幅広い世代に人気のアナログレコードプレーヤーに、興味深い提案が盛り込まれたアクセサリーが登場した。倉敷化工株式会社が「GRESIM」ブランドで発売するアクティブオーディオボード「HIBIKI-65」は、レコードプレーヤーの設置環境を整えることで音質改善を狙った製品である。このモデルはどのようにして誕生し、どんな特長を持っているのか。今回はHIBIKI-65の開発陣にリモートインタビューを実施した。インタビュアーは山本浩司さんにお願いしている。(編集部)

アクティブオーディオボード
GRESIM HIBIKI-65 ¥2,200,000(税込)

●特長:外来振動をアクティブ制御、6自由度アクティブ制御(並進3方向、回転3方向)、ボタン操作ひとつでオートレベリング(自動水平調整)可能、レイアウト変更・移動時は搭載面の固定も可能、搭載質量に応じた調整量(ゲイン)を自動出力
●最大搭載質量:100kg
●寸法/質量:W600×H84×D500mm/28kg

山本 今日はよろしくお願いします。倉敷化工さんは、今回オーディオ関連の商品を初めて開発されたとのことですが、まず御社はどんな会社なのかを教えて下さい。

吉田 倉敷化工の東京支店で「HIBIKI」を担当している吉田と申します。弊社は1964年に創業しました。マツダの関連会社として、自動車用のエンジンマウント、サスペンションブッシュ等を生産しています。またその技術を活かして、産業用の防振・防音機器も製造しており、音楽スタジオでもお使いいただいています。アクティブ除振台(機器の下に置いて不要な振動を取り除く台座)も30年ほど前から製造しています。

山本 今回は新たに「GRESIM」というブランドを作ったそうですが、これはどういう意味なのでしょうか?

吉田 弊社の造語で、読み方は「グレッシム」です。“GREat Sound IMprovement”、素晴らしい音質改善を目指して、アナログプレーヤー、レコードが持っている音質を楽しんでいただきたいという思いを込めています。

 倉敷化工はもともと防振ゴムや除振台といった振動対策機器のメーカーですので、レコードプレーヤーに伝わる外部振動を取り除いて、いい音を楽しんでもらおうというアクセサリー機器用ブランドになります。

山本 アクティブオーディオボートの元になったアクティブ除振台は、精密な設置が求められる現場で使われていると聞いていますが、主な用途を教えて下さい。

吉田 例えば、半導体やフラットパネルディスプレイの製造工程では、微細な部品を加工・検査する必要があります。回路をナノレベルで描いていく工程になりますので、人が歩いた時の振動、周りで装置が動いた時の振動が伝わると不良が発生したり、不良を見分けることができません。

 中でも電子顕微鏡では画像がぶれてしまうと、原子の配列などが見えなくなってしまいます。それをしっかり判別できるように、体感ではわからないレベルの振動を取り除くために使われています。

「HIBIKI-65」の操作部はひじょうにシンプル。ディスプレイ右側の電源を入れ、写真左端の「SET」ボタンを押すだけで準備が完了する。表示部の1〜4がアクチュエーターの動作状況を示している

山本 なるほど、かなりシビアな条件で使われる機器ということですね。まさにB to B(Business to Business、企業間取引)の典型のようなジャンルだと思いますが、今回はそこから趣味のオーディオの世界に参入されたわけです。この展開には、そもそもどういったきっかけがあったのでしょう。

吉田 弊社の製品は海外でも販売していますが、台湾の代理店さんから、現地のオーディオマニアが工業用のアクティブ除振台をレコードプレーヤーの下に置いたところ、ひじょうに音がよくなったという話がありました。台湾の音楽雑誌でも紹介してくださったようで、その後も数台注文をいただいたのです。

山本 オーディオ愛好家が除振台をレコードプレーヤーに使ってみたところから始まったということですか。面白いですね。

吉田 それを聞いて、われわれも気がついていなかった需要があるのではないかということになり、日本国内でも調査をしてみようということになったのです。それが、アクティブオーディオボードHIBIKI開発のスタートです。

