8月27日(祝)に、スタジオジブリの最新作『劇場版 アーヤと魔女』が公開される。しかも今回は、ジブリ作品として初のドルビーシネマによる上映も決定している。もともと地上デジタル放送でオンエアされた本作は、どのようにしてドルビーシネマに生まれ変わったのか。今回は、4月中旬に行われた『劇場版 アーヤと魔女』のドルビーシネマ試写会での関係者へのQ&Aセッションの様子を紹介する。また一緒に参加していただいた麻倉怜士さんによる本作のインプレッションも紹介したい。(編集部)

 『劇場版 アーヤと魔女』は、2020年末に地デジのNHK-Gで放送された、スタジオジブリの長編アニメで、同社初のフル3DCG作品であることも話題を集めた。だが本作がドルビーシネマで上映されるということは、映像はドルビービジョン(HDR)、音声はドルビーアトモスで仕上げられていることで、放送用とはまったく違うフォーマット、スペックが求められたはずだ。

 今回、都内某所で開催されたドルビーシネマでの試写会の後、株式会社スタジオジブリ 映像部 部長の奥井 敦さんが、本作をドルビーシネマで上映することになった経緯を話してくれた。

 奥井さんによると、『劇場版 アーヤと魔女』は一年前に完成していたという。当初はNHKでの放送のみ決まっていて、劇場公開については一切未定だったそうだ。しかし2020年末のオンエア頃に劇場公開の話が出て、そこでドルビーシネマでも上映したいと考えたのだという。

 「ドルビーシネマについては、北米で運用が始まった頃からドルビーさんと情報を共有し、研究を進めていました。それもあり、今回の『劇場版 アーヤと魔女』は内容的にドルビーシネマに適していると個人的には思っていました。

 劇場公開にあたっては、これまでの知見を作品に反映させたいと考えました。ドルビーシネマの制作作業は年明けからで、ぎりぎりの完成になってしまいましたが、ひじょうに良い作品に仕上がったのではないかと思っています」

 という奥井さんからの説明を受け、麻倉さんから「先ほどのお話で、『劇場版 アーヤと魔女』は内容的にドルビーシネマにあっていると思われたとのことですが、具体的にはどういったところだったのか、あるいはどういうメリットを活かしたいと思ったのか教えて下さい」という質問が飛んだ。

 これに対し奥井さんは、「映像について、本作はかなり暗いシーンが多いです。その中で光輝くような部分も画面の中に同居しています。そういったハイコントラストシーンも多くありました。

 ただ本作はドルビービジョンでの上映を想定していなかったので、基本的にはSDRで仕上げています。でもSDRだと、暗いシーンではスクリーン上で暗部が潰れて見えにくいということがありました。そのため、暗部を調整して見えるようにしていたという経緯があります。それに対し、ドルビーシネマでは黒を沈めたうえでディテイルがだせるのが大きな特徴でした。

 またハイライト部分では、冒頭のオートバイのヘッドライトのディテイルが、SDRでは全部白飛びしていますが、ドルビービジョンでは明るい輝きを持ちながらも細部までしっかり再現出来ています。これは、オリジナルのCGはそこまで作り込まれていたからです。そういう情報が元のデータにはあったわけで、それをドルビーシネマのスクリーンで復活させられた。それが大きなポイントでした」と話してくれた。

 続いて株式会社スタジオジブリ 制作部 副部長の古城 環さんがドルビーアトモスの音声について解説してくれた。

 「音は基本的には放送用として制作されていましたが、サウンドデザイン自体は5.1chで仕上げていました。今回はドルビーシネマで上映するということで、3日間かけてドルビーアトモスにミックスし直しています。

 基本的には5.1ch版と差がないようにしつつ、冒頭のカーチェイスなどで空間表現を広げるなどの処理を行っています。一番わかりやすいのは、後半でマンドレークが怒って、アーヤが魔法のトンネルを抜けて逃げるシーンでしょうか。

 5.1chではサラウンドチャンネルの帯域制限の問題もあってヴォーカルのみぐるぐる回していましたが、ドルビーアトモスではバンドの音を全部回しています。これにより少し派手さが増すような味付けをしています」と、音質面でも細かい配慮をしていることを紹介してくれた。

 続いてストーリーテリングやキャラクターの表現にドルビービジョンが影響を与えたかについて質問されると、「宮崎吾朗監督が、まるで違う作品を見ているようだとコメントしていました。特にベラ・ヤーガの肌がひじょうに綺麗だったということで、スクリーン上での、キャラクターの描き方もこれからは変わっていくのかなという気もしています。個人的にはアーヤやベラ・ヤーガの瞳の透明感や輝きが目に入ってくるように感じました」と奥井さんが語っていた。

