):〇●Open APP Service機能:〇●V-Link機能:〇●アウトプットレベル:アンバランス3.0Vrms、バランス6.0Vrms(負荷無し)●Wi-Fi 規格:IEEE 802.11 a/b/g/n/ac(2.4 / 5GHz)●Bluetoothバージョン:V5.0●対応プロファイル:A2DP、AVRCP●対応コーデック:SBC、AAC、aptX HD、LDAC●CPU:Quad-Core●電源:内蔵リチウムポリマーバッテリー(4,200mAh / 3.8V)●連続再生:約9時間(FLAC, 16bit, 44.1kHz, アンバランス, Vol.50, LCD Off, LED On,OP-AMP モード)●充電時間:約3.5 時間(9V/1.67A) / 約5 時間(5V/2A)●USB形状:USB Type-C(充電・転送)●ディスプレイ:5.0 型TFT カラーLCD(静電容量式タッチスクリーン)●解像度:FHD(1920×1080ドット)●寸法:W約78.1×H約141×D約17.5mm
●質量:約309 g●付属品:プレミアムレザーケース、USB Type-C ケーブル、保護シート(画面)、クイックスタートガイド、保証書(本体は1 年/付属品90 日)、microSDカードスロットカバー

 その他、真空管を搭載するために、シャーシには数々の独自内部設計機構が施されているのもポイント。これは、外に持ち出すことの多いDAPならでは配慮で、長年DAPを開発してきたAstell&Kernならではのノウハウが活かされている部分と言えよう。

 そしてD/Aコンバーター回路もかなり強力で、上述の通りAstell&Kern初のクアッド構成を採用しているのが見逃せない。ESS Technology社の最新オーディオ用DACチップ「ES9068AS」を4基搭載するという贅沢な構成だ。

 また、音質に優れた同社独自のサウンドソリューション「TERATON ALPHA」を搭載するほか、Wi-Fiは2.4GHz/5GHzをサポートし、対応レゾリューションはPCM最大384kHz/32bit、DSD最大22.4MHz(DSD512)までネイティブ再生が可能。さらにMQAファイルもサポートする。また、各ストリーミングサービスへの対応など、既存のAKシリーズの仕様を踏襲する高い機能性を確保している。

「真空管アンプモード」は倍音成分が増え、艶やかなサウンド。「ハイブリッドアンプモード」はさらに、原音を超える音の色気を再現してくれた!

 まずは、基本となるオペアンプモードでA&ultima SP2000Tのクォリティチェックを行なった。組み合わせたイヤホンはAcoustuneの「HS1697TI」。接続方法は、イヤホンに付属する8芯構造のリファレンス用新ハイブリッドケーブル「ARC51」を用いた、3.5mmのアンバランス接続である。

▲「A&ultima SP2000T」は、各種イヤホンに対応するように、3.5mm3極アンバランス、2.5mm4極バランス、4.4mm5極バランスの3種類のプラグを装備する。今回、試聴用として組み合わせたイヤホンは、Acoustuneの「HS1697TI」

 試聴曲は、女性ボーカリストのエスペランサ・スポルディングが9月にリリースした『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』(96kHz/24bit)から、トラック12の「Formwela 13」と、ジョン・ウィリアムズ 「ライヴ・イン・ウィーン」(96kHz/24bit)をピックアップした。

 オペアンプモードの音質から試してみたが、音が出た瞬間、「おぉ!」と思わず口に出た。素晴らしい分解能の高さ。自然なトーンバランスで全帯域の音の密度が高く、頭内全域に音が詰め込まれてくる。まさにハイファイな再生音だ。エスペランサ・スポルディングは、イントロのベースに重量感がありながら立体的で、アキュレイトな表現のバックミュージックにシャープな音像を伴うボーカルが浮かび上がる。ジョン・ウィリアムズは、オーケストラを構成する各楽器が明瞭に分離して、サウンドステージの広さも印象的だ。その再生能力はかなり高く、このままでも充分な価値があると判断した。

 次に、真空管アンプモードを試す。画面上部を下にスライドすると、モード変更のメニューアイコンが出てくるのでそれをタップするだけで切り替えられる。切り替えのラグはほぼなく、スムーズだ。そして真空管アンプモードの音だが、これがまた素晴らしく良い。一聴して倍音が増え、聴き応えの良い艶やかなサウンドになる。決してオールディーズな音ではなく、分解能の高さはそのままに、イントロのベースの弾力感が増し、ボーカルは血の通った表情となり、バックミュージックとの一体感が出てくる。ジョン・ウィリアムズは、トランペットやサックスなどの金管楽器の響きが増して、コントラバスには適度な柔らかさが聞き取れる。長時間音楽に身を任せたい場合に最高の音楽性である。