山本 HIBIKIについてうかがいますが、そもそもどんな構造の製品なのでしょうか。

羽場 その質問には、HIBIKI-65の設計を担当した羽場(はば)がお答えします。

 弊社ではこれまで、「e-Stable mini」と呼んでいる産業用アクティブ除振台を発売していました。これは幅40×奥行50cmのモデルと、幅50×奥行60cmの2サイズを展開しています。

 仕組としては、本体の上面に天板(搭載面)があり、それをVCM(ボイス・コイル・モーター)という振動を制御するアクチュエーターで支えています。VCMには振動センサーがついていて、振動が入ってくるとモーターがそれを打ち消すように動作します。これによって天板を常に振動の無い状態に保ちます。

HIBIKI-65の天板やベース(筐体)はすべてアルミが使われている。ベースをブラック仕上げにしたのは、オーディオ機器との親和性を考えてのこと

山本 振動というのは、時間的に不規則なものということですか?

羽場 不規則な振動だけでなくあらゆる振動を感知して、逆の位相を与えることで打ち消しています。

山本 VCMはいわゆるサスペンションコイルのようなものではないのですか?

羽場 コイルも組み込まれていますが、それは荷重支持用で、コイルで取り切れない微振動をVCMで打ち消すという仕組になります。今回のHIBIKIには、e-Stable miniの機能をそのまま移植しています。

 ですので、HIBIKI-65にレコードプレーヤーを載せていただくと、プレーヤーを水平に設置でき、再生中にも外部からの振動や、プレーヤー自体が発する振動を取り除くことができます。水平調整や除振の設定はすべて自動で行いますので、ユーザーさんはHIBIKIの電源を入れるだけです。

山本 これまでの産業用モデルから、オーディオ用としてどんな所を改良したのでしょう?

羽場 オーディオ用に変更した点としては、製品を幅60×奥行50cmの横長形状にしました。またe- Stable miniは白を基調にしていたのですが、高級感のある黒に変更しています。

山本 オーディオ用として、レコードプレーヤーを乗せた場合に除振の効果をよりよく発揮させるような工夫などはあったのでしょうか?

羽場 HIBIKIに使っているベース(筐体)は、e- Stable miniよりも剛性を上げています。シャーシの剛性が低いと、振動が取り切れなかったり、性能を発揮できないということがあります。そこで、ベース自体の剛性を高めることで除振性能を向上するように設計しました。

山本 ボディの材料はアルミですか?

羽場 天板はアルミの板材で、その下のベースはアルミの鋳物です。HIBIKIは内部構造が複雑ということもあり、鋳物での加工にしました。これは産業用のe- Stable miniも同様ですが、HIBIKIではアルミの厚みを増し、補強となるリブを加えています。

今回はステレオサウンド試聴室の常設機器を使って、HIBIKI-65のあり/なしによる音の変化も体験していただいた。レコードプレーヤーにはテクニクス「SL-1000R」を、フォノイコライザーやアンプはアキュフェーズ、スピーカーはB&Wを使っている

山本 そういったオーディオ用の補強を加えた成果は、測定データなどにも出てくるのでしょうか?

羽場 固有値解析(物体の持つ振動モードを調べる)をすると、シャーシを補強した方がデータ的にもよくなって、余分な振動が抑えられています。

 先ほどお話したVCMも、配置が不適切だと制御がうまくいかずに余計な振動が取り切れない、あるいは性能が悪化してしまうこともあります。そういった影響がないような内部設計と配置を考えました。

山本 固有値解析の測定データには違いがあったということですが、オーディオ用アクセサリーとして、開発者の皆さんで音楽を聴いて検証するといったこともやっているのでしょうか?

