映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第54回をお送りします。今回取り上げるのは、社会の片隅でひっそりと生きている3人の女の子の姿を描いた『海辺の彼女たち』。苦悩の先に未来はあるのか? とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『海辺の彼女たち』
5月1日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
クリームやポリス、ニルヴァーナ。英国80年代のダブ・パンク・バンドのザ・スリッツ。最近ではリーガルリリーやHump Back、Lucie,Tooといった日本のガールズ・バンドが泣けるくらいいい。
ベース、ドラムス、それにたいていはヴォーカルとギター。3人組という編成にはどこか不安定な、解散しながら活動している気配があって、そのはかなさと力強さが聴き手を魅了するのだろう。スリー・ピースのロック・バンドは永遠だ。
この映画も3人の女の子を主人公にした物語である。楽器の代わりに大きなバッグを抱えて、夜の町を歩いている。彼女たちはベトナムから来た技能実習生で、家族のために多くの借金を抱え、仕送りをし、北の漁村に逃げ出してきたのだ。
そこでも安い賃金で、ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら3人で暮らしている。トタン葺きの漁師小屋の隅っこで。段ボール箱のなかで体を寄せ合う野良猫のように。
ミャンマー人の移民家族の姿を描いて評判を呼んだ『僕の帰る場所』の新人・藤元明緒監督の長篇第2作。粉雪が舞う道。偽造の在留カードと保険証。一ヵ所を除いて音楽が流れる場面がひとつもない。それなのに、頭のなかではギターがかき鳴らされるのだ。
情感と発見のあるいい映画だと思う。フォンとアンとニュー。異国からこの国に来て水平線の向こうを見つめる3人。演じるベトナム出身の新人女優の魅力を監督がみごとに引き出している。
どのように描けば観る者に過不足なく物語が伝わるかを会得しているのだ。1988年、大阪生まれの藤元明緒監督。伸びるんじゃないかと思う。大事なことだからもういちどちいさく言ってみよう。藤元明緒監督の未来に期待をしたい。将来が本当に楽しみな作り手だ。
次はもう少し予算がついて、解像度の高いカメラ、いい絵筆で風景を描けたらさらに物語に奥行が生じるだろう。受賞はならなかったけれど、アカデミー撮影賞にノミネートされた新人ジョシュア・ジェームズ・リチャーズが撮影監督を務めた『ノマドランド』のように。
ストーブのオレンジ色の光りに照らされ眠りにつく少女フォンに幸あれ。今年のベストテン級の青春映画だと思う。
『海辺の彼女たち』
5月1日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
監督・脚本・編集:藤元明緒
出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー
英語題:ALONG THE SEA
配給:E.x.N.
2020年/日本=ベトナム/シネマスコープ/88分/5.1ch
(C)2020 E.x.N K.K. / ever rolling films
公式サイト https://umikano.com/