株式会社スタジオジブリ 映像部 部長の奥井 敦さん(左)と、制作部 副部長の古城 環さん(右)。おふたりにはこれまでも多くの取材でお世話になっています

 ここで個人的に気になっていた、ドルビーシネマでのマスターはどのようにして制作されたのかについて質問してみた。

 「元々のマスターは2K解像度で、P3という劇場用色空間で制作しています。放送用マスターは、そこからBT.709の色域に変換しました。ドルビーシネマについても同様に、P3の素材からドルビービジョンに変換しています。

 ただし、放送用はCG映像をSDRモニター上で確認して仕上げましたが、ドルビーシネマはその放送用データを使うのではなく、CGデータに戻って、より輝度レンジの広いデータとして出力しなおしています。解像度は2Kのままで、ドルビーシネマ用のプロジェクターでアップコンバートして4Kで上映しました」(奥井さん)とのことだった。

 確かに本作のドルビーシネマは、派手なHDR効果は狙っていないが、ピークの中の情報量や細かな部分までの色の表現など、ていねいに仕上げられているのが印象に残った。これは、もともとのCGマスターがきちんと作り込まれているからこそで、その情報をドルビーシネマのフォーマットが、あまさず引き出してくれたということだろう。

 最後に本作のドルビーシネマについての宮崎吾朗監督のコメントが発表されたので、引用しておきたい。制作者自身が驚いたというクォリティを、ぜひあなたも劇場で体験してみてはいかがだろう。

 「ドルビーシネマ版の『劇場版 アーヤと魔女』は、3DCGで頑張って作った甲斐があったと感動しました。こんなに細部まで色彩や明暗が美しく見えるなんて。アーヤとベラ・ヤーガのお肌が綺麗で素敵です。音響も含めて、もう一本の映画を観たような気持ちになりました」(宮崎吾朗 監督)

(取材・文:泉 哲也)

『劇場版 アーヤと魔女』は、ジブリの新しい挑戦に溢れている。
ドルビーシネマなら、その狙いを明確に感じ取れるだろう …… 麻倉怜士

 今回は8月27日公開の『劇場版 アーヤと魔女』のドルビーシネマ試写会に参加しましたので、その印象を紹介します。

 お話自体はファンタジーで、ジブリらしい世界観がつたわってくるものでした。舞台がほぼ室内なので、限られた中で緻密な空間を構築している、要素をていねいに配置しているなぁと感じました。

 まず画質面では、本編は2K製作の3DCGをプロジェクターでアップコンバートしているとのことでしたが、上映中はまったくそんなことを感じさせない、4Kライクな画質で楽しめました。

 その映像も、全篇を通じて色の使い方がうまいですね。魔女の部屋は色がなくてモノトーンなのに対し、アーヤの部屋はすごくカラフルで、そのギャップも印象に残ります。また背景は中間色が多いのに対し、魔女やアーヤは原色の服を着ているなど、その対比も綺麗でした。

 ラストシーンからエンディングにかけては、ウォームな色で描かれていますが、このあたりは素材感も含めてジブリ作品らしいですね。3DCGでここまでの手描き風のタッチが再現できるとは思いませんでした。

 もともとはSDRで制作されていたそうですが、今回ドルビーシネマで上映するに際し、オリジナルデータに戻ってドルビービジョン(HDR)化しているそうです。そのことがよくわかるのが、冒頭の高速道路でのチェイスシーンです。ひじょうにハイコントラストで、夕景の空の夕焼けのグラデーションもとても滑らかでした。

 さらにバイクを追いかけるシトロエンのボディのライトもピークまで色が残っています。暗い中での明るいスポットなに、色がちゃんと保たれているところにドルビービジョンの恩恵を感じました。

 サウンドは、5.1chをベースにドルビーアトモスに仕上げたそうです。基本的にはスクリーンから音がでてきますが、バンド演奏のシーンでは、音場が天井方向にも拡大して、高さを伴って再現されています。「EARWIG」というバンドは本作のキーワード、キーサウンドですが、そこがドルビーアトモスを使ってダイナミックに演出されていました。

 後半で、アーヤがマンドレークを怒らせますが、そのシーンではバンドサウンドが最高潮になって、ドルビーアトモスの効果も最大限に発揮されます。こういったシーンと、ドラマシーンのメリハリ感もうまいと感じました。

 そうそう、本作は背景をていねいに書き込んでいるのですが、キャラクターは逆にシンプルでフラットです。そんなギャップをもたせているところも面白かったですね。これもジブリの新しい挑戦ではないでしょうか。

 『劇場版 アーヤと魔女』は画質的・音質的にも見・聴きどころが多い作品に仕上がっています。ドルビーシネマで見ると制作陣の狙いがストレートに伝わってきますね。

『劇場版 アーヤと魔女』8月27日(金)全国ロードショー (c)2020 NHK,NEP,Studio Ghibli