吉田 まずは社内でHIBIKIを使ったら音に違いがあるかについてブラインドテストをしています。また、販売についてご協力いただいている完実電気さんや、メディアの方々にHIBIKIを使った音を聴いていただき、アドバイスをいただいています。

山本 今回はStereoSound ONLINE試聴室で、テクニクス「SL-1000R」を使ってHIBIKIあり/なしの音を聴かせていただきました。そこでは、よかった点と気になった点がありました。

 まずよかった点は、SL-1000RをHIBIKIに載せると、位相差情報がよく出てきたことです。ステレオ再生では位相差と時間差、レベル差で立体音響の効果を再現するわけですが、HIBIKIに乗せるとそれが明瞭になって、音の広がり、奥行感がはっきりでてくるようになりました。

 その反面、中低域から低域の音のエネルギーがちょっと減少してしまう印象もあります。すっきりした傾向になるので、こういった音を好む方もいらっしゃるでしょうが……。

吉田 パワー感が減退するということでしょうか?

今回のインタビューはリモートで行った。左が「HIBIKI-65」の設計を担当した羽場さんで、右上が営業担当の吉田さん。右下は新ビジネス推進室(当時)の大西さんと船越さん

山本 音楽の基音、ファンダメンタル帯域のエネルギーがやや減退するイメージです。ひょっとしたら除振効果が効き過ぎているのかもしれません。アナログの音のよさは曖昧な部分にもあるし、それが音の楽しさにつながっていると思いますので、どれくらい振動を抑えるかも重要です。

 将来的には、帯域によって除振効果を変えるといったことができればいいですね。今のように振動を抑えたクリアーな音が好きな人もいるし、ぼくなら低域再生に関わるような振動は敢えて残して、力感を出すといった方向で使いたい。

羽場 そういった構想も練っています。振動の制御量(ゲイン)を調整したり、モードをいくつか設定してユーザーに選んでいただくといった方法は可能だと思います。

山本 あと、幅60×奥行50cmというサイズはちょっと大きいかもしれないですね。一般的なオーディオラックに乗せるなら、幅50cm以下が望ましい。

羽場 サイズについてはいろいろ考えているところですので、今後の検討課題にしていきます。

吉田 HIBIKI-65はこのサイズで耐荷重が100kgありますので、レコードプレーヤー以外に、アンプやスピーカーの下に置くといった使い方もできないかと考えています。もちろんスピーカーの場合、転倒防止対策は必要ですが。

山本 それは面白い。普通の家庭では、ある程度音量を上げるとどうしても床鳴りが発生しますが、それを抑えることができれば大きなメリットがあります。ぜひ様々な方面で倉敷化工さんの技術を活かした製品を開発していって下さい。

「振動制御」の面白さと難しさを痛感。
新しいオーディオの楽しみを教えてくれるアクセサリー ‥‥ 山本浩司

 シビアな性能が求められる産業用機器を、趣味のオーディオ再生に活かそうという試みはきわめて稀なことだと思う。台湾のオーディオマニアが除振台の効能を発見したというエピソードが興味深い。音の大敵「振動」をここまで徹底的に制御しようというイクイップメントに出会ったことがなく、GRESIMの登場はオーディオファイルの注目を集めるのは間違いないだろう。

 インタビューで述べた試聴インプレッションは、ヤーラン・レコーズ(米国)の45回転盤LP『Lifeline/MUSIC OF THE UNDERGROUND RAILDOAD』を用いたもの。これは女性ひとりを含むゴスペル・カルットのアカペラ(無伴奏歌唱)のライヴ音源で、ステレオペア・マイクロフォンによるワンポイント録音で収録されている。

 テクニクスSL-1000RをHIBIKI-65に載せると、通常のラック配置以上にホール・プレゼンスが生々しく蘇ってくる印象だ。眼前に4人のシンガーが、まるで目に見えるかのようなリアルな音像で立ち現れ、美しいハーモニーが豊かなアンビエンスを伴って天地左右に広がっていく。

 また、驚かされたのは聴衆の拍手の広がりで、リスナーの真横まで拍手が回り込み、まるでコンサートホールにワープしたかのような臨場感に包み込まれたのである。これは間違いなく振動を抑えることによって位相差情報がより精密に引き出された成果だろう。「振動制御」の面白さと難しさを痛感したHIBIKI-65との出会いだった。

提供:倉敷化工株式会社