何とも変わったタイトルだけど、映画をよく表している

 アメリカは50州が集まって形成されている国家なので地域によって多少の違いがあるのだけれど、法廷ドラマでよくあるように、裁判の始めに証言者は聖書に手を置き偽証をしないことを誓う。

 これは旧約聖書の一書「出エジプト記」にあるモーセが神から与えられた戒め「十戒」に“隣人に偽証をしてはならない”という言葉があるためで、あの場面を見るたびに契約社会であるアメリカでは、責任を空中に丸投げしてしまい、周囲もそれを許してしまう日本の政治家の「記憶にありません」は通用するのかな、と思ってしまう。

 法廷は神の存在を認めているのだから、それなら悪魔の存在も考慮するべきではないのか。悪魔に憑依されて起こした犯罪は罪に問われないのではないか。

 という1981年にコネチカット州で実際に起きた事件とその審理をベースにした作品が、『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』だ。2013年にスタートした、みんな大好き“死霊館ユニバース”の第8作である。

 家族と一緒に同地に引っ越してきた11歳の少年デイヴィッドに、家に巣くっていただろう何かが取り憑いてしまう。凄まじいポルターガイスト現象が起き困り果てた家族(両親と姉のデビー、彼女のボーイフレンドのアーニー)は心霊研究家のエド(パトリック・ウィルソン)と彼の妻である霊媒ロレイン(ヴェラ・ファーミガ)を招き、デイヴィッドの悪魔祓いを依頼する。

 除霊は成功したかに思えたが、悪魔は少年からアーニーに乗り移り、別人格のようになった彼は勤め先のケンネル(犬舎)の主人を殺害してしまうのだ。エドとロレインのウォーレン夫妻は、収監されたアーニーを助け、《悪魔の実在》を証明するため調査に乗り出す。

 面白そうでしょ。ここまでは1981年11月24日にコネチカット州高等裁判所で判決が出た“アルネ・シェイニー・ジョンソン”(アーニーの本名)事件の史実通り。実際にウォーレン夫妻は事件の探査を行っている。

11歳の少年デイヴィッドは、引っ越しをきっかけに“得体の知れない何か”に取り憑かれ……

デイヴィッドを救おうとしたアーニーの優しさが、今度は彼自身を苦しめることに

殺人を犯したのは悪魔のせい──そんな荒唐無稽な主張が裁判で認められる可能性はゼロに等しいように思われるが……

ウォーレン夫妻は果たして悪魔の存在を証明し、アーニーを救うことができるのか?

第1作から最新作まで、時系列で整理するとこうなる!

 今回は夫のエドが大怪我を負ってしまい、妻ロレインが活躍する心霊探偵モノになっているのだが、まずは死霊館ユニバースのおさらいをしておこう。そのほうが話を進めやすいので。

(1)死霊館(2013年)
演出:ジェームズ・ワン
四女シンディの夢遊病を皮切りに、ロードアイランド州で起きたペロン一家の超常現象事件。

以下すべて2,619 円(税込)/ワーナー ブラザース ジャパン合同会社

(2)アナベル 死霊館の人形(2014年)
演出:『インシディアス』『死霊館』の撮影監督ジョン・R・レオネッティ
『死霊館』にも登場した呪いの人形アナベルをめぐる怪異。

(3)死霊館 エンフィールド事件(2016年)
演出:ジェームズ・ワン
北ロンドンで暮らす母子家庭の5人を2年以上襲った史上最長のポルターガイスト事件を描く。

(4)アナベル 死霊人形の誕生(2017年)
演出:『ライト/オフ』『シャザム!』のデイヴィッド・F・サンドバーグ
幼い娘を亡くした夫婦が迎え入れた孤児院の少女たち。その夜から不気味な出来事がつづく。

(5)死霊館のシスター(2018年)
演出:コリン・ハーディ
『死霊館』に登場した悪魔の尼僧ヴァラクの由来を描く。ヒロインはヴェラ・ファーミガの妹タイッサ・ファーミガ。

(6)ラ・ヨローナ~泣く女~(2019年)
演出:マイケル・チャヴェス
中南米に伝わる水のある場所で子どもたちを殺める魔女ヨローナの呪いがロサンゼルスに。

(7)アナベル 死霊博物館(2019年)
演出:『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』の脚本家ゲイリー・ドーベルマン
ウォーレン夫妻のひとり娘のジュディとシッターらが味わう地獄のお留守番。

 そしてマイケル・チャヴェスが再び監督を務めた今回の(8)『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』である。本来は昨年公開の予定だったが、コロナ禍のため1年延期された。

左より、パトリック・ウィルソン、マイケル・チャヴェス監督、ヴェラ・ファーミガ

 観る順番は製作順で大丈夫だが、舞台となる年代は上下しており、それを記すと

(5)死霊館のシスター(1952年)
   ↓
(4)アナベル死霊人形の誕生(1957年)
   ↓
(2)アナベル 死霊館の人形(1967年)
   ↓
(1)死霊館(1971年)
   ↓
(7)アナベル 死霊博物館(1972年)
   ↓
(6)ラ・ヨローナ~泣く女~(1973年)
   ↓
(3)死霊館エンフィールド事件(1977年)
   ↓
(8)死霊館 悪魔のせいなら、無罪。(1981年)

