自他ともに認めるオーディオファイルならば、『ハルサイ』の1枚や2枚は当然お持ちだろう。お前はどうなんだって? 自慢じゃないが、CD/LP、さらにBOX物を織り交ぜたら、優に100枚は超えると思う。大好きなのである。
そんな『ハルサイ』崇拝者の私でも、ステレオサウンドからこのLPリリースの情報が入った時はいささか興奮した。CDで愛聴していたゲルギエフ指揮キーロフ管(現マリインスキー劇場管)の演奏だからである。
私は長い間、ショルティ指揮シカゴ響のデッカ盤こそが最高の『ハルサイ』と信じてきた。その米オリジナル盤とXRCD、そしてステレオサウンドのSACDさえあれば、ここぞというオーディオ的場面で満足してきたのである。他にもデイヴィス指揮コンセルトヘボウ管(76年)やブーレーズ指揮クリーヴランド管(91年)、サロネン指揮LAフィル(06年)など、これまで凄い録音を堪能してきたが、どうやらその思いはこのゲルギエフ指揮キーロフ管のLPの登場で塗り替えられることになりそうだ。
数ある『春の祭典』の中でも
オーディオ的興奮で抜きん出た名演のLP登場
『ハルサイ』、すなわちロシアの作曲家イーゴル・ストラヴィンスキーが1913年に完成させた『春の祭典』は、元々はバレエ音楽であり、同年にパリのシャンゼリゼ劇場で初演が行なわれた際に客席は大騒動となり、暴動まで起きたという。当初はそれほど賛否両論だったが、今日それは現代音楽の傑作と称され、とりわけオーディオ的醍醐味がふんだんに鏤められていることから、今日までに優秀録音が数多く輩出されている(今日まで楽譜はピアノ版や管弦楽版など、何度も改訂されてきたが、オリジナルの1913年版、または1967年版が尊重されているようだ)。
全体は、第一部「大地礼賛」と第二部「いけにえ」の二部構成で、前者は7つのパート、後者は6パートに分割されるが、演奏は途切れることなく連続する。演奏時間は約16分/18分。春を迎えたふたつの村が対立する中で、大地の礼賛と太陽神イアリロへの捧げものとして一人の乙女が選ばれ、生贄の踊りを踊った末に息絶えるという物語が大勢のダンサーによって演じられる。楽器編成は、チューバやバストランペット、トロンボーンといった管楽器が強力なアンサンブルを構成し、ティンパニやグランカッサ等の打楽器が大活躍する。弦楽群ではコントラバスの役割がきわめて強大だ。
アナログ・レコードコレクション
『ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》/ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSSAR-050)¥8,800(税込)
●仕様:140g33回転アナログレコード1枚組●録音:1999年7月24〜27日 ドイツ・バーデン=バーデン 祝祭劇場
●Executive Producer:Anna Barry
●Recording Producer:Stan Taal
●Balance Engineer:Jaap de Jong
●Recording Engineer: Thijs Hoekstra
●カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア)
[Side A] 第一部:大地礼賛 [Side B] 第二部:いけにえ
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/4571177052612
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル03(5716)3239
(受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)
本盤は99年7月にドイツで録音されたもので、楽譜は第二部が大きく改訂された1947年版が使われた。オリジナルマスターは44.1kHz/16bitのPCM音源で、ステレオサウンド制作のアナログ盤の大半を手掛けてきた日本コロムビアの武沢茂氏によってていねいなマスタリングが行なわれた。
その後、デノン製クォーツロックモーターに換装された独ノイマン製カッティングマシンによってラッカーマスターが作られ、スタンパーと140g盤プレスはソニー・ミュージックソリューションズの静岡工場が当たっている。
本作のサウンドの肝となるのは、第一部でのカラフルな色彩感とダイナミックな緩急、第二部は原始的エネルギーと野趣に満ちたリズムだ。特に第一部はゲルギエフが前述の要素をことのほか前面に押し出している印象。したがって再生機器には広大なダイナミックレンジと分解能の高さ、どれだけ凄まじいエネルギーが放りこまれても飽和せず歪まない低域再現力が望まれる。本作のそうした特色が、難攻不落のコンテンツとして長年腕に覚えのあるオーディオファイルを唸らせてきた所以であるし、満足に再生できた時の恍惚感と達成感、快楽には堪らないものがある。
A面はスペクタクルの連続だ。ファゴットを中心に、静かに、厳かに始まる〈序奏〉。木管を始めとしたさまざまな管楽器が不協和音でメロディを奏でるが、本盤の演奏は不気味で神秘的な雰囲気が横溢し、たいそうスリリング。映画作曲家ジョン・ウィリアムスが『ジョーズ』でパクッたと揶揄された〈春のきざしと乙女たちの踊り〉は、コントラバスを軸に強烈なリズムがスタッカートで刻まれ、荒れ狂った激しい波を彷彿させる痛烈な音圧がこれでもかこれでもかと押し寄せる。本LPは切れ味と躍動感が壮絶で、大太鼓の一撃がすこぶる重々しい。ドスンともズシリとも違う。ガツン! だ。続くトロンボーン、チューバ、クラリネット、トランペットのクレッシェンドの「誘拐の遊戯」から「春のロンド」にかけての急上昇と急降下の連続には、ある種のカタルシスを覚える。この辺りから「敵の都の人々の戯れ」までは演奏上の見せ場が多く、オーディオ的にも興奮の連続。コントラバスの剛直な弓弾き、ティンパニの連打など、きわめて野性的というか、怪物的だ。
第二部のB面は、デモーニッシュかつ暴力的。そして熱狂的。と同時に、LPでこれほど重厚なサウンドが聴けることに驚きを禁じえない。ラッカー盤からスタンパー、プレスに至るプロセスでの関係者の苦労が忍ばれるというものだ。
曲に刷り込まれた呪術的なエッセンスを、ゲルギエフは手兵の楽団から濃厚に抽出している印象で、とりわけ「乙女たちの神秘なつどい」は、ピアニッシモの中に複雑な変拍子が重ねられ、はかない美しさを胎んでいる。ハイライトといえるのが「いけにえの賛美」で、楽団が一丸となって突き進むように躍動する。難しいテンポが希代の指揮者によって見事に統率されている。続く「祖先の呼び出し」の打楽器の狂乱乱舞は、ヤワなスピーカーには恐怖以外の何物でもないだろう。
アナログ再生機器の細部のセッティング/コンディションを今一度入念にチェックしたうえで、しかと鑑賞に挑んでいただきたい永久保存盤である。