新型コロナの影響による公開順の変更に初めてのTVシリーズ。不安もあったが……

 『マンダロリアン』でそうとうに盛り返したとはいえ、『スター・ウォーズ』のシークエル・トリロジー(エピソード7~9)は失敗だった。ファンにおもねるよりは新しい銀河の物語を、とぼくは『最後のジェダイ』の革新を支持したけれど、それも間違っていた。

 3部作が有機的に絡み合うことはなく、魅力が薄れて最近はこの3本を(“スター・ウォーズ”なのに!)観なおすこともないんだもの。当初はオブザーバーの立場に就いて草案を提出したジョージ・ルーカスもシリーズから距離を置くようになってしまった。

 ルーカス・フィルムの代表になったプロデューサーのキャスリーン・ケネディには荷が重かったんだな。けれどもS.W.ファン育ちのデイヴ・フィローニとジョン・ファヴローが船頭になった今後には期待できる。彼らは来るべき『マンダロリアン』シーズン3と寡黙な賞金稼ぎの物語『ザ・ブック・オブ・ボバ・フェット』をどう描き分け、またどう並走させるだろうか。本当に楽しみだ。

 一方『ワンダーウーマン』や『アクアマン』、そして『ジョーカー』と単発型の快作、傑作はあるけれど、DCコミックス映画もユニバースの広がりと関係性は獲得していない。映画フランチャイズとしては、2008年の『アイアンマン』でスタートし2019年の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』まで23本が製作されたマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の独壇場になっている。

 当初は昨年の5月公開予定だった『ブラック・ウィドウ』から新章フェイズ4がスタートするはずだったMCUだが、新型コロナウイルス感染症拡大のため『ブラック・ウィドウ』は公開が今年の7月まで3度延期され、フェイズ4は今年1月に配信が始まった『ワンダヴィジョン』、3月からの『ファルコン&ウインター・ソルジャー』、そして今月9日にスタートした『ロキ』と、3つのTVシリーズが先行することになった。

 MCU初のTVシリーズ、それも箸休め的なひねった作りということで少しの不安もあった『ワンダヴィジョン』だったが、こう来たかという異色作に仕上がっていて舌を巻いた。フランチャイズ全体に目を配り統括する指揮者の力でこれほど差がつくのか。改めてMCUの知恵袋、プロデューサーのケヴィン・ファイギに拍手を送りたくなる。

『ワンダヴィジョン』

『ファルコン&ウインター・ソルジャー』

『ロキ』

『ワンダヴィジョン』の“シットコム”がもたらす違和感の行方

 世界でいちばん成功した漫画おたく。1973年生まれのファイギは今年48歳。2007年からマーベル・スタジオの社長を務め、『ブラックパンサー』では史上初めてアメリカン・コミックス映画がアカデミー作品賞にノミネートされ、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞の3部門を受賞した。

 プロデュースした映画の世界累計興収は268億ドルを突破。2019年にはアメリカ映画製作者協会からデヴィッド・O・セルズニック劇場映画功労賞を贈られ、同年にコミックス、テレビ、アニメーション部門を含むマーベル・エンターテインメント全体をハンドリングするチーフ・クリエイティヴ・オフィサーに就任した。

 マサチューセッツ州ボストンに生まれ、ニュージャージー州で育ったファイギは、ジョージ・ルーカスやロン・ハワード、ロバート・ゼメキスらを輩出した南カルフォルニア大学の映画芸術学部に進学。在学中にローレン・シュラー・ドナー(『スーパーマン』のリチャード・ドナー監督の奥さん)のアシスタントになったファイギは、マーベルコミックへの並外れた知識を買われて、彼女が手掛けた『X-MEN』(2000年)のプロデューサー補に抜擢される。

 『XーMEN』の製作総指揮を務めていたマーベル・スタジオの会長アヴィ・アラッドに認められ助手として働くことになったなったファイギは、2000年代の半ば、スパイダーマンとXーMEN以外のキャラクター権利がマーベルにあることを踏まえ、1960年代にスタン・リーと作画家のジャック・カービーが行ったシェアード・ユニバースを映画で実現することを考え始める。MCUの萌芽だった。

 これまであったシリーズという形ではなく、登場人物や事件が複雑に絡み合うユニバースという体裁。TVシリーズが組み入れられ、公開順も替わって輪郭がボケるのではと懸念もしていたフェイズ4だけれど、それは全9話の『ワンダヴィジョン』の回を追うごとに霧散する。

 たいしたもんだなあ。TVシリーズの長尺が変調子となって、コロナ禍で生じた1年半の空白をカバーしている。結果、滑走路が長い、いい塩梅の新章プロローグになっているのだ。

 画角は1.33:1のテレビサイズ。モノクロ画面。そして1950年代のインテリア。郊外の住宅地ウエストビューの町に新婚のワンダ・マキシモフと人造人間ヴィジョン夫妻が引っ越してきて『ワンダヴィジョン』は幕をあける。

 ワンダは『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で本格登場した東欧の小国ソコヴィア出身の強化人間。強力な念動力と精神操作力を持つ。ヴィジョンは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で額のマインド・ストーンをむしり取られ、絶命したはずのキャラクターだ。

 共に望まぬ運命のなかで生まれた孤独なヒーローで、いつしかふたりは共鳴し愛をはぐくむようになる。やがて『ワンダヴィジョン』は、サノスの指パッチン(The Blip)のあと、『アベンジャーズ/エンドゲーム』以降が舞台になった物語であることが判明し、ならば世界の異変を感じさせぬこの明るい作劇はなんなんだ? という違和感がストーリーを引っ張ることになる。

 『ワンダヴィジョン』は古くは1950年代の『アイ・ラブ・ルーシー』、近年でも『フルハウス』や『フレンズ』が人気の、アメリカTV界伝統の“シットコム”を模した新婚さんのホームドラマだ。