の順に起きた事件ということになる。

 本筋はウォーレン夫妻が登場する(1)(3)(8)、それに助演をする(7)で、(4)『アナベル 死霊人形の誕生』の幕切れが(2)『アナベル 死霊館の人形』のオープニングシーンにつながったり、ゴードン神父役のステーヴ・コールターが(1)(3)(7)(8)に、ウォーレン夫妻の助手ドルー役を演じるシャノン・クックが(1)(3)(8)に出演していたりと、シェア・ユニバース物ならではの楽しみがある。

 娘のジュディ・ウォーレンは、(1)(3)(8)では『ワールド・ウォーZ』のスターリング・ジェリンズが、(7)では『gifted/ギフテッド』の天才子役マッケナ・グレイスちゃんが演じている。また今回の『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』で、悪霊に苦しめられるグラッツェル一家の父親を演じるポール・ウィルソンは、エド役パトリック・ウィルソンのお兄さん。つまり兄弟共演である。

 それぞれの時代に合わせて挿入曲も考えられており、『死霊館』にはゾンビーズ1968年のヒット曲「ふたりのシーズン」が、ロンドンが舞台の『死霊館 エンフィールド事件』ではザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」やホリーズの名曲「バス・ストップ」が、『アナベル 死霊博物館』ではバッド・フィンガーの「デイ・アフター・デイ」や一発屋バンド、キング・ハーヴェストの佳曲「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」が、今回の『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』ではブロンディのヒット・ナンバー「コール・ミー」が朗々と鳴り響く。

 このあたりのそれほど通好みでないジュークボックス的な選曲も、映画の飾りとしていい感じ。製作者としてすべての作品を統率するジェームズ・ワンのバランス感覚だろう。多くのひとになじみ深いポピュラーな曲が、オカルティックな世界への入口になっているのだ。

今回出番がないアナベルは、宣伝隊長として活躍中。4DXで本作を鑑賞してご満悦の様子

死霊館ユニバースの原点は大傑作『ヘルハウス』(1973年)にアリ!

 調査する屋敷に着くと、エドと助手のドルーはビデオカメラやテープレコーダーをセットし、超常現象の記録に着手する。ロレインはテーブルを囲んで交霊会を開いたりするが、彼らは心霊現象すべてを信じているわけではない。科学的な証拠を集めないと悪魔祓いを行う教会が動かないのだ(今回は呪われた家を見上げる神父の後ろ姿を捉える『エクソシスト』そっくりのショットもある)。

 死霊館ユニバースのルーツは『小さな目撃者』『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』のジョン・ハフ監督が1973年に発表したオカルト映画の大傑作『ヘルハウス』だろう。出演はロディ・マクドウォールとゲイル・ハニカット、それにパメラ・フランクリン。いわくつきの幽霊屋敷に足を踏み入れる調査チームの混乱をドキュメント・タッチで描いた一作だが、アメリカ公開は1973年の6月で、『エクソシスト』よりも半年ほど早い。オカルト・ブームのあと追い作品ではないのだ。超常現象に真正面から向き合い、登場人物がそれぞれに怒りや悲しみや怯えを持って呼応する体裁は『死霊館』と同じである。こちらは音響も派手になって、よりビックリ度が増しているけれど。

 『ヘルハウス』の原作・脚本を手がけたのは米国の才人作家リチャード・マシスン。スティーヴン・スピルバーグの『激突!』の脚本・原作を手がけ、人類が絶滅した地球でただひとり生き残った主人公が閉じこもる家に、夜な夜なヴァンパイアが押し寄せてくるSF小説「吸血鬼」は、1964年にヴィンセント・プライス主演の『地球最後の男』として映画化され、ジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/ゾンビの誕生』(1968年)に大きな影響を与えた。

 ジェームズ・ワンはリチャード・マシスン的な温故知新のホラー映画、幼いころに自分も夢中になったものを仲間たちと現代に蘇らせたいと思っているのだろう。『死霊館』の幕切れのロレインの台詞「アミティヴルの件で教会から連絡が来たわ」でファンをニヤリとさせ、3年後の続篇『死霊館 エンフィールド事件』のオープニングで喝采させる。あの扇型の窓を抜けてカメラが屋根裏部屋に後退してくるのだ。これができる演出家はそうはいない。

 『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』ではエドとロレインのこれまで描かれなかった時代が登場する。ワンと仲間たちの工夫を凝らした映画の旅はまだまだつづく。

『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』

2021年10月1日(金)2D/4D 同時上映 ※一部劇場を除く

監督:マイケル・チャベス
出演:パトリック・ウィルソン/ベラ・ファーミガ/ルアイリ・オコナー/サラ・キャサリン・フック/ジュリアン・ヒリアード
2021年/アメリカ/1時間52分
配給:ワーナー・ブラザース映画
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