今年3〜5月にオンキヨーが実施したクラウドファンディングが話題を集めた。ワイヤレス伝送技術のWiSA(Wireless Speaker and Audio)を使った「SOUND SPHERE」と名付けられた2.1ch/3.1ch/5.1chシステムで、初日に目標額を達成、最終的には20倍以上の支援を獲得している。実は、これまで日本ではこういったサラウンドパッケージは受け入れられにくいと言われていた。ではなぜ「SOUND SPHERE」はそこまでの支持を得られたのか? さっそくオンキヨーにお邪魔して、SOUND SPHERE誕生のいきさつを聞いた。(編集部)

麻倉 SOUND SPHEREのクラウドファンディングが話題です。昨今の厳しい状況にも関わらず、1億円を超える支援を獲得した。セットで10万円に近いサラウンドシステムでの成果としては画期的だと思います。まずは今回、クラウドファンディングを実施した経緯からお聞かせください。

渡邉 商品プロジェクト部の渡邉です。今回の結果はわれわれも予想外で、驚いています。

 コロナ禍という状況もあり、最近はテレビの販売台数が伸びています。同時に配信サービスのユーザーも右肩上がりといわれます。当然、それに連れてホームシアター機器の販売も伸びていくことが期待されます。

 弊社の実績としては、例えば2018年ではAVセンターを全世界で50万台販売していますが、このうち日本での販売台数は1万台ほどでした。日本市場でのホームシアター需要はやはり厳しいのかと思っていたのですが、これだけ大型テレビや配信サービスが普及していくとなると、やはり潜在需要はあるんじゃないかと考えました。

 画面サイズも大きくなっているし、ソースも増えているのに音がチープなままでは勿体ない。このままではせっかくのコンテンツが持っている驚きや感動を味わえていないんじゃないかと思ったのです。そこで何か新しい企画ができないかと思っていたところに、WiSAさんからワイヤレスシステムに関する提案をいただいたので、一緒にやりましょうということになりました。

麻倉 タイミングがよかったんですね。確かにAVセンターは接続や設定が一般の人には難しいので、どうしても敬遠されがちですからね。

渡邉 そうなんです。特に20〜40代の若い人たちはオーディオの経験もそれほど多くありませんし、ましてサラウンドスピーカーのセットアップとなると敬遠されかねません。それに対してどのようにわかりやすくリーチしていくか悩んでいたのです。

麻倉 確かに、AVセンターとスピーカーをどうつなぐかといったことが解消されるだけでも、大きな進歩です。

渡邉 また5.1chセットで10万円を切る価格帯を狙いました。最近は大型テレビにサウンドバーを組み合わせる方が多くいらっしゃいますが、それらは4〜5万円以下が主流です。SOUND SPHEREはそれよりも高価にはなりますが、本当に需要はあるのか、どれくらいユーザーがいるのかを調べるためにもクラウドファウンディングという形を取りました。

麻倉 その反響がよかったというわけですね。

渡邉 ひじょうに大きな反響をいただいて、びっくりしました。2.1chと3.1ch、5.1chの3種類を準備したのですが、支援台数は5.1chが1200台、3.1chが150台、2.1chは50台と、予想以上に差がありました。

麻倉 それは面白い。せっかく買うなら5.1chという人が多かったんですね。

「SOUND SPHERE」の主なスペック

WiSA対応送信機(SoundSend)
●接続端子:HDMI入力1系統(eARC)、光デジタル入力1系統
●対応フォーマット:Dolby Atmos、Dolby Digital、Dolby Digital Plus、Dolby TrueHD、リニアPCM 96kHz/24ビット、MPEG-2 AAC
●電源入力:microUSB端子(5V/1A)
●寸法/質量:φ109×28mm/0.13kg

フロント/リアスピーカー
●型式:2ウェイ2スピーカー、アンプ内蔵バスレフ型
●使用ユニット:7.6cmウーファー、2cmドーム型トゥイーター
●アンプ出力:30W
●寸法/質量:W110×H171×D141mm/1.6kg

センタースピーカー
●型式:2ウェイ3スピーカー、アンプ内蔵バスレフ型
●使用ユニット:7.6cmウーファー×2、2cmドーム型トゥイーター
●アンプ出力:50W
●寸法/質量:W260×H112×D141mm/2.5kg

サブウーファー●型式:アンプ内蔵バスレフ型●使用ユニット:16.5cm
ウーファー●アンプ出力:150W●寸法/質量:W380×H135×D310mm/5.7kg

土田 商品プロジェクトを担当している土田です。その点については面白いことがありました。当初は社内でも、我々のような年寄り連中は日本では5.1chは無理で、2.1chか3.1chの方が売れるだろうと話していたんです。でもここに居る長田(ちょうだ)だけは売れるのは絶対5.1chだと言い張っていました。

