ステイホームが叫ばれる中、家で過ごす時間の質が問われ始めている。昨今の良質な音楽、映画が手軽に楽しめるストリーミング配信サービスの躍進は、まさに家中遊びへの関心の高さを反映したものであり、そこには、より楽しく、有意義に過ごしたいという期待がある。

 ここで声を大にして言いたいのが、音楽も映画も、いい音で楽しめれば、もっともっと充実した時間が過ごせるということ。「いまさら―」と言われそうだが、Amazon Music HDを安価なブルートゥーススピーカーで聴いているようなケースは意外に多く、これではせっかくのハイレゾ音源も台なし。なんともったいないことか。

 インテリア的に納得できるスピーカーがない、部屋にモノを置きたくない、スピーカーを設置するスペースがないなどなど、理由はさまざま。であればスペースをとらず、インテリアの邪魔もしない、インウォール(壁埋込型)あるいはインシリーング(天井埋込型)スピーカーの導入を考えてみてはどうだろう。

 壁、天井へ埋め込むスピーカーと言うと、どうしてもオフィスや店舗に設置された業務用のスピーカーを思い浮かべるかもしれないが、ここで紹介するエラックVERTEXシリーズ3はまったくの別物だ。

家庭用モデルゆずりの「本格」埋込型スピーカー

 お馴染みのJETトゥイーターやAS-XRコーンウーファーを備えるなど、これまでエラックが家庭用の高級スピーカーの開発で培った技術、ノウハウを存分に投入した意欲作だ。最終的な音質チューニングについても、市場で高い評価を得ているVELAシリーズを手がけたエンジニア、ラルフ・ヤンケ氏が担当しているという。

 VERTEXシリーズ3は壁、天井に設置すると真正面を向くIC-VJ63-W(以下VJ63W)と、ユニットの振動板が斜めになり、リスニングエリアに向けられるIC-VJT63-W(以下、VJT63W)の2ラインの構成で、いずれも後方開放型の2ウェイシステムだ。

天井に取り付けるとユニットがちょうど真下を向くように設計されているスタンダードモデルがIC-VJ63-W。本文にある通り、JETユニットのスリットの向きで指向性が変化するので、取付け時には注意してほしい

ELAC VERTEX SERIES 3
IC-VJ63-W
¥110,000(1本、税込)

●型式:2ウェイ後方開放型
●使用ユニット:JET型トゥイーター、150mmウーファー
●クロスオーバー周波数:3kHz
●出力音圧レベル:88dB/2.83v/1m
●インピーダンス:4Ω
●寸法/質量:直径236.5mm×奥行115mm/2.3kg
●備考:取付け穴サイズ直径206mm、取付けに必要な奥行空間111mm。メタルグリル付属

強力な2基のユニットをコンパクトにまとめ上げた状態がよくわかるだろう。ユニット後方は開放型の設計になっており、取り付けた壁内空間をスピーカーエンクロージャーとして活用する

取付け用ネジは、前面からねじ込んでいくと、写真のホルダーがユニット外側に回転し、壁面とがっちり固定する仕組み。壁面の板厚は10〜20mmに対応する

▲付属の型紙。内側部分を取り外すとちょうど直径206mmの取付け用サイズとなる。外側の実線がスピーカーの外形サイズ

搭載ユニット自体はVJ63-Wと同様だが、開口部と少しオフセットした位置に俯角をつけた状態で搭載されている。フェルトを貼り合わせたコーン部分は、ホーンとしての機能を受け持つ。サイズはVJ63-Wよりも大きい

IC-VJT63-W
¥132,000(1本、税込)

●型式:2ウェイ後方開放型
●使用ユニット:JET型トゥイーター、150mmウーファー
●クロスオーバー周波数:3kHz
●出力音圧レベル:88dB/2.83v/1m
●インピーダンス:4Ω
●寸法/質量:直径265mm×奥行165mm/2.5kg
●備考:取付け穴サイズ直径241.6mm、取付けに必要な奥行空間173mm。メタルグリル付属
●問合せ先:(株)ユキム TEL.103(5743)6202

後方からみると、ユニットが開口部からオフセットして搭載されていることがよくわかるだろう。実際の取付け時は、リスニングポイントに対して、どのような向きにするかが鍵となろう

スピーカー端子は、裸線の接続だけでなく、バナナプラグにも対応したスプリング式のコネクターを採用。壁内配線では長期間安定した接続が重要で、どちらの方法がベターかはケースバイケース。こちらもしっかり吟味したい

 写真からもお分かりのように、ウーファーの前にトゥイーターを配置するというユニークな形状で、ネットワーク回路についても本体の裏側に組み込まれた完全一体型としている。これは事実上の点音源ユニットとみなすことができ、つまり自然空間の拡がりを追求したデザインであり、ネットワークも一体化されているため、壁、天井にすっきり収められるわけだ。

 JETトゥイーター、AS-XRコーンウーファーについては、いずれも専用に開発されたというが、その内容的にはVELAシリーズに通じるもので、外観だけでなく、素材、構造など、細部にわたり、妥協のない設計が施された。

 まず注目のJETトゥイーターだが、系譜としては振動板面積が拡大され、超高域の微細な情報まで低歪みで鮮明に描き出す最新の第5世代(V)タイプにきわめて近い。軽量振動板素材カプトンを屏風のように折り曲げて、約3kHz以上の高域情報を大面積から放射するというユニットで、抜群の過渡特性も健在だ。

 150mm径のAS-XRコーンウーファーについても、アルミ振動板に織り目を加え、強度を確保しつつ、その裏面に独クルトミューラーのペーパーコーンを配置するというVELAシリーズゆずりの仕上がり。振動板周囲のラバー・サラウンド(エッジ部分)の拡大により、よりロングストロークの駆動が可能になったという。