 最後は、ハイブリッドモードだ。今回のテストで筆者が一番気に入ったのはこのモードであった。上述の通り、このモードはオペアンプと真空管アンプの特性を両方享受できるようになっていて、オペアンプモードの分離の良さ、音の鋭い立ち上がりの良さに加え、真空管アンプモードでの艶やかな音色と弾力感が相乗効果を聞かせる。例えばエスペランサ・スポルディングではシャープな音像表現を出しつつ、声に倍音が乗り、ジョン・ウィリアムズでは4つのDACチップを使用した超絶な分解能の高さを出しながら、その音の鮮度をあまり落とさぬまま、ヴァイオリンなどの弦楽器の色艶を加えてくれる。ある意味、原音を超える音の色気をブーストすることができるのである。またこのモードは、オペアンプと真空管アンプの比率を5段階で可変でき、オペアンプ寄り、真空管アンプモード寄りと、より自分好みの音調にすることが可能だ。

▲アンプモードの切り替え画面。左から「オペアンプ」「真空管アンプ」「ハイブリッドアンプ」の選択画面となる。なお、ハイブリッドアンプモードについては、ジョグダイヤルを回す感覚で、オペアンプと真空管アンプの掛け合わせ具合を5段階から選択可能

 ハイブリッドモードの音に気を良くした筆者は、事前の予定になかったEDM楽曲、A.C.E - (EP)  『fav boyz』(44.1kHz/24bit)を聴取したのだが、弾力的なエレクトリックバスドラムの重低音と、頭内を超える様に広がる色彩感豊かなシンセサイザーに鳥肌が立つほどのグルーブを感じた。もう最高である!

 3つのモードの音はそれぞれ良さがあるが、聴感上のfレンジ/Dレンジが広く、鮮度が落ちない 真空管Nutube を使用したことは大成功だったと思う。背面にはLEDが備わっており、その色で適応中のAMPモードが分かるなど、ユーザーの気持ちを高めるギミックが搭載されていることも嬉しい。

▲本体背面上部にLEDが仕込まれており、アンプモードや再生コンテンツに合わせて色が変化するギミックも盛り込まれている

4.4mmバランスで聴く「ハイブリッドモード」は極上のサウンド! LDACもサポートし、ワイヤレスイヤホン/ヘッドホンとの組み合わせにも万全のスペック

 続いて、Acoustuneが別売りする16芯構造アップグレードケーブル「ARS100シリーズ」を接続して試してみた。まずは付属ケーブルと同じ3.5mmのアンバランス接続のケーブルで音をチェックしたのだが、一聴して温度感とディテイルが上がる変化を聞き取れる。

▲Acoustuneのイヤホン「HS1697TI」はリケーブルも可能なため、アップグレードケーブル「ARS100シリーズ」を組み合わせ、接続プラグも変えてみた。その音質のほどは? 本文をチェックしてほしい

 4.4mm5極バランスケーブルを試したのだが、本ケーブルとハイブリッドモードの組み合わせが筆者にとってベストとなった。頭内に定位する各楽器の位置関係がより明瞭になり、ディテイル表現に余裕が出てくる。Acoustuneとオーディオケーブル専業メーカーが共同開発したということだが、これは一聴に値する。

 またA&ultima SP2000Tは、圧縮ながら最大96kHz/24bitのBluetooth伝送を実現する高音質接続コーデック「LDAC」が使用できるので、それに対応したソニーのワイヤレスヘッドホン「WH-1000XM4」を組み合わせても試してみた。一昔前のBluetooth接続とは違う、情報量を感じるサウンドで、余韻やリアリティ、空間表現を左右する小レベルの音がスポイルされず聞き取れる。ぱっと聞いた感じではBluetooth接続とは思えない良質な音に、良い時代になったものだと感慨深い気持ちになった。

最新スペックを纏いながらも、アナログの雰囲気も加味した超絶的なオーディオ再生能力に魅了された

 オーディオ回路からインターフェイス部まで、A&ultima SP2000Tの対応力は全方位的だった。音楽的、オーディオ的再生能力を両立した超絶のサウンドで、筆者は「本機を返したくない」と思ってしまうほど本気でA&ultima SP2000Tを気に入った。さらに個人的に1つポイントとなりそうなのが、本モデルはここまでのサウンドを出しながら、シャーシサイズが大きすぎないこと。自宅でも外出先でも、幅広いシーンでこのサウンドを楽しめるのはうれしい。