映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第59回をお送りします。今回取り上げるのは、連綿と続く習慣の中で力強く生きようとする女性の姿を描いた『モロッコ、彼女たちの朝』。賑やかな大祭の中で訪れるラストには注目したい。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

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『モロッコ、彼女たちの朝』
8月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開

 アフリカ大陸の北西端にあるモロッコ王国。国教はイスラム教で、アラブ人と先住民族だったベルベル人が住む立憲君主国だ。

 古くはマレーネ・ディートリッヒとゲイリー・クーパー共演の『モロッコ』(1930年)やジャック・フェデー監督の『外人部隊』(1934年)などこの国を舞台にした作品があったが、多くは当地のエキゾチックな魅力を背景にしたロマンス・ドラマ。

 ショーン・コネリーが馬賊の王に扮した歴史アクション『風とライオン』(1975年)。『ボーン・アルティメイテム』(2007年)で、マット・デイモンがホテルの窓から飛び出し、家々の屋根の上を走ったのもモロッコのタンジールの町だった。

 この『モロッコ、彼女たちの朝』は、わが国で初めて上映されるモロッコ発の劇映画だという。監督は1980年生まれの女性で、これが長篇第1作のマリヤム・トゥザニ。いろいろ考えさせられ、世界の広さや文化の輪郭について考えさせられる作品である。

 カサブランカの下町。夫を亡くし、小さなパン屋を営みながら女手ひとつで娘のワルダを育てているアブラは、ある日、店の前の道に座り込んでいる妊婦を見かける。彼女の名はサミア。休む場所と仕事を求めて家々を訪ねたが、断られつづけ放心していたのだ。

 いつまでそこにいるつもりなの! 厄介払いしようとするアブラだが、婚外交渉も中絶も認められていないモロッコでは、未婚の妊婦は劣悪な環境で出産し、赤ん坊をすぐに養子に出すしかない。一族の恥さらしと軽蔑されて実家に戻ることもできないのだ。

 処女懐胎のわけないんだから、男も責任を取れよ、ほんと。

 仕方なく彼女を招き入れたアブラは、サミアとしばらく生活を共にすることになるのだが。

 モロッコでは2004年の4月に、保守派の反対のなか、男女平等を原則にした「新家族法」が制定された。それまでイスラム法で認められてきた一夫多妻制や男の側からのみに許された離婚の申し出は撤廃されたが、現実はそう簡単には変わらない。

 頭にはヒジャブ=スカーフを巻き、ジェラバと呼ばれるくるぶしまである長い上衣を着た妊婦サミアはどうなってしまうのか。衝突しながらもやがて険しい顔つきの女主人、アブラが心に封をしていた事件も見えてくる。

 この物語は、大学卒業後にタンジールに戻った監督が経験した実話が下敷きになっているという。

 彼女の両親はドアをノックした妊婦を見捨てられず、結局その女性は監督の実家で出産。数日後に養子縁組のため赤子を手渡すところまで付き添った経験が長くこころに残り、自身が妊娠したときに脚本を書き始めたのだという。

 原題は「Adam」。ユダヤ、キリスト教とも共通した神に創造された「最初の人間」であり「預言者」だ。その名前に希望を託し、また未来はこれから始まる幼い娘ワルダの無邪気さに光を見たのだろう。

 お腹が大きなサミアが作るパンがとても美味しそう。モロッコ料理はクスクスや少量の水で蒸し煮を作るタジン料理が有名だけど、主食だというパンは気にしたことがなかった。

 自宅から歩いて15分くらいのところに美味しいモロッコ料理の店があるんだが、今度行ってあるのか探してみよう。映画もたいへん良かったから、勝手に宣伝してみよう。

映画『モロッコ、彼女たちの朝』

8月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開

監督・脚本:マリヤム・トゥザニ
出演:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディ、ドゥア・ベルハウダ、アジズ・ハッタブ
原題:ADAM
配給:ロングライド
2019年/モロッコ、フランス、ベルギー映画/ビスタサイズ/101分
(C)Ali n' Productions -Les Films du Nouveau Monde -Artemis Productions

公式サイト:https://longride.jp/morocco-asa/

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