オーディオのメインのメディアがレコードからCDに置き換わろうとした頃、その動きをもっとも支持したのはクラシック愛好家だった。それは単にヒスノイズやスクラッチノイズといったアナログ特有の問題がクリアーしただけでなく、ダイナミックレンジやS/Nの拡大、さらには盤を裏返したり、交換したりといった再生時の煩わしさから解放されたことも大きかった。
他方、SACDが今もこうして音のいいメディアとして重用されているのは、ひとえにクラシック好きのオーディオファイルの存在がこれまた無視できないと私は思う。12cmディスクメディアの世界的な市場縮小の中で、クラシックSACDはいまもってコンスタントにリリースされている。ステレオサウンドがシリーズ化する「SSリファレンスレコード/オーディオ名盤コレクション」も、そうした動向に呼応した頼もしい存在として私には映る。
ディスク再生の魅力を再確認できる名曲、
名演奏のフラットトランスファーSACD
さて、3月下旬にリリースされた最新4タイトルの中から、今月はロッシーニとヴィヴァルディの定番2枚を紹介しよう。いずれも音質にこだわったシングルレイヤーSACDとCDを収め、フィリップス原盤/デッカ・レーベル所蔵のアナログマスターテープからフラットトランスファーにて制作される。
独奏ヴァイオリン/フェリックス・アーヨとイ・ムジチ合奏団の『ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」』は、半世紀以上前の1959年録音ながら、いまだにこれを超える演奏はないと称せられる、この楽曲の歴代吹き込みの定番中の定番といわれるもので、本楽曲を普及させた本丸的存在だ。
オーディオ名盤コレクション シングルレイヤーSACD+CD
『ヴィヴァルディ:協奏曲集《四季》/フェリックス・アーヨ(vn)、イ・ムジチ合奏団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSHRS-051〜052)¥5,500(税込)
●仕様:2枚組(シングルレイヤーSACD+CD)
●録音:1959年4月29日〜5月6日 ウィーン
●プロデューサー:Vittorio Negri
●エンジニア:Tony Buczynski、Hans Lauterslager
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_sacd/3413
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル
03(5716)3239(受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)
私も長らくLP(復刻盤)を愛聴してきたが、今回のSACDを聴いて、最早手持ちのLPは棚にしまってもいいかなという気持ちになった。それほどこの12cmDSD盤の音は、覇気に満ちたリアリスティックな演奏に聴こえる。
第1番「春」の第1楽章は、メロディが織り成す弦のハーモニーが実に優雅なムードを醸し出す。穏やかで品格に満ちたサウンドが、まさしく“フワリ”と広がる様は、SACDの真骨頂だろう。なめらかで流麗な響きがリスナーから少し距離を置いて立体的に展開する。
これに比べると、一般に流通しているCDの音は、まず絶対的なステレオイメージのキャンバスが狭い。ヒスノイズはよく抑えられているが、それと引き替えなのか、メロディの抑揚、ハーモニーの厚みも抑えられ(整理され)ているように聴こえる。すなわち、新たなDSDマスタリングがこの名演の情報量を余さず拾い出している証ともいえそうだ。
SACDの音に戻ろう。旋律の激しい緩急がダイナミックに展開する第2番「夏」の第3楽章は、力強い重奏によって猛烈に変化する情景が描写される。切れ込みの鋭い旋律が高処に達したかと思うと、一気に地べたへと叩き付けるように落下する。その急速調の上昇・下降の反復の様子は真にすさまじい。イ・ムジチ合奏団の一糸乱れぬアンサンブルである。
このパートをレギュラーCDで聴くと、ややコンプがかかっているんじゃないかと感じるほどダイナミクスが乏しい。加えて、何だかテンポが重たく感じられる。
SACDで聴く第3番「秋」の第1楽章は、穏やかでまろやかな響きが心地よく、カラフルな色合いを感じる。これに比べるとCDは色数が少ない。また、SACDはチェロの躍動的なメロディが印象的だが、CDはやや一本調子だ。第4番「冬」の第1楽章は、凍てつく寒さを感じさせるのは断然SACDである。
オーディオ名盤コレクション シングルレイヤーSACD+CD
『ロッシーニ:弦楽のためのソナタ集(全6曲)、二重奏曲、パガニーニによせてひと言、涙/サルヴァトーレ・アッカルド(vn)、シルヴィー・ガゾー(vn)、アラン・ムニエ(vc)、フランコ・ペトラッキ(cb)、ブルーノ・カニーノ(p)』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSSHRS-047〜050)¥10,120(税込)
●仕様:4枚組(シングルレイヤーSACD2枚+CD2枚)
●録音:1978年10月21〜27日スイス、ラ・ショードフォン
●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_sacd/3412
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル
03(5716)3239(受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)
『ロッシーニ:弦楽のためのソナタ集』は、ロッシーニ初期の弦合奏の人気盤。溌剌としてダイナミックな演奏が堪能できるDSDの恩恵は図り知れない。ロッシーニ少年期の作ならではの若々しく躍動的な、今風にいえば“乗りのよさ”が全面に溢れ出ており、今回のマスタリングがそれをていねいに再現しているのがいい。生命感に溢れた響き、演奏とは、まさにこうした録音を評するのだろう。初々しさと明るさが横溢しているのだ。
イタリアの作曲家の作品のイタリア人による演奏で、しかも指揮者なし、最小単位の4人の室内楽編成という点が、本作の肝といえる部分で、それ故各人の音にフォーカスした鮮明かつ生々しい演奏が聴けるのも、本録音を名盤たらしめている要素かもしれない。
SACDの音は、まさに弦4挺の旋律の個々の動き、あるいは合奏部の調和がクリアーに見通せる。微動だにしない音像定位がスピーカー手前に迫り出し、各人の並びが扇状に展開して、その奥にスーッとプレゼンス感が広がるイメージだ。左右チャンネルに配されたヴァイオリンの鋭い旋律、やや中央寄りの右に定位するコントラバスと、同じく中央左寄りに定位するチェロの朗々とした響きは実にゴージャス。
その中でも、やはりサルヴァトーレ・アッカルド(おそらく左チャンネル側に定位するヴァイオリン)の存在感(目立ち方)は際立っており、ソナタ第2番の第2楽章の憂いを帯びたメロディの豊かな表現にはシビレるし、続く第3楽章の活発な弓の運びも実に意気揚揚とした感じだ。CDではこの辺りにやや刺々しさが感じられる。
個人的には、編成がヴィオラでなく、チェロとコントラバスを擁した四重奏という点が、本録音のダイナミクスに寄与していると感じる。つまり、低音部の充実がアンサンブルの底辺(重心)をがっちりと支え、中・高音部を担うヴァイオリン2挺の躍動感を引き出している。その辺りもSACDの方に圧倒的な優位性(安定感)を感じる。
ディスクメディア、とりわけSACDにはSACDなりのよさがある。それが再確認できた最新2タイトルであった。