ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が提供している動画配信サービス「デジタル・コンサートホール」で、ハイレゾ・ロスレス音声によるコンテンツ配信がスタートした。従来はロッシー圧縮のAACが使われていたが、6月1日からはロスレス圧縮のFLACも採用されている。48kHz/24ビットクォリティでのスタート(後々は96kHz/24ビットも配信予定)だが、AACからFLACになることで、配信される演奏の印象はどう変化するのか。ベルリン・フィルの現地にも度々足を運んでいる麻倉さんに、その違いを体験してもらった。(編集部)。

デジタル・コンサートホールはiPhoneやアンドロイドスマホ、Apple TVなどで視聴可能な動画配信サービスだ(月額¥1,940)

 ベルリン・フィルの「デジタル・コンサートホール」は、2009年にスタートし、今年で12年目を迎える動画配信サービスです。そこではベルリン・フィルコンサートのアーカイブやリハーサル風景といった貴重な映像を楽しむことが出来ます。

 その品質も進歩しています。特に最近はパナソニックとの協業などもあって、4K映像の配信も増えてきていました。しかし残念ながら音声は48kHz/24ビットのAAC圧縮音源でした。私は以前からその点が気になっていて“映像は4Kなのに音声がAACってどういうこと?”と何回もベルリン・フィルに問い合わせをしていたくらいです。

 なぜなら、ベルリン・フィルは世界最高のオーケストラです。その世界最高の演奏を、なぜ圧縮音声で聴かなくてはいけないのか! それほど悲しいことはないと、ずっと言ってきたのです。

 先日、そのベルリン・フィルから、デジタル・コンサートホールをロスレス音声で配信するという発表がありました。オーディオコーデックのFLACを使い、まずは48kHz/24ビットで配信されるそうです。これは本当に嬉しい!

FLAC再生に対応したアプリをインストールしたApple TV 4Kを麻倉邸のAVセンター、マランツ「AV8805A」につないで、JBL「K2 S9500」による2chで再生した。映像はJVCの4Kプロジェクター「DLA-Z1」で投写している

 今回はベルリン・フィルのご厚意でロスレス配信のテストコンテンツを体験させてもらいました。テストアプリをインストールしたApple TV 4Kをわが家のシステムにつないで、いくつかのコンサートを再生しました

 同じ48kHz/24ビットのFLACとAACの違いを聴いたわけですが、この段階でもはっきり差がありました。圧縮と非圧縮の違いが明確に確認できたのです。

 結論から言うと、ベルリン・フィルとはこんなに凄いオーケストラだったのだ……ということが、改めて確認できました。

 そもそもデジタル・コンサートホールは4K映像でひじょうにコントラストが豊かで、ディテイルもしっかり再現されています。しかし、そこにAAC音声というのはまったくもって、いただけない。音のプアさが余計目立つのです。それもあり、FLACというロスレスフォーマットの恩恵が際立ったのでしょう。

配信されているコンサートの詳細情報も表示可能

 よくいわれることですが、ベルリン・フィルの奏者は、ひとりひとりが世界最高のソリストであり、アンサンブルでも世界最高なのです。FLACだとまさに個々の演奏が浮き立ってきて、さらに4K映像の視覚効果と相まって、実に素晴らしい演奏だという印象が深い。それが聴く人に感動を与えてくれるのです。これはとても貴重な体験です。

 最初にパーヴォ・ヤルヴィ指揮、イゴール・レヴィットの演奏による「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番」を再生しました。AACでは第1楽章冒頭の変ホ長調の大トゥッティが、スケールが小さくて遠くから聴こえてくるようでした。ピアノが硬くてメタリックで、オケも薄い。

 しかしFLACになると、充実感、緻密さがまったく違う。さらに音に体積が感じられます。中身も緻密になった印象で、つまり大きくて濃いのです。もちろんスタインウェイらしいピアノの剛性感、テンションもリアルに感じられます。倍音の伸びや煌めきが正しく出てくるのですね。

 その他にも、クラリネットに音色感、濃密さがあり、それがバイオリンと合奏する時でも、それぞれの音がちゃんと立っています。オーケストラの楽器配置の関係もあって、実際の演奏ではクラリネットの音はわずかに遅れて聴こえます。AACではそんな微妙な差はわかりませんが、FLACだとしっかり判別できて、それが生々しさ、ヴィヴットな音色感につながっていると聴きました。