長田 マーケティング本部の長田です。私は今まで自宅では、テレビでしか映画やライブを見たことがありませんでした。今回SOUND SPHEREを担当することになって音を聴いた際に、2.1chや3.1chシステムではそこまでのワクワク感がなかったんですが、5.1chになったときはエンタテインメントとしての満足度が段違いでした。そこで単純に、これだ! と思ったんです。

渡邉 長田のような若い世代は、音楽もスマホやPCのYouTubeで見ることが多いと思います。つまりほとんどのコンテンツをそれらの2ch音声で聞いているので、サラウンドになった時の変化にも驚いたのでしょう。

長田 5.1chでは感動がまったく違いました。私はもともと、音楽などのコンテンツが好きでオンキヨーに入社しましたので、今回のSOUND SPHEREのプロモーションで、オーディオに詳しくない人でもこんなに楽しんでくれるんだということがわかって嬉しかったですね。SOUND SPHEREは、そういった人が喜んでくれるような製品にしていきたいと思います。

麻倉 それだけユーザーの受け取り方が変化しているということですね。その意味では、過去の実績や経験も当てにはならない(笑)。

左がWiSAの核となるSoundSendユニット(左)。ここにHDMIケーブルをつなぐと、5.1ch信号を各スピーカーにワイヤレスで送信する。右はサブウーファーで、ユニットは本体底面に取り付けられている

渡邉 SOUND SPHEREという名前もかなり悩みました。最初は「SOUND BOX」や「CONCERT BOX」といった候補もあったんですが、長田から音に囲まれるという表現にしたいという提案がり、「SPHERE」という言葉を選んだのです。あまり馴染みのない単語なので心配だったんですが……。

麻倉 いや、馴染みがないからいいんです。それにCONCERT BOXだと音楽専用みたいですが、SOUND SPHEREなら音楽でも映画でも半球の空間で楽しもうという雰囲気があって、いいと思います。では、実際のクラウドファンディングはどんな具合に進んだのでしょう?

渡邉 今回はGREEN FUNDINGさんにお願いしています。当初は目標金額500万円でスタートしたのですが、最終的には1億3000万円を達成できました。

 マーケティングもGREEN FUNDINGさんが提案してくれたのですが、われわれが経験したことのない、SNSを中心にしたものでした。支援開始10日前にティザーサイトを開設し、LINEの友達募集を始めました。そこからフェイスブックやインスタグラムでも紹介したのです。すると支援開始2時間後に目標金額が達成でき、初日だけで119名、1000万円に届いたんです。これは本当に驚きました。

麻倉 それは素晴らしい。もちろんオンキヨーという信頼のあるブランドだったことも一因でしょう。

渡邉 ありがたいことです。ゴールデンウィーク頃に弊社で体験会を企画し、ポニーキャニオンさんの『Official髭男dism』のDolby Atmosライブブルーレイを再生したところ、6名の定員が毎回満席になりました。高校生から年配の方まで、トータルで200名以上に参加いただきました。

麻倉 そういった皆さんもSOUND SPHEREの音に満足していたのですね。

渡邉 普段はイヤホンで音楽を聴いている方が多かったので、音のよさに感動して涙を流してくれる人もいました。他にも熊本のレストランや工務店さんから自分たちで体験会を開きたいという相談をいただき、セットをお預けして使っていただいたこともあります。

麻倉 それも凄い展開です。既に熱心なファンができているんですね。

渡邉 また今回、体験会の参加者にSOUND SPHEREについてアンケートをお願いしたのですが、購入理由の一番は「ワイヤレスで配線の手間が少ないから」というもので、50%の方がこれを選んでいました。他には「5.1chでも値段が安かったから」「オンキヨー製品だから」「ホームシアターに興味があったから」というものです。

麻倉 購入理由の第一が「ワイヤレス」というのは、とても注目すべき新しい観点です。これまでなかなか普及しなかったサラウンドシステムを広げる重要な項目になりそうです。

渡邉 サラウンドへの潜在的な要望がそれだけあったということが、改めて確認できたと思っています。またサウンドバーからの買い替えも36%くらいありましたから、皆さんいい音が欲しいと思いながらも、通線等の問題で踏み出せずにいたんですね。

麻倉 サウンドバーの音に満足できなかった人がそれだけいたということですから、メーカーとしても今後はその点を重視して製品企画を考えていくべきでしょう。

渡邉 はい、弊社もそこにも配慮して製品開発を進めていきたいと思います。

※8月27日公開の後篇に続く

取材に協力いただいた方々。写真左から、オンキヨーホームエンターテイメント株式会社 商品プロジェクト部長 土田秀章さん、オンキヨー株式会社 マーケティング本部 マーケティング部 コーポレートマーケティング課 長田眞由子さん、オンキヨーホームエンターテイメント株式会社 商品プロジェクト部 シアターコンポーネントプロジェクト 渡邉彰久さん、麻倉怜士さん、TVS REGZA株式会社 商品戦略本部 ブランド戦略・商品企画・デザイン 部長(兼)副本部長 久保田篤さん、東芝映像ソリューション株式会社 R&Dセンター 先行技術開発担当 参事 高橋大さん