 シットコムの語源はシチュエーション・コメディで、同じ場所、同じ人物たちによって繰り広げられるドタバタ喜劇を指す言葉。画面はモノクロからカラーに替わり、アスペクトもワイドサイズに。時代も70年代、80年代と下ってゆく。

 やがてこのシットコムという形式(それに倣って今回は各話が30分ほどの短めのエピソードになっている)がワンダとヴィジョンの不可思議な生活、違和感と深いところで結びついていることが明らかになる。ただのパロディではないのだ。さすがはMCUである。

 FBI捜査官のジェームズ・E・ウーは『アントマン&ワスプ』に、メガネの天文学者ルイスは『マイティ・ソー』シリーズにナタリー・ポートマンの親友役で顔を出していたキャラクターだ。

 そして『キャプテン・マーベル』の元空軍パイロット、マリア・ランボーの娘モニカも登場し、幕切れでは超意外な人物が現れて「彼が会いたいと言っている」と告げて、空を指さす。

 ここでの彼とは『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のエンディングで、どこかの宇宙船内で暮らしているニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)そのひとだろう。

 今後のMCUが、ファイギが語るところの“コズミック・サイド”(スペースオペラ)に伸長することが告げられ、シットコムで始まった『ワンダヴィジョン』は、来年3月公開予定のベネディクト・カンバーバッチ主演『Doctor Strange in the Multiverse of Madness(原題)』につながりそうな気配で幕を下ろす。

 これまでを知っているファンは驚き、初見の向きも充分に楽しめる作り。ファイギの手際は鮮やかである。

バトルアクション×胸熱バディ! 『ファルコン&ウインター・ソルジャー』

 つづく『ファルコン&ウインター・ソルジャー』は、一転、スピーディーでダイナミックな空中戦で幕をあけるMCU王道のバトル・アクションだった。

 主な登場人物は以下の5人。

▽サム・ウィルソン/ファルコン
 キャプテン・アメリカ/スティーヴ・ロジャースの親友だった元落下傘部隊兵。米軍で開発されていたフライトスーツをまとい、大空を舞う熱血漢。背中のパックにドローンタイプの偵察攻撃機レッドウィングを装着しており、「レッドウィング、行け!」と声に出して命令するのがカッコいい! 『エンドゲーム』でスティーヴから譲り受けた、キャプテン・アメリカの象徴である盾の行方が物語のカギを握る。

▽ジェームズ・“バッキー”・バーンズ/ウィンター・ソルジャー
 スティーヴの無二の親友だった青年軍曹。第二次大戦中に行方不明になり、悪の組織ヒドラにより回収されて、肉体を強化、洗脳されて暗殺者ウィンター・ソルジャーとして蘇った。洗脳が解けたあとも過去の行いがフラッシュバックし、善悪の狭間で苦悩する異色のヒーロー。周囲から目つきが悪いとたびたびイジられている。

▽カーリ・モーゲンソー
 指パッチンで消えていた人々が戻った世界を、国境のないひとつの国にすることをもくろむ武装集団フラッグスマッシャーズのリーダー。難民の少女であり、超人血清を打たれてスーパーソルジャーになっている。合言葉は「世界はひとつ。人間もひとつ」。

▽ヘルムート・ジモ
 『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』に登場したソコヴィアの暗殺部隊エコー・スコーピオンの元隊長。正義を振りかざして故郷を壊したアベンジャーズ壊滅をもくろむが、拘束され、ベルリンの刑務所に収容されている。裏社会に明るく、超人血清流通の経路を知る彼の力を借りるため、サムとバッキーの手助けで脱獄し、自由の身となる。元は貴族でお金持ち。

▽ジョン・ウォーカー
 テロ掃討計画や人質救出作戦に何度も参加し、名誉勲章を受けたエリート兵士。第2話「星条旗を背負う者」で、国防総省によって混乱する世界を救う2代目キャプテン・アメリカに任命される。演じるワイアット・ラッセルは、カート・ラッセルとゴールディ・ホーンの息子。どこかいらつく顔をしている。

 この5人に、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』などでサムやバッキーと行動を共にした諜報員シャロン・カーター/エージェント13、アイアンマンの意匠を継ぐジェームズ・“ローディ”・ローズ/ウォーマシンらおなじみの面々が絡んでストーリーが進行する。

 朝鮮戦争時代に騙されて血清を打たれ、人体実験に利用された老いた黒人イザイアの「奴らは絶対にブラックマン(黒人)をキャプテン・アメリカにはしない。しようにも自尊心のある黒人はそんなものは引き受けない」という言葉。

 登場人物の多くが傷ついている『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』は虐げられた者と人種差別をめぐる物語でもあり、イザイア老人に扮するカール・ランブリーが味のある名演だ(最近では『ドクター・スリープ』でかつてスキャットマン・クローザーズが演じていたホテルの料理長に扮していた)。

 世界が分断されている現実世界に向けた社会派のメッセージも匙加減が絶妙で、必要以上に重くはしない。まずはアクション・エンタテインメントなのだ。

 最後には肩を組んで去ってゆくサムとバッキー。定番ながらバディ(相棒)作品として胸熱になる、いい幕切れである。と思っていたら、また気になるポスト・クレジット・シーンがついているよ! バッキー、また暗くなりそう。

 フェイズ4最初の2作でこの面白さだから、MCUの独走はまだ当分はつづきそうだ。次の『ロキ』ではユーモアを増量して、トム・ヒドルストンの魅力を全面に押し出してくるだろう。義理のお兄ちゃん、マイティ・ソーは出てくるのかな。出てきてほしいな。

『ワンダヴィジョン』
『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』
『ロキ』
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