詳細情報の右側に映像と音のクォリティを示すマークが付いている。ここに「Hi-Res AUDIO」マークがあるコンテンツは、FLACで配信されていることを示している。FLAC音声を再生したい場合は、音質設定メニューで「ハイレゾ」を選択しておくこと

 次にダニエレ・ガッティ指揮の「ショスタコーヴィチ:交響曲5番」。ガッテイ、カムバックですね。第4楽章でピッコロを筆頭にオーケストラがトリルを強く弾いて、そこからクレッシェンドしていきますが、AACでは最初から音が硬く、リソースが少ない。オケの分離も甘くて、混濁感があります。でもFLACになると、ピッコロの急峻さ、オケの音場感の盛り上がりのリニアリティが濃いのです。ピッコロ、弦、金管の分離感もしっかり再現できています。

 ショスタコーヴィチの複雑なスコアを読むように音が聞こえ、オーケストレーション、楽器配置などの音情報も実にリアルです。

 ベルリン・フィルのホールの特性も伝わってきました。このホールの特徴は、観客がいてもいなくても、残響がほとんど変わらないことだそうです。座席のマットが厚くて音を吸ってくれるので、観客の入り方によって響きが変わらないように考えられているのです。しかも、響き自体は豊かに設計されていて、同時に直接音も綺麗に再現でます。

 そのため、録音の際はメインマイクをどこに置くかが重要になるそうです。上側に置くとホールトーンが多く入るし、下寄りに置くと直接音が増えます。ベルリン・フィルのスタッフは、収録する曲の内容によって最適な位置を選んでいるそうです。

インプレッションのメモを取りながらFLACの音質を確認する麻倉さん。待望のロスレス音声化に喜びもひとしお

 次に小ホールでの、ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第12番」を聴きましたが、ここでは冒頭の解説の声も確認しています。AACでは高音が伸びないし、まったりとした、なまったドイツ語に聞こえます。でもFLACなら子音の撥音がしっかり出てきて、ドイツ語らしく輪郭が立った明瞭な声になりました。これには驚きましたね。

 弦楽四重奏におけるエネルギー感の発露もFLACでは明瞭です。この曲はひとりひとりの演奏もハイテンションで、お互いに協調してひとつのアンサンブルを作ると共に、それぞれの演奏が目立たなくてはいけない。その得も言われぬテンションが、AACではまったく汲み取れず、お団子になってしまいます。それがFLACでは、4人の個個のパフォーマンス、互いのやりとり、呼吸がしっかり出てきたのです。弦楽四重奏という音楽特有のテンションが楽しく味わえました。

 過去のアーカイブからヤンソンス指揮「ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調」も見ました。映像はアスペクト比4対3で、SDからのアップコンバートです。ここでもAACではメタリックな印象で、混濁してすっきりしません。FLACは開放的になって、ショスタコーヴィチらしい重々しいはじけ感がクリアーになってきました。

ベルリン・フィルでの作業イメージ

 音楽作品は、単純に音を伝送するものでなく、音のよさを媒体にして音楽の本質を伝えるのが最終目標です。そう考えるとAACはせっかくの音楽のエッセンスをかなり削っていました。

 ベルリン・フィルはベルリン・フィルの音で聴きたいというのは音楽ファンの根本的な思いですから、その意味ではAACでは本当にベルリン・フィルの演奏を聴いたとは言えません。今回FLACになって、やっとベルリン・フィルの芸術に触れることができると思います。

 現在は実際のコンサートに行くのは難しい状況ですが、配信でここまでリアリティある映像と音が楽しめるのであれば、これは家庭でのハイエンドなエンタテインメントになり得ると思います。

 デジタル・コンサートホール自体も、今後は96kHz/24ビットに発展していくとのことで、どんな音が楽しめるか期待しています。またその先の展開として、AURO-3Dを使ったイマーシブの世界にも進んで欲しいと強く思います。コンサートとはホールの音、響きをも楽しむものですから、イマーシブの価値は大いにあると確信します。

※6月7日公開の後篇では、FLAC配信に関するベルリン・フィルの担当者氏へのQ&Aを紹介します

※ハイレゾ対応再生アプリのダウンロードはこちら