ステレオサウンドがリリースする「オーディオ名盤コレクション〈クラシック篇〉」は、原則SACDとCDの2枚組。SACDは1枚の12㎝ディスクの中にSACD層とCD層を有したハイブリッドディスクではない、シングルレイヤー仕様である。
ハイブリッド仕様のSACDの場合、厚さ1.2mmの中に、レーザー光源側から見て0.1mmにSACD層、0.6mmにCD層が記録されている。読取り時のレーザー光線の波長が異なるため、干渉はないといわれているが、シングルレイヤーSACD盤とハイブリッドSACD盤を聴き比べると音の違いは確かにあって、質感描写のなめらかさや音場の見通しのよさでシングルレイヤーSACDがDSDの特質をよりよく出しているように感じられる。
このことから、何らかの要因でCD層がSACD層のパフォーマンスによからぬ影響を及ぼしていると考えられ、それゆえ音質にこだわるSACDはシングルレイヤー構造を採用し、ステレオサウンドもそれにならっているわけだ。老婆心ながら、SACDの記録層は前述の通り表面に近いため、傷などに敏感ということも知っておきたい。
SACDという最良の器に盛り付けられた
見事なデッカ・サウンドを賞味できる
ということで今回紹介するのは、リヒテルのピアノ独奏、カラヤン指揮とウィーン交響楽団による『チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番』、ショルティ指揮ウィーン・フィルの『ワーグナー:ザ・ゴールデン・リング〜楽劇<ニーベルングの指輪>ハイライツ』である(ワーグナーのみSACD1枚のみ)。
いずれもオリジナルアナログマスターテープからダイレクトにデジタル・トランスファーされたもので、イコライジング等はいっさい施されていない。
オーディオ名盤コレクション シングルレイヤーSACD+CD
『チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番/スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン交響楽団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドS SSHRS-053〜054)¥5,500(税込)
●仕様:シングルレイヤーSACD+CD
●録音:1962年9月24〜26日 ウィーン、ムジークフェラインザール
●プロデューサー:Otto Ernst Wohlert
●バランスエンジニア:Gunter Hermanns
●編集:Rolf Peter Schroeder
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/recordshop/3414
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル
03(5716)3239(受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)
リヒテル盤は人気もあり、これまでも音質に配慮した盤が複数リリースされてきたが、このステレオサウンド版は決定版といっていいかもしれない。ステレオ制定後の初期の録音ゆえ、テープヒスなど必ずしも最上のコンディションとは言い難いが(そのままという点がフラットトランスファーの何よりの証拠)、リヒテルとカラヤンががっぷり四つに組んだ横綱相撲的で、まさしく丁丁発止のスリリングなコンチェルトといえよう。
リヒテルの繰り出すメロディーはスケールが大きく、とにかく力強い。ダイナミクスも申し分なく、指揮者への闘志メラメラと称されてきたこともうなずける。カラヤンもそれを受けて立つ構えで、ピアニストの大家の前にウィーン交響楽団を従えて堂々とそびえ立っている。
本SACDは、そうしたやりとりをスペクタキュラーに提示してリスナーを魅了する。重厚な独奏ピアノは、DSDのハイスペックが成せる部分であり、第1楽章冒頭から雰囲気が華やかに感じられるのは、マスターテープにしっかりと収められていた独奏者リヒテルと指揮者カラヤンの対抗意識が、今回のフラットトランスファー版でより顕わになったといっていいだろう。この辺りがレギュラーCDではいささか希薄であって、細部のクリアネスに魅了させられるのは明らかにSACDなのである。
オケに怯むことなく、力強い打鍵を伴なったピアノがスピーカー間に浮かび上がるさまが圧巻の第1楽章。いっぽう第2楽章では、オケとピアノが親密に対話しているようで、軽やかで穏やかなムード。そして第3楽章は再び対決の構図。そうした楽章ごとの雰囲気の違いやコントラストがSACDはより明確だ。
疾走するがごとく引き離しに掛かるリヒテル。カラヤン率いるオケがそこを必死に食らい付く。帝王の荒い鼻息が聞こえてきそうで、奏者間のそうした妙もまた実におもしろい。
オーディオ名盤コレクション シングルレイヤーSACD
『ワーグナー:ザ・ゴールデン・リング〜楽劇《ニーベルングの指環》ハイライツサー・ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSSHRS-055)¥5,500(税込)
●仕様:シングルレイヤーSACD●録音:1958年、1962年、1964年、1965年 ウィーン、ゾフィエンザール
●プロデューサー:John Culshaw、他
●録音エンジニア:Gordon Parry、他
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/recordshop/3415
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル
03(5716)3239(受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)
ショルティ盤は歴史的録音と誉れ高い“リング”の定番中の定番。とはいえ全集ともなれば組枚数も多くなり、オペラファン以外には少々冗長に感じられることも事実。そこで登場したのが、人気のある名場面や有名なシークエンスを抜粋した本ハイライト盤というわけだ。
大規模な作品だけに、これまで全曲録音に臨んだ例はさほど多くはないが、それらが束になって掛かったところで、このショルティ盤を凌ぐものはないのではなかろうか。ニルソンやホッター等のワグネリアンを準備した隙のないキャスト、完璧なディレクション……。この緊張感が舞台収録ではなく、観客を入れないセッション録音というのだから恐れ入る。
スペクタキュラーな劇が眼前で繰り広げられているかのような迫真的リアリティに、オーディオファイルならば誰しも陶然としてしまうのではないだろうか。戦慄すら抱くトラック1『ラインの黄金』からの「神々のヴァルハラへの入城」は、左右に配されたハープのワイドな展開、地を這う低弦の響きとティンパニのロールを伴ない、ヴォータンの歌唱もたいそう力強い。
映画『地獄の黙示録』のベトコン村襲撃シーンでお馴染みのトラック2『ヴァルキューレ』の「ヴァルキューレの騎行」も、豪快にして強靭なサウンド。SACDの音はたいそう逞しく、ヘリコプターからの機銃攻撃による無残なあのシーンが脳裏をよぎる。
トラック4『神々のたそがれ』からの「ジークフリートのラインへの旅」では、ブリュンヒルデとジークフリートの独唱が雄大かつ重厚なオケのアンサンブルを背にドラマチックに描かれる。中間部の優雅な旋律を先導するのは弦の合奏。SACDはそれが実になめらかであると共に、屈強なイメージだ。
見事に精緻なデッカ・サウンドがSACDという最良の器に盛り付けられ、それを賞味できる感動は尽くしがたい。そう思うと、一般に流通しているレギュラーCDはいささか縮こまった音という印象が拭えないのだ。