 ちなみにJETトゥイーター、AS-XRコーンウーファーともに、エラックの総本山となるバルト海に面したドイツ北部の都市、キールのR&D(研究開発)部門が監修して設計されている。

JETトゥイーターらしく柔らかく豊かな表現力が見事

 今回はHiVi誌姉妹誌でいまウェブマガジンとして展開しているカーオーディオ愛好家向けの『オートサウンド』で使っている、埋込みスピーカー試聴用に製作されたバッフルボードをHiVi視聴室に持ち込み、そこにVJ63を取り付けて、実際のサウンドを確認していく(編註:VJT63はサイズの関係でバッフルボードに取り付けできなかった)。

カーオーディオ用ユニットの試聴に使う、巨大なウッドバッフルをHiVi視聴室に持ち込んで試聴を行なった。バッフルの開口部のサイズの関係から、今回はIC-VJ63-Wのみを試聴。システムは、サラウンドスピーカーにエラックVELA BS403、サブウーファーにイクリプスTD725SWMK2を使った4.1ch構成。その他の機器は、デノンのAVセンターAVC-X8500HA、Apple TV 4K(2021年仕様)、東芝の有機ELテレビ48X9400Sなど。接続は図の通り

 取り付けは、指定サイズの穴(VJ63で206mm、VJT63で241.6mm)を確保して、そこにスピーカー本体をあてがい、裏面の固定レバーに通じたネジ4本を表面からドライバーで締めるだけ。設置可能な板厚は約10~20mm、特別なネジ穴を開けることなくプラスドライバー1本で取り付けが完了する。

 表面については壁面とほぼ均一なフラットなインストールが可能で、マグネット着脱式のメタルグリル(白)を取り付けると、スピーカーが設置されていることにも気付かないほど。このグリルは部屋の雰囲気や壁紙の色に合わせてペイントすることも可能だ。

 Amazon Music HDから女性ヴォーカル、ジャズトリオ、クラシックと聴き慣れた曲を再生してみたが、ほどよい低音の厚みと、すっきりとした中高音を持ち味にした骨格のしっかりとしたサウンドで、ジェニファー・ウォーンズの声も口の動きが感じとれるほどニュアンスが豊かだ。

 ただひとつ気になったのが、微細な響きの描写がやや控えめで、音場の拡がりがコンパクトに感じられてしまうこと。特に天井方向への拡がりが抑えられJETトゥイーターの実力からすると、正直言って、物足りなさが残ってしまった。

 バッフルボードに近づき、JETトゥイーターを確認してみると、カプトンの折り目が水平(横)方向に伸びている状態で設置していたことが判明した。通常、VELAシリーズはもとより、同社のスピーカーに設置されたJETトゥイーターの折り目は垂直(縦)方向に位置した状態が標準となるため、本機の場合、90度回転させて鳴らしていたことになる。

 そこで通常のスピーカー同様、ユニットの取付け角度を折り目が垂直方向になるようセッティングを変更し、再度、試聴してみたところ、目の前の空間、景色が一変した。ジェニファー・ウォーンズは躍動感に富んだ軽快なリズムとともに、良質な響きが高さ方向に気持ちよく立ち上がり、空間の見通しが実にいい。

 ジャズトリオの再生でも、ベース、バスドラと、変に窮屈なところがなく、演奏の雰囲気はおおらかで、楽しい。そしてアコースティックギターの響きの細かな揺らぎや、ヴォーカルのビブラートも鮮明に描き出され、輪郭の際立つような違和感もない。

 柔らかく、しなやかな響きは、まさにJETトゥイーターの真骨頂。このあたりの豊かな表現力は、間違いなくVELAシリーズゆずりだ。

映像作品との相性も良好サラウンド再生にも最適だ

 このセッティングのまま、サラウンドスピーカーとしてVELA BS403とイクリプスのサブウーファーTD725SWMK2を追加し、4.1chサラウンド再生も試してみたが、ナチュラルな音色、スムーズな音場、あるいは整った帯域バランスなどなど、随所でフロント側とリア側のスピーカーユニットの素性が近いことのメリットが実感できる。

 Apple TV 4Kの4K映画『アリー/スター誕生』からまずチャプター2、アリーが小さな酒場のステージで「La Vie En Rose」を歌うシーンを再生したが、彼女の声の質感の緻密さ、力強さに加え、場内の拍手、感性、叫び声と、その場の気配、空気感が実に生々しい。

 そしてチャプター7の「Shallow」では骨格の太いスケール感に富んだサウンドが立体的に拡がり、場内の興奮は最高潮。さらにチャプター10、アリーのピアノソロで始まる「Always Remember Us This Way」がまたいい。囁くように歌う彼女の声には、かすかなエコーが加わり、場内の歓声とともに、空間としてのスケール感を演出しているが、このあたりの表現も実に明確で、緻密な響きが、静に浸透する様子のリアルなこと。

 チャンネル間のつながりのよさ、一体感のある空間描写はまさに、JETトゥイーター、AS-XRコーンウーファー共演の賜物。その再現性からして、フロント側にVELA BS403を設置して、サラウンドをVJ63に任せるというセッティングも充分に考えられる。

 今回の試聴ではVERTEXシリーズ3のスピーカーとしての潜在能力が相当高いことが分かった。ただ最終的なサウンドクォリティは、取り付け、セッティンクの善し悪しに影響されることも事実。それなりの工夫と労力は必要になるが、日常的に家中が良質なサウンドで包まれているような心地よい空間を作り上げることも、けっして夢ではない。

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